2014年 エッセイ
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2014.1.25
リンゴの木を
年末からミュージシャンの訃報が続いたが、
この10日ほどの間に、
直接知っている2人の訃報もあった。
一人は、大阪時代の友人。
最後に会ったのは、10年ぐらい前、
彼女が何かの用で東京に来たとき、
新宿でお茶を飲んだ。
11月に癌が見つかったというから、
あっという間に逝ってしまったということか。
確か私より1歳若かった。
それから、もう一人。
4年ほど前に一度だけ共演したシンガー。
たぶん40代だと思う。
彼女とは、そのライヴ当日が初対面で、最後。
まさに 一期一会。
そのライヴを観に来ていた妹さんが、
彼女の他界をメールで知らせてくれた。
不思議なことに数日前、電車に乗っていて、
ふと彼女のことを思い出し、
(今も音楽活動をしているのかな?
機会があったら、また一緒に演りたいな) と
思ったところだった。
彼女とは、一度しか会っていないし、
道ですれ違っても分からないだろうし、
普段、考えることもない。
そんな思い出すことのない人のことを
思い出したら、亡くなったという知らせが入る。
こういう話は、たまに聞くが、
実際に体験すると神秘的だ。
人間は生まれた時に、死ぬことが決定している。
あとは、それが 「いつ」 「どういう風に」 と
いうことだけだ。
私たちは、明日も明後日も1年後も
自分は生きていると、勝手に無意識に思い込んでいる。
しかし、全ての人にとって、
明日の朝を迎えられる保証は ”0%” だ。
こう書いている私自身、
その 「いつも死にかけている」 感は、希薄だ。
年齢とともに、これからもっと死が身近なものに
なってくるのだろうが、できればもっと死に身近で
ありたい。
というのも、人生が有限であることが、
切実になればなるほど、
毎日を大切に生きられるような気がするから。
もっと自分の人生が愛おしくなるような気がするから。
今だって、そうではないわけではないが、
先日亡くなった、佐久間正英氏の生前のブログを
読んでそんな風に思った。
余命を告げられると、どんな風に動揺するのかなんて、
想像もつかないが、佐久間氏はこのように書いている。
当初の2週間近くは、さすがに落ち込みもしたし、
無駄なほどにあれこれ考えもした。
寝ても覚めても癌のこと、治療のこと、家族含め
接する人達のこと、今後の身辺整理等に頭を煩わせた。
でもある日、それが無駄な時間の過ごし方であることに気づいた。
同じ時間を過ごすなら少しでも楽しく有意義な時を送ろうと
気持ちを切り替えるのにさほど時間はかからなかった。
自分の中の癌と戦うことはすでに無意味に思えた。
憎き癌細胞も自分の一部に過ぎない。
自分で自分の肉体に戦いを挑む様なナンセンスなことに
思えたのかも知れない。
いつ死ぬかはわからない、
でも確実にその死は一歩一歩近づいて来る …と思うと、
実はそれは誰にでも当てはまる当たり前のことでしかない。
自分の余命はそういう意味ではみんなとあまり変わりはない。
そんな風にも考えた。
癌などと言う厄介な病気になってしまったが、
冷静に思えば突発的病気や事故等に会うよりは、
人生を振り返ったり改めて考えたり、
大切な人たちの事を思ってみたり、
身辺整理の時間を持てたり、感謝の心を育てられたり。
案外悪くはないのかもしれない。
そんな状況のくせに、やりたいこと、
やらなければならないことは次々と新たに生まれて来る。
終息に向かう生と新たな希望の誕生との不思議なバランスだった。
そんな日常がさらに末期癌というリアリティを失わせた。
佐久間氏のこの平静さと、受け入れる速さは、
きっと彼の普段からの ものの考え方の結果だろう。
癌の告知を受ける数か月前、マヤの予言の終末の日
(2012年12月22日) に臨み、その前日に
こんな風に書いている。
さて。
明日世界が終わるとしよう。
それでも今日自分が抱えているリスクは変わらない。
マンホールに落ちて死ぬかも知れないし車に轢かれるかも知れない。
心臓発作を起こすかも知れない。
あるいは運良く今日を生き延びて明日世界が終わったとして、
何を恐れることがあるのだろう。
生物の命は有限だ。
生命に限らず地球でさえも。
その有限が一斉にある瞬間に訪れることでしかない。
そうだ。
今日死ぬかもしれないリスクは、明日世界が終ろうと、
永遠に世界が続こうと関係ない。
私たちは、生まれた瞬間から死ぬまで、
一瞬の例外なく、死と隣り合わせなのだ。
以前、こんな話を何かで読んだ。
ベトナム戦争時、前線でなんとか生き延びた、
米軍兵士が休暇をもらい国に帰った。
休暇中、彼は故郷の町で、車にはねられ死んだ。
あの、ベトナムで生き延びたのに!
そういうわけで。
私もリンゴの木を 植えるとしよう。
2014.2.15
武士道
オリンピックの時期になると 我が家では、
夜中に約1名の、テレビを観る応援の
雄叫び (雌叫び?) が 響き当たる。
妻である。
近所迷惑なのではないかと思うほど
かなり騒がしい。
私は、そんなにオリンピックに興味がなく、
まあ、たまたま観ればそれなりに楽しみ、
ニュースで結果を観ればそれなりに一喜一憂するものの、
今日は ○○ (競技名) があるから、
絶対観ようなどというほどのファンではない。
が、妻は基本的にスポーツ観戦好きで、
前にも書いたが、駅伝を録画してまで観るような人だ。
当然、オリンピック・シーズンの我が家は騒がしい。
まあ、私もリアルタイムで声を上げて
応援するほどではないにしろ、
日本がメダルを獲ったかどうかぐらいは、
興味がある。
で、今日、「ソチ・オリンピック・ハイライト」 という
番組を観ていて、大変 感動した場面があった。
それは、クロスカントリー準決勝で、地元ロシアの
アントン・ガファロフ選手の話。
途中で転倒したアントン選手の左足のスキー板は、
完全に壊れていた。
その壊れたスキー板を履きながら、
最後まで走ろうとするアントン選手。
もちろん、もうその時点で上位入賞など望めない。
すると、途中でアントン選手に駆け寄り、
その壊れたスキー板を交換する人がいた。
私は当然、ロシア・チームの人だと思ったのだが、
これが、カナダ・チームのコーチ、
ジャスティン・ワズワース という人で、
「わなにかかった動物を見ているようだった。
何もせず、じっとしていることなどできなかった」と
語ったという。
ソチ五輪の広報担当、アレクサンドラ・コステリナ氏は
この行動について、
「これこそが五輪の本質であり、その精神、
その中核をなすもの。素晴らしい行動だ」と
褒めたたえたという。
「ロシアチームのコーチがコースのそばにおらず、
別のチームのコーチに頼ることになった理由は、
今のところ不明だ」 ということだが、
そんなことは、重要やない。
敵チームであっても、そんな状況を
放ってはおけない、これこそがスポーツマン・シップでは
ないか、と感動したのであった。
詳しくは、こちら。
皆がこんな精神であれば、世界中から紛争や戦争は
なくなるのにね。
2014.3.12
エイトビートおばさん
私が、「8 (エイト) ビートおばさん」 と
呼んでいる人がいる。
初めて見かけたのは、2012年 8月 2日。
ビルボードライブ東京における、Char 、Jack Bruce、
屋敷豪太のトリオのライヴ。
その日のエントリーに、
Char のまん前に座っていた女性 (後姿からだとおばちゃんか?) が、
Char のギター・ソロの間、必ず、ず~っと、
8beat で手拍子を叩き続け、ソロが盛り上がってくると、
手 (の高さ) も高くなっていくのが、なんか微笑ましかった。
と書いている。
きっと、Char の大ファンなのだろう。
その後、同年12月9日の江戸川区総合文化センター
大ホールでのコンサートでも その人を見かけた。
やはり最前列だ。
最前列の上、非常に特徴的な手拍子の仕方をするので、
ちょっと遠くから見ても すぐにその人だと分かる。
昨年の4月の日比谷野音のコンサートでは、
見かけたのかどうか覚えがないのだが、
先日の練馬文化センター大ホールの Char の
コンサートでのこと。
最前列で、めちゃくちゃノリノリで踊っている、
若そうな女性がいた。
激しいダンスをするもんだから、えらい目を引いた。
何気なく、その女性を見ていると、視界に
見覚えのある、これまた激しい特徴的な手拍子をする
人の姿が入ってきた。
その瞬間、思い出した。
(あっ!8ビートおばさんや!)
8ビートおばさんは、その超ノリノリで踊っている
女性の隣の席で、その踊りにも負けないような、
激しい8ビートを刻む手拍子をしていた。
Char のソロが盛り上がると、手拍子する手が
どんどん高くなっていく!
私は、8ビートおばさんの姿を見て、
旧友にあったような懐かしさと嬉しさを覚えた。
(ほんまか?)
やはり、後ろ姿なので、年齢不詳。
(もっと言えば性別だって確かではない。)
ここからは、私の勝手な想像なので、
事実と大きく違っていても、責任取りません。
彼女は、1976年の Char のデビュー当時からの大ファン。
当時、高校生だった彼女は、Char のファンクラブに入り、
「平凡」 や 「明星」 に載った Char さまのグラビアを
下敷きに入れ、クラスメートで仲良しの和美と恵子とともに、
いつも Char の話ばかりしていた。
同じクラスには、Char 派のほかに、原田真二派 と
世良公則派 がおり、クラスは大きく3つに分かれていた。
そんな中、ただ一人、久美子は 郷ひろみ派 だったのだが、
ニューミュージックが台頭してきた、その時代にあっては、
そんなこと言うとクラスメートから、
どんな目にあうか分からないので、久美子は誰にも言わず、
一人、家で 郷ひろみのポスターに話しかける毎日だった。
続く・・・。
(何の話?)
2014.3.13
うれしすぎて
だまっていられない ♥
先日、妻とタクシーに乗った時のこと。
ふたりで話していると、信号待ちで止まった時に
運転手さんが 話しかけてきた。
「あれ?ここにこんなお店 (中華料理店) ありましたっけ?」
私達は通り慣れた道だったので、
「以前からありますよ。」
と答えると
「可愛いい子いるかなぁ?」 と言う。
(スナックやキャバクラならまだしも、中華料理店なのに
変わったこと言うなぁ) と思いながら、
「どうでしょうね。
入ったことないので、分かんないですけど、
可愛いい子は いてないんちゃいますか。」
すると、
「家に帰っても一人で、話し相手がいないと
寂しいんですよ。」
なんと答えてよいやら困っていると、
「友達に紹介してもらって、今度、結婚するんです。
相手は、28歳なんですよ。」
思わず 「えっ~!」
運転手さんは、かなりご高齢に見えたので、
「失礼ですが、おいくつでいらっしゃいますか?」
「71歳です。」
と言いながら、ライトを点けて、
その奥さんになる人の写真を見せてくれた。
その写真が、モデルさんのような方でこれまたビックリ。
結局、「若い奥さんもらうねん」っちゅう話をしたかっただけやん!
うれしすぎて、黙ってられへんかったんやろな。
というか、ホンマやろか。
2014.3.20
思うこと
一昨日、フライド・プライドのライヴで、
横田さんの口から聞くまで、知らなかったのだが、
フラメンコ・ギタリストのパコ・デ・ルシアが、
先月25日に亡くなっていた。
死因は心臓発作で、享年66歳。
若いで、まだ。
訃報といえば、今月14日、俳優の宇津井健も亡くなった。
宇津井健といえば、私の年代では、山口百恵の
赤いシリーズのお父さん役が一番印象的やったな。
もうちょい上の年代なら、「ザ・ガードマン」 かも知れんな。
享年82歳。
なんでも、他界した14日当日、亡くなる5時間ほど前に
婚姻届を提出していたという。
5時間だけの夫婦ということや。
約2週間前に 「僕は君に喪主をやってほしい。
正式に籍を入れてほしい」 とプロポーズしたらしい。
相手は、80歳の高級クラブのママということだが、
なんか、ええ話やなぁ。
話は変わるが、
一昨日のフライド・プライドのライヴの
アンコール曲は、(ジョン・レノンの) 「Imagine」。
その曲の演奏前、横田さんがチラッと、
世の中を憂うようなことを言った。
いまだに、世界から紛争はなくならず、
新しい問題が持ち上がっている。
ミュージシャンが、「Imagine」 のような
メッセージの曲を演奏しなくても良い世界が
実現することはないのやろか。
そういう時代が 来ればええのになぁ。
人間ってアホやなぁ。
2014.4.12
歯と歯茎の治療
昨年 8月、10月、12月、そして、
今年の2月と まるで計ったかのように
2ヶ月おきに歯茎が炎症を起こし、ひどい痛みに悩まされた。
8月は、歯医者に行き薬を塗ってもらったら、
割と簡単に痛みがなくなった。
10月は、8月より痛みがひどく、
一睡もできない夜もあったが、歯医者で薬を処方してもらい、
「ロキソニン」 という痛み止めを飲むと
痛みが止まることを覚えた。
12月は、痛み出したとたんに 「ロキソニン」 を飲んで、
痛む数日を過ごし、歯医者には行かず。
「ロキソニン」 は、処方箋なしでも入手可。
こいつは、凄いね。
あんなに小さな錠剤なのに、飲んでほんの15分か20分で
痛みがおさまるのだ。
痛みは感じなくなるが、その他の感覚には、
(厳密にはどうか分からんけど) 影響は感じられない。
あの薬は、どううやって体中から痛いところを
見つけるんやろ? 不思議。
それからは、カバンの中にいつも 「ロキソニン」 が。
で、今年2月に痛み出した時に、
その痛み出す2ヶ月サイクルの規則正しさに
ちょっと驚きながら、これは根本的な治療が
必要だと考え、歯医者に行った。
今から7年前、今通っている歯医者とは違う歯医者で
金歯を詰めた。
炎症を起こすのは、その金歯の下の歯茎だった。
その歯茎を治療する必要があり、
詰めてある金を外すこととなった。
2月から、2ヶ月ほどかかって、歯茎の治療と
新しい歯の詰め物が、先日、完了した。
このまま痛み出すことがなければ、
4ヶ月後の検診まで、歯医者に行くこともないだろう。
さて、7年前の金歯を入れた時のエントリーを読むと、
こんなことが書いてある。
最終的に歯にかぶせ物 (詰め物) をするのだが、
保険の利く治療は 3,000円だが、
金歯にすると保険は利かず、47,500円もする。
説明を聞くと、3,000円の治療は数年後に問題が
発生する可能性があり、一番のお勧めは金だという。
金額的には、金より安いセラミックもあるのだが、
いくつかの面で金の方が優れている。
最終的に決めるのは患者なのだが、
説明を聞くと安い治療をする気にはなれない。
(中略)
おまけに、将来、再治療になっても金は再利用できるという。
7年前に詰めた金は、今回の治療で 外すことになった。
私は、「金は再利用できる」 という言葉が、
はっきりと記憶に残っていたので、今回、
金を外す時に、「これって再利用できるんですよね?」 と
歯科医に確認した。
「できますけど、結局、手間賃がほとんどですから、
大して安くなりませんよ」 と言われた。
考えてみれば確かにそうだ。
7年前のエントリーには、金を詰めると 47,500円と
書いたが、材料費は、おそらく数千円だろう。
当時の歯科医は、積極的に金を勧めてきた印象だが、
今回は、その詰め物をする日まで、
何を詰めるかの説明さえなかった。
説明のない (何を詰められるのか分からない) ことに
不安を感じた私が 「それ、何で出来てるんですか?」 と
訊いたから 「金銀パラジウムの混合です」 と
答えてくれたような感じで、訊かなかったら、
何も言わなかったかもしれない。
その代わりと言ってはなんだが、その 「金銀パラジウム」 は、
保険適用で、3360円で済んだ。(安!)
7年前には、「数年後に問題が起こる可能性がある」 と
勧められなかったやつだろう。
ところが、一番問題が起こりにくいと言われた金でも、
(その物自体の問題ではないのかもしれないが、)
結局、外すことになり、そして、
再利用の価値は大してないことを今回知らされた。
今の歯科医は、選択の機会さえ与えてくれなかった人だが、
金を詰めることへの価値を大して感じていないのかも知れない。
どちらの歯科医が親切なのか、良心的なのかは、
その結果と解釈に依るのだろう。
結局、数年で取り替えることになるのだとしたら、
高い金を入れるのはもったいないが、
金は、一番歯に近い硬さだし、金属アレルギーも
起きにくいとかで、メリットも多いという記述もある。
でも、今回の経験を踏まえると、別に 「金でなくても良い」
というのが、今のところの結論だ。
技術は日進月歩やしね。
ところで、今回、その金を外したとき、再利用云々の話のあと、
歯科医が私に 「(その金歯) 要りますか?」 と訊いたのは、
ちょっと意外だった。
その 再利用云々の話がなければ、何も言わずに
没収されていたかのような印象だった。
金歯でも買い取ってくれる業者がいるというのは、
聞いたことがある話。
実際に買い取ってもらうかどうかは別としても、
一応、価値のある金属だ。
いくらになるのか知らないが、たとえ1000円か2000円の
価値のものでも、所有者 (患者) に渡すのが当然と思ったが、
歯科業界の常識は違うのだろうか?
それとも私が世間の常識からずれているのか?
2月27日に外した金の詰め物。
7年間ありがとう。
2014.4.23
趣 味
先日、同年代の男性が言っていた。
「職場が変わったせいで、完全週休2日になり、
休みの日に何をしていいのか分からない」 と。
彼はゴルフをするようだが、
毎週土日にゴルフというわけにもいかないようだ。
仕事が好きで、仕事を趣味のように生きてきた人には、
休日というのは、意外と不要なのかもしれない。
一方、私は、年々趣味が増えており、
いくら休日があっても、退屈することはない。
もともとのギター演奏と音楽鑑賞、映画鑑賞に加え、
この数年は年に1~2回の小旅行や写真撮影、
昨年からは落語鑑賞など、いくらでもやることがある。
時間があれば、この数年やっていない音楽制作 (作曲や
多重録音) もやりたいし、英会話にも もっと力を入れたいし、
読書だってもっとしたい。
工芸や料理など、ちょっと興味があるけど、
手を出していないものもある。
おまけに、1日何もせずゴロゴロ寝ているのも好きだ。
いくら時間があっても足りないのだ。
そんな私のことを 「物見高い (好奇心が強い)」 という
友人もいるのだが、私は好奇心が強いのではなく、
ただ遊びたいのだと思う。
趣味は、別名 「道楽」 というでしょ。
「道楽者」 と言うと違う意味になり、聞こえはよくないが、
「道楽したい者」 ということなのだな。
ところで、試しに 「趣味」 と入れて検索してみると、
「趣味探し.com」 なんてサイトがあってビックリ。
探さんでも、いくらでもあるやろと思ってしまう。
趣味を選ぶ上で重要なのが・・・
そう!「カッコイイかどうか」ということ。
なんて書いてあって、またビックリ。
そんなもん重要やないやろ。
重要なのは、やっていて 「おもろい (楽しい) かどうか」 やろ!
と、突っ込みたくなる。
今度は、「多趣味」 と入れて検索してみる。
一番上にヒットしたのが、Yahoo!知恵袋への
「多趣味な彼氏との付き合いに悩んでいます」 という相談。
付き合って1か月、彼氏が多趣味でかまってくれなくて、
寂しい、という相談だ。
・ ・ ・ ・ ・ 平和やなぁ。
こんなこと検索してる私は、
ヒマ人か?
いくら時間があっても足りない、と書いたのに。
いやいや、このひとりごとを書く事も趣味の一つ。
充実したエントリーを書くためには、
もろもろん調査も必要なのだ。
えっ? 充実してないって?
・ ・ ・ ・ ・ ・。
2014.5.6
宮崎レポート
奇跡の一期一会 前編
今回の宮崎旅行は、5月3日から6日まで、
3泊4日のプラン。
1日目。
快晴とまではいかないが、雨が降っていないだけでも
雨男としては、ありがたい。
昼前に宮崎空港に着き、レンタカーで、
前日に予約をしておいた、宮崎市内の 「一心鮨 光洋」 へ。
食べログでは、宮崎で総合第1位のお店だ。
私はにぎりを、妻は会席を注文。
にぎりは、美味しかったけど、
しゃりが私の好みではなかったのが やや残念。
会席の方は、全部美味しかったようだ。
知らなかったけど、宮崎ってうにが漁れるのだ。
結構、大きなお店だが、店員のサービスは、
気持ちよく行き届いており、料理の器にも
こだわりが感じられる良いお店だった。
昼食のあと、車を南へ走らせた。
そんなに道は混んでいないが、
青島あたりは さすがに車も多かったね。
日南海岸には、岩が連なって巨大な洗濯岩のように
見える 「鬼の洗濯岩」 と呼ばれる岩がある。
道の駅で寄り道をしながら、海岸線を走り、
1泊目の予定地、日南市南郷に到着。
宿泊は、小さなビジネスホテルだ。
夕食の店は、あらかじめネットで調べて、
郷土料理の居酒屋をピックアップしていたが、
まさかそんな田舎で、満席もないだろうと、
予約をしていなかった。
ところが、7時頃だったか、行ってみると満席。
仕方なく、すぐ近くにあった別の郷土料理の
店に行くが、これまた満席。
駅前にあった、居酒屋のようなお店に
行ってみると、なんとここも満席!
街に、人は歩いていないのに、
どういうわけか、お店は満席なのだ。
そんなに大きな街でもないので、
たくさん飲食店があるわけでもない。
仕方がない、車でどっかに行こうかと、
ホテルに向いて歩いていると、
のれんのかかったお店があった。
ぱっと見、何屋か分からない。
よく見ると、のれんに 「鮓 江戸國」 と
書いてある。
お寿司屋さんだ。
う~ん、お昼もお寿司食べたしなぁ、と
一瞬迷ったが、車で出かけるとお酒を飲めないし、
ここ以外、もうそのあたりにはお店はないので、
腹をくくって入ることにした。
入口の戸を開けてみると、
お、お客さんが誰もいない ・ ・ ・。
他の店は、あんなに混んでいるというのに。
(つづく)
2014.5.8
宮崎レポート
奇跡の一期一会 後編
(一昨日のつづき)
でも、今さら、入店をやめるというわけにも
いかないので、カウンターに座ることにした。
大将が、開口一番、
「どちらから?」 と訊いた。
地元のものではないことは、
すぐに分かるのだろう。
「東京からです」 と答え、何言か話したあと、訊いてみた。
「お店の名前 『江戸國』 は、江戸前風ってことですか?」
すると、大将、
「そうです。五反田にいたことがあるんです。」
私 「ひぇ~! 私たち五反田です!
五反田のどちらですか?」
大将 「五反田と言っても、ちょっとハズレの方で。
荏原中延です。」
「ひぇ~! 私たち、仕事が五反田で、
家は、荏原中延と戸越銀座のあいだです。
なんていうお寿司屋さんですか?」
「もう、ずいぶん前のことだから、
今はないかも知れないなぁ。
志げる寿司っていうんだけど。」
「志げる寿司!? 行ったことありますよ!
家から歩いて、2~3分ですよ!」
「ホント!?」
南郷は、西武ライオンズが毎年キャンプに来るので、
マスコミ関係者も 東京から多く来るらしい。
でも、40年 南郷で商売をやっていて、
志げる寿司を知っているお客さんは、
初めてだったらしい。
大将は、かなり驚いていたが、
驚いたのは、私たちも同様だ。
宿泊地にを南郷を選んだのは、
適当に南宮崎の方で選んだだけで、何の意味もない。
そして、そんな田舎 (行ってみるとホンマに
田舎です) に、近所のお寿司屋さんで 50年も前に、
修行していた人がいるなんて、想像もつかない。
しかも、その 「江戸國」 に入るには、
3軒のお店が満席で 断られなければならない。
入っても、大将が 「五反田」 と口にしなければ、
志げる寿司のことまでは、発覚しなかっただろう。
50年前の志げる寿司が、今も続いていることも含め、
恐ろしい程の偶然が重なった、奇跡的な 出会いだった。
それから大将は、当時の東京の様子や、
思い出話をたくさん語ってくれた。
東京で初めて出来た深夜喫茶は五反田だったとか、
店主が 「どこでも出前に行きます」 と言ったものだから、
池袋から注文が来て、電車に乗って 持って行ったとかね。
東京の人なら分かると思うが、荏原中延と五反田は
二駅離れており、通常、一緒にはしない。
大将は、いきなり荏原中延といっても、
私たちが 知らないかもしれないと思い、
最初に 五反田と言ったらしい。
それにしても、不思議なことがあるもんやね~。
近いうちに大将の写真を持って 志げる寿司へ
行ってみようと思う。
2014.5.15
記録メディアの寿命
この数十年で、文字や画像、音声、映像も
デジタルで残せるようになった。
デジタルデータは、基本的に劣化しないという強みがあり、
一見、便利になったようだが、実は弱点がある。
以前、こんな話をテレビで観た。
今から数千年後か1万年後だったと思うが、
現代の何が残っているかという検証だった。
デジタルデータは、データ自体は半永久的に劣化しないが、
CDの寿命が20年とか言われているように
メディア本体の寿命が意外と短い。
CDの場合、今のところ、20年以上前のものでも
再生可能だが、劣悪な環境で保管されていたものは、
そういうわけにもいかないらしい。
そして、ハードの寿命も これまた短い。
記録メディアが、問題なく保管されていたとしても、
電化製品の寿命を考えてみれば、
読み取るハードが何十年も持たないのは、明白だ。
もう一つ、デジタルには弱点があって、
次々と規格が変化していき、以前の記録メディアを
読み取るハードが生産されなくなっていく。
つまり、メディアがあっても、
読み取る機器がないという問題が起こるのだな。
現に私の周辺には、フロッピーディスクやMOディスクを
読み取る機器はない。
大切なデータが、それらに入っていたとしても
読み取れないというわけだ。
VHSテープだって、そのうち、観られなくなるだろう。
テレビ番組の話に戻ると、デジタル記録メディアが、
数十年でダメになり、紙で保存されていたものは、
数百年でダメになり、という風で
数千年後、1万年後に残っているものは、何もない。
唯一残っているのは、古代人が石に刻んだ文字だけだ、
というオチだった。
最も長持ちするというのが、最新のテクノロジーではなく、
最も原始的な記録メディアだということが、
なんとも皮肉で興味深かったのを覚えている。
さて、映画というのは、まだ100年ちょっとと歴史が浅いが、
最近は、デジタル化により、撮影にフィルムは使わず、
上映にもフィルムを使っていないらしい。
映画についても、デジタルデータでの長期保存は、
問題視されているようで、最近はデジタルデータの
フィルム保存というのが、始まっているようだ。
その保存寿命は、500年。
1本当たり、1500万円。
ハリウッドでも、映画の保存にはフィルムを使う会社が
多いという。
なんか、デジタルのアナログ保存って、感じでおもろいなぁ。
【参考記事】
500年後にもジブリ映画を
映画用フィルム 保存用に活路
2014.5.29
30年間 17億円
30年間、17億円をつぎ込んで、
SF映画に出てくるような、
飛行装置を開発した人の記事を読んだ。
↓
空を自由に? 1500万円の個人用飛行装置が登場
若い頃、「頭の中で考えたことは実現できる」 という
話を聞いたことがある。
今、これを打ち込んでいるコンピューターだって、
もともと世界に存在していたものではなく、
誰かが頭の中で 「こんなものがあったらいいな、
こんなことが出来たら便利だな」 と考えたことが始まりだ。
コンピューターに限らず、人間が作り出したものは、
全て 最初は誰かの頭の中にあったもの。
そういえば、瀬戸大橋は、最初の構想から完成まで
100年かかったと聞いた。
頭の中にアイディアがあるなら、
あとは、その実現に本気で尽力するかどうかだけなのだな。
それにしても、30年間、17億円はスゴイなぁ。
2014.7.14
わいせつって何?
テレビで こんなニュースを観た。
「自称芸術家」 の女性が、自分の活動で
女性器をかたどったボートを作る資金集めのため
支援を呼びかけ、寄付をしてくれた人にお礼に、
3Dスキャンした、自分の女性器の
データを送ったらしい。
で、「わいせつ電磁的記録頒布の疑い」 で
逮捕されたというのだ。
本人は、「わいせつ物とは思わない」
「自分にとっては、手足と一緒」 と
容疑を否認しているらしい。
逮捕されたあとの本人を映像で見たが、
顔を隠したりせず、堂々としており、
私は好感を持った。
「自分にとっては、手足と一緒」 という
言葉も気に入った。
わいせつか芸術かというテーマは、
ずいぶん昔から取りだたされてきたように思うが、
要は見る人がどう見るかによって、決まるんだと思う。
もし、性器をかたどったものが、なんでも
わいせつだというなら、モロにそのモノを
象(かたど) った物を祭っている神社は
わいせつ神社になってしまう。
どこだったかのお城で、驚くほどリアルな男性器を
模造した木製品を見たことがある。
あれは、歴史的に重要なものだから、
お城の中に展示されていたのであって、
わいせつ物ではないんだろ?
でも、見た人の中には、わいせつに感じる人もいるぞ。
きっと。
たぶん。
で、彼女の即時開放を求める署名活動が、
インターネット上の署名サイトで始まった。
「彼女の作品は性的搾取や嫌がらせを目的とした
『わいせつ物』 とは異なります」 というのが、
署名活動の言い分。
記事を読み、私も賛同したので署名した。
彼女について調べると、アーティストとして、
結構、活動している人ではないか。
個展も開き、雑誌にも何度も取り上げられている。
そんな人のことを テレビ・ニュースでは、
「自称芸術家」 と紹介していた。
この肩書き (?) には、明らかに悪意を感じた。
ひどいね。
2014.7.25
隠すほどに目立つ その弐
以前、「私はケチじゃないから」 と言った人がいた。
そう言われたときは、ただ 「そうなんや」と思ったが、
しばらく付き合うと、その人はどちらかと言うと
気前が良いとは言いにくい、ケチな人に見えてきた。
いや、気前が良い場面もあったには違いない。
でも、総合評価は 「結構ケチ」 という印象で終わったのだ。
これはずい分前の話なのだが、もしかしたら、あの時
「私はケチじゃないから」 と言われていなければ、
私にとって、その人がケチかどうかは、
こんなに印象に残るほどのことでは なかったんちゃうかと思う。
その人が、「私はケチじゃないから」 と言ったがために
ケチさが強調されたとでも言おうか。
実際は、大してケチでもなかったとしても。
もちろん、私がその人のことをケチと思おうが思わまいが、
そんなことは些細で、ホンマにどうでもええことです。
相手は鏡。
相手がケチに見えるのは、相手の中に自分のケチさが
見えるからだというのは、ここではちょっと脇へ置いといて、
この話のポイントは、「隠すほどに目立つ」。
隠そうとすればするほど強調されるのです。
※ ※ ※
仕事上で、約束の時間に遅れてくる人がいる。
5回のアポイントで、3回は遅れてくる人に対して
「いつも遅れる時間にルーズな人」 という
印象を持つのは、私だけではないと思うのだが、
どうだろう。
面白いことに、そういう人に限って、
約束の時間を過ぎてから、「遅れます」 という電話を
かけてくる。
ひどい時には、約束の時間を20分ほど過ぎて、
私が (アポイントの日時、間違ってたかな) と思い、
電話をかけてみると、
「すいませ~ん。今、向かっています」 なんて
言ったりする。
出先の待ち合わせではなく、私は自分の事務所にいるので、
待っている間もやることがあるし、そんなにタイトな
スケジュールで働いているわけでもないので、
(まあええか) と思える範囲だが、
約束の時間に間に合わないと、分かった時点、
つまり、約束の30分前とかそういう時間に
「遅れそうです」 と連絡してくれば、
こちらの段取りも組みやすいし、
その人のことを 「時間にルーズ」 とまでは
思わないのかも知れない。
何より、その方が親切で良心的でしょ。
それに、これまた面白いことに、そういう人に限って、
「10分遅れそうです」 と連絡してきたら、
15~20分遅れてくるねんな。
これ逆に 「20分遅れそうです」 と聞いてて、
10分か15分で来たら、待ってる者は
「早かったやん」 となるのに、
「10分遅れる」 と聞いてて20分遅れてくるもんやから、
すでに遅刻している上に、もう1回遅刻したことになり、
遅刻が強調されるねん。
遅刻の上乗せですわ。
そんなとこで、5分10分 サバを読んだために
「時間にルーズ」 が強化されてしまうという、
おそらく本人には欲しくない結果になるねんな。
間に合いもしないのに 「10分遅れます」 と言う人は、
遅れる時間を少なめに言うことで、
「私はそんなに遅れませんよ、ちょっとですよ」 と
無意識に、遅刻・時間のルーズさを隠そう、あるいは
軽く見せようとしてるんちゃうやろか。
で、結果、やっぱり 「隠すほどに目立つ」 ねんな。
この 「隠す」 というのは、
無意識にやってしまうことなので、
常々、自分を観察し、自覚を高めておかないと、
頭隠して尻隠さずな人生になってしまうと、
日々、自分を戒めております。
2014.9.22
鎌 倉 へ
昨日、結婚披露パーティに出席してきた。
会場は、鎌倉のガーデンハウス。
素敵なレストランで、料理も美味しかった。
新婦は、私の仕事仲間だった人。
彼女は初婚だが、今年出産した。
新郎は再婚で、二人の連れ子がおり、
結婚とともに5人家族になったわけだ。
賑やかでいいよね。
いつまでも、仲良く、楽しく、お幸せに。
ところで、鎌倉へ行くのは10年 (以上) ぶりだった。
鎌倉には、以前お世話になった方がやられている
大根料理のレストラン がある。
パーティの前に 訪ねてみると、
ちょうどご本人もお店におられ、
10年ぶりの再会となった。
4年前に画家だったご主人が亡くなられたことは、
風の便りで知っていた。
お店に飾られていた、ご主人の最後の作品は、
草花を描いた、なんとも穏やかで平和な絵だった。
その作品には、確かに何かが宿っており、
彼は、この絵を描きながら、
天国を見ていたのかも知れない、と思った。
2014.10.8
ママ、見て!
大戸屋 (食堂) でのこと。
私が席について、2~3分ほどすると
隣の席に、5歳ぐらいの男の子と母親が座った。
母親は、30代だろう。
グレーのスーツ姿で、いかにも仕事帰りという感じ。
オフィス・ワークというよりは、
営業か何かやってそうな感じ。
仕事帰りに幼稚園へ迎えに行ってきたのだろうか。
大戸屋は、割と美味しいので 時々利用するが、
料理が出てくるまでにちょっと時間がかかる。
今日もほとんど満席に近く、計ったわけではないが、
15分ぐらいはかかったような気がする。
その間、隣のその親子に会話らしい会話は、全くなし。
席について、すぐに男の子がトイレに行きたいと
行ったので、その時、ひとことふたこと母親が
何かを言ったのは聞いた。
料理が中々出てこないので、男の子はすることもなく、
ひとりで おとなしく遊んでいた。
しばらくすると声が聞こえた。
「ママ、見て!」 「ママ、見て!」
見ると、男のは上半身をテーブルに乗せて、
ママに向かって言っている。
「ママ、見て!」 「ママ、見て!」
ママは、全く聞こえないかのように
ケータイをいじっている。
あまりに無視し続けるので、
「見てやったら、どうなんだ」 と、
言いそうになった。
言わないけど。
7~8回も 「ママ、見て!」 と言っただろうか、
やっとママは、ちらっと男の子を見た。
それからも、ママはずっと、ケータイを
いじっている。
メールでも読んでいるのだろうか、
ニヤニヤ笑っては返事を打っているように見えた。
一度、男の子がママに近づき何かをしたようだ。
ママはケータイをいじりながら、
「やめて!」 と きつく男の子をたしなめた。
料理が出てきて、食事を始めたが、
ママは右手にお箸、左手にケータイを持ったまま。
会話は なし。
私は、自分の中に悲しみと同時に怒りを感じた。
「息子より、そんなにケータイが大事か!」 と
思わず、
言うわけないけど。
食事中、一度だけ母親が口を開いた。
「たくさん食べて、大きくなってね」
誰に向かって言っているか分からないような、
無機質な言葉に聞こえた。
まあ、この状況では母親が何を言っても
愛情たっぷりには、聞けない私だが。
一方、私の向かいに もうひと組、
やはり5~6歳の男の子と母親らしき女性の
客が座っていた。
彼らの会話は聞こえないが、
母親が男の子に寄り添っているようで、
見るからに微笑ましい。
隣の親子とは何もかもが対照的だった。
願わくは、今日がたまたま、そうであって欲しい。
いつもはたっぷりと愛情が注がれているのだけど、
普段は母子の会話が満ちているのだけど、
今日はたまたまママのケータイに
メールが多かっただけだと。
もし、あれが毎日だったら、
男の子はどんな大人になっていくんだろう・・・。
2014.10.9
大きなお世話
昨日のエントリー、
男の子はどんな大人になっていくかなんて、
大きなお世話やなぁって、
今日、読み直して思った。
2014.10.10
「ママ、見て!」 について
昨日と一昨日のエントリーについて、
ある読者の方から、メールを頂いた。
彼女は、男の子2人の母親。
なんでも、一昨日の 「ママ、見て!」 を読んで
母親として、思い当たる節があり、
ハッとさせられたと。
つまり、彼女にはそれなりのインパクトがあったらしい。
でも翌日、私が
「男の子はどんな大人になっていくかなんて、
大きなお世話やなぁって、
今日、読み直して思った」
なんて書いたもんだから、
「えっ、このインパクトを与えといて
翌日は撤回?」
と拍子抜けしたらしい。
で、彼女とのメールのやり取りを通じて、
なんで、翌日、あんなこと書いたんやろと、
自分で自分を探ってみたのね。
他に書きたことがあったら、
書かなかったかも知れん程度のことで
別に書かんでもええことやんか、あれ。
まず、前日書いたことを否定するかのような
表現にも取れる書き方をしてしまったけど、
全く、否定も撤回もしてないねん。
あの時感じた悲しみと怒りは、全く本物だった。
男の子が可哀そうで、母親に対する怒りがあって、
こういう環境で大きくなったら、
犯罪者になるんちゃうかとか
親を殺すんちゃうか、とか勝手なことを考えたのね。
でも、翌日に読んだとき、非常に冷めた
もう一人の (とっても冷たい、無関心な) 自分が、
「何、熱くなってんねん。
男の子がどんな大人になろうが、お前 (俺です) には、
関係ないやろが。大きなお世話じゃ」
と言ったのですね。
また、「彼はこの母親を選んで生まれてきた」 という、
別の考えも浮かんだのね。
それに、私が男の子の人生を憂えたところで、
何か出来るわけでもないし、
なんか自分が異様に反応しているような気がして、
ちょっとそのことが恥ずかしくなったので、
実は、照れ隠しみたいな面もあって、
そんなこんなで、「大きなお世話」 に
至ったわけです。
なので、「ママ、見て!」 のエントリーを
否定したのではないので、誤解なきよう。
2014.10.20
執 着
人の苦悩の根源は、「執着」 と 「嫌悪」 だと、
以前、行った瞑想で習った。
これは、お釈迦様の教えらしい。
確かに、個人差はあっても、生きている限り
この2つからは、逃れられないだろう。
「執着」 と 「嫌悪」 は、表裏みたいなもんだから
ひと言でいうと 「執着」 だ。
その瞑想では、体の感覚の観察を通して、
無常を知ることにより、
執着を手放していくということを修行する。
瞑想中は、気持ちの良い瞑想に 「執着」 し、
不快な感覚を 「嫌悪」 する。
その繰り返しだ。
そして、「執着を手放す」 ということに
執着しているパラドクスに気づく。
目指さないとたどり着けない。
が、目指すことが執着であると、
本末転倒というわけだ。
簡単にはいかんように
うまいこと出来とる。
ちなみに ここでいう 「無常を知る」 というのは、
知識のレベルではない。
宇宙のレベル、とでも言おうか、
真理のレベル、とでも言おうか。
さて、その 「執着」。
人生のほとんどは、無意識で、
自分が何に執着しているのかも気づかず、
生きているように思うが、
私たちが最も執着するのは、何だと思う?
先日、
「モノでも、健康でも命でもなく、『考え方』 だ」
という記述を読んだ。
なるほどねぇ。
命かなと思ってたけど、
命より大事にしているもんがあったとはね。