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 つつみしんやのひとりごと  Vincent Van Gogh
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2010.10.23

ゴッホ展

芸術の秋。
今日は、六本木にある国立新美術館で開催中の
ゴッホ展へ行ってきた。

国立新美術館へは、初めて行ったのだが、
2007年に開館した美術館で、外観も内観もすばらしく、
特に中に入ると まるで SF 映画のようだった。



さて、今回のゴッホ展では、ゴッホの油彩 35点、
版画・素描約 30点のほか、モネ、ゴーギャンなどの油彩画、
その他関連資料合わせて123点が展示されていた。

11時に入館したが、入場制限まではいかないものの、
結構な混み具合だった。

ゴッホは、27歳で画家を目指し、37歳で亡くなるまで、
10年ほどしか絵を描いていないわけだが、
元々上手だった人ではないようで、初期の絵は、
資料としては貴重なのだろうが、魅力は感じなかった。

私たちが良く知っているゴッホの絵は、1888〜1890年に
描かれたものがほとんどで、その頃の絵は確かにスゴイ。
その2年間、彼は自分の耳をカミソリで切り落としたり、
精神科病院に入院したりしながら、絵を描き続けたのだ。

そして、1890年7月27日にピストルで自殺を図り、
2日後の29日に病院で亡くなった。
37歳だった。
今年は、没後120年なのだ。

今回、60数枚のゴッホの絵を見たわけだが、
ほとんどは、素通りした。
立ち止まって観た数枚は、有名なものばかりだった。
有名で、美術の教科書にも載っているような絵だから、
惹きつけられるのか、それとも、純粋に魅力のある絵だから、
有名になったのか、と注意しながら観たが、
やはりそれらは、独特の味とパワーを持っていた。

「アルルの部屋」 も良かったが、


アルルの部屋

今日、一番強烈だったのがこれ。


アイリス

ゴッホは、「ひまわり」 を12枚も描いているが、
「アイリス」 も複数枚描いている。

この作品は、1890年、サン・レミの精神科病院を
退院する直前に描かれたようだ。
その頃のゴッホは、そこから逃れたくて、
精神的にかなり危機的な状況にあったという。
だが、この絵は、生々しい生命に溢れており、
とてもじゃないが、病院の中で描いたとは思えない。
元々は、もっと紫色だったものが退色しているらしいが、
120年の時を感じさせない 何か がこの絵には
確かに宿っている。
実物を 1メートルほどの距離で観たが、
絵を観て、こんなに感動したのは初めて。

彼は死ぬ1ヶ月前、妹に宛てた手紙に
「ぼくは100年後の人々にも、生きているかのごとく見える
肖像画を描いてみたい」 と書いたという。
生きている間、1枚しか絵が売れなかったという彼の絵が、
120年後に世界中の人を感動させている。
なんと凄いことか。

自殺に関しては、凶器や遺書がないこと、不自然な点が
多いことから、他殺を唱える専門家もいるようだ。




没後120年 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった





2017.11.5

ゴッホ 最期の手紙
LOVING VINCENT


2010年に国立新美術館で開催された
ゴッホ展で「アイリス」を観た。
絵画を観て、あんなに感動したのは、
あれが最初で最後だ。
魂が震えるとか、心を鷲掴みにされるとか
いうのは、ああいうことを言うのだと思う。

今日は、そのゴッホを描いた映画
『ゴッホ 最期の手紙』を観てきた。

本作、なんと “動く油絵” の映画。
ゴッホのタッチで描かれた
ゴッホの物語なのだ。

実際に撮影した映像を125名の画家たちが、
ゴッホのタッチで油絵に描いてアニメーションに
仕上げたのだ。
その数、62,450枚というから、
気の遠くなるような作業だ。
そして、回想シーンはモノクロの水彩画タッチと
2つのタッチを使い分けて描かれている。
まず、製作陣の「ゴッホ愛」に感動。
ゴッホの油絵が動く様子は、
観る価値があるよ。

ストーリーは、ゴッホの謎の死に迫る
サスペンス・タッチ。
今となっては真実は闇なのだけど、
映画では一応の決着がつけられている。
それが、ゴッホの苦悩を描き出しており、
哀しく苦しい。

エンディングに流れるのは、
Lianne La Havas の歌う "Starry Starry Night"
(別名 "Vincent")。
これまた涙を誘います。
歌詞は、ゴッホにあてた内容で、
ここに素敵な訳詞があります。
英詞はこちら

ひとつ気になったのは、「Vincent」が
字幕では「フィンセント」となっていたこと。
映画のオフィシャルサイトでも
「フィンセント」となっているし、
検索しても多くのサイトで
「Vincent van Gogh」が、
「フィンセント・ファン・ゴッホ」と
記述されているので、オランダ語(?)では
「V」は濁らないのかも知れない。
でも、音は「ヴィンセント」って
聞こえてたんやけどなぁ。
ま、大したことちゃうけど。


★★★★▲


ゴッホ 最期の手紙 予告編


[ 関連エントリー ]
2008.12.14 Vincent
2010.10.23 ゴッホ展





2019.11.7

PARIS REPORTS その3
ゴッホ 編


サルトルの墓参り後、
パリから車で1時間近く走ったところにある、
オーヴェール・シュール・オワーズという村に向かった。
そこには、ゴッホの墓と、ゴッホが最後の70日間を
過ごした家があるのだ。



写真の左がゴッホ、右が弟のテオドロスのお墓。

墓地の周辺には、のどかな風景が広がる。







有名な『オーヴェルの教会』の現在。



『オーヴェルの教会』は、
オルセー美術館で実物を観てきた。
(って、どっちが実物やねん。)



教会の内部



ステンドグラス



ゴッホが最後に過ごしたという部屋は、
照明具もない、天窓から光を取り入れる
だけの驚くほど狭い部屋。
残念ながら、ここは撮影禁止だったので
写真はない。





彼はここで、人生最後の70日を過ごし、
その間に約80点の作品を描いたという。
フィンセント・ファン・ゴッホ、
享年37歳。
壮絶な人生だったんだろうな。




私がゴッホに魅せられたのは、
ゴッホ好きの妻の影響だ。
2010年にゴッホの『アイリス』が東京に来た時に、
国立新美術館に観に行ったのだが、
絵の前からしばらく動けなくなるほどの
衝撃を受けたのを覚えている。
絵で、あれほど心を揺さぶられたのは、
ゴッホ以外にない。

墓参りの翌々日に、オルセー美術館で、
数枚のゴッホ作品を観てきた。
日本に来た時に観たことのある、
『アルルの部屋』の他、有名な
『医師ガシェの肖像』、『自画像』などなど。







オルセー美術館には、有名な絵画が
たくさん(ゴーギャンとかルノワールとか)
あるわけだが、それほど興味がなく
ほとんどチラ見程度。
でも、マネの『笛を吹く少年』は、
見つけたとき、なぜかうれしかった。
これ、美術の教科書に載ってたんじゃないだろうか。



さて、ゴッホ。
写真やポスターで観たことがあっても
実物は、全く別物なのは、
『アイリス』で体験済みだ。
芸術は、実物を見なければ何も分からない。
今回、超強烈だったのは、
『The Starry Night』。
1888年に、南フランスのアルルを流れる
ローヌ川の岸辺で描いた夜の風景だ。



『ローヌ川の星月夜』とか『星降る夜』とか
いくつかの日本語タイトルがあるようだが、
『アイリス』同様、しばらく絵の前から
動けなくなった。
私にとっては、この日観たゴッホの作品の
中でも特別な1枚だった。
なんだろう、言葉では表現できない何かが、
宿っている。
観ているだけで、泣けてくる絵って、
人生でそんなに出会えないだろう。
そんな1枚だった。



オルセー美術館の入場券。
デザインは、何種類かあったのだが、
私には『The Starry Night』が当たったよ。


ドン・マクレーン が、ゴッホに捧げた美しい曲、
『Vincent』は、「Starry Starry night〜」
という歌詞で始まる。
ゴッホの人生少しでも知って、
ゴッホの絵の実物を見てから、聴くと、
この曲の意味と ドン・マクレーンの
気持ちが、少し分かった気がする。

Vincent / Don McLean (日本語訳付)


パリの土産物屋で見つけたミニ・ゴッホ






2019.11.9

永遠の門 ゴッホの見た未来
AT ETERNITY'S GATE


一昨日、ゴッホの墓参りと
オルセー美術館のレポートを書いた。
今日は、昨日公開された 映画
『永遠の門 ゴッホの見た未来』 を観てきた。

主演のゴッホ役に、私には
『プラトーン』の人、という印象が強い、
ウィレム・デフォー。
本作でアカデミー賞主演男優賞に
ノミネートされた。

先日のパリ往復の機内でも
観られたので、帰りの機内で見始めたが、
日本語字幕がなかったため、途中で断念した。

さて、本作。
ゴッホの絵に懸ける情熱と苦悩と
狂気が描かれている。
弟テオとの関係や、友人ゴーギャンとの
関係もよくわかる。
しかし、ゴッホを描くとどうしても
彼の死を避けて通れないのだろう。
一般的には、自殺と言われているようだが、
本作では明らかに他殺という立場から
描いている。
ゴッホ自身が、一切を語らなかったことから
謎だらけなのだが、自殺だったら、
どうして傷を負いながら家まで帰ったのか、
どうして一発で死ぬ方法を選ばなかったのか、
等いくつも疑問が残り、誰かに撃たれたとしたら、
なぜ犯人をかばったのかが謎である。
映画では、少年2人が事件に関与している
説を支持しているようだが。

オーヴェルに移り、もの凄く精力的に作品を
描いている最中の死なので、
自殺だとしても理由が分からない。
でも、一時は自分の耳をカミソリで切り落とすほど、
心が病んでいたわけだから、
普通の考えは通用しないわけで
観ている側は、落としどころに困ってしまう。

そういうわけで、ゴッホが死んで終わる本作も、
観終えてスッキリする映画ではない。

私の希望だが、サン・レミの療養所を退所し、
オーヴェルに移り住んで、思う存分、
絵を描いているところで映画が終わって
欲しかったと思う。
何かこう「充実した画家生活を送ってまっせ」
みたいなところで終わって欲しかった。
でも、現実はそんなに甘くはないよな。
オーヴェルで過ごした70日(映画では
80日となっていたように思う)も
ゴッホの精神は、健全であったかどうかは
分からない。
幻覚や幻聴もあったと描かれているが、
それぐらいでなければ、あんな絵は
描けないのかもしれない。

サン・レミ時代に描いた作品で
批評家から一定の評価を得たようだっただけど
それでも、まだ絵が売れなかったのは
なぜなんだろう。
ちなみに「生きているうちに1枚も売れなかった」
「1枚しか売れなかった」というのは、
話をドラマチックにするための宣伝だろうと
私は思っている。
確かに、あの時代、新しい画風は
すぐには受け入れられなっただろうが、
中には気に入る人もいたんじゃないだろうか。

ウィレム・デフォーの素晴らしい演技で
時々、ドキュメンタリーのようにさえ思えた。
でも、アルルに移った時、ゴッホは35歳で、
オーヴェルに移った時が、37歳。
演じているウィレムは、(撮影時)62〜63歳。
ちょっと、年を取り過ぎている感がないでもないが、
ジュリアン・シュナーベル監督は、
「この役には彼しか考えられなかった」と
言ったらしい。
まあ、ゴッホの死んだ歳を知らなければ、
何の違和感も抱かないだろうけど。

それから、ヨーロッパ映画によくある言葉のこと。
ゴッホはオランダ人だけど、パリにも
住んだりしているのでフランス語も話せたんだろうと思う。
でも、この映画のゴッホは、英語。
ゴッホだけでなく、フランス人のほとんどが英語。
時々、なぜかフランス語のシーンもあるけど。
演じているのが米国人、監督も米国人だから
英語にしたのかな。
田舎のフランス人が、流ちょうな英語を話す
シーンには少し違和感あり。


★★★★☆


 
国によってイメージが違うチラシ。
左はどこの国のモノか分からないけど。



2017年に観た『ゴッホ 最期の手紙』
もう一度観てみよう。





2019.11.10

ゴッホ:天才の絵筆

昨日は、映画『永遠の門 ゴッホの見た未来』を
観てきたが、ゴッホの他の映画も観てみたくなった。
アマゾンで検索すると、『ゴッホ:天才の絵筆』と
いう39分のドキュメンタリーがあった。
プライム会員なら無料だ。

39分という短時間にとても重要なポイントが
含まれており、ゴッホを知るにはとても良いと思った。
なにより、実際の絵や風景とともに解説されるのは、
書物にはない魅力だ。

映画は、一人称で語られる。
ちょっと訛った英語なのは意図的だろう。

16歳で画商になり、その後、伝道師になるものの
上手くいかなかったゴッホは、27歳で絵を描き始める。
37歳で亡くなった彼は、わずか10年間しか絵を描いて
いないわけだが、有名な作品のほとんどは、
晩年の2〜3年に描かれている。

映画では、描き始めたころの暗い作風が、
どうして明るい色彩を得て、「ゴッホ」に
なっていったのかを作品を交えながら、
解説してくれる。

先日のパリ旅行で訪れたオーヴェールの村や
オルセー美術館が映るのも嬉しい。

ゴッホの弟テオに宛てた手紙は900通あるらしいが、
ゴッホ美術館に保管されているその手紙の
ゴッホの文字の美しさにも驚いた。
なんとなく、ゴッホは武骨なイメージで、
荒々しい文字を想像したのが、
考えてみれば、あれだけの絵を書く人。
タッチは大胆であっても、中身は繊細に違いない。

途中、日本や日本の浮世絵に触れるくだりもある。
ゴッホが、浮世絵の影響を受けたことは有名だが、
昨日の映画『永遠の門 ゴッホの見た未来』でも
ゴーギャンが「マダガスカルに行く」というのに対し、
「日本は?」とゴッホが訊き返すシーンがあった。
ゴッホは、日本に行きたかったのかもしれないな。

『永遠の門 ゴッホの見た未来』では、
ゴッホがなぜ死ななければならなかったのか、
「観ている側は、落としどころに困ってしまう」と
書いたが、本作では、オーヴェールでの
2ヶ月で80点以上の作品を一気に
生み続けたゴッホは、限界を越え、
燃え尽き、深い孤独と疲れに襲われたとある。
2ヶ月で80点以上というのは、
異常な量だろう。
確かにゴッホは、越えてはいけないラインを越え、
創作に命を使い切ったのかもしれない。

ゴッホの死後、半年でテオが他界するというのも
悲しいほどの兄弟の絆に思えてしまうのである。

次にフランスへ行くとしたら、
アルルに行きたいな。





★★★★▲





2019.11.17

ゴッホ 最期の手紙
LOVING VINCENT


先月のパリ旅行で、ゴッホの墓参りに行き、
オルセー美術館でゴッホの作品を観て以来、
ゴッホが、ちょっとしたマイ・ブームだ。

先日観た映画『永遠の門 ゴッホの見た未来』
ドキュメンタリー『ゴッホ:天才の絵筆』に続いて、
2017年に劇場で観た『ゴッホ 最期の手紙』
再び鑑賞した。(Amazon Prime Video)

ゴッホが死んだ2年後、
ゴッホの友人でもあった、郵便配達人
ジョゼフ・ルーランが、ゴッホが書いた
弟テオ宛の手紙を息子アルマンに
テオに届けるよう託す。
アルマンは、パリでテオの死を知り、
手紙を持って、オーヴェルのガシェ医師を
訪ねるのだが・・・。

ちょっとサスペンス仕立ての展開だ。
前回観たときには、他殺のように感じた
覚えがあるのだが、もう一度観ると、
結局、自殺他殺どちらとも言えないような、
描き方に感じた。
これは、もう観る人に委ねているのだろう。
真実は、闇なのだから。

本作、全編が動く油絵で構成されている
という所が見所の一つだが、製作には
125人もの画家が参加しているらしい。
パートによっては、雑に感じるところと
素晴らしく感じるところがあった。
意図的なのか、描く人によって、
質に差が出てしまったのか分からないけどね。

今回は、吹替え版で観てみた。
アルマンの声を山田孝之がやっているのだけど
どうもボソボソと喋るので、聞き取りにくい
箇所がいくつかあった。
酷いところは、何度も聴き直したけど、
何言ってるか分からなかったよ。

ラストシーン。
ジョゼフと息子アルマンが、
ローヌ川のほとりで、
テオの妻からもらった、
ゴッホのテオ宛の件の手紙を読み進める。
内容が泣かせよる。
画面が、先日パリで観て感動した
『ローヌ川の星月夜』に変わる。
そして、ゴッホの肖像画のあと、
"Starry Starry Night" が流れ、
エンドロールへと続きます。

ゴッホは、
孤独だったのだろうか。
エンドロールには、
彼が描いた多くの人々が
映し出される。





★★★★☆


"I want to touch people with my art,
I want them to say: he feels deeply,
he feels tenderly."
Vincent va gogh

作品で人々を感動させ
深く優しく感じていると言われたい。
フィンセント・ファン・ゴッホ





2019.11.17

ゴッホ 真実の手紙
Van Gogh - Painted With Words


マイブームのゴッホ、続いて 2010年に
BBC が制作したドキュメンタリー
『ゴッホ 真実の手紙
(Van Gogh Painted With Words)』

を観た。(50分) (Amazon Prime Video)

ゴッホが残した902通もの手紙と、
証言をもとに作られており、
そういう意味では、真実に近い内容と
言えると思う。

パリ以降のゴッホの動きについては、
様々なところで見聞きしてきたが、
画家を目指す以前や、
パリに出る以前の話、
特に女性関係に関しては、
知らないエピソードが多く、
とても興味深かった。
また、サンレミの療養所時代にも
発作を起こし、自殺を試みたことも
知らなかった。

ピストル自殺については、
あまり深く触れられておらず、
このドキュメンタリーの趣旨からいって
憶測や推測は、極力避けたものと感じた。

それにしても、この兄弟愛、絆は絶大だ。
生前、フィンセントを理解したのは、
弟テオだけだろうと語られるが、テオ以外、
誰がフィンセントを理解し得たであろうか。

今、2人は、おなじ墓に眠っている。
これは、最初から同じ墓に入ったわけではない。
後世の人が、そうせざるを得ないほどの
2人の仲だったんだろう。
いや、2人の想いが、人々を動かしたのかもしれない。

フィンセントの最後の手紙には、
「激しい孤独を表現したい」と
書かれている。





★★★★☆





2019.11.21

たゆたえども沈まず
原田マハ 著


先月、パリのオルセー美術館でゴッホの
『ローヌ川の星月夜』を観て以来、
すっかりゴッホにハマってしまって、
映画やドキュメンタリーを観ている。
今夜は、小説『たゆたえども沈まず』
(原田マハ 著)を読み終えた。

タイトルの『たゆたえども沈まず』というのは、
パリ市の紋章にラテン語で書かれている標語、
"Fluctuat nec mergitur" の訳。
「たゆたえども」なんて使ったことのない言葉だが、
「揺れはするけど、沈没はしない」という意味で
水害(セーヌ川の氾濫)と幾多もの
戦乱や革命など歴史を乗り越えてきたパリを
象徴した言葉であるらしい。

さて、本作。
主な登場人物は、ほとんどが実在した人々。
ゴッホ、弟のテオ、ポール・ゴーギャン、
ゴッホの絵のモデルにもなったタンギー爺さん、
そして、19世紀後半、フランスで浮世絵など
日本美術品を広めた(売り捌いた)日本人画商、
林忠正とその片腕、加納重吉。
(重吉は、もしかしたら架空の人物かも知れない。
ググってみたけど未確認。)

実際にゴッホやテオと忠正に
交流があったのかどうかは分からないとのことで
ストーリーは、史実とフィクションが入り混じっている。
ゴッホを含め多くのヨーロッパの画家が、日本文化、
特に浮世絵の影響を受けたことは有名だ。
ゴッホは、浮世絵の模写までしており、
日本に憧れを持っていたことは、分かっている。
当時のジョポニスムの流行は、
本作が、フィクションだと分かっていても
本当にこんな風だったんじゃないかと
思わされてしまう。

主人公は、ゴッホというよりはテオと重吉。
ゴッホ兄弟の人生に深く、忠正と重吉が
関わり合っているように描かれている。

ゴッホの絵は、生前1枚しか売れなかったと
言われている。
私は、そんなことないだろうと勝手に
思っているのだけど、テオの立場が
この小説のようだったら、そういうことも
あり得るかもな、と思ってしまった。

ゴッホのピストルによる自死、
その半年後のテオの死という、
分かり切った結末に向かっていても、
後半は涙なしには読めなかった。
ピストルの一件には、
意外な背景が設定されていた。

タイトル『たゆたえども沈まず』の意味、
表紙『星月夜』の意味も読めば分かるのだが、
忠正が初めて、『星月夜』と対面するシーンが、
なんとも感動的だ。
この本を読んでから、パリに行っていたら、
もっと違った見方が出来たような気がするが、
今となってはもう遅いな。
また行くしかないか。
今度はもっとゆっくりと。


★★★★▲








2019.11.24

ゴッホ展
@ 上野の森美術館


すっかりゴッホ・ファンになってしまったが、
今日は、上野の森美術館で開催されている
「ゴッホ展」に行ってきた。
この時期に開催されているなんてタイムリーだ。

ゴッホが、ゴッホになっていく過程で、
影響を受けた「ハーグ派」と「印象派」の
作品も交えた展覧会だ。

今回の目玉のひとつは、
ポスターやチラシにもなっている
『糸杉』だろう。



確かに『糸杉』の迫力は凄かった。
糸杉が生き物のようで、
この絵にも明らかに何かが宿っていると
思わされる作品だった。
これは、ゴッホがサンレミの療養院に
入ってから比較的間もなく描かれたらしい。
ちょっと残念だったのは、
特別な LED により照明にも
工夫されているとの表示があったのだが、
正面から見ると絵が反射してしまっていたこと。
少し斜めから見た方が、糸杉の生々しい色が
よく分かった。

オランダにいた頃の素描も何点か展示されていた。
やはり、初期の絵からはあまり魅力を感じない。
『ジャガイモを食べる人々』もあるのかと
思っていたら、これはリトグラフ(版画)のみ。

有名なところでは、『麦畑』『薔薇』
『パイプと麦わら帽子の自画像』
『タンギー爺さんの肖像』(3枚ある中で
一番地味なの)あたりだろうか。
やはりサン=レミで描かれた、
『サン=レミの療養院の庭』が強烈だったな。

図録(2,300円)


『サン=レミの療養院の庭』


音声ガイド(600円)付きで鑑賞したので
色々勉強になった。
考えたこともなかったけど、
ゴッホに自画像が多いのは、
自分を描けば、モデルを雇うお金が
浮いたからだという。
そして、初期に自画像がないのは、
大きな鏡を持っていなかったからだという。

ゴッホ以外も合わせて全部で約70点ほどなので、
ゆっくり観ても 60〜90分あれば十分だろうと
思っていたが、到着したのが12時前だったのと
日曜日ということもあるだろう。
思った以上に混んでいた。
私が到着した時はそれほどでもなかったが、
観終えて会場を出てきた13時過ぎには、
もうチケットを買う行列が出来ていた。
展覧会は、やはり開館と同時に行くべきだな。
(そういえば一昨日、ゴッホ展の来場者が
20万人を突破というニュースを見た。)

ゴッホの一時期の師匠だった、
マントン・マウフェの絵は初めて観たよ。

今度いつ観られるか分からない絵ばかり。
1月13日までの開催なので、もう一度行きたい。


ゴッホ展 特設サイト







2019.11.26

ゴッホのあしあと
日本に憧れ続けた画家の生涯
原田マハ 著


19世紀末、パリで日本美術を広めた、
日本人・林忠正とゴッホ兄弟との交流を
小説にした、『たゆたえども沈まず』が
とても良かったので、著者の原田マハさんが、
『たゆたえども沈まず』に続けて出版した
『ゴッホのあしあと 日本に憧れ続けた画家の生涯』
を読んだ。

著者の小説は、初めて読んだので
他の作品は知らないのだけど、
ゴッホ以外にもピカソやルソーの
小説を書いておられる、
美術関係に詳しい方のようだ。

ゴッホは好きだけど、小説にするには、
日本人にイメージが定着し過ぎていて、
避けていたという著者が、なぜ小説を
書こうと思ったのか。
それは、林忠正という人がいたことを
知ったことに始まる。

浮世絵などの日本文化から
印象派、後期印象派の画家達が
受けた影響は、私がぼんやり知っていた
レベルのものではなく、とんでもないほど
多大な影響だった。
そこに大きな功績を残したのが、
林忠正だったのだ。

生前、絵の売れなかったゴッホは、
今や天文学的数字でその作品が
取引される画家となった。
一方、林忠正は、生きていた時は、
世の中に知られていたけど、
世界に日本文化を紹介した功績や、
祖国の近代化に多大な貢献をしたことは、
現代では、ほとんど知られていない。
その林の日本における復権が
小説のひとつの目的であったという。

私が買った『たゆたえども沈まず』は、
第10刷で、帯には「6万部突破」と書かれていた。
少なくとも、6万人のうちのほとんどが
林忠正のことをこの小説を通じて
知ったことだろう。
私を含めて。
そういう意味では、著者の目的は、
果たされたと言えると思う。
今後もこの小説は、ゴッホの絵に魅せられた
人々が手に取ることだろうし。

もう一つの目的として、ゴッホの「狂気の人」という
イメージを覆したかったとある。
自分の耳を切ったとか、精神病院に入院したとかいう
エピソードから、どうしてもエキセントリックな
イメージを抱いてしまいがちなのだが、
著者は「ゴッホはまともだった」と説く。

テオへの手紙の丁寧なフランス語に始まり、
相当な読書家であったとか、
色とりどりの毛糸を使って、
色彩を決めていたとか、
おそらく調べれば調べるほど
知れば知るほど、
ゴッホがまともであった、
証拠が見えてくるのだろう。

驚いたことの一つは、耳切り事件。
左の耳を剃刀でスパッと切ったのだと思っていた。
医者が書いたスケッチが残っていて、
それを何かで見た覚えがある。
(最近 立て続けに映画やドキュメンタリーを
観たので何で観たのか分からなくなっている。)
しかし、本書には耳たぶの先っぽを
切っただけだと書いてある。
何か根拠があるのだろうけど、
ネタ元には触れていない。
軽くググったところ、耳たぶの先だけという
記述は確かに見つかったが、
一方で、ゴッホを診たフィリックス・レー医師の
書いた耳全体が切り落とされている
スケッチが存在していることも発見した。
私が何かで見たのもこのスケッチだと思われる。
ただ、そのスケッチは、1930年(事件から
42年後)に書かれたものだけど。
なんか 謎だらけやなぁ。

本書は、ゴッホのことを知る手がかりも
多く書かれているが、小説
『たゆたえども沈まず』のネタバレのような
ことも書かれているので、
出来れば小説を読んだ後で
手に取るのが良いだろう。

『たゆたえども沈まず』の読後のレビューに
登場人物の加納重吉について、
実在の人物か架空の人物か分からないと
書いたけど、彼は架空の人物であった。

ちょっと前に観た映画
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』。
1969年、カルト教団に襲われ惨殺された
女優シャロン・テートを、その映画の中では、
殺されずに済んだストーリーに書き換えていた。
代わりにリック(ディカプリオ)と
クリフ(ブラピ)にカルト教団を
めっちゃくちゃにやっつけさせる。
まるで、映画の中で仇を討つみたいに。

全然 世界は違うのだけど、
『たゆたえども沈まず』では、
日本に憧れたゴッホ兄弟に日本人を
寄り添わせることで、亡きゴッホの
力になり、慰めようとしている。

『ワンス〜』は映画愛に、
『たゆたえども〜』はゴッホ愛に溢れている。
そういう愛の昇華もあるのだな。

アルルはもちろん、
もう一度、パリにも行きたくなる本。


★★★★☆





2019.11.27

ゴッホの耳

『ゴッホのあしあと』(原田マハ 著)という本に
耳切り事件で、ゴッホが切ったのは
耳たぶの先だけだと書いてあった。
私は、耳をスパッと全部切り落としたような
印象を持っていたので、
昨夜、気になってググっていたところ、
「ゴッホの耳の不思議」というタイトルの
ブログを発見した。
筆者は、「Mystery Hunter」という名で
ブログを書いている人だった。

読んでみると、2016年に英国 BBC で
放映されたドキュメンタリー番組
(YouTube で視聴可)を
記事にまとめたものだった。

バーナデット・マーフィーという素人探偵が書いた
『Van Gogh’s Ear/ The True Story
(ファン・ゴッホの耳/真実の物語)』という
本を基に製作された番組で、
非常に興味深い内容だった。

ゴッホは、なぜ、耳を切ったのか。
本当に自分で切ったのか。
切った耳を渡した相手のレイチェルという女性は、
誰だったのか。
なぜ、彼女に耳を手渡したのか。

それらの疑問に対する一つの答がここにはある。
もちろんどこまで行っても、
解釈と推測の積み重ねでしかなく、
真実は永遠に闇の中なのだけどね。

ゴーギャンが「アルルを出て行く」と
ゴッホに別れを告げた日に、ゴッホは、
弟テオから結婚するという知らせを受け取った。
テオから経済的援助を受けていたゴッホに
すればその援助を失うかもしれない、という
知らせでもあったわけだ。
ゴーギャンとテオ、2人を同時に失う怖れが
ゴッホを襲ったであろうことは想像に難くない。

そして、耳を渡したと伝えられている、
レイチェルという女性の正体。
ちょっと、ゾクゾクっとくる内容だった。

このストーリーで、ぜひ映画化して欲しいと思う。
今までのイメージとは違うゴッホが描けるだろう。

このブログを私は、昨日(11月26日)
発見したのだが、アップされたのは
一昨日(11月25日)だった。
なんというタイミングだろう。
この記事を読まなければ、BBC の番組の
内容を知ることはなかっただろうし、
そんなにいつまでも、「ゴッホの耳」で
検索もしないだろうから、ブログのアップが
数日遅ければ目にすることはなかったわけだ。
実に絶妙なタイミングだ。

ブログの筆者は、月曜日と金曜日にブログを
アップしているようで、昨年12月にも2週にわたって
「ヴィンセント・ファン・ゴッホの不思議」という
ブログをアップしている。
こちらも筆者が YouTube で観た
「Vincent van Gogh - The story」という
ビデオをまとめた内容なのだが、
残念ながら、この YouTube は、
今では観られなくなっていた。

ブログは、英語を訳したものなので
所々訳すのが難しいんだろうと思われる、
分かりにくいところはあるものの
意味は十分に理解できる。

「ゴッホの耳の不思議」(BBC)の方は、
今でも観られるし、自動翻訳の字幕が
付けられるようになっているので、
そのうち観てみようと思う。
自動翻訳はかなり分かりにくいけどね。


Blog ゴッホの耳の不思議

YouTube BBC The Mystery of Van Goghs Ear


ところで、「ゴッホ 耳」などとググってると
こんな商品が見つかった。



ERASER(消しゴム)とEAR(耳)を合わせて
「EARASER」。
ただの耳の形をした消しゴムならいいが、
「ゴッホの耳の消しゴム」として売っている。



これはちょっとどうかなぁ・・・。
なんかイヤやなぁ。





2019.11.29

ゴッホ美術館 オフィシャル DVD
ゴッホ 生きることは、描くこと

ゴッホは、オランダで生まれた。
1886年3月にパリに出るまで、
オランダ国内、ロンドン、パリ、ベルギーを
転々としているが、1886年以降は、
1890年7月にフランスで亡くなるまで
一度もオランダに戻っていない。
とはいえ、ゴッホの作品の多くは、故郷の
オランダの2つの美術館にコレクションされている。
その一つ、アムステルダムのゴッホ美術館の
オフィシャル DVD『生きることは、描くこと』を観た。



1853年から1890年までの37年のゴッホの
人生をディスク2枚145分にまとめて、
美術館の学芸員達数人が、
その生涯と作品、そして手紙を
時代を追って解説してくれる。
ゴッホの生涯の全体像を掴むには
とても良い資料だと思う。
砂浜で書いた絵には、砂が混じっているとか、
かなりマニアックな内容もあり面白い。

ゴッホの死から半年後、兄を追いかけるように
弟テオが亡くなった。
テオの妻と息子が、コレクションを守ったのだが
ディスク2には、テオの孫と曾孫も登場する。

ところで、本 DVD では、ゴッホは耳たぶの
先っぽを切ったと解説がある。
先日発見したブログ「ゴッホの耳の不思議」
読むと、『Van Gogh’s Ear / The True Story』
の著者バーナデット・マーフィーが、
耳たぶの先っぽだけではないことを物語る資料を
ゴッホ博物館に持ち込んだとある。
DVD の発売日が2010年なので
おそらくその後のことだろう。
もしかしたら、今では新しい情報が
ゴッホ美術館で展示されているのかもしれない。

ゴッホ関連の本を2冊読みかけているが、
前述のバーナデット・マーフィーの著書も
『ゴッホの耳 ‐ 天才画家 最大の謎』という
タイトルで、すでに日本語に
翻訳されているのを発見した。
これも読まなきゃ。

我ながら、凝り性だと思うが、
こんな風にハマっていくと、
やがてオランダに行かねばならなくなりそうだ。





2019.12.24

ゴッホと〈聖なるもの〉
正田倫顕 (著)


ちょっと難しくて、読み終えるのに時間が
かかってしまった 正田倫顕(しょうだともあき)著、
『ゴッホと〈聖なるもの〉』。

書いてあることの何割を理解できたのか、
かなり心もとないのだが、理解できた部分については、
大変興味深く面白かった。
宗教(キリスト教)、宗教的なもの、
聖なるものの観点から、ゴッホの絵を
読み解いていくのだが、読みながら、
カラーで収録されたゴッホの絵を観ていくと、
今まで気が付かなかった、というより、
何を見ていたんだろうと思う程、彼の絵には
不自然さや矛盾が多いことを知った。

著者は、それらをゴッホの宗教的背景から、
一つ一つ解釈していく。
ゴッホは牧師になろうとして挫折し、
伝道師になろうとして挫折している。
そのあと、画家を目指すのだが、
父親が牧師であったことを含めて、
宗教の影響がないわけがないだろうことは
想像がつくが、何しろ奥が深い。
中には「深読みし過ぎやで」「考えすぎちゃう?」
と思うものもあったが、著者は、
ゴッホ自身が気づかずに(無意識に)
描いてしまったことにまで言及していく。
(これ、凄い話やな。)
色使いの変化や、初期には多く描かれた
教会が描かれなくなっていくこと、
サンレミでいくつも描かれた太陽が、
オーヴェールでは描かれなかったこととか。

宗教とは関係がないが、
私の中で、ぼんやりと疑問だったことがあった。
それは、ゴッホに模写が多いこと。
浮世絵はもちろん、ミレーやドラクロワなど、
数多くの模写を残している。
なんとなく、オリジナル作品を描くのが
画家だと思っていたので、どうして、
他人の作品を模写するのだろうと、不思議だった。

そのことについて、ゴッホは
「音楽家が(自作の曲ではなく)ベートーヴェンの
曲を演奏する時、個人的な解釈を
付け加えるように(過去の誰かの優れた作品を
素材として)自分の解釈で即興的に
色をのせていく」という旨のことを手紙に書いている。
さらに「(模写は)勉強になるし、なんといっても
時々慰めを与えてくれる」と書いている。

そうか、音楽家が他人の書いた曲を
自分流に演奏するように
画家が、他人の描いた絵を
自分流に描いたって、それはコピーではなく
創作なんだ、と腑に落ちたのだった。
そして、「慰めを与えてくれる」というくだり。
好きな絵を好きな色で描くことは、
きっと喜びであったに違いない。

それにしても、一人の画家の絵を観るのに、
これだけの背景を学び、解釈するのは、
専門家でしか なしえないと思うが、
ゴッホの作品は、絵であって、ただの絵ではないという
その世界の深淵さをチラリと垣間見たのでした。

ゴッホ探求はしばらく続きそうだ。





★★★★☆





2019.12.29

世界で一番ゴッホを描いた男
中国梵高/CHINA'S VAN GOGHS


日本では、昨年公開されたのだが、
劇場では観なかったドキュメンタリー映画
『世界で一番ゴッホを描いた男』を
DVD で鑑賞。

原題は『中国梵高/CHINA'S VAN GOGHS』
なので、ゴッホは中国語で「梵高」と
書くのだろうな。

中国のダーフェンという街は、
油画村として知られているそうで、
約1万人の画工の手で複製画が制作され、
世界中へ輸出されている。

このドキュメンタリーでは、
田舎から出てきて、その街で20年間、
ゴッホに魅せられ、ゴッホの複製画を描き続ける
シャオヨンさんにスポットを当てる。
40日で800枚の複製画を仕上げるという
注文が来る。
それを家族と弟子、数人が
衣食住一体となった工房で仕上げるのだ。

ゴッホを描き続けたシャオヨンさんは、
ゴッホの原画を見たいと切望するようになり、
ついにアムステルダムへと向かう。
アムステルダムには、シャオヨンさんの
複製画を大量に購入してくれる
お得意様がいるのだ。
そして、シャオヨンさんがアムステルダムで、
見たものとは・・・。

以下、ネタバレだと思うのだけど、
予告編に出てくるので書くことにする。
シャオヨンさんは自分の描いた絵が、
アムステルダムの土産物屋に
並んでいることにショックを受ける。
高級な画廊で売っていると思っていたのだ。

自分は、芸術家なのか職人なのか
葛藤が始まる。

シャオヨンさんは、ひとつの答えを出すのだが、
私はどうもスッキリしない。
まるで、ゴッホの最期のように、
スッキリしないのだ。

それは、このドキュメンタリーが、
芸術の話でありばがら、それ以上に
世界の経済の縮図に見えるからかもしれない。

「ゴッホも生活のために絵を描いた」という
言葉にシャオヨンさんは
「ゴッホは芸術の高みのために描いたんだ」と
応える。

この映画により、シャオヨンさんの
絵の値段が上がったことを祈るが、
現在のシャオヨンさんが、どうしているのか
気になるところだ。


★★★★☆








2020.1.5

ヴァン・ゴッホ 〜最期の70日〜
VAN GOGH


1991年製作のフランス映画
『ヴァン・ゴッホ〜最期の70日〜』
(原題 "Van Gogh")を DVD で鑑賞。

映画監督になる前は画家でもあったという、
モーリス・ピアラ監督作品。
日本では劇場公開されなかったようだ。

邦題にあるように、ゴッホが人生の最期を
過ごした北フランスのオーヴェル=シュル=オワーズ
という村での70日間を描いている。

その前には、ゴッホは南フランスのアルルという街で
耳切事件などを起こし、アルル市立病院に入院。
その後、約1年間サン=レミの療養所
(精神病院)に入所する。
サンレミ時代に描かれた絵には『アイリス』
『星月夜』『糸杉』シリーズなどの代表作も多い。

サン=レミの療養所を退所後、
1890年 5月20日に
オーヴェル=シュル=オワーズに汽車で
到着したシーンから映画は始まる。

観終えた感想は、
私が思い描いているゴッホとイメージが
違いすぎて、良かったとは言い難い。
この70日間にゴッホは、約70点の
油彩作品を残しているのだが、映画では
あまりにものんびりしているように見えるのだ。
もっと、何かに取りつかれたように
創作に集中していたんじゃないのか。
人を笑わせるためにおどけたり、
ダンスを踊ったりというのもイメージと違う。
まあ、実際はどうだったのかは、
今となっては謎だし、100人いれば
100通りのゴッホが存在するのは、
分かるけど、私のゴッホ像とは
かけ離れていたのだ。
切ったはずの耳もちゃんとあるし。

後半、少しゴッホの苦悩が分かるようにも
描かれているが、それでも、感情移入には
至らない。
精神が不安定なのだからと言われてしまえば
それまでだが。
日本とフランスの文化や国民性の違いも
あるだろうし、字幕の限界も大いにあるだろう。
字幕で鑑賞するには、観る側に
より想像力を要求される作品かも知れない。

本作ではない別の何か(本か映画か忘れた)で、
ガシェ医師は娘マルグリットとゴッホの関係を
快く思っておらず、2人が会うことを
禁じたというものがあった。
マルグリットとゴッホに何らかの交流があったのは、
彼女の肖像画が残っていることからも
間違いないだろうが、本作では、ゴッホと
マルグリットは、完全に男女の関係であったと
描かれている。
が、このラヴストーリーも、私には
どうも中途半端な感を否めないのだった。

自殺(ピストルを撃つ)のシーンもなく、
テオ(ゴッホの弟)が駆けつけても、
ゴッホから自殺の説明もない。
テオが「なぜそんなことをしたんだ?」と
問うシーンさえない。
どうせなら、監督の解釈の自死の理由を
語らせてほしかった。

と、本作もやはり、今まで観たゴッホ関連映画
同様、スッキリしないのだった。

そんなわけで、もし、ゴッホのことをよく知らない時に
この映画を観ていたら、ゴッホの絵を
観に行こうとは思えなかったかも知れないな。

とはいえ、オーヴェルの風景や、
当時の人々の暮らしを感じられるのは、良かった。


★★▲☆☆





[ キャスト ]
ジャック・デュトロン(ゴッホ)
アレクサンドラ・ロンドン(マルグリット)
ベルナール・ル・コク(テオ)
ジェラール・セティ(ガシェ)
[ スタッフ ]
モーリス・ピアラ 監督





2020.1.13

ゴッホ展

上野の森美術館で開催されている
ゴッホ展へは、11月に行ったのだが、
もう一度行きたいなと思っているうちに、
いよいよ今日までとなってしまった。

昨日(最終日前日)、混んでいるのを
覚悟の上で、開館前に到着するよう
早起き(というほどでもないが)をして、
上野へ向かった。

9時半に開館なのだが、9時過ぎに
到着した時点で、すでに長蛇の列が出来ていた。



写真の右端の黄緑色の部分が、入口だ。
300人以上は並んでいたんじゃないだろうか。
もしかしたら、その時すでに開館時間を
早めてオープンしていたのかもしれない。
チケット売り場には、
「待ち時間40分」と書かれていた。

実際には、私がチケットを買う間に
妻が並んでいたので、40分も待っていないが、
行列は、時々しか進まなかったので、
入場制限がされていたのだろう。

美術館内は、結構な混みようだったが、
最前列で見ようとしなければ、
そんなに時間はかからない。
私の目当てのメインは、パリ以降の
ゴッホの作品なので、
パリに出る前のゴッホの作品や
ハーグ派、印象派の作品は、
それほどゆっくり観られなくても構わない。

11月に観に行ったときには、
『サン=レミの療養院の庭』が強烈で、
次いで『糸杉』、そして『麦畑』が印象に
残ったのを覚えているが、
昨日は印象が違った。
『麦畑』が一番素晴らしく心を打たれた。
どういうわけか、強烈に心を動かされた、
『サン=レミの療養院の庭』は、
それほどでもなかった。

どうやら、芸術作品と自分との関係は、
固定されるものではないようだ。
その日の体調もあるだろうし、
「前回良かったから」という期待も
観る側の心理に影響しているだろう。
こんなこと、今更な気もするけど。

もし、3回目があったら、また印象が変わり、
今までなんとも思わなかった作品に
心を動かされるかもしれない。
無常ですな。

これが一番とか、あれが一番とか、
何も決めない方が良いのだろう。
もっと言えば「何も決めない」というのも
決めない方がいいくらい。
そして、その時に感じることを十分に味わうことが
重要なのだと思った。


会場を出ると、私たちが入場したときの
倍以上の行列が出来ており、
「待ち時間90分」と表示されていた。
時刻は、まだ10:30 ぐらいだった。



上野の森美術館で展示されていた作品は、
このあと、兵庫県立美術館へ移り、
そこでまた2ヶ月ほどのゴッホ展が開催される。

3月からは同じく上野の国立西洋美術館で
「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」が開催される。
ロンドン・ナショナル・ギャラリーに所蔵される
ルネサンスから後期印象派に至る61点(すべて
日本初公開らしい)が展示され、その中には
ゴッホの『ひまわり』も含まれている。
これも行かなきゃ。







2020.1.14

炎の人 ゴッホ
Lust for Life


ゴッホ関連の映画を順次観ているのだが、
いよいよその代表作ともいえる
『炎の人ゴッホ』を DVD で観た。
原題は、"Lust for Life"。
「生きる意欲」「生きるための欲望」と
いう意味だろうか。
「炎の人 ゴッホ」はいい邦題だと思う。

主演は、本作でアカデミー賞主演男優賞に
ノミネートされた カーク・ダグラス。
ゴーギャン役のアンソニー・クインは、
さほど出番は多くないものの本作で
アカデミー賞助演男優賞を獲っている。

1956年製作のアメリカ映画で、
往年のハリウッド映画らしい音楽が良い。
オランダ、フランスが舞台だが、
ゴッホを含め全員が英語で話す。

映画は、ゴッホが画家になる前、
聖職者の試験を落ちるシーンから始まり、
伝道師として失敗し、画家を目指し
オーヴェルで自ら命を絶つまでの
約12年間を描いている。

見所は、アルルでのシーン。
ゴーギャンとの共同生活では、
寂しがり屋のくせに、人とうまくやれない
ゴッホが観ていてしんどい。

芸術には、正解がないので、
意見や感想を聞くのは良いとしても
自分の考えと違う人と意見を
闘わせることには意味がない。
しかし、多くの人が「自分が正しい」という
落とし穴に落ちてしまう。
ゴーギャンもマイペースな人だったようで、
あまり協調性のある人のようには描かれていない。
まあ、芸術家なんてみんな個性的で、
わがままなものかもしれないけど。

ゴッホのストーリーは、大体知ってしまったので、
それらをどう描いているか、どう解釈しているか
という見方になってしまう。
本作でも、ピストルはどこで手に入れたのかは
語られておらず、何かに苦悩しているのは
分かるものの、何がそんなに苦しいのかは、
明確に描かれていない。
上手くいかない人生、いくら描いても売れない絵、
孤独、弟テオへの罪悪感、そういうことの
寄せ集めなんだろうか。
精神の病気だったので、想像しても
分かりようがないのかもしれないけど、
ゴッホの絵を実際に観ると、
命を使い切ったと言われれば、
そうかもしれないと思う。

伝道師の頃のエピソードを見れば、
不器用なほどに純粋で生真面目。
そんな真面目な人だったから
あんな絵が描けたのかもしれない。


★★★▲☆



バンパイアのように見えてしまうのは、私だけ?





2020.2.1

ゴッホとヘレーネの森
クレラー=ミュラー美術館の至宝
VAN GOGH:TRA IL GRANO E IL CIELO



ドキュメンタリー映画
『ゴッホとヘレーネの森
クレラー=ミュラー美術館の至宝』。
昨年10月の公開だったが、東京では
新宿武蔵野館のみ上映だったようで、
見損ねていた。
今日から一週間、下高井戸シネマで
上映されているので観てきた。

映画は、オーヴェル=シュール=オワーズの
教会から始まる。
映画のナビゲートを務めるのは、
フランスの女優、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ。

オランダ有数の資産家であった
ヘレーネ・クレラー=ミュラー は、
ゴッホの死後、ゴッホに惚れ込み
コレクションをはじめた。
そして、資材を投じて美術館まで
作ってしまった。
2人は同じ時代に生きていたが、
会ってはいない。

ヘレーネは、ゴッホの魂に触れてしまい、
ゴッホの作品を守り、後世に伝え、
残さねばと思ったのだろうが、
ゴッホだけではなく、芸術にかけるその
情熱は、命がけだ。
肖像画や写真が出てくるが、
聡明な人だったのだろう。
鋭い目つきなのに美人で優しそうだ。

1938年にクレラー=ミュラー美術館は
開館する。
ヘレーネの集めた美術品は、
彼女の死後、評価されたという。
まるでゴッホだ。

映画は、途中からゴッホの絵の解説が
中心になった印象。
もう少しヘレーネ自身のこと、
ヘレーネとゴッホの関係を知りたかったな。

クレラ=ミュラー美術館には、
ゴッホ美術館に次ぐ最多のゴッホの作品が
所蔵されている。


★★★▲☆


(2020.2.2 追記)
音楽は、Remo Anzovino(レモ・アンツォヴィーノ)と
いうイタリア人で、サントラが欲しいと思うぐらいに
とっても素晴らしかった。
ただ一点、ゴッホが日本の影響を受けたという
くだりのBGM が、どうにも中華なメロディだったのは、
残念だった。
日本と中国のメロディの違いなんて、
欧州の人には分かりにくいんだろうなぁ。







ひとりごと