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 2019年
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2019.1.2

救急車の年越し

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

例年通り、大阪に帰省していたが、
今日、東京に戻ってきた。
大晦日、両親含め家族8人で
恒例の焼肉。
そのあと、皆で実家に移動し飲み直し。
これもここ数年の恒例だ。

昨年、米寿を迎えた父も
上機嫌でやや飲み過ぎていたようだ。
11時過ぎに「そろそろ寝る」と
言い出した父を2階に連れて
上がろうと居間を出た所で
足を滑らせた父が前のめりに転んだ。
転んだ先に高さが80センチぐらいの
棚があって、その角に頭をぶつけた。
鈍い音を立てて、父が倒れた。
私は、父の後ろにいたので、
何も出来なかった。

「大丈夫?」と声をかけると
意識はあったが、額(ひたい)に5センチほど
パックリと開いた傷があり出血していた。
甥っ子の嫁が、看護師で的確な
判断で止血をし救急車を呼んだ。
救急車はすぐに到着。
ホンマに早かった。

大晦日ということもあったのかも知れないが、
頭を打っているので、
脳の検査ができる病院ということで
受入れ先が決まるまで
10〜20分位かかっただろうか。
隣の市にある脳神経外科病院が
受け入れてくれることになり
救急車は出発した。

私は、救急車 人生初体験。
その救急車内で年を越し、新年を迎えた。
「人生初救急車内年越し」である。

検査の結果、幸い脳や頭蓋骨に
損傷はないようだったが、
傷は結構深いようだった。
今は、縫うのではなく、
ホッチキスで留めるんやね。
ホッチキスで留めた傷口は、見た目
フランケンシュタインみたいになった。
頭のことなので、後日なにか
症状が現れるかもしれないので、
油断は出来ないけど、
とにかく、大事に至らなくて良かった。

それれしても。
大晦日の年をまたぐあの時間帯に、
救急隊の方、病院の先生、看護師、
帰りのタクシーの運転手と
世の中のためにお仕事をしていて下さる
プロッフェショナルの方々がいる。
(ほかにもたくさんね。)
知識では知っていても、
こんな風に直接お世話になると、
リアルに感謝です。
ありがたいことです。





2019.1.6

自分を大きく扱おう

クリスマスの連休中、
都内の某書店に立ち寄った時のこと。
店内の一部で、スピーカー一体型の
オーディオ・プレーヤーの展示販売をやっていた。

ビクターの EX-B3 という機種で、
スピーカーのコーンが紙ではなく、
木で出来ている。



コーンが木で出来ているスピーカーは、
前から知っているし、音も量販店で
聴いたことがあって、
良い音だというのは知っていた。

で、特に興味があったわけでもないのに
何気なくその商品が目に留まり
立ち止まった瞬間、オジサンが横に立って、
説明を始めていた。

そして、「この音を聴いてみてください」と
ブライアン・ブロムバーグが弾く、
コントラバスの CD をかけてくれた。

ぶっ飛び。
とても、9cmのスピーカーから
出ている音とは思えないのだ。
オーディオマニアでもなく、それほど
耳が良いわけでもない私にもハッキリ分かる。
とたんにオジサンの話しに吸い込まれていく私。

なんでも、こだわって作った製品のため、
量産出来ず、量販店に卸すこともなく、
対面販売でしか売っていないのだという。
今回も(何日そこでやっているか知らないけど)
限定5台で、すでに3台売約済みだという。

特許が20以上(正確には27件)あり、
本体の底には、ギターのように響棒(きょうぼう)
(ブレーシングのこと、力木ともいう)まで
取り付けられていて、まるで楽器なのだ。
売り文句は「オーディオを『楽器』に変えた逸品」。

サックスやピアノ、DVD のサウンドも
聴かせてもらったが、とにかくコントラバスの
音が最高だった。

すっかり魅せられた私は、
気が付いたら、「欲しい!」と言っていた。

問題は値段だ。
オジサンは、こちらが訊くまで値段を言ってくれない。
思わず前のめりに「いくらですか?」と訊く私。

オジサン曰く「オーディオマニアの方は、
100万円ぐらいの音だと言ってくださいますが、
276,000円(税抜)です。」

う〜ん、微妙。
50万とか100万とか言ってくれたら、
諦めもつくのに微妙に手が届く値段。

その時は、時間がなかったので、とりあえず
「明日来ます。売切れてたら、縁がなかったと
諦めます」と売り場を離れた。

帰宅後、気になったので、ググってみると、
本当にオジサンの言っていた通りのようだった。
あまりの音の良さに衝動買いしてしまった人の
ブログがいくつもあった。

ああいう風にオーディオ売り場でもない所で
展示販売形式をとっているということは、
たまたま出会ってしまった人が、
衝動買いするというパターンがほとんどみたい。
でも、皆、買って満足している様子。
ある意味、上手い商売だ。

一晩、寝て翌日決めようと思ったが、
翌日になっても、あまり「やめとこう」と
いう気が起こらない。
これは、買うしかないか。
でも、どこに置こう?
あかん、置くとこ考えてるやん。

で、試しにカードを引いてみた。
このカードは、「アイアイ・カード」という
妻の会社が売っているものだが、
毎日、自分がどう生きるかのヒントにするための
オラクル・カードだ。
私は、毎日引くわけではないが、
気が向いた時に引くと結構面白いメッセージが出る。

で、出たカードが・・・



「自分を大きく扱う」・・・

買えっていうことやん!

そして、年末に届きました!



おまけでもらった CD もグッド。
「xrcd24」という最新技術で制作された
特別な CD で、めちゃリアルな音です。



ちょっと残念なのは、(DVDは再生できるけど)
Blu-ray が再生できない。
これは、テレビとデジタルで繋げたので、
音は出せたのでまあ良い。
あと USBメモリー で MP3、WMA、WAV は
再生できるけど、AAC に対応していない。
私の音楽データのほとんどは、AAC なので
これは、残念だけど仕方がない。
CD は データにしたら、処分する方向だけど、
これからは、MP3 にするか、WAV でも保存するかな。


1BOXウッドコーン・システム<EX-B3>





2019.2.20

沖縄 レポート
格安レンタカーと交通事故


2月9日から11日までの3連休で沖縄に
行ってきたのだが、羽田の飛行機の出発が
除雪で遅れたことしか書いていなかったので、
もう少し書いておこうと思う。

今回の宿泊地は、那覇市内だったけど、
今まで行ったことのない地域で
あったようで、ちょっと沖縄らしくない
大きなショッピングモールや
タワーマンションなどがあった。

そのショッピングモールは、
まだ新しく見えたので、おそらくこの数年の
間に開発されたものかと思っていたら、
オープンは、2002年(2012年にリニューアル・
オープン)と知って驚いた。

開発が進むのは、良い面もあるが、
失われていくものも多い。
なんとなく、その界隈は(私のイメージする)
沖縄っぽくなかったので、寂しい感じがした。
きれいな街並みはそれはそれでええねんけどな。

さて、本題。
レンタカーを借りるのに、事前にネットで
調べていると、同じサイズの車でも
店によってずい分と金額に差があることに気づいた。
2泊3日で借りるのに、大手レンタカー店では、
2万円以上するのに、1万円でお釣りがくる
ような店があるのだ。
半額以下で、同じ車種が借りられる。
ならば安くて良いじゃないかと
その1万円でお釣りがくる(9,720円)の
レンタカーを予約した。

結果。
空港までマイクロバスで迎えに来てくれるのだが、
これが結構待たされた。
周辺にも同様に各レンタカー店が
迎えに来ていたが、他の店はどんどん
送迎バスが来るのに、私の予約の店は
全然バスが来ない。
最前列のお客さんが
「タクシーで行った方が早いんじゃないか」と
店員に言い出すほど待たされた。
店員は「道路が混んでいますので」と説明していた。
まあ、これはホントに道路の込み具合もあるだろうから、
料金とあんまり関係ないかもしれないけど。

迎えのバスに乗って、10〜15分ぐらい。
レンタカー店に着いて手続き後、
車を見て思わず「汚い」と
声に出して言ってしまった。
後部座席は、子供の食べこぼしか何かだろう、
シミだらけで、ちょっとええ服着てたら
座るのがはばかられるほどに汚い。

ああ、これで安いんだと思った。
今まで借りたレンタカーの中で一番汚かった。
ちゃんとクリーニングしたり、
汚れたシートを交換したりすると、
こんな安い料金ではやっていけないと
いうことだろうな。

しかし、その後、
この格安レンタカーは高くつくことになる。

2日目の夜、宿の近くの駐車場に止める際、
車止めとタイヤがずれていて、後ろの塀に
沿って立っていたポールに後部バンパーを
ぶつけてしまった。
もう、止まるようなスピードでコツンと
ぶつけただけなので、ほんの数ミリだが
ポールに当たった部分がへこんだ。
「あ、やってしもた」と思ったが、
レンタカーを借りる手続き時に、
追加で保険に入ったので、この程度の傷なら、
全く問題ないと思って、そのまま食事に行った。

翌日夕方、レンタカーの返却時に
自分から「ここ、ぶつけてしまいました」と申告した。
すると店員が「警察には届けましたか?」と言う。
些細な傷であっても警察の事故証明がないと
保険が効かないのだと言う。
確かに車を借り受ける時に
「事故を起こしたら、警察と店と両方に
連絡をしてください」という説明を受けた覚えがあった。
説明を受けた後にサインをした書面にも
書いてあるんだろう。
しかし、私はあの、コツンと当てただけのことを
「事故」とは認識しなかった。
店員は、「その当たったポールは、
駐車場のものでしょうから、もし、それに被害が
あった場合、それの賠償責任もあります」と言う。
確かに。
それはごもっともだ。
しかし(確認したわけではないけど)
ポールは無傷だろう。

そして。
今から、その現場に戻って警察を呼ぶか、
7万円を払って済ませるかの選択となった。

飛行機の時間が迫っているので、
現場に戻っている時間はない。
しかし、この程度の傷に7万円は高すぎる。
7万円の中には、修理に出している間の
営業補償も含まれているのだけど。

観念した私は、7万円を払って終わりにした。

というわけで、ずい分と高い授業料を払って、
レンタカーを傷つけてしまった場合の
対処を学ぶことになったのでした。
とほほ。





2019.6.3

20周年

昨日6月2日は、妻の55歳の誕生日であり、
私たちの結婚記念日でもある。
なんと 結婚20年である。
20年と言われても
ちょっとピンと来ないほど、
あっという間の20年だった。

生まれた子供が成人するまでの
20年って結構長くて、歴史があるような
気がするのだけど、とても同じ20年とは思えない。
でも、1999年に生まれた子供は、
今年20歳になるわけだからな。
変な感じだ。

こんな感じだと、人生って短いぞと思う。

さて、昨日のディナーは、
恵比寿にある『鮨しのぶ』。
初めて行ったのだが、素晴らしい仕事で
好きなタイプでした。
また行きたいね。





2019.6.16

なんて日だ!

昨日のこと。

朝から雨だった。
雨の中、30分待ったけど、タクシーが来なかった。

「下丸子駅」に行くつもりだったのに降りた駅は、
「新丸子駅」だった。
電車で戻るのが面倒になり、改札口を出てみたが、
タクシー乗り場はなかった。

数百メートル先に大通りが見えたので、
雨の中をそこまで歩き、数分待っていたが、
タクシーは1台も走って来なかった。
(結局、駅まで戻り電車で行くことに。)

帰宅後、ペットボトルの水をこぼし
ズボンも床もびしょ濡れになった。

なんて日だ!





2019.6.19

痛風物語 25

「通風物語」、
なんと2年5ヶ月ぶりの更新だ。

日曜日の夜あたりから、
右足かかとに違和感を感じ始めた。
月曜日、朝はそれほどでもなかったけど、
夕方には結構な痛みになっていた。
かかとなので、靴が当たって余計に痛い。

今まで5回も通風を発症したのだが、
全て右足親指付け根の関節に発症していた。
今回は、場所も違ったし、
痛みの種類も違うような気がしたので、
当初は通風を疑っていなかったが、
どう考えてもこれは通風だろう。
2年半ぶりの発症だ。
お帰りなさい、ツーフーちゃん。

この2年半の間に体重は10キロ増え、
食生活も油断しまくりで、
先月の健康診断でも尿酸値は
「8.1」と全く下がっていないにも関わらず、
チキンカツカレーや、エビチリなんぞを
躊躇なく食べるようになっていた。
発症も当然と言えるかも知れない。

「痛風物語 24」(2017.1.10)では、
NHK『ガッテン!』で、牛乳が尿酸値を
下げると言っていたので、
1日で1リットルぐらい飲んだと
書いている。
それから2年数ヶ月、
ほぼ毎日牛乳を飲んでいるが、
牛乳を飲み始める数ヶ月前の尿酸値が「7.7」、
一昨年8月の尿酸値は「7.8」、
昨年10月の尿酸値は「7.9」、
先月の健康診断では「8.1」と、
あまり効果があるとは思えない。
ていうか、増えてるやん!

初めての発症から、約5年。
今まで自力でなんとかしようとしてきたけど、
どうも時間が経つと、心が緩んでしまう。
体重が増えたこと、食生活の油断が
原因だと思うけど、
やはり、尿酸値を下げる薬を飲むしかないのか。
今回の発作が治まったら、
病院に行くことも真剣に考え中です。

尿酸値は上がっているが、中性脂肪は、
なんと4年ぶりに正常値に戻った。
1年半以上、ほぼ毎日、サントリーの
特茶500ccを飲んでいるが、特茶は
「体脂肪を減らすのを助ける」らしいが、
「中性脂肪を減らす」とは謳っていない。
特茶を1年間飲み続けたあとの昨年10月の
健康診断では、中性脂肪は前年の「165」から
「181」に増えていた。
体重も増え、体脂肪が減っている感じはない。
それでもなんとなく毎日飲み続けているのだけど。

その中性脂肪が、先月は「128」だった。
(30〜149が正常値)
7ヶ月で「181」から「128」。
約3分の2に減ったのだ。
これは凄いと思う。

おそらくだが、2〜3か月前から飲み始めた
甘酒が効いているのではないかと思う。
これまた、たまたまテレビで観たのだが、
甘酒(それも米と米麹で作られたもの)が
中性脂肪を下げるらしい。
それだけではない。
コレステロール値にも若干の改善が見られた。
甘酒には、コレステロールを低減する
「プロラミン」という成分が含まれているらしい。
おお、サプリ飲むよりええんちゃうか。
もともと私は甘酒が好きだし、
牛乳と半々で割ると、甘すぎず飲みやすい
まろやかな味になる。

「プロラミン」には、便通を改善する
作用もあるらしいが、それはあんまり感じないです。





2019.6.20

痛風物語 26

月曜日に発症したとして今日で4日目。
日曜日の夜には、軽い痛みがあったけど、
あれは予兆で発症とは言えないかな。

今朝は、昨日の朝よりもかなり痛かったのだが
痛み止め薬を飲んで、
午後からかなり痛みがましになった。
ゆっくり歩いていれば通風とは
ばれないぐらいの歩き方が
出来るようになった。(なぜ隠す)

夜になり、とっくに痛み止めの効き目は
切れたはずだが、今(21:30)も
痛みは弱く、じっとしてれば、
薬を飲もうとは思わない程度だ。
まだ、くつを履けるほどではないし、
歩くとやっぱり痛いのだけどね。

このまま快方に向かえば良いのだが、
明日の朝はどうなっているか分からない。
以前には、2週間靴を履けなかったことも
あったので、何とも言えないわけだ。

しかし、週末は、土曜日も日曜日も
会食の予定があるのです。
人生は悩ましい。





2019.6.21

痛風物語 27


昨夜、痛みが大分治まってきたと書いたが、
今日もかなり楽だった。
まだ、患部を触ると痛いので、
靴は履く気にならないけど、
痛み止めは、飲まなくても良くなったぞ。
今回は、快方に向かうのが早い。
って油断は禁物だけど。
来週には、やっぱり尿酸値を下げる
薬をもらいに、病院に行こうかな。





2019.6.26

痛風物語28

先週月曜日に発症した痛風(通算6回目)は、
意外に早く痛みが治まり、土曜日には、
通常と同じスピードで歩けるようになった。
ただ、靴を履くと患部(かかと)が当たって痛いので、
靴を履けるようになったのは、今週の
月曜日からで、いまだに患部を触ると軽く痛い。

先週、発症の翌日の夜、会食があった。
ずいぶん前に決まっていた予定だった。
食事はフレンチ。
フォアグラやカツオというプリンティ
(プリン体が多い)な料理が出てきた。
普段なら、なんとも思わないのだろうけど、
痛風中にそんなものを少量とはいえ、
食すのは、いささか愚かで滑稽な気がした。

それはさておき。
いよいよ観念し、尿酸値を下げる薬を飲むことにし、
今日、某クリニックに行ってきた。
ウェブサイトでチェックしたところ、
おっちゃんの先生だと思っていたが、
担当医は、マスクをしているので、
目元しか分からないけど、美人の女医!
それだけで、医者の言うこと聞こうと
思うのは男のサガか。
ただの単細胞か。

ところで、薬を飲むと、血中の尿酸の
結晶が溶け始めるらしい。
溶けるというより、どうもバラバラになるような
イメージで、その結晶のかけらがトゲトゲしていて、
悪さ(痛風発症)をすることがあるらしい。
薬が効き出すと痛いって、困ったもんやけど、
必ずそうなるというわけではないらしいので、
そうならないことを祈ろう。
そんなわけで、まだ、患部を触ると痛い状態で
薬を飲み始めると再発症の恐れがあるのだ。
まあ、様子を見て、明日か明後日ぐらいには
飲み始めようと思う。
まずは、少な目の服用で2週間試してみることに。

副作用が出た場合は、服用を止める
(薬を替える?)こともあり得るようだが、
薬剤師さんの話では、処方された薬は
日本人に合うのか、効果の出る患者さんが
多いとのこと。
う〜ん、期待大。
うまくいけば1〜2ヶ月後には、
いよいよ高尿酸値症を卒業だぜ!





2019.7.9

痛風物語29
<高尿酸値症卒業への道>


2週間ほど前、いよいよ観念し、クリニックで
尿酸値を下げる薬を処方してもらった。
薬の飲み初めは、血中の尿酸が
溶け出すことで、痛風の発症に
つながることも多いらしい。
万一発症しても、薬をやめずに
痛み止めを飲みながらでも続けるようにと
注意を受けた。
「フェブリック」という薬で1錠で10mg。

昨日、薬を飲み始めて12日目。
それまで何も感じなかったのに、
右足の親指の付け根の関節に痛みを感じた。
何もしなければ痛みも感じないのだが、
靴を履くと患部を圧迫し、痛い。
見てみると、赤く腫れている。
薬の影響の発症があるとしても、
2〜3日目にあることだろうと
思っていたので、10日以上服用してからの
発症は意外だった。
痛み止めを飲むほどの痛みではないので、
発症と呼ぶのもどうかと思う程度なのだが、
発症とするなら7回目だ。

今日も同様に軽く痛いが、
靴も履けるし、薬を飲むほどでもない。
ちょっとだけ、歩き方が変な感じ。

明日で、薬が切れるので、
今日はクリニックへ行ってきた。
先生に症状を伝えると、
10日以上服用後の発症も珍しいわけでは
なさそうだった。
とりあえず、今日(服用13日目)の
尿酸値を測るため採血。
検査結果は、金曜日に聞きに行く予定。
少しでも尿酸値が下がっていると嬉しいな。

軽くでも発症したため、薬の量は増やさずに
1錠のまま、様子を見ることになった。
高尿酸値症卒業への道は遠い。





2019.7.12

痛風物語30
<ついに高尿酸値症卒業か!?>


6月27日から、「フェブリク」という、
尿酸値を下げる薬を飲み始めた。

7月8日、飲み始めて12日目で
軽い発作(痛風)が起きた。
これは想定内のこと。
薬が効いているという証でもある。

7月9日、飲み始めて13日目、
尿酸値を測るために採血。

今日、その結果を聞いてきた。

尿酸値、
なんと、
6.0!

凄いなぁ〜!
恐るべしクスリの力!

今まで約5年間、いくつかのサプリ、
効くと言われる水や牛乳、ヨーグルトなどを
全て1年以上は、試したけど、
全くと言って良いほど効果がなかった。

この12年間の検査の記録を見ると
一番高い時(2011.6.4)で「9.7」、
一番低い時(2015.7.17)で「7.4」。
12年間、14回の検査記録の平均値は、
「8.2」だ。
尿酸値は、「7.0」を超えると
高尿酸値症という不名誉な
称号をいただける。

それがですぜ、たった2週間ほど
あの小さなヤクをキメタだけで、
「6.0」になってしまうのだから、
クスリというやつは恐ろしい。
と同時に今までの苦労は、
なんだったんだろうと思う。
高いサプリメント代がアホみたいである。
保険が利いているので、
明細を見ても正確な金額が
分からないけど、今日、「フェブリク」を
30日分30錠もらって、
薬局で支払ったのは、890円だ。
1日30円やん。

まあ、初めての痛風発症時から、
あえて薬を飲まないという、
いばらの道を選んだのは、誰でもない
私自身なので文句も愚痴もお門違い。
自分の身体(からだ)と心を知る上で、
これはこれで良い経験であったと思う。

薬は、1日1錠しか飲んでおらず、
検査結果いかんでは、増やす可能もあったのが
1錠で十分に効果が出ているという判断で、
このまま1錠飲み続け、1カ月後に
再度、尿酸値を診てみるということになった。

人によっては、1日2〜3錠、多い人は4錠
飲むこともあるようで、1錠でこれだけの
効果があったというのは、薬との相性が
良いということか、身体(からだ)が薬に弱いということか。

先週から、風邪気味で、咳がつらくて
咳止めを飲んでみてもあんまり効かないのにな。
それともこれでも効いているのかな。
あ、でも、咳止めを飲むと便秘になると
聞いていたが、見事に薬を飲んでいる間
4日間も出ませんでした。
副作用は効いたということか。

月曜日に発症したゆるい痛風は、
いまだに少しだけ痛い。
今回は、一度も痛み止めを飲んでいないので、
こんなもの痛いうちには入らないのだけどね。

痛風は、尿酸値が急激に上がったり、
下がったりした時に発症しやすい。
直近の検査結果が「8.1」(2019.5.27)。
薬を飲み始める直前の数値は分からないけど、
たぶん「8.1」と大して変わらないだろう。
そうすると、たった12日で「2.1」も下がったことになる。
そら、発症しても不思議ではないわけだ。

これで、1カ月後も尿酸値が
「7.0」未満だったら、
私、卒業します!





2019.7.18

痛風物語31
<高尿酸値症卒業への道>


尿酸値を下げるヤクをキメ出して、
今日で22日目。
12日目に発症した7回目の痛風発作は、
今日の時点ででは、痛みというほどでもない
かすかな違和感に変わっている。
今回は発症してから、6日目に
初めて痛み止めを飲んだ。
どこへも行かず家にいたなら、
飲まなかったかも知れない程度の痛みだけど
出かけていると、ちょっと痛みが
邪魔になったので。

7日目と8日目の日中は、
ほとんど痛みを感じず、もう治ったのかなと
思うほどだったのに8日目の夜から
再び少し痛み出した。
翌9日目は、起きた時からまあまあ痛かったので、
朝から痛み止めを飲んだよ。
この日は2錠。

今日は、発症11日目。
昨日と今日は、もうそのことを
忘れるくらい痛みもないが、
ホントに稀に痛みというほどでもない
違和感を感じる。
そいつは、その度に私が「高尿酸値症治療中」だと
いうことを思い出させてくれる。

今回の発症は、決定的な痛みには
至らなかった。
最初の頃とは症状が明らかに違うので、
クスリによる発症ということなのだろうか。
もう少しで、抜け切れるような気がするのだが
どうだろう。

ところで。
2014年の発症時から、ずっとクスリを
避けてきたのは、薬を飲み始めると
食生活を気にしなくなるんじゃないかと
思っていたからだ。
すでに服用2週間足らずで、尿酸値「6.0」
(7.0未満で正常)というクスリの力を見たので、
「クスリを飲んでいる」という絶大な安心感を
得てしまった私は、かなり自分への制限が
甘くなっており、結構、開放的な気分で
自由に食べている。
こんなんでいいのか、とも思うが、
まあ、クスリを飲まなくても、何度も油断しては
発症を繰り返してきたので、良いことにしよう。

卒業まであと一歩だ。





2019.7.21

痛風物語32
<クスリの副作用か?>


昨日の朝、7時ごろ、体のあちこちが
異常に痒くて目が覚めた。
見てみると、主に太ももの内側と
脇腹、二の腕の内側に発疹が出ている。

掻いても掻いても痒みが止まらない。
参った。

何が原因だろうと考えても、
前日の夜に食べたものに、
思い当たるものはない。
可能性があるのは、
6月27日から服用を始めた、
尿酸値を下げる薬「フェブリク」だけだ。

フェブリクの副作用を調べると
たくさん書いてある中に
「過敏症」「全身性皮疹」「発疹」とある。

どう考えても、フェブリクの副作用しか
思いつかないのだが、24日間も
連続で服用した後に、こんな副作用が
現れるものなのか、その辺は医者に訊いて
みないと分からない。

いずれにしろ、ほかに思い当たらないので
せっかく尿酸値が下がったのだが、
いったん服用を見送ることにした。
これで、また急に尿酸値が上昇し、
痛風を発症しなければ良いのだが。

今後については、明日、医者に
相談しようと思う。

昨夜は、痒みとどういうわけか咳も出て、
中々眠りにつくことが出来なかった。
今日は、発疹は顔頭以外の全身に
広がり、ずっと痒いわけではないのだけど、
時々、痒みが発作のように訪れて
難儀な一日だった。
朝早く起きて、信州の小海町高原美術館で
やっているハービー山口さんの写真展を
観に行くつもりでいたけど、
あまり眠れなかったのと、
運転中に痒みに耐えられなくなったら、
危ないと思い、見送ることにした。

先日、「(高尿酸値症)卒業まであと一歩」
と書いたのだけど、
また遠のいたような気がする。





2019.7.22

痛風物語33
<クスリの副作用か?−2>


昨夜は、足の裏まで痒くなり、難儀した。
足の裏とか手の平って掻きにくい。
掻いても掻いても痒いところに
届かない感じ。
ベッドに入ってからも、
痒みで何度も目が覚めた。
顔や頭まで痒かった。

痒さも変化してきていた。
痒い所を掻くと、隣接する痒くなかった
辺りが急に痒くなり出し、
掻きながら掻く場所を移動していく。
刺激で痒さが次々と
拡散していくような感じだ。
そして、掻くと一旦痒みは納まるが、
しばらくすると違うところが痒くなりだす。

今日は、発疹や痒みは
少し治っていたが、朝から、
右足の親指の付け根辺りに
微かに違和感を感じた。
これは昨日一昨日にはなかったことだ。
クスリの服用を中断した影響で
痛風を発症しなければ良いのたが。

医者の見立では、クスリの副作用というのは、
もちろん考えられるが、
3週間以上服用しての副作用というのは、
あまりないケースなので、ほかの要因との
複合ということも考えられるとのこと。
今日の時点では、フェブリク(尿酸値を
下げるクスリ)はしばらく控えて、
痒みを抑えるためアレルギーのクスリを
一週間飲んでみて様子を見てみることになった。
採血もしたので、肝臓の具合や今日の
尿酸値も測ってもらえる。

アレルギーが治ったあと、
尿酸値を下げるクスリの再開だが、
フェブリクをもう一度試すのか、
クスリを替えるのかは、医師と相談し
決めなければいけない。

自分では強いアレルギーはないと
思っているが、稀にアルコールを摂取した後、
手足に赤い斑点が現れることがある。
そのことを薬剤師に伝えると、
お酒と何かの食品の組合わせで体調によっては
反応が出るということが考えられるので、
アレルギーの検査をしてみてはどうかと言われた。
だんだん痛風だけの話ではなくなってきたよ。

今回は、発疹が出た土曜日の夜、
お酒を飲んだことも良くなかったと反省。
しばらく飲みません。





2019.7.29

痛風物語34
<高尿酸値症卒業への道>


クスリの副作用と思われる発疹が
出てから、今日で10日。
3〜4日で痒みは治まったが、
アレルギーのクスリはその後も数日服用した。

発疹が出てから、フェブリク(尿酸値を
下げるクスリ)の服用を止めたので、
その為に尿酸値が急上昇する恐れがあり、
痛風の発症を心配したが、
発症には至っていない。
ただ、この10日間、何度か微かに右足の
親指付け根辺りがチクチク疼くことが
あったのも事実なので油断は禁物だ。

痛風発症が怖くて発疹2日目から、
1週間以上アルコールを摂取していなかった。
発疹が出た1日目は、飲みに行く約束が
あったので、普通に飲んだが、
素人が考えても、その状況での
アルコール摂取は、良いはずがない。

昨日は、友人家族と焼肉屋に
行ったが、飲まなかった。
ノンアルコールビールを飲んでいると、
それで満足だった。
もしかしたら、成人して以来、
焼肉屋に行って飲まなかったのは、
初めてかも知れない。
今日は、また会食だったので、
久しぶりに飲んだよ。

先週月曜日に採血したので、
その結果を聞くのと、今後のクスリを
どうするかについて、
今日クリニックに行ってきた。

検査の結果は、尿酸値も測っているものと
思っていたが、医師の目的は、
フェブリクの影響が肝臓に出ていないかを
見るためであったようで、
尿酸値は検査項目に入っていなかった。

フェブリクをやめて、3日目の検査だったので
3日で数値がどうなっているか興味が
あったのだが、残念。
尿酸値も測ってくださいと申告すべきだった。

肝臓には特に異常は見られなかったので、
クスリを再開することにしたが、
何も副作用のあったクスリにする必要は、
ないので、別のクスリに替えてみることにした。

今回は、「アロプリノール」というクスリ。
当然、フェブリクと同様に副作用の
リスクはあるののだが、これだけは、
試してみないと分からないという。

本日から、投与再開だ。


血液検査で、ついでに脂質も調べた。
前回(5月27日)4年ぶりに正常値
(128)だった中性脂肪は、今回は
「166」とやや高め(149以下が正常)。
しかし、総コレステロール値が「186」と
正常値を示した(199以下が正常値)。
2007年以降のデータを記録しているが、
総コレステロール値が 200 を切ったのは
初めてのことである。
また、LDLコレステロール(悪玉)も
5年ぶりの正常値だった。
あとは、HDLコレステロール(善玉)が
もうちょっと増えればいいな。





2019.8.7

8月7日 57歳の誕生日
今朝の体重
77.7kg

57歳になりました。
夕食は、久しぶりの「きみずし」(旗の台)。
匠の職人技を堪能。
あんなに旨いアジ、イワシは初めて。
毎回毎回、常識が覆される。
何から何まで、店主のこだわりに
うならされる。



手のひらに乗せてくれるウニ!
(妻の手です。)





2019.8.18

43年ぶり

私の通った中学校は、2校ある。
1年生の時の中学校は、
4つの小学校から生徒が集まってきており、
私の学年では 12クラスある マンモス校だった。
全校生徒数は、おそらく1200〜1300人
ぐらいいたんではないかと思う。

私が中学2年生になる時に中学校が新設された。
私の住んでいた地域は、
新設校の学区に含まれていたので、
2年生からは、新しい学校に通った。
新しい中学校は、5クラスだった。

中学1年になった時には、
他の小学校からの生徒もいたわけで、
今から思えば、急に人間関係が広がる
特別な機会だったわけだが、
学校が新設されたおかげで、
1年生の時のクラスメイトの半数以上と
別れることになったのだった。
その中には、違う小学校に通っていた、
中学で同じクラスになり仲良くなったO君もいた。

O君とは、互いの家を行ったり来たり、
試験中一緒に勉強したりする仲だった。
が、学校が分かれてからは、
それっきりになってしまい、一度も会っていない。

今となっては、学校が分かれても、
同じ市内に住んでいるのだから、
会おうと思えば会えただろうに、
と思うが、中学生というのは、
やはり子供ということだろうな。

そのO君から今日、メールが届いた。
私のことを思い出し、検索して
この「ひとりごと」にたどり着いたのだという。
驚きと同時に感動してしまった。
実に43年と数カ月ぶりである。

O君は、経済や社会に疎い私でも知っている
大きな会社の社長になっていた。

中学1年の時、たった1年間だけ、
仲の良かった友人の43年ぶりの便り。
生きていると、思いもしないことが
起こるんやな。
しみじみ。





2019.8.20

43年ぶり−2

一昨日、中学1年生の時の
仲の良かったクラスメートの
O君からメールが来た。
実に43年と数カ月ぶりだった。
彼が、このウェブサイトを発見して、
連絡してきてくれたのだった。

一昨日昨日と、何度かのメールのやりとりで、
お互いの近況などを報告しあった。

今更だが、こういう時にインターネットって
凄いと思わされるね。

当時、私は彼のことを名前ではなく、
あだ名で呼んでいたように思うのだが、
どうしても、そのあだ名が思い出せなかった。
苗字に「岡」が付くので、
「オカッチ」とか「オカッペ」とか、
何かそんな感じだったような気がするのだが、
いくら考えても「それや!」というものが
思いつかず、2日間、悶々としていた。

昨夜、布団に入ってからも、
「なんやったかなぁ」とあれこれ思いを
巡らせていたが、全くピンとくるものが
思いつかなかった。

何分ぐらい経っただろうか、ふと、
「脳の中には絶対その記憶が
あるはずやから、
思い出せないわけがない」と思った。

妻は、どうしても答えが見つけられない
難問にぶち当たった時、
夢で答えをもらえるよう、
お願いして眠るらしい。
それで、何度も普段思いつかないような
答えを得ているという。

そのことを思い出し、
「そうか、脳の中に絶対記憶があるわけやから、
脳にお願いしてみよう」などと思いながら、
うつらうつらとしてきた時だった。

なんの前触れもなく、突然その言葉が
ストンと降ってきた。
何の背景もなく、その言葉だけが
突然、頭の中にポツンと現れたのだ。

お・か・き

そうや!
私は彼を「おかき」と呼んでいた。
ちょっとビックリして、興奮してしまった。

そして、それまでぼんやりとしていた
彼の(中一の時の)顔まで、
鮮明に思い出したよ。

こんなことってあるねんな。
とても不思議な体験だった。





2019.8.28

43年ぶり−3
不思議な偶然編


10日前のこと。
中学1年生の時の
仲の良かったクラスメートのO君が、
このウェブサイトを発見して、
メールを送ってきてくれた。(その日のエントリー)
なんと43年と数カ月ぶりだった。

それから、何度かメールのやり取りをして
お互いの情報を交換しているのだが、
いくつかの不思議な偶然が
あらわになり驚いている。

まず。
私の父は、大学の事務で働いていたのだが、
彼の5歳上のお姉さんはその大学の卒業生だった。
彼女は、高校もその大学の付属校に
行っていたので、私はO君から、
中学時代にその話は聞いただろうけど、
覚えていなかったし、その後、お姉さんが
大学もその大学に進学されたかどうかは、
知る由もない。
いや、それだけならそれほど驚きはしない。
彼女は、大学の同窓会の会長をしていて、
昨年12月の同窓会のイベントで、
私の父に会い、「息子さん(私ね)と弟が
中学校でクラスメートだったんです」と
挨拶をされたのだという。
父は、「息子は東京で元気にしています」と
答えたらしいのだが、その話を
O君がお姉さんから聞いたのは、
10日前、私にメールを送った数日あとだった。
(ちなみに、私は父から何も聞いていない。)

そのタイミングも凄いし、
お姉さんと父が、数カ月前に接触していた
というだけでも驚きだが、
偶然はそれだけではない。

彼の娘さん(29歳)が、私の家から
歩いて10分ほどのところに住んでいる。
これまたびっくりだ。

まだある。
私は、1986年から93年まで、大阪の
「八戸(やえ)ノ里」というところに住んでいたが、
彼の奥さんの実家がその街にあり、
私が住んでいた当時、彼は結婚前で
しょっちゅう「八戸ノ里」に行っていたという。
もしかしたら、すれ違っていてもおかしくない。

事実は、小説より奇なり。
It's a small world である。

そして来月、彼の東京出張の際、
いよいよ再会することになった。
なぜか、ちょっと緊張している。





2019.9.7

痛風物語35
<高尿酸値症卒業への道>


6月下旬から、フェブリクという
尿酸値を下げる薬を2週間ほど飲んだら、
12年間平均「8.2」だった尿酸値が
「6.0」に下がった。

喜びもつかの間、フェブリク服用開始から
3週間以上経って、薬の副作用と
思われる発疹が出たため、
やむなく服用を中止した。

発疹が治まった後、アロプリノールという
薬に替えて服用を再開した。
アロプリノールを1カ月服用し、
8月29日に採決した結果を
昨日聞いて来た。
尿酸値は「6.9」。

う〜む、微妙だ。
「6.9」は、正常値(7.0未満で正常値)だが、
医者が言うには、
長年高尿酸値だった人間には、
「6.9」では治療としては不十分らしい。
というのも関節に結晶として
溜まっている尿酸を溶かし、
体外へ出すには、尿酸値「6.0」前後が
望ましいとのことだった。

フェブリクなら、2週間で「6.0」まで
下がったのにな〜。
でも、体に合わなかったのだから
仕方がない。

アロプリノールは、現在1錠(100mg)
服用中だが、あと2か月続けてみて、
尿酸値があまり下がらないようだったら、
量を増やしましょうということになった。

高尿酸値症卒業への道は険しい。


<ここ数カ月の経緯>
6月17日 痛風発症(2年半ぶり6回目)
6月27日 尿酸値を下げる薬 フェブリク 服用開始
7月8日 軽い痛風発症 ― 薬の影響と思われる(想定内)
7月9日 血液検査 ― 尿酸値 6.0
7月20日 発疹が出る ― 薬の副作用? フェブリク服用中止
7月22日〜 アレルギーの薬を数日服用
7月29日 尿酸値を下げる薬 アロプリノール 服用開始
8月29日 血液検査 ― 尿酸値 6.9


ところで、脂質の方はというと。
3年間異常だった中性脂肪が、
5月の健康診断で正常値になった。
尿酸値に効くとテレビで観た甘酒の
効果かと思って続けているが、
7月、8月の血液検査では再び
異常値を示している。
7月は、総コレステロールとLDLコレステロールが、
正常値になるも、8月は再びアウト。
こちらも中々に手ごわい。
最近は、トマトジュースも飲んでるんだけどなぁ。

幸い私は血圧が全く正常であるため、
それほど深刻ではないらしい。
(この数年間の私の平均血圧は、上が104、下が66。)
これで、血圧が高ければかなりのリスクのようだ。
とはいえ、脂質異常といわれると、
やはり気持ちの良いもんではない。





2019.9.11

創作 と 処理

最近、妻の仕事の関係で
デザインの仕事を引き受けている。
仕事といっても、私は専門的な教育を
受けていないし、その手の仕事に
就いたこともない。
音楽と同じくアマチュアなのだけど。

子供の頃、レタリングのようなことが好きで、
授業中にノートや教科書にしょっちゅう
落書きをしていた覚えがある。
中学生の修学旅行のしおりの表紙なども
私が書いた覚えがあるし、
若い頃は、バンドのロゴを手書きで作って、
おそろいのジャンパーにプリントしたこともある。
デザインという風に認識していなかったけど、
そういうことが好きだったのは間違いがない。

小学生の高学年の頃には、
興味の一番が音楽になってしまったけれど、
音楽をやらなけば、美術関係のことを
やっていただろうと思う。
それが仕事になったかどうかは別として。
小さいころから絵を描いたり、
粘土細工やプラモデルを作るのも好きだったしね。

そういうわけで、妻の仕事の手伝いが
きっかけで始まったデザインだけど、
もともと自分の中にやりたいこととして
あったことには、自覚がある。

ところで、ギターを弾いていると
時間の経つのを忘れるのと同じように、
デザインのことをしていても集中して、
次々とアイディアが浮かんでくると
時を忘れてしまうことが多い。
写真を撮っている時や、
写真の編集作業で作品に
仕上げようとしている時も同じような感じだ。
これは、好きなことをやっているのだから、
当然のことだろう。

一方で、好きでやっているわけではなく、
仕事だからやっていること、頼まれて
引き受けたからやっていることでも、
集中しているとあっという間に時間が過ぎてしまう。

一見この2つは同じことのように見えるけど、
大きく違うことがある。
それは、終わったあとの疲れ方、
気持ちに現れてくる。
どちらちもやり終えたあとの満足や達成感はある。
仕事であれば、やっと終わったという解放感もある。
が、好きでやっていることには、
そういう解放感は感じないのだ。
例えば、ライブが終わったあとに
解放感がないわけではないが、
それは、「もうこの仕事は終わった」
「これでもうやらんでええ」という解放感ではない。
ライブの場合は解放感というより、充足感に近い。

何が違うのだろうと観察するに
ギターを弾くことも、
デザインを創り出すことも、
写真を撮ることも、
頭を使っていないということに気付いた。

頭を使っていないというより、厳密には、
右脳による作業なのではないかと思うのだけど、
これは、どういうわけかあまり疲れない。

書類を作成するような作業では、左脳を使う。
右脳を使う仕事より、左脳を使う仕事の方が
疲れるんやないか、そう思ったのだ。

右脳を使って何かを創り出す、
つまり「クリエイション(創作・創造)」は、
疲れるよりも逆にエレルギーが湧いてくる感じがする。
もちろん全く疲れないわけではないけどね。
クリエイティヴな仕事をしているアーティストに
年をとっても若々しい人が多いのは、
そんな理由もあると思う。

クリエイションという行為が右脳を媒体に、
脳の外側にある何か(宇宙とか無意識とか)と
コンタクトし、「創作」物をこの世に
現していくのに比して、もう一方の作業は、
脳の中にある知識を駆使して、
「処理」していく行為なのではないか。

クリエイトがエネルギーが湧きだす行為に対し、
そうでない処理作業は、エネルギーの消耗では
ないかと思うのだ。

どちらも人間には必要なことであり、
優劣はないのだけどね。

では、左脳を使ってする作業が、
クリエイティヴに出来ないのかと問われれば、
けっしてそんなことはないだろうが、
そちらの作業をクリエイティヴに行う人は
あまりいないんじゃないだろうか。
その作業のコンテクストを創作することは
出来るだろうから、全体としては
クリエイティヴな行為と見ることも出来るけど、
「処理」していかなければならない(消耗する)
作業は必ず付いて回る。
例えば、私にとってギターを弾くのは
創造的行為だが、その準備や記録として
楽譜を書くことは左脳を使う処理的行為だ。

あとは、そのバランスで、創造的な部分が
大きければ、消耗する処理も苦ではないだろう。
例えば、一度書いた楽譜は、
繰り返し使うことができるが、
演奏するたびに楽譜を
準備しなければならないとしたら、
あるいは、一度の演奏のために何度も
楽譜を書かなければならないとしたら、
演奏したくなくなるような気がする。
(楽譜を書くこと自体が好きな人は、
そんなことないやろうけど。)

そういうわけで、同じ時間、働いても、
クリエイティヴに仕事をしている人は、
過労で追い詰められることがないんだと思う。
もし、どんな種類の仕事でも、
クリエイティヴに出来るとしたら、
過労で追い詰められて自殺する人なんて
この世からいなくなるのにな。





2019.9.19

43年ぶり−4
初体験編


大阪に住んでいた中学1年生の時、
1年間だけ仲が良くて、学校が分離した為、
その後一度も会ったことのなかった
旧友に会ってきた。
人生初の体験だ。

元はと言えば、ちょうどひと月程前、
彼が私のことを思い出して検索してくれて
このサイトにたどり着き、
メールをくれたのが始まりだった。
ついに今日、彼の東京出張に合わせて、
再会を果たした。
なんと43年6ヶ月ぶり。
同窓会で再会したのとは、ちょっと質が違う。
こんなことは、今までの人生で初めてだ。

会う前は、どうなるんやろと
ちょっと不安もありつつ、
でも会うまでの数回のメールのやり取りで
楽しくないわけがないという
根拠のない自信もあった。

中学1年の互いのわずかな記憶しかないので、
言ってみれば、ほぼほぼ初対面状態なのだが、
あの1年間を共にしたという、共通の認識は
最初から強力な人間関係を提供してくれる。
まずそれが凄いよね。
道ですれ違っていても互いに気づかないほど
変わり果てているのに。

あっという間の4時間半。
お互いの43年分の人生を共有し合うには、
4時間半で足りるわけはなく、
また、会おうと別れた。

57歳まで生きてきたからこその
感動一杯の夜だった。
Thanx a lot.
OKAKI.





2019.10.2

どうすんねん

どうやら私は、新人の落語家のようだ。
今日は、何人もの落語家が高座に上がる
数百人入る会場での落語会。

もう、落語会はスタートしているのに、
私は演る演目が決まっていない。
っていうか、出来る演目が思いつかない。
なのになぜか全く焦っていない。

マネージャーのような人が
主催者に向かって、「〇〇はどうですか?」と
私が演る演目の交渉をしてくれている。
横で、(それ、出来ないんだけどな)と
思いながら聞いている。

「〇〇はどうですか?」と問うても、
主催者は「それは、ダメです」となんだかんだと
理由をつけて断ってくる。
「×× か △▽ はにしてください」と
言ってくるが、私はその演目は覚えていない。
というか、この時点で出来る演目など
全く思いつかない、という状況だ。

私は、「じゃあ自分でいく(マクラだけ)」と言う。
主催者は「自分で行く?嘘やろ何言うてんねん。
そんなんでは出せない」と言う。
「いやいや、シーンとなるか大爆笑かどっちかやで、
賭けやけど、大爆笑取るで」と私は、大胆な提案をする。

そんな状況なのに、なぜか全く怖くない。
そして、主催者に「そんなんじゃ出せません」と
断られた。

出演できないことになってしまった。
出来る演目がないくせに、全く
怖くなくて、出る気だけは満々な私。

客席には、知り合い、母、親戚、
先日43年ぶりに会った友人など
私目当てに来ているお客さんがいっぱいいる。
特に最前列は知っている顔だらけ。
不思議なことに目が合うと手を振ってくる人は、
全く誰だ分からないのに、知っている人であることは
間違いないという不思議な状況。

その人たちが、私の出番を心待ちにしているのが
伝わってくる。
私の姿が、客席から見えると、
「ついに出るよ」みたいにスマホで連絡とり合ってる。

誰かの口演が終わって、次の人がなぜかステージの前で
待機している状態で、我慢できなくなった私は、
無手鉄砲にも、出演させてもらうため、
スタッフの制止を振り払って、直談判しに
主催者がいる前方の席へ向かった・・・。

ここで、やっとドキドキしてきて、目が覚めた。
あのあとどうなったんやろな。
あんまり続きは見たくないけど。





2019.11.12

羽田の朝、日韓を思う



妻が韓国ソウルに行くというので、
朝、羽田空港まで送ってきた。
彼女の著書『超解釈 サルトルの教え』が、
6月に韓国でも刊行されたので、
そのプロモーション(?)のようだ。
書店を周り、出版社の社長と会い、
推薦文を書いてくださった先生に会い、
新聞社の取材を受けるなど、
2泊3日だが、盛沢山な内容らしい。

ところで、妻の本とは関係ないが、
私の母は、昭和10年に韓国で生まれた。
当時は、日韓併合の時代で、
朝鮮半島は、日本の統治下だった。
多くの日本人が、朝鮮に渡っていたようで、
私の祖父母も、朝鮮に渡り暮らしていたようだ。

終戦後、祖父母は、母を含む子供たち5人を
連れて日本へ引き揚げた。
満州からの引き揚げでは、
子供たちが途中で餓死したり、
日本に連れて帰られないので、中国人に
預けたままになったりという悲しい話は、
何度か耳にしたことがあるが、
朝鮮からの引き揚げは、どうだったのだろう。

祖父母家族は、裕福ではないにしろ、
それなりの暮らしをしていたようだが、
日本に引き揚げる際、
一人当たりの持って行ける金額が、
決められていたらしく、
その他の財産は没収されたようだ。

一旦、日本に戻った祖父は、
朝鮮人に混じって、再び朝鮮に渡り、
隠していた財産を持って、もう一度、
引揚者として、帰国したと聞いた。
命がけである。
それでも、あの時代のこと、
引き揚げ後の母の子供時代は、
ご多分にもれず、今の世からは
考えられない貧乏話であふれている。

2001年1月26日、JR 新大久保駅で
線路に転落した男性を助けようと、
線路に降りた2人が、電車にはねられ、
3人とも死亡するという
痛ましい事故があった。
助けようと線路に降りた一人は、
26歳の韓国人留学生だった。
昨日 NHK で、その留学生の母親の
ドキュメンタリーをやっていた。

留学生の両親は、当初、日本に対して
良い印象を持っておらず、
日本への留学に反対だったという。
そんな両親を説得し、日本に留学した彼は、
「日韓の架け橋になりたい」と言っていたという。

事故後、両親に寄せられた多くの見舞金・
弔慰金で奨学会が設立され、
日本語学校在学生を対象に
奨学金が支給され続けている。

母親は、日本語学校に通っている。
寄せられる日本語の手紙を自分で
読むためだ。
息子の意志を受け継ぎ、
今や母親が日韓の架け橋となっているのだ。

韓国と日本は、あるレベルで、
非常に分かり合っており、調和しているとさえ思う。
そして、あるレベルで、水と油のようでもある。
言い古されたことかも知れないが、
互いが相手をもっと知り、
理解する必要があるのだろう。
それは、日韓に限らず、
同国の個人の人間関係においてもだけど。

とりとめのない内容になってしまったが、
ついこの前まで、まさか妻の本が
韓国で出版されるなどとは、
思いつきもしなかった(本人もね)。

人生には、3つの坂があるというもんな。
上り坂、
下り坂、
そして、
まさか。





2019.11.22

痛風物語36
<高尿酸値症ついに卒業!>


11月18日に採血した結果が出た。
尿酸値・・・

5.0! \(^▽^)/

過去、最低(「もっとも良い」の意)の数値。
ついに「高尿酸値症卒業」を宣言します!
いやぁ〜長い長い道のりだったなぁ。
ずっと前(おそらく記録がある2007年以前)から、
高尿酸値症だったのだけど、
初めて痛風を発症したのが、2014年10月。
あの時は、イタリア旅行の4日前やった。
4日遅かったら、旅行がパーになってるとこやった。

それから、薬に頼ることなく、
自力でなんとかしようとしたが、
結局この5年で6度も発症。
最後は、今年の6月。
2年半ぶりの発症だったけど、
ついに観念した私は、尿酸値を下げる
薬を飲むことにした。

尿酸値は、3.6 〜 7.0 が正常値とされている。
2007年から今年5月までの14回の
検査記録を見ると
一番高い時(2011.6.4)で「9.7」、
一番低い時(2015.7.17)で「7.4」。
12年間14回の検査の平均値は、「8.2」だった。

今年の6月に飲み始めた薬は効果があり
3週間で一度「6.0」まで下がったのだが、
副作用が現れた。
仕方なく、薬を変えて様子をみたところ、
今度はあまり効かない。
10月には 再び「7.6」まで上がってしまった。
で、薬を倍(2錠)に増やしてみて、
ひと月以上たったので、検査をしてみると、
今までにない数値「5.0」だったのだ。

あ〜良かった。
しかし、この数値には訳があると思っている。
もちろん、薬の効果はあるだろうが、
検査をした4日前に身体の調子が
悪くなった。
その前日の夜遅く、何の前触れもなく、
突然、強烈な悪寒に襲われた。
風邪をひいたときのそれとは明らかに違った。
発熱したわけでもなかったので、
翌日は会社に行ったのだが、
全く食欲もなく、身体がだるいので
早退し、とにかく寝ることにした。
その日は、全く何も食べず。
翌日も休んで一日中寝ていた。

そんなわけで、検査の前4日間は、
アルコールを一滴も飲んでおらず、
食事の量もかなり少なかったことから、
少しは尿酸値に好影響があったのではないかと
素人ながらに考えている。
ちなみに中性脂肪やコレステロール値も
下がっていた。

今度は、3カ月後ぐらいに検査を
しようと思うが、これを機会に、
減量もしようと思うので、
「5.0」ぐらいをキープできるといいな。
年末年始は、飲む機会が多く
危険なので要注意だ。


<ここ数カ月の経緯>
6月17日 痛風発症(2年半ぶり6回目)
6月27日 尿酸値を下げる薬 フェブリク 服用開始
7月 8日 軽い痛風発症 ― 薬の影響と思われる(想定内)
7月 9日 血液検査 ― 尿酸値 6.0
7月20日 発疹が出る ― 薬の副作用?/ フェブリク服用中止
7月22日〜 アレルギーの薬を数日服用
7月29日 尿酸値を下げる薬 アロプリノール 服用開始
8月29日 血液検査 ― 尿酸値 6.9
10月 9日 血液検査 ― 尿酸値 7.6 / 薬を2錠に増やす
11月18日 血液検査 ― 尿酸値 5.0!





2019.12.25

サンダーバード秘密基地


幼稚園のとき、サンタクロースからの
クリスマスプレゼントは、サンダーバードの
1号から5号のセット(プラモデル)だった。
当時、すでにサンタの正体を見抜いていた
夢のない子供だったけど、嬉しかったな。
まだ園児の私は、プラモデルを作ることは出来ず、
作るのはもっぱら父の仕事で、
父もそれなりに制作を楽しんだと思う。

私がもらったのは、1号〜5号のそれぞれの
プラモデルだったけど、当時、秘密基地のキットも
売られていて、それを持っている友達もいて、
魅力的だったのを覚えている。
人が持っているものは、欲しくなるからねぇ。

さて、デアゴスティーニが、
サンダーバード秘密基地のキットを発売する。
欲しいなぁ。
結構 でかそうなので、置くとこないし、
邪魔になるのは目に見えているので、買わないけど、
私の中の少年の心が疼くのでした。


THUNDERBIRDS 秘密基地
憧れの秘密基地を完全再現!!







 ひとりごと