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つつみしんやのひとりごと 2015年 4月
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2015.4.1

似顔絵?

近所の寿司屋にキープしている、

私の焼酎のボトルに 常連客の T さんが

落書きをした。






咲いたな。







2015.4.2

ひまわりの海

舘野泉というピアニストのエッセイ、

『ひまわりの海』 を読み終えた。

舘野さんのことは、ここに書いた が、

脳溢血で倒れたあと、左手のピアニストとして、

復帰された。

エッセイは、倒れられる前、演奏会で、

巡った世界各地のことを書いたのが半分と、

残りの半分は、倒れたあとの

闘病と復帰の記録だ。

演奏旅行のエッセイは、日本の田舎町から、

あんまり聞き馴染みのない国での演奏まで、

彼の音楽に対する真摯な姿勢と人柄が

伺える内容で、知らないクラシック音楽家の

名前や曲名がたくさん出てきて、

退屈しそうなのだが、ゆっくり、

大切に読みたいと思うエッセイだった。

倒れてから闘病のくだりは、

その不安や悔しさは、きっと文章に

書かれている以上で、想像を絶するものだっただろう。

当初、左手のための曲を弾くことに抵抗のあった

舘野さんが、やがて、作曲家の友人に、

左手のためのピアノ曲を書いてくれと依頼し、

ついには左手だけの曲でステージに立つに至る。

きっかけは、舘野さんの息子さんが贈った

楽譜だった。

それは、ブリッジという作曲家が、

戦争で右手を失った友人のピアニストのために

書いた曲だった。

その曲を弾いた時のことを舘野さんは、

こう書いている。

「音にしてみると、大海原が目の前に現れた。

氷河が溶けて動き出したような感じであった。

左手だけの演奏であるが、そんなことは意識に

上がらず、ただ生き返るようであった。

〜 (中略) 〜

音楽をするのに、てが一本も二本も関係はなかった。」


左手の演奏会のあと、観客に

「左手だけの演奏を余儀なくされ、

もどかしく、口惜しくはないか」 と訊かれ

「口惜しくないとは言えないだろう。

今まで弾いてきた音楽を、どうして

忘れ去ることができようか。

〜 (中略) 〜

しかし、これもありのままを正直に

申し上げるが、今感じているのは

音楽の喜びだけである。

〜 (中略) 〜

演奏をしている時には、片手で弾いて

いることさえ忘れている。

充足した音楽表現ができているのに、

どうして不足など感じることがあろう。」


両手で演奏できない口惜しさなら想像できる。

それとて、想像の域を出ないが。

だが、ただ、音楽ができることの喜びに充満した

この言葉は、私に知らない世界を提示してくれた。

人は、ないものを見るから不幸なのだ。

その状況になって、失ったものに

嘆き悲しむ人生も可能だろうし、

全く新しくチャレンジを始めることもできる。

人間というのは、無限に素晴らしいと

思ったのであった。


そして、片手で弾こうと両手で弾こうと、

音楽は、音楽だ。

片手で弾くのは、難しくないかとか、

疲れないかとか、そんなことは、

音楽とは関係のない聴衆の興味本位の

関心事でしかない。

目が見えなかったら、片手で弾いているのか、

両手で弾いているのかなんて、

分からないのだ。

私は、このエッセイを読み終えて、

「左手の」 といちいち書く自分が

恥ずかしくなった。


もうひとつ、印象的なエピソードを。

舘野さんが復帰後、まだ長いプログラムは、

弾けないと思っていた頃、

日本のあるコンサートで全ての曲を引き終えると、

2時間近くになっていた。

フィンランドの奥さんに電話で

「凄く長いプログラムで、2時間近くも

かかったんだよ」 と言うと奥さんは

「あら、あなた、また枠からはみ出しちゃったのね」

と言って大笑いされてしまったとある。

「枠からはみ出したというのは、小学生の頃、

習字の時間に書く字が大きくて、いつも紙から

はみ出していたことを言われたのである。

たびたび先生に母が呼び出されて

注意を受けたそうだが、母は、

『いいよ、字ははみ出すぐらいの方が

いいじゃないか。枠にはまらない方が面白いよ』 と

言ってにこにこしていた。」


ああ、こんなことを言ってにこにこしていられる

母親がどれほどいるのだろうか。

私の母なら、きっと 「枠に収まるように書きなさい」 と

言ったに違いない。

いや、それがいけないわけではない。

そんな母に不満があるわけでもない。

ただ、枠からはみ出すような人間は、

枠からはみ出すことが許される環境で、

育つんとちゃうかと思ったのである。

舘野さんは、枠からはみ出しているもんね。








2015.4.3

HELEN MERRILL
ヘレン・メリル


「ニューヨークのため息」 ヘレン・メリル。

1930年生まれだから、私の父や

クリント・イーストウッドと同じく、

今年で85歳 (!) の現役ジャズ・シンガーだ。

中学か高校生の頃、TVCM で、

その声を初めて聴いた。

誰もが耳にしたことのあるであろう、

" You'd Be So Nice To Come Home To " だ。

数多く日本のステージに立っており、

一時 (60年代半ばから70年代初め) は、

日本に住んでいたこともあるようだが、

ナマで聴くのは、今日が初めてだった。

ヘレン・メリルというと、前述の

" You'd Be So Nice To Come Home To " が

収録されたデビューアルバムのジャケットの

顔の印象が強烈だが、この写真の時、

彼女は、24歳なのだ。



24歳でこんな渋い顔が、

看板になったというもスゴイけど、

ほかの写真を探してみるとこんなにキュート!



でも、可愛らしい写真ではなく、

あの強烈な写真をジャケットに選んだ

「ただのかわいこちゃんとちゃうで」 という

レコード会社の心意気を買うね。


ライヴは、3月31日から 4月4日まで、

4月2日をオフにして、4日間、計8公演

あるのだが、金曜日ということもあってか

ほぼ満席で、ヘレンの人気の高さを感じた。

まずは2曲バンド (ピアノ・トリオ) だけで演奏。

そして、ヘレンの登場。

見た目は、可愛いおばあちゃんだ。

1曲目 " Born to be Blue " 。

出だしの声でやられてしまった。

(ああ、もうこんな歌を聴いたら、

若いオネエちゃんの歌が聞けなくなるやんか)

というような、渋すぎる歌声。

こういうレベルになると、

もう人生というか、その人が歌に現れていて、

ピッチがどうのこうのとか、

そういうことを超越して、

心に届いてしまうねんな。

そういえば、昨年4月、85歳の

バート・バカラックをナマで聴いたときも

同じように感じたなぁ。

曲は、" Bye Bye Blackbird " や " All Of Me " など。

そしてもちろん、" You'd Be So Nice To Come Home To "。

途中、「孫です」 と ローラ (と言ったと思う) を

ステージに上げた。

20代だろうか、若い女性だ。

ローラが、" Summertime " を歌ったあと、

少しテンポを上げて、ヘレンも歌った。


本編終了後、

84歳にアンコール (残業) を求めるのは、

どうなんやろと思っていたら、

すぐにステージに戻ってきて、" 's Wonderful "。


やはり高齢であることは否めず、

その姿を見ると、

(今後もたびたび来日するのは難しいかも) と

思わざるを得なかったのは、哀しいが

観に行って良かったです。

ヘレン、激渋カワイイ です。


[ MEMBERS ]
Helen Merrill / ヘレン・メリル (vo)
Ted Rosenthal / テッド・ローゼンタール (p)
Sean Smith / ショーン・スミス (b)
Terry Clarke / テリー・クラーク (ds)

@ Blue Note Tokyo
2nd Show





追記 (2015.4.10)

そういえば、
" Gee Baby, Ain'T I Good To You "
" All Blues " も演った。





2015.4.4

ジヌよさらば 〜 かむろば村へ 〜

映画 『ジヌよさらば 〜 かむろば村へ 〜 』。

原作は、いがらしみきおのコミック。

いがらしみきお って、あのちょっと下品やけど、

おもろい4コマ漫画を書いていた人だ。

主演は、松田龍平。

そのほか、阿部サダヲ、松たか子、二階堂ふみ、

片桐はいり、荒川良々、西田敏行 ら。

600万円以上の貯金を持っていながら、

お金アレルギーで、通帳と印鑑をゴミに

出してしまうような男の物語。

結構、笑わせてもらいました。

おもろいです。

音楽は、佐橋佳幸 (松たか子の旦那ね)。

冒頭から ええギターの音が聞けます。


★★★★▲


ジヌよさらば 〜 かむろば村へ 〜




シェフ 三ツ星フードトラック始めました

監督・脚本・主演 ジョン・ファヴロー。

その他の出演、ダスティン・ホフマン、

オリヴァー・プラット、ジョン・レグイザモ、

そしてセクシーな2人、ソフィア・ベルガラ と

スカーレット・ヨハンソン。

レストランのオーナー (ダスティ・ホフマン) と対立し、

店を辞めたシェフ、カール・キャスパー (ジョン・

ファヴロー) は、キューバ・サンドイッチ

一品だけのフードトラック (移動店舗) を始める。

これが大当たり。

とにかくそのサンドイッチが美味そう。

そして、出てくる人々が素晴らしいね。

助手のコック達、カールの息子、元嫁、元嫁の元夫、

辛口の批評家など。

幸福って、やりたいことをやって、

素晴らしい人に囲まれていることやと思ったね。

アメリカ映画らしく、家族の絆も交えながら、

信じる道を進めというメッセージかな。


ああ、キューバ・サンドイッチ 食いたい。

サウンドトラックも Very Good。


★★★★▲


シェフ 三ツ星フードトラック始めました





2015.4.5

渡辺真知子

昨日は、渡辺真知子のライヴを観てきた。

渡辺真知子って、歌唱力もあるし、

『かもめが翔んだ日』 とか

『唇よ、熱く君を語れ』 とか、

ええ曲歌ってたよね。

最近は、ラテン&ジャズ路線で

活動しているようなので、

(どんなんかな〜?) と興味を持ったのだ。


率直な感想を書くと、ラテン度もジャズ度も

私には中途半端に聞こえた。

だが、『リンゴ追分』 は、素晴らしかった。

1番は、マイクも通さずアカペラで歌い、

途中間奏部分が、4ビートの早いジャズになり、

またスローに戻るというアレンジも良かったが、

何より、彼女の歌が力強く、素晴らしかった。

期待していた 『かもめが翔んだ日』 は

要らぬアレンジをされたがために、

楽しめなかった。

アレンジが悪いわけではない。

一方、テンポを落として

ピアノのみの伴奏でしっとりと歌い上げた

『ブルー』 は、良かった。

両方、耳慣れたアレンジと違うのに

どうして一方は良くて、

一方は良くなかったのか考えてみた。

『かもめが翔んだ日』 は、足し算をしたが、

『ブルー』 は引き算をしたように感じた。

引き算をすると、余計なものが削ぎ落とされ、

メロディと歌詞だけが残っていく。

その楽曲の素 (す) があらわになるのだと思う。

だが、〜〜風にアレンジすると、

そんなことしなくても魅力のあった曲が、

余計な飾りをつけたために、

死んでしまうんじゃないか、

そんな風に思った。

その証拠というわけでもないが、

凝ったアレンジではなく、素直なアレンジの

『マイ・ウェイ』 は、良かったもんね。

でもこれは、日本語だったから

良かったんやと思う。

『Volare』も、アンコールで歌った

『Amazing Grace』 も、聴きながら、

(なんで、日本語の曲、歌えへんのやろ) と

思った。

『リンゴ追分』 の素晴らしさに

引きずられていたのかも知れない。


『Volare』や 『Amazing Grace』 なら、

上手に歌う人、世界中にいっぱいおる。

でも、あれだけの 『リンゴ追分』 を

歌える人は、そうそうおれへん。

やはり、血なんちゃうか。

ラテンの血は流れてないけど、

『リンゴ追分』 の成分 (?) は、

日本人の血に流れてるんやと思う。

血 (Being) と 模倣 (Doing) の

違いだとしたら、聴き手に伝わる度合いは、

言わずもがなである。


古いファンたちは、どんな風に聴いたんやろなぁ。


[ MEMBER ]
渡辺真知子 (vo)
石塚まみ (p/cho)
コモブチキイチロウ (b/cho)
岡部洋一 (perc)
アンディ・ウルフ (sax)
佐久間大和 (vln)

@ Cotton Club
2nd Show





2015.4.6

あ ん

映画 『あん』 の試写会に行ってきた。

Movie Walker の試写会に応募したら

当選したのだ。

主演は、樹木希林、永瀬正敏。

2人とも ベリー・グッドです。

そして、内田伽羅 (きゃら)。

樹木希林の孫、本木雅弘の娘だ。

伽羅 (きゃら) って名前もスゴイけど、

もっくんの娘とか、樹木希林の孫とかいうより、

私には、「お祖父ちゃんが内田裕也」 って

言われる方が、インパクトがあるな。

そして、芸歴50年超にして、

樹木希林とは初共演だという 市原悦子、

浅田美代子、ちょびっとだけ、水野美紀。


タイトルの 「あん」 は、どら焼きの 「あん」 のこと。

あん作りを通しての明るいヒューマンドラマかと

思っていたら、イメージしていたのとは違う、

結構、重いテーマだった。


今日の試写会は、完成披露試写会。

上映の前に舞台挨拶があるのだ。

そのため、客席の後ろには、

15台ぐらいテレビカメラが並び、

客席の1〜2列目には、30人ぐらいの

スチール・カメラマンが座っていた。

舞台挨拶には、河瀬直美監督、樹木希林、

永瀬正敏、内田伽羅、そして原作者の

ドリアン助川の5人が登場した。

舞台挨拶の模様は、プロの報道 でどうぞ

司会者が 「あん!」 と叫び、

客に 「大ヒット!」 と言わせていたので、

コマーシャルで使うのかもしれない。


さて、映画の感想。

すすり泣いている人もいたのだが、

正直に言うと 私には あんまりピンと来なかった。

何が言いたいのか、よく分からず、

難しかった、と言った方が良いかもしれない。

でも、映画が終わったあとの河瀬直美監督の

言葉を聞いて、少し印象が変わった。

上映終了後、監督と永瀬正敏が、再び舞台に登場し、

監督は、「映画だけを観て判断してもらうものなので、

こんなこと言うのはイレギュラーなのですが」 と

前置きした上で、こう言った。

「私たちは、色んなことがあるけれど、

ここにいるだけで素晴らしいっていうことを

この作品で言いたかった。」

言葉は多少違うかもしれないが、そういう内容だった。

なるほど、そういうメッセージだったのか。

ちょっと、分かったような気がした。


原作は非常に評価が高いようだ。

読んでみよう。


★★★▲☆


あん





2015.4.7

う な ぎ

関東のうなぎは蒸して 脂を落としてから

焼いているが、関西では蒸さずに

そのまま焼き上げる。

さばき方も、関東は背から開き、

関西では腹から開く。

これは、武士の町であった江戸では、

腹を切るのを嫌ったためだと 聞いたことが

あるが ホンマかどうかは知らん。

昨年、宮崎で久しぶりに関西風のうなぎを

食してから、関西風のうなぎが食べたくて

しょうがない。

ところが、東京には関西風のうなぎ屋は少ない。

調べてみたところ、銀座の 「ひょうたん」 と

いうお店が関西風で、しかも、銀座にしては

ずい分と良心的な値段だ。

ずっと行きたかった、その 「ひょうたん」 に

先日やっと行ってきた。

銀座の 「ひょうたん」 には、

1丁目店と6丁目店の2店舗がある。

その日は、土曜日だったので、

6丁目店は、ランチ営業をしておらず、

1丁目店に行ってみた。

1時前ぐらいだったので、

(土曜日だし、まだ混んでいるかも) と

思ったら、意外と空いていた。

妻は、並 (2100円)、

私は、中 (2500円) を注文。

あとから来た隣の客が、

上 (3100円) を注文していた。

隣に出てきたものを見て、

(どうせだったら、上にすれば良かった) と後悔。

次回は、上か 特上 (3700円) にするぞ (決意!)。




タレの味は、ややあっさりめ。

うなぎは、やはり私はこの関西風の方が

弾力があって好みやなぁ。

う〜ん、また、食べたい。

と書いたものの、関東風のうなぎも

嫌いなわけではない。

五反田の 「よね山」 は、安くて旨いうなぎが

食べられるので 時々利用していたが、

惜しくも今月18日のランチをもって閉店する。

先日、「ひょうたん」 で食べたばかりだが、

「よね山」 のうなぎも食べ納めかなと、

昨日ランチに行ってきた。

いつもは、「梅」 を頼むねんけど、

食べ納めということで、ちょっとはり込んで

「上」 (ランチ価格:2484円)を注文。



おお、まるまる2匹 重なって 乗っとるやないか。

やっぱり、この値段で こんな うな重を

食べられる店がなくなるのは、残念やなぁ。

前に一回、「特」 を食べたことがあるんやけど、

途中で (もうええで) っていうぐらいの

うなぎの量でした。

よね山も、タレの味はあんまり濃くなく

あっさりめ。

当然、お昼は、いつも行列です。


平日 13時頃です。




くうはく の はく

週一で勉強見ているK君は、

この4月から中学3年生になった。

小学5年生の夏ごろから、

見始めたので、もうすぐ丸4年になる。

毎週会っているので、普段は気にしていないが、

改めて 見てみると、顔にはニキビが出、

体つきも大人に近づき、もう少年とは

呼べなくなっていることに 気づかされ、

月日の流れを感じるのであった。(しみじみ・・・)


さて、そのK君が、問題を解きながら、

私に 「『空白 (くうはく)』 の 『はく』 って、

どんな漢字?」 と訊いた。

私は 「白 (しろ)」 と、答えた。

「しろ・・・」 と呟きながら、

何かを書き込んでいるK君。

しばらくして、また

「『くうはく』 の 『はく』 って、

どんな漢字?」 と訊くので、

「白って言うてるやん」 と言いながら、

彼のノートを覗き込んだ。

するとそこには・・・


空 城


「その城ちゃうやん、白やって」

「しろ」 と言いながら、「城」 の字を

指さす彼。

私は、「ちゃうちゃう、ホワイト!」 と言った。

「ワイト?」

「ホワイト!」

「ワイト?」

私の発音が良いのか、

なんのことか分からないようだ。

「ブラック & ホワイトのホ、ワ、イ、ト!」

「ああ 白!」

「言うてるやん、白って」

「だって、それは 城 だよ」

「いや、それは、城 やろ」


この会話、文字に書くとなんのことか

全く分からないが、私とK君とで

「白」 のアクセントが違うのだ。

私 (大阪人) の 「白」 は、「ろ」 に

アクセントがあり、

K君 (東京人) には 「城」 に聞こえるらしい。

K君の 「白」 の発音は、「し」 にアクセントが

あり、私には、犬の名前の 「シロ」 に

聞こえてしまう。

「雲」 と 「蜘蛛」、「橋」 と 「箸」 など、

東京と大阪のアクセントの違いは、

知っていたが、「白」 も通じないとはね。


東京の発音は、

「白」 と 「シロ」 が同じに聞こえたが、

大阪では、「白」 「城」 「シロ」 の

3つは、言い分けられるのだよ。ふふ。

「橋」 と 「箸」 と 「端」 も。


さあ、声に出して言ってみよう!

「橋 の 端 を 箸 を持って歩く」

「シロ と散歩に行った 城 の色は 白」





2015.4.8

賞味期限切れ

先日、ある映画館で、

賞味期限の切れたマスタードを使って、

ホットドッグを販売したことについて

「買い求めたお客様へ」 とした謝罪文が、

その映画館のサイトに

「重要なお知らせ」 として、アップされた。

読んでみると、使用したマスタードは、

「検査機関にて成分分析・生菌検査を行なった結果、

食品衛生法上で陰性結果となり健康に害を

及ぼすものではないことを確認いたしました」

とある。

一体、どれだけ期限を過ぎたものを

売ってしまったのだろうと読み進めると、

賞味期限:2015年3月28日(土)
販売期間:2015年3月29日(日) 9:10〜12:00
販売個数:7個

と書かれていて、ガクッときた。

賞味期限が9時間から12時間過ぎただけで、

「成分分析」 するのか。

せにゃならんのか。


この機会に調べてみると、

賞味期限が切れたものを販売することは、

違法ではない。

ただし、賞味期限を改ざんして販売すると、

法律違反になる。

つまり、賞味期限切れの商品を

「賞味期限切れです」 と知らせて売るのには、

何の問題もないのである。

もちろん 「賞味期限」 と 「消費期限」 は、

別のものなので、混同してはいけない。

つまり、件の映画館で、

「このマスタード、昨日で賞味期限なんすけど、

いいっすか?」 とことわり、客が承知の上で

購入すれば、何の問題もないことなのだが、

黙って売ってしもたもんやから、

成分分析までして、こんな仰々しい謝罪を

しなければならないのだな。

企業としては、再発防止に取り組まなければ、

消費者の信用を失いかねない問題だし、

謝罪もあって当然だと思うが、

たった1日の賞味期限切れで、

成分分析まで マジメに (?) やらなければ

ならない風潮は、どんなもんかな、と

思った次第である。


農林水産省によると、賞味期限とは、

「開封していない状態で、表示されている保存方法に

従って保存したときに、おいしく食べられる期限を

示しています。賞味期限内においしく食べましょう。

ただし、賞味期限を過ぎても

食べられなくなるとは限りません」 とある。

本来、未開封の状態での期限だが、

ほとんどの人が、開封してもその賞味期限を

目安にしているのではなかろうか。(私だけか?)

そして、期限を少々 (1〜3ヶ月) 過ぎていても、

よほど保管状態が悪い場合をのぞき、

多少、味は落ちていたとしても、

それを食べて、お腹を壊した経験のある人は

いないんとちゃうやろか。

逆に全く品質的に問題がなくても、

大幅に賞味期限の過ぎた食品は、

なんとなく、気持ち悪く、

食欲がわかないというのも私だけではなかろう。。

賞味期限なんてなかった時代は、

自分の嗅覚と味覚で判断したもんやけど、

日本人は、どんどんその感覚を

失っているのかもしれない。


賞味期限とは関係ないが、もう10年以上前の話。

あるレストランで豚肉料理を注文した。

ナイフを入れてみると、中が赤い。

半焼けというか、半生 (なま) というか、

十分に火が通っていないのである。

牛肉は、生でも食べられるが、

豚はよく火を通さないと危険と知っていたが、

大丈夫だろうと、私は 2〜3切れ食べた。

一緒にいた2人が、

「それは、良くないよ」 というので、

店の主人を呼んだ。

「ああ、この肉は、これぐらいでも

大丈夫ですよ」 と言ってくれるのかと

思ったら、「調理し直します」 と言う。

調理をしたのはそのご主人ではなかったのだが、

赤い肉を見た時に、少し顔色が変わったように

見えたのね。

それって、怖いよね。

まあ、結局、胃腸の弱い私でも、

何もなかったから良かったけど。




プリン体をやっつけろ!

今日、初めてテレビCMを観たのだが、

某メーカーから「プリン体と戦う乳酸菌」 という

謳い文句のヨーグルトが発売された。

プリン体は、ほとんど全ての食品に

含まれており、体内で尿酸になるので、

高尿酸値者の私としては、

非常に興味のあるところだ。

早速、ウェブでメーカーサイトを見てみると、

「プリン体への可能性に着目して

選び抜かれた “ プリン体と戦う乳酸菌 ”」

とある。

う〜む、微妙な表現やなぁ。

高尿酸値者が知りたいのは、これを摂取すると

「尿酸値が下がるのか」 どうかだ。

「戦う」 かどうかではない。

で、切実な私はメーカーに、

「摂取すると尿酸値が下がりますか?」 と

問合せメールを送ってみた。

メーカーからの回答内容は、予想通り、

食品なので効能は答えられないというものだったが、

参考となることが書き加えられていた。

秘密にするようなことではないが、

メーカーの許可なく、その内容を転用、

二次利用することは 「ご遠慮ください」 と

あったので、ここには書かない。

だが、メーカーには、「プリン体と戦う」 と

謳う根拠があることは分かった。

そらそうやろな。


私は、身近にウーロン茶でダイエットした

人を知っているが、

「ウーロン茶を飲んで痩せる」 と言って

売ってはいけないようなものだろう。


幸い、昨年10月の痛風発症以来、

一度も発症は していない。

尿酸値を下げる効果があるといわれる

「アンセリン」 というサプリを飲み、

これまた、尿酸値を下げる効果があると

いわれる 「バナジウム」 含有の

ミネラルウォーターを日に1500ccほど

飲んでいる。

どちらも、食品なので効能は謳っていない。

効果はゼロではないのだろうが、

時折、患部がうずくような

気がして安心できないでいる。

そのくせ、酒を飲みたい。

発症前に比べたら、アルコール摂取量は、

半分ぐらいに減ったと思うけど。

やはり、そのヨーグルトにプリン体と

戦ってもらおかな。





2015.4.9

PUFFY
パフィーの Billboard Show


私は特に パフィーのファンというわけでは

ないのだが、一昨年、「古田たかし ドラム生活

40年祭」 というライヴで、初めてナマで

彼女たちの音楽を聴き、そのロック度合いに驚き、

機会があればライヴに行きたいと思っていたのだ。

この場合の 「ロック」 というのは、

曲調や形態のことではなく、

スピリッツとでも言いましょうか。

今回は、ビルボードライブのポイントが

貯まったので、それを使ってカジュアル席で

鑑賞した。

さて、ライヴの方は、パッと見、

若いバンドやな〜と思っていたら、

ドラムの川西幸一 (元ユニコーン) は、

私より年上 (55歳) だった。

70分ほどのショーのうち、知ってる曲は、

『これが私の生きる道』

『渚にまつわるエトセトラ』

アンコールの 『アジアの純真』 の3曲だけやったけど、

パフィー・ワールド、楽しめました。

独特ですね。

あの2人。

もう2人とも40歳を過ぎていて、

来年でデビュー20周年だそうです。


[ MEMBERS ]
大貫亜美 / Ami Onuki (Vo)
吉村由美 / Yumi Yoshimura (Vo)
フジタユウスケ / Yusuke Fujita (Gt)
木下裕晴 / Kinoshita Hiroharu (B)
伊東ミキオ / Mikio Ito (Key)
川西幸一 / Kouichi Kawanishi (Drs)

@ Billboard Live Tokyo
2nd Show




あ ん

先日 試写会で観た映画 『あん』 の

原作を読んだ。

2時間半、一気に。

著者は、ドリアン助川。

なんとなく、聞き覚えのある名前やと

思ったら、「叫ぶ詩人の会」 の人。

「叫ぶ詩人の会」 は、1990年結成なので

当時、テレビか何かで知ったんだろう。


さて、『あん』 の原作。

やられました。

後半の数十ページは、涙と鼻水で

ズルズルになりながら読んだ。

ああ、こういうことだったのかって感じ。

非常に深いテーマとメッセージだった。

残念ながら、映画では描ききれていないと思う。

原作にも出てくるセリフが、

そのまま映画にもあったけど、

原作の方が、伝わってくるもんがあったね。

ラストシーンも違った。

原作のラストの方が、余韻があって良いと思った。


映像より文章の方が強いわけではないだろう。

叶わぬ望みだが、違う監督・脚本で、

映画を観てみたいと思った。


★★★★★





2015.4.10

日本語は難しい

先日、関東と関西の発音、アクセントの

違いについて書いた。→ これ。

「橋 の 端 を 箸 を持って歩く」

「シロ と散歩に行った 城 の色は 白」

を声を出して読んでくれと書いたが、

「しろ」 の方は、もっとシンプルにしたので、

改めて読んでみて欲しい。

新作も追加しておく。

「シロ と行った 城 は 白」

「蝶 の 腸 は 超 長い」

「雨 の日に 飴 を舐めて 編め」

「雲 を見ながら 蜘蛛 と チームを 組も」

こんな言い回しすることないだろうが、

日本人同士でも難しいのだから。

外国人にとって日本語は 「悪魔の言語」 と

言われるのも分かるよね。





2015.4.11

バードマン
あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

アカデミー賞9部門ノミネート、そのうち、

作品賞、監督賞 、脚本賞、撮影賞の

4部門ので受賞した

映画 『バードマン』 。

主演は、マイケル・キートン。

共演は、エドワード・ノートン、

エマ・ストーンら。

ずいぶん前から、何度も予告編を観て、

(面白そう) と期待してたのだが、

(よく分からんかった) というのが感想。

面白くないわけではない。

退屈もしない。

マイケル・キートン演じるリーガンの

心の葛藤も分からないではない。

が、結局、どういうことか分からんのだ。

火の玉 (隕石?) の意味も分からんし、

リーガンが何をしたかったのかも、

分からない。

本作は、映画情報サイトに

「ブラック・コメディ」 と紹介されている。

また、ゴールデン・グローブ賞のコメディ・

ミュージカル部門の主演男優賞を受賞している。

つまりは、コメディなのだろうが、

あまりにブラックなためか、

あんまり分からんかったというのが

感想なのだ。


印象的だったのは、音楽。

音楽というより、ドラムソロが効果的に

散りばめられている。

エンドロールもドラムソロ。

(ドラム、誰やろ?) と思っていたら、

アントニオ・サンチェスでした。


撮影賞も受賞したカメラワークについては、

確かに長回しが多く、撮影が難しいのは

分かるが、それほど斬新な印象は

受けなかった。


なかなか 名前を覚えられない監督の

アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ。

そういえば、この人の作品『バベル』 も

『ビューティフル』 も難解やったな。


副題のようにつけられた

「無知がもたらす予期せぬ奇跡」 は、

原題にも付いている。

原題は、

Birdman or (The Unexpected Virtue Of Ignorance)

この " Virtue " は、「奇跡」 と訳されているが

辞書によると 「徳・美徳・美点・善・長所・

効き目・効力・貞節」 となっている。

最後の方で、この言葉がリーガンへの

評価家の褒め言葉(?) のように出てきた (と思う)。

あれは、ブラックな意味だったのだろうかね。


★★★▲☆


バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)





2015.4.12

ときどき写真展 11

アマルフィの夜明け



2014.10.26 撮影





2015.4.13

立川志の輔 独演会

1月の 「志の輔らくご in PARCO」 以来の

志の輔師匠の落語会。

まずは二つ目の志のぽん (志の輔師匠の弟子)。

う〜ん、おもろなさ過ぎ。

ちょっと前の私だったら、あまりの

おもろなささに怒っていただろうが、

ここまで、白けると (一体、この噺の

何がここまで面白くないのだろうか) と

研究・探求の対象になってしまう。

もちろん、ご本人は一生懸命なので、

こんなこと書くのは、多少気が引けるのだが。

師匠の独演会。

しかも、観客は、1000人。

言わば大舞台だ。

もともと落語は、1000人を前にして

演るには適していない芸だ。

そんな いろんな要素を考えると、

あの実力で、あの舞台に立つのは、

気の毒な気さえする。

が、こういう機会が芸人を育てるであろう

ことも想像に難くない。

いつの日か、彼が真打になって

笑わせてくれる日が来ることを願おう。


さて、志の輔師匠の方はというと、

一席目、志のぽん のあとに登場し、

志のぽん が受けなかったことに対して

「私のミスです」

「弟子の分まで演らせていただきます」 と

言ったからだろうか、

(志のぽんが受けなかったことをネタに

爆笑をとるのもスゴイが)

「たっぷり」 という言葉が

本当にふさわしいほどの二席だった。

当初、20時45分終演の予定が、

終わってみると21時20分。

18時30分開演だったので、

途中、休憩を挟んでだが2時間50分だ。

一席目の 「みどりの窓口」 は、

当分演らないようなことを言っていたので

今日、聴けて良かった。

何度聴いても新たに笑わせてもらえるのは、

流石としか言い様がない。

二席目 「江戸の夢」 は、初めての噺。

ちょっとミステリーな要素もある人情噺。

あい変わらず、天才的な話芸だった。


【 演 目 】
「粗忽長屋」 立川l志のぽん
「みどりの窓口」 立川志の輔
〜 仲入り 〜
長唄三味線 松永鉄九郎
「江戸の夢」 立川志の輔

@きゅりあん 大ホール (品川区立総合区民会館)





2015.4.14

ときどき写真展 12

それでも 松は



2012.5.5 撮影 (岩手県 浄土ヶ浜)





2015.4.15

JIMI : 栄光への軌跡

ロック・ギタリスト、ジミ・ヘンドリックス

(日本では通称 ジミヘン) を描いた映画

『JIMI:栄光への軌跡』。

冒頭から、ブルース・ギタリスト数名の

名前が 登場人物の会話に出てきて、

興味のない人が観ると、

何のことか分からず、

途中で席を立ってしまうんやないかと

余計な心配をするような

ちょっとマニアックな映画だった。

ジミは、1970年に27歳という若さで

この世を去った。

デビューして死ぬまでの活動期間は、

たった4年にも関わらず、

今だに人気があり、ロック、エレキ・ギターを

語る上で避けては通れない人物だ。

私は、ジミのことはそんなに詳しくなく、

曲も有名どころを4〜5曲知っている程度

なのだが、その中の1曲 " Little Wing " は、

大好きな曲で、ライヴでも演奏したことがある。

さて、映画はジミがデビューする前後、

2年間ほどを描いている。

ジミという人間と彼の周りにいた女性の

物語でもある。

ジミを演じるのは、アンドレ・ベンジャミン。

顔つきや雰囲気がかなりモノホンっぽい。

数ヶ月間、1日8時間ギターの練習をして、

撮影に臨んだという。

ホンマには弾いてないのが分かるのは

仕方がないが、かなりええ感じだった。

若かりし頃のエリック・クラプトン、

キース・リチャーズ、ポール・マッカートニー、

ジョージ・ハリスンなどが登場するのは

楽しかった。


印象的だったのは、エリックとジミが

初対面でセッションするシーン。

当時、ジミはまだ無名だったのだが、

ジミがギターを弾きだすと

あまりの凄さにエリックは、

ステージを降りてしまう。

それから、ビートルズの 「サージェント・

ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」 を

そのアルバム発売3日後に、ポールやジョージの

目の前で演奏するシーン。

本番前に楽屋にそのレコードを持ち込んだジミは、

30分でメンバーに曲を覚えろと言い、

そして演奏するのだ。

そのシーンは、ゾクッときたね。


そんなエピソードに代表されるように

ジミは、とても自由な人だったことが

映画からうかがえる。

白人・黒人の区別や、政治的なこと、

音楽のジャンル分けなど、ジミには、

どうでもよかったのだ。

ただ、自分の音楽を表現できれば。


原題は、" All IS BY MY SIDE "


★★★★☆


JIMI:栄光への軌跡




ティック・クアン・ドック

4日前、NHK で ティク・ナット・ハン という

ベトナム出身の高僧の特集を観た。

その番組の中で、1963年に

ベトナムにおける仏教弾圧への抗議として、

ティック・クアン・ドックという僧侶が

ガソリンを被って焼身自殺を行った時の

写真が出た。

その写真は、炎に包まれた僧侶が、

蓮華座を崩さずに座っているものだった。

炎に包まれれば、普通なら、

のたうちまわるんじゃないかと思ったが、

燃えながら、綺麗な蓮華座で合掌しているという

かなり強烈な写真だった。

そんな凄い僧侶がいたことを、

その番組を観るまで知らなかった。


さて、今日観た映画 『JIMI:栄光への軌跡』 に

不思議な偶然があった。

映画の中で、その僧侶が焼身自殺するシーンが

数秒 流れたのだ。

今度は、写真ではなく、動画だった。

そのことについて、ジミが何かを

言ったのだが、4日前にテレビで見た写真が

いきなり映画に、しかも動画で登場したので、

私は驚きのあまり、そのシーンの

ジミのセリフを覚えていない。


帰宅してから、調べてみると、

当時 (1963年)、その焼身の様子は

世界中に放映されたようだ。

当時の南ベトナムのゴ・ディン・ジエム大統領の

実弟の妻、マダム・ヌーが

「あんなもの、単なる人間のバーベーキューよ」

とテレビで言ったことが、全世界のひんしゅくを

買い、その5ヶ月後にクーデターにより、

ジエム政権は崩壊したらしい。


ネットには、その焼身の動画がアップされている。

弟子だろうか、一人の僧侶が、蓮華座の僧侶に

ガソリンをかけるところから、始まる。

まともに観たらショックを受けるんちゃうか、

やめよかなと思いながら、結局最後まで観た。

約5分。

焼けてくずれるまで、本当に動かない。

強烈です。

なんか分からんけど、涙が出ます。


あるサイトには、この動画には、

「言語化不可能な 『聖なるもの』」 が

捉えられていると書いてあった。

前述の NHK の番組で、

ティク・ナット・ハン は、

「これは自殺ではない」 と語っていた。


リンクは貼らないので、

観たい人は、自分で探してね。





2015.4.16

ソロモンの偽証 前篇・事件

いよいよ後篇が公開されたので、

ようやく前篇を観てきた。

映画 『ソロモンの偽証 前篇・事件』。

原作は、宮部みゆきの同名小説。


現実的ではないこともあるが、

扱っているテーマは、シリアスだ。

結構、引き込まれてしまい、

121分、あっという間だった。

前篇と後篇でそれぞれ独立して

話がまとまっているわけではなく

完全につながっている感じで、

前篇の終わり方は、まるでテレビドラマ。

ぶった切りで終わり、

「続きを観な!」 と思わせてくれる。

『巨人の星』 を思い出したもん。


同級生の転落死の真実を暴こうとする

中学生の物語。

主役の藤野涼子 (新人) が良い。

1万人の中から選ばれただけのことはある。

2000年生まれだから、15歳か。

将来が楽しみな女優だ。

役名・藤野涼子を芸名にデビューと

いうのも新しいスタイルなのかな。


ちょっとクセのある役を演じる

石井杏奈も良い。

映画の中では、コワイけど、

ほかの写真を見ると別人のように

可愛くて おじさんびっくり。


どっかで見たことあるな、という

男子がいたのだが、大阪の子供漫才の

「まえだまえだ」 のお兄ちゃんでした。


中学生役は、フレッシュな役者が多いが、

大人は、佐々木蔵之介、夏川結衣、

永作博美、小日向文世、黒木華、

尾野真千子、余貴美子、田畑智子、

塚地武雅、松重豊など、豪華。


前篇だけでは、評価はつかないのだが、

つまらなければ、後篇を観たいとは

思わないわけで、そういう意味で言うと

今のところ 高評価だ。

★は後篇を観てからにしよう。


ソロモンの偽証





2015.4.17

ときどき写真展 13

完 全



2012.2.11 撮影 (東京 砂町銀座)





2015.4.17

ときどき写真展 14

光 明



2014.10.25 撮影 (イタリア カプリ島)





2015.4.19

落語教育委員会

落語教育委員会というのは、

柳家喜多八・三遊亭歌武蔵・

柳家喬太郎の三人会のこと。


幕が開くといきなり、Dean Martin の

" Everybody Loves Somebody Sometimes " が

流れる。

落語会にしては、珍しい BGM だなと思ったら、

喜多八がマイクを片手になんとタキシードで登場。

しかも歌っている。

中々ええ声やないか。

せやけど、なんや、これは!

歌い終わると、一言も話すことなく、

引っ込み、続いて 加山雄三の 『お嫁においで』。

今度は、歌武蔵だ。

これまた、一言も話すことなく、引っ込み、

次は、堺正章の 『さらば恋人』 を

喬太郎が歌う。

完全に歌謡ショー。

なんでも、この 『落語教育委員会』 では、

いつも最初にコントをやるらしいが、

今回は、喜多八師匠の 「歌いたい」 という

希望でこうなったそうだ。

喬太郎のみ、2番を替え歌にして、

「携帯電話の電源を切ってください」 という

メッセージだったが、あとの2人は、

マジで歌ってました。

コアな落語ファンなら、

怒り出しかねない演出やったね。

「歌いたい」 と 言い出した喜多八は、

わざわざ事前に歌を録音して、

それを流しての 「口パク」。

本人曰く、「ジャニーズ方式」 だそうな。


落語の方はというと、まず、志の輔師匠の弟子、

志の八の 「悋気 (りんき) の独楽」。

この人、観るの2回目やったけど、

今日は凄く、師匠の影が見えたね。

特に丁稚を演じるときに、感じた。

喬太郎は、長い長いマクラ。

またこれが面白い。

「あと6分しかありません」 と言って

落語に突入。

残り時間僅かで、よくあんな風に

まとめられるもんだと感心。

仲入りをはさんで、喜多八。

この人は、CD を数枚聴いていて、

ナマで聴きたいと思ってた人で、

今日が初めて。

最後の歌武蔵も今日が初やったけど、

どういうわけか、始まってすぐの睡魔。

先日亡くなった米朝師匠作の噺だというので

聴きたいのに眠たい。

ほとんど、聴けませんでした。


【 演 目 】
「悋気の独楽」 立川志の八
「天保水滸伝より『出世キャバクラ』」 柳家喬太郎
〜 仲入り 〜
「寝床」 柳家喜多八
「一門笛」 三遊亭歌武蔵

@ 横浜にぎわい座








2015.4.20

エイプリルフールズ

映画 『エイプリルフールズ』。

予告編を観てドタバタ喜劇かと思っていたら、

笑いはそんなになくて、

むしろ泣かされてしもた。

7つの嘘の物語が、微妙に絡みながら、

進んでいくという手法で、

荒唐無稽ではあるけど、

つまらないエピソードから、

ベタなストーリーやのに

泣かされてしまうもんまで、色々。

4月1日、エイプリルフールだからという

嘘もあれば、エイプリルフールは関係ないけど

無理やりこじつけた感のあるものまで。

出演は、ちょっとしか出ない人もいるけど

かなり豪華。

戸田恵梨香、松坂桃李 、寺島進、

ユースケ・サンタマリア 、小澤征悦 、

菜々緒 、大和田伸也、千葉真一、

高嶋政伸、岡田将生、生瀬勝久、

古田新太、小池栄子、等々。

それに、里見浩太朗、富司純子という

大御所も。

あと、子役の浜辺美波が良かったね。

プロフィールを見ると、

中学生やねんけど 小学生役でした。

胡散臭い占い老婆役の人、

誰やろうと思っていたら、りりィ でした。


★★★★☆


エイプリルフールズ




ソロモンの偽証 後篇・裁判

先週、前篇を観て結構面白くて、

楽しみにしていた後篇を観てきた。

残念ながら、前篇のような疾走感というか、

引き込まれ感はなく、どちらかというと、

展開上そうなるのは当然だが、

謎解きに取り組んだという感じだ。

面白くなかったわけではないが、

原作をかなり端折られているらしく、

6冊の原作を4時間ほどにまとめるのには、

無理があったのだろうか、もう少し、

ここんとこ背景を知りたいなぁという所もあった。


後篇では、いよいよ中学生による裁判なのだが、

大人でも難しいであろうあのような裁判を

中学生があんなに冷静にブレずにやるあたりに、

現実味はないが、フィクションだからこそ

できる設定と思えば十分に面白かった。

結末は、それほど衝撃的ではなかったが、

さすがに人の生死に関わることなので、

あと味の良いものではない。


前篇の時も書いたけど、主役の藤野涼子が良い。

前篇より、後篇でますます良くなっている。

おじさん、ファンになってしもた。

あと、印象的だったのは、

ちょっとアホなオカン役の永作博美。

イタさかげんがかなり (嫌なくらい) 良いです。

それと藤野涼子の父親役の佐々木蔵之助、

いつの間にか、こんなお父さん役を

演るようになったんやね。(俺、誰?)

それから、お笑い芸人の域を完全に脱した

塚地武雅、素晴しいです。


★★★★☆


ソロモンの偽証





2015.4.21

ときどき写真展 15

錦 焼 け



2012.12.28 撮影 (沖縄)
錦焼け : 錦色の夕焼け。(私の造語)




2015.4.22

鶴瓶噺 2015

笑福亭鶴瓶師匠の独演会は、4度目だが、

この 「鶴瓶噺」 は初めてだった。

落語ではなく、休憩もなく2時間ノンストップで、

鶴瓶師匠が喋るというのが 「鶴瓶噺」 だ。

着物で座布団に座って話すのではなく、

今日は半ズボンのスーツで、

ハンドマイクを持ち、立ったままのトークだ。


前半、いつもながらの師匠の笑える話。

漫談と違うのは、全部本当にあったことだということ。

そして、後半は 「おやっさん」 松鶴師匠の

エピソード。

鶴瓶師匠は、そのエピソードを落語にしているほどだが、

今日は本当に松鶴師匠への想い・愛・感謝の

あふれる話で、笑いに行ったののに

最後には泣かされてしまった。

そして、松鶴師匠の偉大さも改めて

知ることができた。

噺家の師弟関係の厳しさと可笑しさ、

一生、頭の上がらない人がいることの

素晴らしさ、そんな色々だった。


それにしても。

この笑福亭鶴瓶という人は、

人を笑わせ、幸せにする人だ。

タモリに言われたという、「自開症」 だと。

自開症というのは、自閉症の逆で

自分をオープンにさらけ出し、

何でも受け入れる人のことらしい。


鶴瓶師匠の話ではないが、

先日、89歳で米朝師匠が亡くなった時のこと、

どうしてもその葬儀に出席できない予定が

あった鶴瓶師匠は、南光に電話で

その非礼を詫びたらしい。

すると南光は、こう言った。

「かめへん、かめへん。

そんなん出席せんかてかめへん。

師匠 (米朝) は、いつも言うてはった。

『生まれるも日常、死ぬも日常、

せやから、死んだからいうて、

特別なことせんでええのや』 と。」


「生まれるも日常、死ぬも日常」

ええ言葉やなぁ。


@ 世田谷パブリックシアター (三軒茶屋)








2015.4.23

ついに! ポール・マッカートニー
PAUL McCARTNEY
OUT THERE JAPAN TOUR 201
5



昨年5月、会場 (国立競技場) まで行くも

ポールが体調を崩し、当日ドタキャンという

ショックな目にあった、そのポールの

コンサートの日がついにやってきた。

もしかしたら、もう観られないかもと

思っていたが、ポールは約束通り、

帰ってきたのだ。

一昨日、大阪 京セラドームで初日を迎え、

東京ドームで、23、25、27日の

3日間と28日に日本武道館公演がある。

5公演全部で20万人動員予定だという。


さて、その東京公演の初日の今日、

6時30分の開演予定だったが、

7時を少し過ぎてついに始まった。

私の席は2階の後方で、ステージまでは、

たぶん130mぐらいある。

めっちゃ遠い!

先行抽選で当選したのに、

全然ええ席ちゃうやん。

ステージ横には例によってスクリーンが

設置されているので、そこに大きく

映し出されるのだが、聞こえる音と

実物や映像とに時間差があるのは、

やはりいただけない。

あと、遅れて聞こえる反射音ね。

大会場になると仕方がないねんけど。

ステージ横のスクリーンとは別に

演奏中、ステージの後ろに何か映像が

映し出されるのだが、私の席からだと、

吊り下げられたスピーカーが邪魔になって

半分以上見えないのも残念。

もうちょっと考えてステージ作って欲しい。

あれやったら、正面の人しか見えへんで。


さて、ポールは、とても元気そうで

もうすぐ73歳とは思えないエネルギーだった。

ちょっと高音がキツそうな場面が

数回あったものの、驚いたことに水を

一度も飲まない (ように見えた)。

それに、途中休憩を入れるアーティストが

増えているのに、休憩なしで、

2回のアンコールを入れて約2時間40分!

ミック・ジャガーのように走り回りは

しないものの、この人もスゴイです。

初めて観るポールは、

お茶目で、「永遠の青年」 といった印象だった。


曲は、新旧取り混ぜての選曲だが、

ビートルズの曲では、ヒット曲ばかりではなく、

さほど有名でないアルバムの1曲というような

(私の知らない) 曲が数曲あった。

そして、先日観たジャクソン・ブラウン同様、

昔のヒット曲もやるが、「今」 の音楽を

歌う人だった。(最新アルバムから3曲演奏)

聴きたかった曲はいっぱいあって、

それら全てを 聴けたわけではないけど、

" Can’t Buy Me Love " "We Can Work It Out"

"The Long and Winding Road "

" And I Love Her " " Day Tripper "

" I Saw Her Standing There "

そして " Let It Be " " Hey Jude "

" Yesterday " をナマで聴けたのだから満足だ。

" Live and Let Die " では、ステージに

火柱が上がり、花火が上がるという

大仕掛けでした。

ポールは、ヘフナーのバイオリンベース、

エレキギターはレスポール、エピフォン (カジノ?)、

アコギは、マーティン、ギブソン、エピフォン、

" Something " では、ウクレレ、

そしてピアノを弾いた。

バンドは、ポールを入れて5人のみ。


セットリストは、一昨日の大阪公演と

同じだったらしい。

[Setlist / 2015.4.23 @ Tokyo Dome]
1. Magical Mystery Tour
2. Save Us
3. Can’t Buy Me Love
4. Jet
5. Let Me Roll It
6. Paperback Writer
7. My Valentine
8. Nineteen Hundred and Eighty-Five
9. The Long and Winding Road
10. Maybe I’m Amazed
11. I’ve Just Seen a Face
12. We Can Work It Out
13. Another Day
14. Hope For The Future
15. And I Love Her
16. Blackbird
17. Here Today
18. New
19. Queenie Eye
20. Lady Madonna
21. All Together Now
22. Lovely Rita
23. Eleanor Rigby
24. Being for the Benefit of Mr. Kite!
25. Something
26. Ob-La-Di, Ob-La-Da
27. Band on the Run
28. Back in the U.S.S.R.
29. Let It Be
30. Live and Let Die
31. Hey Jude
Encore:
32. Day Tripper
33. Hi Hi Hi
34. I Saw Her Standing There
Encore 2:
35. Yesterday
36. Helter Skelter
37. Golden Slumbers / Carry That Weight / The End


開演前の会場




前の席のお客さん



ご夫婦でしょうか、今日の日付が入った

お揃いの限定Tシャツ。

ちなみに、私がグッズコーナーに行った時には、

このTシャツは売り切れでした。








2015.4.25

ポール・マッカートニー

一昨日、初体験したポール・マッカートニーについて

もう少し書いておこう。

ポールは、1966年のビートルズを含むと

今回で6度目の来日だった。

ビートルズの来日時、私は4歳なので

それを除くと、過去に4度の機会があったにも

関わらず、一度も観に行こうとしなかった。

2013年の来日時でさえ、

観に行こうとしなかったのだが、

その2013年の来日公演を観た人の話を

直接聞いて、観に行かなかったことを

随分後悔し、昨年はチケットを取ったのだが、

ご存知の通りの公演キャンセルとなった。

2013年までは、機会があったのに

観に行こうと思わなかったということは、

私はそれほどポールのファンではないとも言える。

しかし、彼の作品に好きな楽曲は多く、

ポールは偉大な作曲家の一人だと思っている。


" Let It Be " と " Hey Jude " については、

初めて聴いた日のことをはっきり覚えている。

今から41年前だ。

近所の2歳上の進 (しん) ちゃんが、

中学生になり、ギターを始めた。

私は当時 小学5年生で、

その影響で私もギターを弾きだしたのだが、

ある日、進ちゃんはシングル盤のレコード

2枚をうちに持ってきてくれて、

聴かせてくれた。

それが、ビートルズのシングル盤、

" Let It Be " と " Hey Jude " だったのだ。

" Hey Jude " の後半のリフレインで、

ゾクゾクッときたことも覚えている。

それから、何年も後のことだが、

専門学校の入学試験だったか、

「私の好きな曲」 という題で、

作文を書く機会があった。

その時、" Let It Be " で、その小学生の

時のことを書いた覚えがある。

そして、(時期が前後するが)

中学1年生になった私が、

初めて買った洋楽の LPレコードが、

ビートルズの 「HELP !」 だった。

ビートルズは、1970年に解散しており、

私がビートルズを知るのは、解散後なのだが、

私の中学生時代、1975〜78年頃は、

まだまだ人気が衰えていなかった。

音楽は、いきなり、その時代に聴く人を

連れて行ってくれる。

私は、特定のビートルズの曲を聴くと

その当時、遊びに行った屋内スケート場が

よみがえる。

あそこで、ビートルズを聴いたかどうかは、

定かでないねんけど、ジュークボックスがあったから、

たぶん、聴いてたんやろな。

不思議やね。


1984年、今から31年前、

ポール主演の映画 『ヤァ! ブロード・ストリート』 が

公開された。

その当時の彼女と観に行った唯一の映画で、

今でも " No More Lonely Nights " を聴くと、

やはり、あの頃のことを思い出す。

この曲、ナマで聴いたら、出だしで 泣くと思う。


そんなわけで、考えてみると

ポールの曲に人生の思い出は多いのだった。




桂文珍 大東京独演会 Vol.8

一年ぶりの独演会。

昨年の4月にも行った

「桂文珍 大東京独演会」。

「ネタのオートクチュール  リクエスト寄せ」 と

いうことで、当日のお客さんからリクエストで

演目を選ぶという趣向の落語会だ。

今日は、3日間公演の2日目。

お客さんからリクエストの声が上がると

「ああ、それは昨日演りましたわ」

なんていうやりとりの末、今日の三席が決まった。

昨年は、その場では発表しなかったように

記憶しているが、今日は最初に登場した時に

三席を決めてしまった。

落語は四席のうち、文珍師匠の一席

「心中恋電脳」と、弟子の楽珍の

「蒟蒻 (こんにゃく) 問答」 の二席が、

昨年と同じだったのは残念。

どうせなら、聴いたことのない演目を

聴きたかったな。

ゲストは、インパルス。

これは、嬉しかったね。

彼らのコントは、面白いからね。

文珍師匠は、インパルスの板倉に

落語家になって欲しいようでした。

確かに今日のコントなんかは、

落語にしても成り立ちそうやった。


【 演目 】 (4月25日 昼の部)
一、「玄海集落」 桂 文珍
一、「蒟蒻問答」 桂 楽珍
一、「心中恋電脳」 桂 文珍
〜 仲入り 〜
一、「ピクニック」 インパルス(コント)
一、「百年目」 桂 文珍

@ 国立劇場 小劇場







2015.4.26

セッション

アカデミー賞3部門を受賞した映画

『セッション』 。

アカデミー賞以外にも多くの賞を受賞しており、

その数は合計142ノミネート、51受賞。


名門音楽大学の生徒 (ドラマー) と鬼教授の

物語で、ひと言でいうと狂気の世界。

天才を生み出すことに固執したコーチ (教授) と

偉大なミュージシャンになりたくてしょうがない

若者の物語とも言える。

この教授のレッスンが異常。

弱い精神の人間は、音楽とか演奏技術云々の前に

淘汰されていく。

教授の方針は、「本物だけが生き残る」 なので、

生徒をギリギリに追い詰め、試し続けるのだ。

その試し方が、尋常ではない。

欝になって自殺する生徒まで出るほどだ。


面白かったけど、

正直、よく分からんかった。

一緒に観た妻の解説 (?) で、

(なるほどそういうことか) と

理解したが、ちょっと難しいかもね。

ネット上の評価は高いが、

中には的はずれなレビューもあり、

分かり易い映画とは言い難い。

でも、退屈はしないし、

緊張感も半端ではない。

音楽映画というよりは、人間ドラマ。

天才は、狂気と紙一重なのだな。


その狂気の鬼教授フレッチャーを演じるのは、

アカデミー賞助演男優賞を受賞した J・K・シモンズ。

そして、生徒であるドラマー、アンドリューを

演じるのは、マイルズ・テラー。

監督・脚本は、撮影当時28歳で無名だった

デイミアン・チャゼルという人。


原題は 「WHIPLASH」 で、映画の中で

演奏される曲のタイトルでもあるが、

「むち打ち、むち先のしなやかな部分、むち紐」

という意味だ。

邦題の 「セッション」 には、

このニュアンスはなく、映画の中の演奏も

「セッション」 という感じではない。


★★★★☆


セッション





2015.4.27

ときどき写真展 16

諸 行 無 常



2014.10.23 Italia Matera




2015.4.27

国 語 力

私は小学生の時、

国語という教科が嫌いだった。

算数は、答えが一つだから良かったけど、

国語の場合、「感想を書け」 というような、

答えが一つじゃないような問題は、

特に嫌いで、作文や読書感想文も

苦手だった。

ところが、どういうわけか中学になると

国語の成績が、悪くなかった。

古典や古文は、大嫌いだったが

現代国語は、そこそこの成績で、

それは高校進学後も続いた。

高校に入ってからは、ほかの主要教科の

成績が軒並み下降したが、

現国 (現代国語) の成績は、

ほかの教科ほど下がらなかった。

そして、小学生のころ、国語嫌い、

作文嫌いだった私が、今では、

このように文章を書くことが、

趣味 (?) になってしまった。

面白いもんや。


さて、小学5年生の夏から、週1回、

勉強を観ているK君も、はや中学3年生。

来年は高校受験で、

最近は、国語と数学をやっている。

解けなかった問題が解けるようになり、

読めなかった文章を読めるようになり、

書けなかった漢字が書けるようになり、

見た目も少年から青年へと変化していく、

その様を間近で見られることは、

子供のいない私にとっては、

貴重な体験の場であり、

「教える」 ということの学びの場でもある。


自分 (大人) が、できていることを

できていない子供に教えるということにおいて、

国語というのは、困難な教科だと思っていた。

数学なら、公式を覚え、練習問題の数を

こなすことでそれなりに身につくだろう。

また、教えるだけなら初心者にギターの弾き方を

教える方が、国語より簡単だ。

国語には公式がなく、練習問題をやりながらも

目的地が、ぼんやりしているような、

曖昧さを拭えなかった。


福嶋隆史さんという方が、横浜で国語専門の

塾をやられているのだが、試しに彼の著書、

『「本当の国語力」が驚くほど伸びる本』 を

読んでみた。

そこには、確かに国語力が伸びるであろう、

学習のポイントが書かれていた。

そして、国語の学習について、

私がモヤモヤしていたことも、

学校の国語の授業の問題点として

書かれていたのだった。

著者曰く、国語力とは論理的思考力だと。

ところが、多くの授業では、国語を

「味わう」 ことに費やされているのだ。

「味わう」 ことも感性を磨くためには、

良いかもしれない。

が、味わうだけでは、読解力や文章力を

身につけることはできない。

数学は、言わば論理的思考を身につける

教科の一つだと思ってたが、

国語も論理的思考を身につける教科だったのだ。

本書には、「偏差値20アップは当たり前!」 との

見出しも付いている。

さすがに、これ一冊に書かれていることだけで

偏差値20アップは、少々、大袈裟な気もするが、

実践すれば、国語力がつくのは間違いないだろう。

あとは、指導者の腕次第といったところか。


指導者といえば、本書には、こんな指摘があった。

子供のテストの答案を見たとき、

いきなり、「また、こんな簡単な問題で

バツをもらってる!」 と 「マル」 より

「バツ」 に 目がいく親御さんが多いということ。

正解した問題を認めてあげて、褒めてあげてから

できなかった問題のことに触れるのではなく、

バツにしか目がいかないのだ。

これでは、子供は浮かばれない。

そして、(今さら目新しくはないが)

褒めることの重要性が書かれている。


先日観た映画 『セッション』 の鬼教授フレッチャーは、

「褒める教育」 を頭から否定する。

生徒をダメにする一番の言葉は " Good Job "

(よくできたね) だと。

フレッチャーは生徒を罵倒し、時には、

暴力をふるい、その才能を引き出そうとする。

その極限状態を乗り越えられた者だけが、

第2のバード (チャーリー・パーカー)になれるのだと。

まあ、一般の小中学生の親向けの本に書かれていることと、

世界でも一流の音楽家を育てようという現場

(しかも映画の中) とでは、

教える方も教わる方も違いすぎるねんけど、

なんちゅうか、どっちにしても、

偏ったらあかんというか、決め事にしてしもたら、

うまいこと行けへんのちゃうかと思ったのでした。

それに、子供は、大人が本気で褒めてくれてるか、

何か下心があって、上っ面だけ褒めてくれてるか、

聞き分ける力があると思うので、

褒めるときは、本気で褒めやなね。


なんか、最後には国語と関係ない話になってしもた。





2015.4.28

コミュニケーション

この時期になると新入社員による珍事件が

あちらこちらのオフィスで展開されるらしい。

たとえば、こういうの。

・「エクセルで、これ作って」 と頼んだら、パソコン抱えて
  “エクセルシオール (カフェ)” に行ってしまった。

・「出社したら、まず最初に机拭いてね」 と頼んだら、
 机をフーッと吹いてた。ジョークだと思って
 「アホなことやってないで、ちゃんと拭いてね」 って言ったら、
 ものすごい勢いで息吸い込んで思いっきり “ フ〜っ ” って。
 一応、彼、T大卒なんだけどね。

・入社式に来ないので心配して連絡したら、
 「退職願い」 と書かれたメールが来た。


この記事 からの拝借だが、これらは、ネタでもねつ造でもなく

ウソのようなホントの話だという。


そういえば、高校の同級生 (女子) のこんな話を

聞いたことを思い出した。

彼女が高校を卒業し、OLになりたての頃のこと。

会社にかかってきた電話の受話器を取ったものの、

何と言って分からなかった彼女は、

思わず 電話口でこう言ったそうな。

「いらっしゃいませ〜。」


まあ、かわいらしい失敗談やけど。


記事の話にもどると、珍事件の元は、

コミュニケーション能力の低下と言えばそれまでだが、

筆者は 「『言葉にならない気持ち』 を受け取る力が

弱体化」 していると 分析する。

コミュニケーションは、受け手側が

その言葉の 「コンテクスト (文脈)」 を

理解する必要があるのだが、新入社員には、

まだそれが培われていないという風にも

考えることもできるが、若者全体のその理解力が

低下してきているということなのだろうか。


少し前のこと、仕事上のある案件について、相手が、

「A の件ですが、もうしばらくこのままでも良いですか?」

と訊いてきた。(メールではなく口頭で)

私は、「良いですよ」 と答えた。

ところが、相手が 「このままでも良いですか」 と

訊いた内容と私が 「このままでも良いです」 と

回答した内容にズレがあった。

後日、そのことが発覚した時の私の内心の反応は

「ちゃんと言えよ」 というものだった。

私は、「そういう意味で OK したのではないです。

私がOK したのは、〜〜〜についてです」 と

答えたものの、相手の言い分は、

「ちゃんと おうかがいをたてたじゃないか。

今さら、取り消されても困る」 というものだった。

大体こういう場面で気弱な私は、

相手の言い分を呑むことになる。


この場合、「もうしばらくこのままでも良いですか」 と

打診されたときに 「それって、〜〜〜のことですか?」 と

私が確認をしていれば、相手は

「いえ、▽□△のことです」 と答え、

誤解は生じなかっただろう。

メールなら、明確にやりとりしたかもしれないが、

口頭で、軽く言われたということも

私が無意識だった原因の一端かもしれない。

「もうしばらくこのままでも良いですか」 の

内容は、私にしてみれば、そんな風にお気軽に

依頼できる内容では、なかったからだ。

が、相手のせいにしても仕方がない。

勝手に思い込んだ自分が自分のけつを拭くしかない。


「メールなら明確にやりとりしたかも」 と

書いたが、私はとても明確に書いたつもりでも

相手のコンテクストがずれていると、

誤解されてしまうこともある。

その場合は、自分の言葉不足と省みるしかない。

そんなことをあれこれ考えていると

パーフェクトなコミュニケーションなど

元来、無理なのだと思わざるを得なくなってくる。


まあ、摩擦も誤解も人生のうち、

と思えばええことやねんけど。





2015.4.29

ときどき写真展 17

妖 怪 人 間



2015.4.19 東京 丸の内




2015.4.30

寄生獣 完結編

『寄生獣』 の続編 『寄生獣 完結編』 を

観てきた。

昨年12月17日に観た 『寄生獣』 が

面白かったので、楽しみにしていたのだ。

あれから4ヶ月半も経っていたとは、

ちょっとびっくり。

感想はね、残念ながら前編の方が面白かった。

この 『完結編』 も退屈せんかったし、

面白いといえば、面白かったし、

涙してしまうシーンもあったんやけど、

でも、前編に比べると何かが物足りんかった。

先日観た 『ソロモンの偽証』 も

そうやったけど、なんでしょね。

なんか、終結に向かって行くとなると

何かが失われるんかな。

そんなことないと思うねんけど・・・。

本作の場合は、ラストがイマイチやった。

もうちょっと、早い段階で

グッとくる終わり方できたんちゃうかな。

最後に登場するサイコ野郎は、

なんでシャバに出てきてるかも

理解できんかったし。

ちょっと惜しいな。

でも、染谷君と時々グロテスクな

SFX は素晴らしいです。


★★★★☆


寄生獣 完結編



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