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2026.8.5
4 Guitarists Night

井上智、中井勉、高免信喜、小沼ようすけ、4人の
ジャズ・ギタリストのセッションを聴きに行ってきた。
満席でした。
中井さん、高免さんを聴くのは初めて。
おふたりとも、ニューヨーク在住のギタリスト。
井上さんも 2010年まで 21年間ニューヨーク在住だった。
本日のハコは、残念ながら9月で閉店が
決まっている、渋谷の BODY &SOUL。
何年か前に、青山から移転したのだけど、
こういう老舗がなくなるのは、さびしいね。
演奏は、Sextet(4人のギター、ベース、ドラム)
Trio(ギター、ベース、ドラム)、
Duo(ギター2人)という3つの編成で。
使用ギターは、次の通り。
井上智 / Abe Rivera
小沼ようすけ / Nishgaki Guitars
中井勉 / Gibson ES-335(1998)
高免信喜 / Gibson Johnny Smith


井上さんと小沼さんの機種名までは分からないけど。
4人ともいい音だったね。
高免さんが、フェンダーのデラリバで鳴らしているのに
小沼さんのアンプは、Henriksen の Bud SIX。
めちゃくちゃ大きさに差があるのに、
出音に差がなく、Henriksen の優秀さを再確認した。
ヴォリュームが、4人そろってなかったのは残念。
演奏は全員素晴らしく、甲乙付けられない。
付ける必要もないけど。
曲は、スタンダード中心に、メンバーのオリジナルも。
印象に残ったのは、井上さんアレンジの
『In a Sentimental Mood』。
出だしのメロディを4人のギタリストで、
2音ずつ弾いたり、テーマを4本でハモったり。
4人でハモるのは、まるでギター・ビッグバンドの
ようにも聞こえたよ。
ギターが たくさんあるライヴは楽しい。
[ SETLIST ]
1. Django (J. Lewis) / Sextet
2. All Waltz (N. Takaman) / 井上・高免 Duo
3. ? / 小沼・中井 Duo
4. In a Sentimental Mood (D. Ellington) / Sextet
5. Road Song (W. Montgomery) / Sextet
(休憩)
6. ? / 小沼 Trio
7. Autumn Leaves / 高免 Trio
8. Nutville (H. Silver) / 中井 Trio
9. It Might as Well Be Spring (R. Rodgers) / 井上 Trio
10. Jingles (W. Montgomery) / Sextet
EC. (Blues) / Sextet
[ MEMBERS ]
井上智 (g)
中井勉 (g)
高免信喜 (g)
小沼ようすけ (g)
Pat Glynn (b)
Gene Jackson (ds)
@ BODY & SOUL
終演後のメンバー

2026.8.4
MARIA SCHNEIDER ORCHESTRA

2年ぶりにマリア・シュナイダーを聴きに行って来た。
前回は、バンドメンバーが日本人で、
会場が東京芸術劇場 コンサートホールだったけど、
今日は9年ぶりのブルーノート公演。
メンバー総勢19名は、9年前とほとんど同じ。
5日間(10公演)の初日の 2nd show。
残りの8公演全てソールドアウトという大人気。
たぶん今日も満席だったので、売り切れていただろう。
毎度思うけど、マリア・シュナイダー、可愛いです。
65歳(今年66歳)とは、とても思えない。
そして、指揮する姿が凛々しい。
腕、手、指の動きが素晴らしい。
その指揮している最中の、
手の写真を撮りたいと思ったわ。
素人が、指揮をすると演奏されている音楽に
合わせて、指揮をしてしまう。
マリアの動きを観ていると、音楽に合わせて
いるのではなく、彼女自らが音楽をジェネレイト
していることに気付いた。
18人のバンドメンバー「オーケストラ」という楽器を
演奏しているかのようなのだ。
全曲良かったが、曲名が分かったのは
『American Crow』、『Don'T Be Evil』、
『Stone Song(「石のささやき」と日本語で
紹介してた)』の3曲。
彼女の曲(というよりは、アレンジといった方が
よいかも知れない)は、独特だ。
うまく言語化出来ないけど、ちょっと現代音楽的な
要素もありつつ、美しいハーモニーも生かす。
管楽器の表現の際までを自由に使い、
なおかつソリストの個性を引き出す。
上手く言えてないけど、そんな感じ。
9年前のエントリーにも時間が経つのが
速かったと書いているが、今日も然り。
あっという間に時間が過ぎたよ。
[ MEMBERS ]
Maria Schneider (comp,cond)
Steve Wilson (as)
Dave Pietro (as)
Rich Perry (ts)
Donny McCaslin (ts)
Scott Robinson (bs)
Greg Gisbert (tp)
Michael Dudley Jr. (tp)
Nadje Noordhuis (tp)
Mike Rodriguez (tp)
Keith O'Quinn (tb)
Ryan Keberle (tb)
Evan Amoroso (tb)
George Flynn (tb)
Julien Labro (acc)
Jeff Miles (g)
Gary Versace (p)
Jay Anderson (b)
Johnathan Blake (ds)
@ BLUE NOTE TOKYO
2nd show
[ 関連エントリー ]
2017.6.10 MARIA SCHNEIDER ORCHESTRA
2024.7.28 マリア・シュナイダー plays マリア・シュナイダー
2026.8.3
美しき愚かものたちのタブロー
原田マハ (著)

川崎造船所(現・川崎重工業)の
社長であった松方幸次郎という人は、
まだ日本に西洋美術館がなかった時代
(1920年前後)に、本格的な美術館を
創設しようと、ヨーロッパで膨大な数
(1万点に及ぶと言われている)の
美術品を集めた人で、その作品群は
「松方コレクション」と呼ばれている。
現実には、松方が創ろうとした美術館
(場所や「共楽美術館」という名前まで
決まっていた)は、川崎造船所の破綻や
第二次世界大戦によって実現しなかった。
が、その膨大なコレクションが、
フランスに残されたままであった。
松方は、なぜ美術品のコレクションを始め、
美術館を創ろうとしたのか。
そして、戦争でフランスに接収された
「松方コレクション」を日本が取り戻すまで、
どんなドラマがあったのか。
本作は史実に基づいた小説で、
実在した人物が多く登場する。
原田マハさんによると、タイトルの
「美しい愚かもの」とは、ゴッホ、モネ、
マティスといった当時のフランスのアカデミーでは
斬新すぎて評価されなかった画家たち、
そして、美術館を作ること、コレクションを守ることに
命を懸けた登場人物たちのことで、その美しいまでの
彼らの愚直さに、敬意を込めて付けたとのこと。
「タブロー」というのはフランス語で「絵画」のこと。
現在の日本には、当たり前のように美術館が
あるけれど、この小説を読めば、日本に美術館が
できるまでには、多くの人の苦労と大変なドラマが
あったんだと知ることができる。
1959年にフランスから寄贈(取り返しただけなのに
フランス政府は「返還」とは言わない)された
松方コレクションの受け入れ先として、
上野にある国立西洋美術館が、設立された。
2019年6月、国立西洋美術館は、
開館60周年を迎え「松方コレクション展」を開催した。
(本作は、それに合わせ 同年5月に出版された。)
その頃の私は、松方幸次郎のことも
この小説のことも知らなったので、
展覧会には行っていない。
この小説を読んでいたら、絶対に行っただろうなぁ。
★★★★▲
実写化するのは大変だろうけど、
映画にしても良いと思う。
松方幸次郎は、役所広司、
吉田茂は、小日向文世、
田代雄一は、妻夫木聡、
年老いた日置釭三郎は、遠藤憲一で
どうだろう。
ところで、2022年に先にこの小説を読んだ妻が
松方幸次郎の話をし出した。
写真はその頃に見つけて買った2019年の
国立西洋美術館「松方コレクション展」の図録。
↓

中古品だがとても状態の良いものを入手できた。
分厚いです。
2026.7.30
信州 美術館めぐり
先週、2泊3日で信州に行ってきた。
目的は、一昨年にも行った奥蓼科にある
御射鹿池(みしゃかいけ)に行くことと、
諏訪湖湖畔にあるハーモ美術館、
戦没画学生の作品を展示する
無言館という美術館、それから
長野県立美術館の東山魁夷館に
行くことだった。
この旅行は、妻の仕事仲間のアート・サークル
という美術館巡りのサークルの企画。
東京、名古屋、兵庫、長野から
1日目は8名、2日目には12名が集まった。
(3日目は私たち夫婦だけ。)
一昨年、御射鹿池に訪れた日は雨で、
池がほとんど見えないぐらいに霧がかかっていた。
それで、次の日にも観に行った。
今年も予定の3日間は数日前まで、雨の
天気予報だったが、3日目に少し雨が降った
だけで、1日目2日目は幸いにも晴れた。
御射鹿池は素晴らしい景色を見せてくれた。


御射鹿池のあとは、ハーモ美術館。
ここには、妻が好きなアンリ・ルソーの絵が
数枚展示されている。
この美術館所蔵のものでは、私は
ポール・アイズピリの《大運河》や
アンリ・オトランンの《丘の上の集落》が好き。

《大運河》ポール・アイズピリ

《丘の上の集落》アンリ・オトランン
このあと、長野県上田市にある無言館に
行ったのだが、予定より大分遅れてしまい、
無言館に到着した時には、閉館時間
(16:30)を過ぎていて、観ることができなかった。
翌日は、長野県立美術館に併設されている
「東山魁夷館」へ。
ここには千点近くの東山の作品が収蔵されており
2~3カ月ごとに展示替えをしている。
一昨年に訪れたときは、御射鹿池をモチーフに
描かれた《緑響く》は展示されていなかったのだが、
今年はついに実物を観ることが出来た。
やっぱり、実物は良い。

一昨年は、ドイツやオーストリアの街を描いた
作品も良かったのだが、今年はそれらは、
観ることが出来なかった。
ここには、何度も行く必要があるな。
3日目は、何も予定していなかったのだけど、
1日目に叶わなかった無言館へ行くことにした。
その前に再び諏訪湖へ。
湖畔にある原田泰治美術館へ行ってみた。
原田泰治(1940ー2022年)は、長野県諏訪市
生まれの画家・グラフィックデザイナー。
アンリ・ルソーのように正規の美術教育を受けず、
独学で描く画家たちをナイーヴ・アート(素朴派)と
いうらしい。
原田は武蔵野美術大学洋画科に入学し、
油彩画を学んだが、翌年、武蔵野美術短期大学
商業デザイン科に再入学し、商業デザインを学んだ。
諏訪市で デザインスタジオを開いたあと、
旧ユーゴスラビアの素朴画家イワン・ラブジンのことを
知り、自らも素朴画家を志した。
1989年には米国で、2000年にはブラジル、
サンパウロ、リオデジャネイロで展覧会を開いたような
国際的な画家だ。
開催中の展示は、第1展示室で
企画展[原田泰治と見る 日本の手仕事と暮らし]。
第2展示室では、
企画展[原田泰治の軌跡 素朴派との出会い]。
日本の風景を描いたその絵は、
とても素朴で、郷愁を誘う。
とても良い。
風景の中にいる人々には、顔がない。
眼鏡をかけている人がいる時は、眼鏡だけは
描いてあるのだが、目も鼻も口もない。
のっぺらぼうなのだけど、不思議と「その人」が
そこに存在している。
以下、原田泰治美術館のウエブサイトから
一部抜粋。
「自身の絵は作品として認められることは無いと
思っていた原田氏は、新聞のコラムで見かけた
旧ユーゴスラビアの素朴画家イワン・ラブジン氏の
「心の生計を立てるために描く」という生き方と
作品に感銘を受けます。
記事を何度も読み返し、「デザインの仕事をしながら、
自分らしい絵の世界を追求していこう」と決意し、
それを生涯貫き通しました。」
「心の生計を立てるために描く」
経済のためではない。
「心の生計」なのだ。

原田泰治の愛車 TOYOTA 800
信州 美術館めぐり、4館目は前々日、
間に合わず入れなかった無言館。
4月に読んだ本『ネガティブ・ケイパビリティ
答えの出ない事態に耐える力』
(帚木蓬生〈ははきぎほうせい〉著)に
無言館のことが書かれていて、これは
行きたいと思ったら、ちょうど7月に長野に
行く予定があったのだ。
長野の人に訊いたら、長野では無言館は
知られているようだが、私はその本で初めて知った。
戦没画学生の作品を展示するここは、
美術館のようでもあり、
戦没者の追悼施設のようでもある。

入口
戦没画学生と書いたが、正確には
学校を卒業してから招集されている
人も少なくないようだった。
戦地に出向いても絵を書いている人もいて
生きて、もっと絵を描きたかったのだろうと感じた。
戦死しなければ、中にはその後、画家として
成功した人もいただろうと思う。
全ての絵に、作者の名前、いつ美術学校を
卒業したか、いつ戦死したかなどが記されていた。
中には戦死した年月日の分からない人、
行方不明のままの人もいた。
家族にあてた手紙なども展示されており、
その名の通り、鑑賞者は無口なってしまう。

無言館は、1997年に開館したが、
収蔵作品数が増えたので、
2008年に 第二展示館がオープンした。
その第二展示館「傷ついた画布のドーム
オリーヴの読書館」の前に大きなコンクリートの
板に絵筆が埋め込まれたモニュメント
(絵筆の椅子〈ベンチ〉)があった。
そのモニュメントに、赤いペンキを
投げつけたような跡があった。
とても、美的ではなかったので、わざと
「血」を表して、こんな風にしているのかと思った。
後から、調べて知ったことだが、
2005年6月18日、「無言館」の慰霊碑に
ペンキがかけられた事件があった。
その慰霊碑は「記憶のパレット」という名で
戦没画学生の名前が刻まれている。
ネットで検索すると、その赤いペンキを
かけられた慰霊碑の写真も出てくるが、
こんな酷いことをする人がいるのかと悲しくなる。
しかもそのペンキは、塗料と薬剤を混ぜて
粘着性を高め、ペンキが落ちにくいように
作られていたという。
犯人は捕まっていないらしい。
件のモニュメントの投げつけられたような
赤いペンキは、その事件を復元したものだという。
私は注意していなかったので、そのモニュメントの
裏側まで良く見なかったのだが、
裏面には こう書かれてるらしい。
「椅子の背を飾る90本の絵筆は、
現在画壇で活躍中の画家、美術学校で
勉強している画学生さんの絵筆です。
壁面を汚している赤いペンキは、2005年
6月18日、実際に「無言館」の慰霊碑に
ペンキがかけられた事件を「復元」しました。
「無言館」が多様な意見、見方のなかにある
美術館であることを忘れないためです。」
多様な意見、見方のなかにあるのは
その通りだと思うし、
どんな意見を持っていても構わないが、
慰霊碑にペンキをかけるのは、
人としてはアウトやろ。
もうひとつ。
こうも書かれている。
「画家は愛するものしか描けない
相手と戦い 相手を憎んでいたら
画家は絵を描けない
一枚の絵を守ることは
「愛」と「平和」を守るということ」
[ 関連サイト ]
ハーモ美術館
東山魁夷館
原田泰治美術館
無言館
2026.7.29
TAKESHI OHBAYASHI × YOTAM SILBERSTEIN
"The Art of Duo"

大林武司(ピアノ)と ヨタム・シルバースタイン
(ギター)のデュオ・ライヴを観てきた。
ピアノの大林さんは、先日のヴェロニカ・スウィフトの
ライヴ(6月17日)でも聴いたばかり。
ギターとギターのデュオは、たくさん聴いてきたけど
ピアノとギターのデュオというのは極端に少ない。
思いつくのは、井上銘 × クリス・デフォート、
小沼ようすけ×宮本貴奈、ぐらいかな。
CD ではもうちょっと何組か聴いたことが
あるけれど、やはり少ない。
それだけこの組み合わせは、難しいのだと思う。
が、今日のデュオは期待以上に良かった。
日本人とイスラエル人というレアな組合せ。
あ、小曽根さんとアヴィシャイ・コーエンと
同じやないか。
アヴィシャイは、ベーシストだけど。
大林さんとヨタムは、ニューヨークで出会って
長年交流を深めて来たとのことだが、
もの凄く頻繁にアイコンタクトを とりながらの演奏。
聴いていて、今まさに ふたりが楽器で会話しながら、
音楽を創り上げている、という実感があった。
前から2列目の中央、ヨタムの真正面という
席も良かった。

開演前
曲は、スタンダード("Fried Bananas"
〈Dexter Gordon〉、"Stella by Starlight"
〈Victor Young〉、Woody 'n' You"
〈Dizzy Gillespie〉 から、それぞれのオリジナル、
そして意外だったのは、井上陽水の
『少年時代』など、アンコールを含めて9曲。
全曲良かった。
最後には感動したよ。
ぜひまた観たい、聴きたい、と思うライヴだった。
ヨタムのギターは、Westville のセミアコ。
とても太い甘い音色だった。

オクターバーやマルチ・エフェクターらしき
ペダルも繋いでいたよ。

ヨタムのオリジナル曲 "Ga'aguim" という曲が
とても美しく、自分でもソロギターで弾きたいと思った。
[ MEMBERS ]
Takeshi Ohbayashi (p)
Yotam Silberstein (g)
@ COTTON CLUB
2nd show
2026.7.22
『蜜柑』
芥川龍之介 著

高校3年生の冬 18歳から 21歳までの
3年間で 1000冊の本を読んだという人の
記事を 池田晶子について検索していて
「note」でたまたま見つけた。
読書歴 15年とあるから、現在33歳ぐらいか。
彼は読書好きが高じて、愛知県田原市で
ブックカフェを経営している。
読んだ本は3年間で 1000冊であり、
その後も読み続けているので、
何冊読んだのか分からないらしい。
自分の人生に影響を与えた本を10冊選ぶ
としたら、というテーマで書かれた記事に
厳選されたと思われる 10冊が並んでいた。
その中に芥川龍之介の短編『蜜柑』があった。
これはご本人が、読書にハマるきっかけに
なった小説で、出会いは 問題集。
高校の問題集に載るぐらいの短編だ。
(3千文字程度)
彼は「生まれて初めて『文学』に出会った
瞬間だった」と書いている。
問題集で『蜜柑』を読んだ日の帰り道、
本屋で新潮文庫で出ている芥川の本を
全て買い、その日から3年間の読書漬けの
日々が始まったという。
そんなきっかけになった短編小説『蜜柑』。
ぜひ読んでみたいと思い、買おうとしたら
今ではアマゾンの Kindle で無料で読める。
えらい時代になったもんや。
主人公は横須賀発の上り列車
(蒸気機関車)に乗っている。
頭の中は疲労と倦怠。
発車間際に13、14歳ぐらいの
小娘が列車に乗って来る。
主人公はその娘の顔だちも服装も
気に入らない。
おまけに小娘はトンネルが近いにも
かかわらず、窓を開けようとする。
疲労と倦怠の上に憂鬱まで
やってくる始末だ。
が、小娘がなぜ窓を開けたのか、
その訳を知ったとき、主人公は……。
自分の内面と
目の前に起きていることの一方的な
一面的な解釈。
この時、主人公に世界(他人)は
存在していないが、そこに世界(他人)が
存在し出す瞬間。
ささやかな幸福感(主人公は「朗らかな
心もち」と表現している)を表現した
短いながらも余韻の残る小説だ。
★★★★☆
ところで件の記事で選ばれていた
10冊の中に私が読んだことのある本が
1冊だけ含まれていた。
リチャード・バックの『かもめのジョナサン』。
たぶん 20歳ぐらいの頃に読んだが、
内容は覚えていない。
ちょっと詩的だったような記憶がある。
なんだかピンと来なくて、なぜこの本がこんなに
話題なのか分からなかったような気もする。
(たぶん、私はセンスがないんだよ。)
2026.7.21
すべての人の死因は生まれたことである
池田晶子 著

2007年に 46歳で亡くなった池田晶子(あきこ)。
いまだにその著書のほとんどが書店に並び、
著書の累計は140万部を超えているらしい。
先日、発売されたばかりの
『すべての人の死因は生まれたことである』は
アマゾンでは新潮新書の売れ筋ランキング1位に
なっていた(2026年7月20日現在)。
この本は、過去に出版された単行本4冊の
エッセイから「生老病死」に関するものを選んで
再編集したものだ。
池田晶子の著書の何がそんなに人々を
魅了するであろうか。
私も魅了された読者の一人だが。
本書は「生老病死」について書いたエッセイを
集めたものだが、タイトルになっている
「すべての人の死因は生まれたことである」は
当たり前のことである。
生まれないものは死なない。
生まれたから死ぬのだ。
しかし、世の中は当たり前のことが言えない。
通用しない。
医者がこんなことを言おうもんなら
大変な批判にさらされることになる。
池田は当たり前のことを書いているのだが、
それが誰にでも通じるわけではない。
私も全てに同意できるわけではない。
しかし、この人の諦念というか諦観というか
卓越したものの考え方には、唸らされ、
そして憧れてしまう。
「すべての人の死因は生まれたことである」
には続きがある。
「では生まれたことの原因は何か」と
問うことになる。
生まれたことの原因は、両親の性交か。
受精か。
否、それは生まれたことの条件であって、
原因ではない、と池田は言う。
病気で死んだなら、それは条件であって、
原因ではないように。
では、生まれたことの原因は何か。
ここから先は神秘である。
精子と卵子が結合する確率が
何十億分の一だから、私たちが生まれたのは
奇跡だと言う人がいる。
そう言われれば、奇跡のように思える。
しかし、池田は言う。
「いかに奇跡的な確率であれ、確率であると
いうことは、可能であるということだ。
可能なことは、可能なのだから、
奇跡的なことではない。
確率は奇跡ではあり得ないのだ。
本当の奇跡は、自分というものは、
確率によって存在したのではないと
いうところにある。
なるほどある精子と卵子の結合により、
ある生命体は誕生した。
しかし、なぜその生命体がこの自分なのか。
その生命体であるところのこの自分は、
どのようにして存在したのか。
これはどう考えても理解できない。
なぜこんなものが存在しているのかわからない。
だから、奇跡なのだ。
なぜ存在するかわからないものが
存在するから奇跡なのだ」
自分というものが、存在していることが
奇跡で、神秘。
自分が生きていること、存在していることが
当たり前すぎて、そんな風に考えたことは
なかったが、これ以上の奇跡はない。
そして、「自分の」命だと思っているが、
生まれてくることも、死ぬことも
自分しだいではない。
一体、自分の命とは、自分とは、何なのか。
「死」についての考察も大変興味深い。
「死はない」と、池田は言う。
死を見た人はいない。
私たちが見たことがあるのは、
死体であって「死」そのものではない。
「死」そのものを見ることはできない。
「論理的には死は存在しないが、
現象的には死は存在する。
論理と現象の絶対矛盾が
同一であるのが人間という存在だ」
池田は自分のことを
「本質的にしか考えられないという、
どうしようもない癖がある」と書いている。
これは「病膏肓(やまい こうこう)」だと。
そして「『考える』とは、現象における本質を
捉えるということ以外ではない」とも。
彼女は「死」という現象について
その本質は何か、考えて考えて
考え抜いたのではないか。
その結果、「死はない」ということに
たどり着いた。
すると(墓碑銘に書いた通り)
「さて死んだのは誰なのか」ということに
なったのではないか。
こんな風に思うのは、まだまだ浅はかか。
★★★★▲
先日、その墓碑銘を見るため
青山霊園の池田の墓に行ってきた。
そのことは先日書いたが、
そのエントリーには書かなかったことがある。
実は、墓石(というより墓碑銘)の前に
立った時、突然何かが グゥ―ッと
込み上げてきた。
その情動が何か、言語化する前に
スゥーッと引いてい行ったのだ。
そんな情動を味わうより、
「さて死んだのは誰なのか」という
問いに向き合いなさい、
ということだったのかも知れないと思った。
もう一つ、墓参りなので手を合わせたのだが
この人の墓ほど手を合わせるのが
相応しくない墓はないのではないか、
とも思ったのだ。
池田の前では、自分の一挙一動が
ナンセンスに思えてしまうのであった。
「死」とは?
「墓」とは?
「墓参り」とは?
分かっているようで、
何一つ分かっていないことを
突き付けられる思いであった。
[ 参考サイト --- いずれも知らない方の記事です]
池田某氏の墓詣で
池田晶子氏のお墓を訪ねて
2026.7.19
「さて死んだのは誰なのか」
東京・青山霊園にある池田晶子の墓参りに行ってきた。
発売されたばかりの池田晶子の著書
『すべての人の死因は生まれたことである』。
昨日届いて一気に読んだ。
池田は、2007年に46歳で亡くなっており、
新しい本が出るわけはないのだが、この本は
単行本4冊のエッセイから「生老病死」に
関するものを選んで再編集したもの。
(私は池田の本を3冊しか読んでいなかったけれど
そのうちの2冊がここに含まれていたよ。)
『すべての人の死因は生まれたことである』に
ついては書きたいことが色々あるので
改めて書くことにして、今日は墓参りのことを書こう。
その本に墓碑銘に関するエッセイがあった。
彼女は自分の墓碑銘は
「さて死んだのは誰なのか」にすると。
私は池田流の「洒落」だろうと思った。
(池田なら「諧謔(かいぎゃく)」と書くかも知れない。
「諧謔」は池田が良く使う言葉で、気の利いた
ユーモア・冗談のこと。)
しかし、本の後書きにその墓碑銘は
お墓に刻まれていると記載があった。
調べてみると、そのエッセイ「墓碑銘」は、
「週刊新潮」の連載エッセイ「死に方上手」の
連載最終回にあたるもので、池田の死後、
雑誌に掲載されたとあった。(こちらの記事)
つまり、エッセイ「墓碑銘」を書いた時、
洒落ではなく、本気だったのだな。
お墓は青山霊園だ。
ならば、墓参りをして、ぜひその墓碑銘を
この目で見てみたい、と思った次第である。
青山霊園には自宅から 30分ほどで
行けるけど、池田の墓がどこにあるか
分からないのでは、墓参りも叶わない。
と思って検索すると、ヒットした。
↓
池田晶子の「墓」ができました!
ちゃんと案内図付き。
そして、なんと 命日が2月23日。
223、そう「ツーツーミ」だ。
こうなると、もう絶対行かねば、となった。
墓碑銘は、原稿用紙を模した
アルミ合金製の鋳物扉に
本人直筆の文字を転写してあった。


「さて死んだのは誰なのか」
上にあるのは、本のオブジェで
こちらにも直筆の文字。

これは自著へサインした時のものらしい。
この墓碑銘が実現するまで、
青山霊園の抽選に挑戦し続けて8年、
没後12年が経過していた。
関係者(ご主人)のご苦労も多かったことでしょう。
* * * * *
実際には自分の墓を建てる気はないのだけど、
自分の墓碑銘を考えてみるのも乙かもね。
あと、だから何、ということでもないのだけど。
墓誌には誕生日の記載があった。
1960年8月21日。
一昨年逝った私の姉の誕生日は
同年8月22日で1日違いだ。
ピカソ meets ポール・スミス
遊び心の冒険へ
Picasso, through the Eyes of Paul Smith

国立新美術館で開催中の展覧会
「ピカソ meets ポール・スミス」に行ってきた。
国立ピカソ美術館(パリ)が所蔵する、
パブロ・ピカソの作品を英国人デザイナー、
ポール・スミスが考案した会場のレイアウトに
展示するという企画。
2023年にパリで開催された、
ピカソ没後50周年記念の特別展
「ピカソ・セレブレーション:コレクションに
新たな光を!」を基にした国際巡回展。
通常、展覧会で作品が展示される壁は、
白っぽい無地の壁であることが多いが、
この展覧会は違った。
15のコーナーに分けられていたが、
原色で塗りつぶされた壁だったり、
派手な模様だったり、ポスターが
張り巡らされていたりと、ピカソの作品だけ
ではなく、そのディスプレイ自体も楽しめる
ように作られていた。



ピカソの作品は、作風の幅が広くて
中には何が良いのか分からないものもあるが、
今回は「ヘタウマ」的な作品に惹かれた。
特にこれ。

『草上の昼食:片腕に寄りかかり座る男』
これ、厚紙を切って鉛筆でちょこちょこっと
書いただけのものなのだけど、何とも言えない
味がシミ出ている。
もとネタはマネの『草上の昼食』という、
オルセー美術館所蔵の絵画。

この絵のピカソによるカバー作品(?)も
あったのだけど、ピカソは手前の男性を裸にして、
厚紙に書いて切り取ってしまったんだな。
作られたのが、1962年8月28日とあり、
私が生まれて間もないこともなんだか嬉しい。
ポストカードを買ったよ。

こちらは『牡牛の頭部』。

実はこれ、自転車のサドルとハンドルを
組み合わせただけで、溶接した以外
何も手を加えていない。
「アッサンブラージュ」と呼ばれる寄せ集め
(組合せ)の作品。
こういうの思いつくのは天才だなぁと思う。
ポール・スミスは、この作品の左右両サイドに
自転車のサドルとハンドルを並べてディスプレイ。

『女あるいは水夫の胸像』

これは『アヴィニョンの娘たち』のための習作。
『アヴィニョンの娘たち』というのは、
「キュビスム」の起点とされる作品らしいが、
そこにたどり着くために、たくさんの試行錯誤が
あったんだな。
2026.7.17
Martin Taylor
In Concert

マーティン・テイラーを知ったのは、もう25年くらい前。
勤務先が 四ツ谷3丁目だった頃、
四ツ谷4丁目の図書館で 借りた2枚組オムニバス CD
『Smooth Jazz On A Summer's Day』に入っていた
『Midnight At The Oasis』という曲が
めちゃくちゃ気持ちよくて、「誰これ?」と
思ったのがきっかけだった。
話しはそれるが、公立の図書館では
書籍も CD も無料で借りられるので、
ずい分ありがたいと思ったが、ミュージシャンの
権利はどうなるんだろうな。
まあ、それは本でも一緒か。
件の曲は バンドによる演奏で、まさにスムース・
ジャズな曲だったが、その後 私が虜になったのは、
マーティン・テイラーのソロ・ギターだった。
初めて観たライヴは、2003年12月、
すみだトリフォニーホールでケイコ・リーとのライヴ。
(その前年にケイコ・リーは、マーティンを迎え
アルバム『ケイコ・リー・シングス・スーパー・
スタンダーズ』をレコーディングしている。)
それからは、来日の度にライヴに行った。
ソロ公演もあったけど、鈴木大介、渡辺香津美、
Ulf Wakenius、Muriel Anderson など
誰かとのデュオも多かった。
来月、久しぶりに観に行くのだが、
最後に観たのは、2019年なので7年ぶりだ。
(来日も7年ぶりのようだ。)
今年、新しいアルバム『Standards』を
リリースしたので、そこからの曲が中心になるのだろう。
ただ、パッと見たところ、そのアルバムの半分は、
すでにソロ・ギターでレコーディングされているもの
なので、もっと違う曲を聴きたいという気持ちもある。
もちろん、以前の録音とは演奏は違うんやけど。
さて、そのマーティンのライヴ DVD を久しぶりに観た。
1996年11月1日、ペンシルヴァニア州ピッツバーグの
マンチェスター・クラフトメンズ・ギルド で収録された
ものなので、今から 30年前の演奏。
マーティンも 40歳と若い。
髪の毛も長く、後ろでくくっている。
ギターは、ヤマハの AEX-1500。
フローティング・ピックアップとピエゾをブレンドできる。
マーティンのはカスタムモデルである可能性もあるけど、
私も一時期、彼の影響で 色違いを所有していた。
手放したことを少し後悔している一本。
演奏は、何度も観ても素晴らしいね。
バラードはどこまでも美しく、甘く、切なく。
速いリズムのものは、ギター一本でもこんなに
グルーヴやスイングを出せることを思い出させてくれる。
この人の演奏は、弾き損ないのようなミスがない。
そういう意味では、トミー・エマニュエルと同じく。
トミーとマーティンは、私の中でも ソロ・ギターの巨匠。
そのふたりは CD も出しているけれど、
叶うなら日本でデュオ・ライヴをと願っている。
収録曲:
1. Georgia
2. I Got Rhythm
3. Can't Take That Away from Me
4. In a Mellow Tone
5. Why Did I Choose You?
6. The Dolphin
7. Medley: Dixie/Old Man River
8. Sweet Lorraine
9. Stella by Starlight
10. Lulu's Back in Town
11. I Remember Clifford
12. Taking a Chance on Love
(75 min.)
2026.7.17
クリント・イーストウッド
『ピアノ・ブルース』

クリント・イーストの音楽好きは有名な話で
ご自身もピアノを演奏される。
チャーリー・パーカーを描いた『バード』や
フォー・シーズンズを描いた『ジャージー・ボーイズ』
などの作品も監督してきたし、
『ミスティック・リバー』では、音楽監督も務めた。
息子のカイル・イーストウッドは、
ジャズ・ミュージシャンだしね。
本作『ピアノ・ブルース』は、2003年の作品で
ピアノ・ブルースに焦点をあてたドキュメンタリー。
DVDを発売後すぐに買ったのかどうか
覚えていないのだけど、ずい分前であることに違いない。
あんまり面白くなかった覚えがあったけど、
観直してみると、中々良かった。
特にレイ・チャールズ。
どうしてピアノを始めたのかという話しは
興味深い。
近所で、ブギウギ・ピアノを練習している人が
いて、ピアノが聞こえると遊びを中断してまで、
その人の家にいったらしい。
その人はレイにピアノを手ほどきをしてくれたのだという。
とても感謝していると名前も言っていた。
あの時、彼は「練習の邪魔だから帰れ」と言うこともできた。
でも、言わなかったのは「遊びを止めてもまで
来るということは、この子は音楽が好きなんだろう」と
思ってくれたんじゃないか、というような話しだった。
とにかく晩年のレイの様子を観られるのは、貴重。
それ以外にも、知らなかったピアニストが
何人も出てくるのも良い。
実際にイーストウッドがインタビューする映像と
アーカイブ映像が混ざっているけれど、
出てくるピアニストは、レイ・チャールズ、
デイブ・ブルーベック、ジェイ・マクシャン、
ドクター・ジョン、パイントップ・パーキンス、
アート・テイタム、オスカー・ピーターソン、
プロフェッサー・ロングヘア、ナット・キング・コール、
デューク・エリントン、セロニアス・モンク、
ドロシー・ドネガン、マーサ・デイヴィス、
フェニアス・ニューボーン など。
ただ、後半はブルースから離れて
話しがジャズに流れていく。
もちろん、ブルースとジャズは切っても切れないのは
百も承知だけど、なんだかポイントがブルースから
外れて散漫になっていく印象。
でも、誰だったか出演している高齢のピアニストは
「音楽は、テンポが速いか遅いかだけで、
全部ブルースや」と言っていた。
その区別は、でか過ぎるで。
そして最後は、レイ・チャールズがオーケストラを
バックに唄う『America The Beautiful』。
「レイはなんでもブルースにしてしまう」みたいな話し。
うーん、ちょっと無理があるかなぁ。
レイ・チャールズの唄はええねんけどね。
本作は、マーティン・スコセッシ監督が
製作総指揮を務める「THE BLUES Movie Project」
シリーズ、全7話のなかのひとつ。
テレビ用に製作されたもので、劇場公開はされていない。
2003年製作/92分/アメリカ
原題:Piano Blues
DVD で鑑賞
2026.7.14
GABRIELLE CAVASSA
ガブリエル・カヴァッサ

先月ブルー・ノートで聴いた、ヴェロニカ・スウィフトは
1994年生まれだだったのだけど、同じ 1994年
生まれで またまた素晴らしい、米国のジャズ・シンガー
ガブリエル・カヴァッサ のライヴを観てきた。
ガブリエルは、2020年に自主製作で
デビュー・アルバムをリリースし、2023年に
ジョシュア・レッドマンが初のボーカル・フィーチャーの
アルバムに起用した。
そして 2023年、ブルーノート・レコードと契約し
今年、メジャー・デビュー・アルバムとなる
『DIAVOLA』 をリリース、という経歴。
ドン・ウォズが「耳元で秘密を囁いてくれるような
体験」と称賛したというが、さもありなん。
とてもよろしい。
ライヴはギタートリオにヴォーカルというカルテット。
生で聴くと、所謂アメリカ的ではない印象。
ブラジリアンな曲が数曲あったから、
ブラジル的かというとそういう訳でもない。
ヨーロッパ的というのもピンと来ないのだけど。
彼女の歌は、自然体でいて無垢というか
奔放で、それでいて ちょっとセクシー。
衣装もセクシーでした。
バンドはギタートリオで正解だなと思った。
ピアノだともう少し普通な感じになってしまいそうな気がした。
ギターのガブリエルは、テレキャスタータイプを使用。
ユニークな演奏でした。
終演後、ステージのギターを近くまで見に行こうと
思っていたのに見ずに帰ってしまった。
たぶんハムバッカーが2つ搭載されていたと思う。
私の席から見る限り、フェンダーではないように見えた。
曲は、アルバム『DIAVOLA』から。
印象的だったのは、コントラバスのアルコで
始まる『Angelo』。
何度も何度も「Angelo, Angelo」という
歌詞が繰り返される。
意味は分からないけど、なんだか切ない。
この曲は、ルイージ・テンコ(イタリアのシンガー
ソングライター)という人の曲で、歌詞もイタリア語。
国は違うけど、ちょっとシルビア・ペレス・クルス
(スペイン)に通じるものを感じた。
それから、ギターの音を重ねてシンセのように
鳴らして、その上でガブリエルが唄う『Be My Love』。
これは、メロディに付いてコードが変化して
いかないので、かなり唄うのが難しいと感じた。
本編ラストは、バカラックの
『Raindrops Keep Falling On My Head』。
これがまた 良いアレンジだ。
アンコールは、まさかの『赤トンボ』を日本語で。
ベースのレックス・ワルシャフスキーも
ドラムスのピーター・バーナードもとても良かった。
日本では知名度がまだまだなのか、
私が観たのは2日間4公演のラスト・ショーだったが
少し空席が目だった。
もったいない。
ところで、ガブリエル・カヴァッサとギタリストの
ガブリエル・シュナイダー、二人とも「ガブリエル」だ。
ガブリエルって男性でも女性でも どっちでも
OKなのか、と思ってちょっと調べてみた。
スペルは、男性名が「Gabriel」で、
女性名は「Gabrielle」なのだそうだ。
確かにメンバーの表記はそうなっている。
男性の場合は「Gabe」と呼ぶことも多いようだが、
女性は「Gabby」や「Gabi」と呼ぶらしい。
[ MEMBERS ]
Gabrielle Cavassa (vo)
Gabriel Schnider (g)
Lex Warshawsky (b)
Peter Varnado (ds)
@Blue Note Tokyo
2nd show
『Diavola』(Full Album)
『Raindrops Keep Falling On My Head』 Duo
2026.7.10
妄想美術館
原田マハ X ヤマザキマリ

原田マハさんの著書は数冊読んだけれど、
ヤマザキマリさん漫画は読んだことがない。
大人になってからは、漫画は数えるほどしか
読んでいないんだ。
でも、映画になった『テルマエロマエ』は、
2本とも劇場で観たよ。
ヤマザキマリさんは、山下達郎のアルバム
『SOFTLY』のジャケットになった達郎氏の
肖像画を描いていたり、立川志の輔師匠の
落語会に行くとマリさんの描いた師匠の
肖像画が展示されてたりと、
漫画は読んでいないのに
不思議と馴染みがある。
原田マハ と ヤマザキマリ。
アート、そして小説と漫画という違いはあれど
アートをネタに創作するという共通点を持つ、
このおふたりの対談。
この本を読む前に、デジタルで読んだ対談が
とても面白かったので、この本も読んでみたくなった。
好きな美術館、好きな作家、好きな作品、
お勧めの美術館など、ふたりのファンでなくても
アート好きなら知っておきたい情報満載。
ふたりが館長をするなら、という妄想美術館も
面白いし、『テルマエロマエ』誕生秘話も興味深い。
知らない作家を知れるのも良いね。
ちょっとマリさんの方が、マニアックな印象。
おふたりとも専門的な教育を受けていらっしゃるから、
奥が深いです。
そんなに文字数が多い本ではないけれど
この一冊だけでも私の受け皿は溢れてしまいました。
★★★▲☆
2026.7.5
フルマラソン 6時間を切れるのか(5)
今年のチャレンジの一つとして、
ウォーキングとジョギング合わせて、
1年間で 1000キロを目標にした。
先日、ようやく 500キロを超えた。
ウォーキングが 103キロ、ジョギングが 400キロだ。
実は、ウォーキングは入れないで、
ジョギングだけで 1000キロ達成を目指している。
4月の半ばから5月の半ばまでは調子よく、
1か月間で 153キロを走った。
そのペースで進めば、今頃はジョギングだけで
600キロ近く走っていることになるのだけど
そんなに順調には進まない。
5月後半、韓国に行ったり(3泊)、
福井に行ったり(2泊)したあと、
いよいよ練習再開と思っていたときに、
軽いギックリ腰をやってしまった。
そんなこんなで、丸4週間開いてしまった。
ようやく6月17日に練習を再開。
毎回できれば 10キロ以上と思ってスタートするが、
どうも調子が出ずに、10キロ走らずに
やめてしまうことが増えた。
一昨日なんて全く力が出ず、2キロでやめてしまった。
夕方、また走る気になったので、8キロ走り、
その日の合計で 10キロは走ったけど。
そんな風なので、今のところフルマラソン
6時間切りは全く見えていない。
また、この時期、雨が多く走れない日もある。
ボチボチ暑くなってきたので、ジョギング中の
疲れというか ダルさも徐々に増してきた。
夏をどう乗り切るかが、11月の本番に
大きく影響すると思うが、当日まであと 119日。
はてさて。
MODERN LOVE Tokyo
モダンラブ・東京

アマゾン・プライム・ビデオのドラマ『モダンラブ』。
アメリカ版シーズン1、アムステルダム版に続いて
東京版を観た。
東京版は 30分から 40分ほどのドラマ、
7話からなる。
こちらも「ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された
コラムを基に」となっているが、日本が舞台だからか
日本人がスタッフで出演者も日本人だからか、
仕上がりも幾分日本的に感じた。
同性愛の夫婦、母乳で息子と繋がろうとする母親、
離婚した夫婦、熟年男女の出会い、
妻がうつ病の夫婦、出会い系アプリで別の人物に
なり切る男とその男に惹かれる女、国際的な恋愛、
高校時代の恋を終わらせられない女など、
やはり色んな恋や愛の形を描いている。
始めに観た「アメリカ版シーズン1」があまりに
良かったため、残念ながらそれは超えない。
話しによっては、それなりに楽しめたけど、
私にはリアリティのない話しもあったし、
多少嫌悪感を感じる演出もあった。
エピソード6では、私が感動した「アメリカ版
シーズン1」の「エピソード8」のスタイルを
踏襲するが、全く及ばず。
別になくても良かったぐらい。
出演者は、水川あさみ、前田敦子、
榮倉奈々、柄本佑、伊藤蘭、石橋凌、
成田凌、夏帆,、永作博美、ユースケ・サンタマリア、
ナオミ・スコット、池松壮亮と豪華。
エピソード7はアニメで、声の出演に
黒木華、窪田正孝ら。
どうせなら、実写で観たかった。
個人的にはエピソード3(出演/伊藤蘭、石橋凌)の
熟年の男女の初デートの話しが好きだな。
「そんなことあるか?」というような展開だけど、
事実は小説より奇なり、というからな。
★★★▲☆
2026.7.2
マジェスティック
The Majestic

ジム・キャリーというと『マスク』や
『Mr. ダマー』のようなコメディの印象が強いが、
本作は米国の1950年代の赤狩りを題材にしたドラマ。
ジム・キャリー演じる、ピーター・アプルトンは
ハリウッドの脚本家。
そんな彼に共産党員の疑いがかけられる。
仕事を干されたピーターは、自動車事故を起こし
川に落ちる。
気が付いたら、見知らぬ街に流れ着いていた。
ピーターは 記憶喪失になっており、
街の人々は 戦死したルークが生きていたと、
勘違いする。
タイトルの「The Majestic」は「威風堂々」と
いう意味で、ルークの父親が経営する映画館の名前。
戦争で若者を多く失った街は、
ルークの奇跡の帰還で活気を取り戻す。
閉鎖されていた映画館「The Majestic」も再オープンだ。
しかしやがて、その街にも FBI の捜査の手は及ぶ。
1950年代に入っても、まだまだ戦争の傷跡が
生々しかったことが、本作から感じられる。
街の若者が「ノルマンディで戦死」と聞いても
なんともないのに「沖縄で戦死」と聞くと、
自分の心の何かが反応するのが分かる。
戦死という本質は、同じなのにね。
アメリカ映画らしい結末で、
アメリカの負の側面・歴史を批判しつつ、
勇気と希望に満ちた、英雄の物語。
監督は『ショーシャンクの空に』、
『グリーンマイル』のフランク・ダラボン。
★★★★☆
2001年製作/153分/アメリカ
原題:The Majestic
劇場公開日:2007年6月22日
DVD で鑑賞
2026.7.1
中牟礼貞則

日本のジャズ・ギター界のレジェンド
中牟礼貞則(なかむれ さだのり)さんが亡くなった。
享年 93。
6月4日に亡くなっていたのだが、今日知った。
今年の2月までステージに立たれていたそうだが、
3月に入院され、そのまま逝かれたようだ。
3月15日が誕生日なので、92歳まで
ステージに立ち続けたわけで、それは音楽家として
幸せなことではなかったろうか。
きっと、まだまだもっと 演りたかったと思うけど。
私は中牟礼さんの演奏を数回、生で聴いたことがある。
最後に聴いたのはもう10年以上前(2015年)で、
移転前の BODY & SOUL で
井上智さんとのギター・デュオだった。
中牟礼さんは82歳だった。
その日のエントリーを読んで、中牟礼さんの
ソロ・ギター『My Funny Valentine』が
素晴らしかったことを思い出した。
中牟礼さんのリーダー・ライヴには行ったことが
なかったことが悔やまれる。
合掌。
[ 関連エントリー ]
2012.6.13 増尾好秋 ギター・デュエット
2015.2.4 中牟礼貞則 & 井上智 スペシャル・ギター・デュオ
2026.6.30
MODERN LOVE Amsterdam
モダンラブ・アムステルダム

先日アマゾン・プライム・ビデオで観たドラマ
『モダンラブ(シーズン1)』がとても良かったので
アムステルダム版を観てみた。
こちらも 30分ほどのドラマが6話。
アムステルダム版にもオープニングに、
「ニューヨークタイムズ紙のモダンラブ欄に基づく」
と出るのだけど、ニューヨーク版とは
ずい分と印象が違う。
ニューヨーク版がストレートだとしたら、
変化球が多いといえば良いのかな。
ハーピーエンドではない、欧州的(?)な
ストーリーもあったし。
オランダは、事実婚であっても法律上
結婚同等の権利が認められているらしく、
結婚しないカップルもいるようで、
そのまま子どもを持ち家族になるケースも
珍しくないようだ。
「個人主義」「オープンなコミュニケーション」が
基本にあるようで一般的な日本人とは
ずい分と考え方が違うと感じた。
そういう背景もあるのか、ちょっと私には
理解しがたい関係もいくつか描かれていた。
エピソード6は、夫婦で互いが別にセックスの
パートナーがいることをオープンにしており、
子供にまでそのことを共有する家族が出てくる。
私には驚きだったが、観ながら自分の考えが
保守的で古いんだとも思った。
そんな家族が本当に普通にオランダにいるのか
どうかは分からないし、それが良いとも思えないの
だけども、頭ごなしに否定するのも違うな、と思った。
そういう関係はある意味、人類の進化かも知れないし。
『モダンラブ』は東京版もある。
また違うテイストかも知れないので
観てみようと思う。
★★★▲☆
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