ひとりごと LAGUNA MOON MELLOW FLAVOR  LIVE GUITAR  LINK LYRICS


 カメラと写真 6
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2016.7.10

幻のフィルム

先日、31年前のアメリカ旅行の写真を初公開した。
これこれ

7月5日のエントリーに
「旅行の写真は、全部でフィルム25本 809枚」と
書いたが、実はもう 1本、幻のフィルムがある。

私は、1985年12月25日にニューヨークを
出発して帰国した。
その日、12月25日は、Christmas Day で、
アメリカは祝日だった。
朝 9時頃、荷物はフロントに預けたまま、
ホテルをチェックアウトした。

夜のフライトまで最後のニューヨークを
どうやって過ごそうかと思って外に出ると
祝日のニューヨークはガラガラで、
マクドナルドまでが休業していた。
車も走っていない、人気(ひとけ)のない、
ニューヨークの通りのど真ん中に立ち、
写真を撮った。
こんな写真、見たことないぞとワクワクしながら。

雪がぱらついており寒い。
映画でも観ようかと思ったが、
昼過ぎからしかやっていない。

どうしたものかとブロードウェイを
歩いていると、ポルノ映画館が開いていた。

それまでは、ポルノを見ることなど
思いもしなかった。
どんな客がいるか分からないし、
なんとなく危険な感じがしていたからだ。

でも、もう最後だし、話のネタに入ってみようと
そのポルノ映画館に入った。

館内は、混んでおらずガラガラだった。
なるべく出口に近い席でと思ったが、
通路側の椅子が破れていて、
クッションがはみ出していたので、
その席一つを開けて、座った。

しばらくすると、ヨットパーカーの
フードをかぶった大柄の黒人が、
隣の席に座ったり立ったりしながら、
私の様子を伺っているようだった。

やがて、隣に座り「今何時だ?」と
訊いてきた。(もちろん英語で。)
時計を見せてやると、ごちゃごちゃ言い始めた。
「I have a gun」と言って、
自分の股間を指差している。
なんやこいつ、ホモか?
自分の「ガン」をどなえぞしてくれと
言うてんのんか?と思った私は、
英語の分からないふりをした。

今考えると「No understand」
「I can't speak English」って、
英語で「英語わかりません」って言うてんねんから、
これもおかしな話だ。

「I have a gun」の「gun」は、
本当にピストルのことだったと分かったのは、
その黒人が、ナイフを取り出した時だ。
ピストルなんて高いもの、
そのへんのチンピラは持ってないのね。
なので「I have a gun」はハッタリ。

男は、ナイフを私の太ももに当て、
「動くな、大声出すな、金を出せ」と
言っている。
「いやいや、今日、日本に帰るとこで、
お金持ってませんねん」という私に、
(英語通じてるやん)
今度は、ナイフを首に付けてきた。
不思議と刺されるという恐怖はなかったが、
ちょろっと切られたら痛いやろな、と思った。

大声出すぞ、と言いたいが、
英語でなんと言うのか分からず、
「Big voice!」と言ってみたが、
どうも通じていないようだ。
(間違っています。)

ポケットに 1ドル札紙幣 4枚があった。
「これで全部や」と差し出すと、
今度は、そいつの仲間が反対側に座った。
黒人 2人に挟まれたわけだ。
(ひとつ席を空けて座ったことが失敗でした。)

「まだ持ってるやろ」
「カバンを開けろ」と言う。
ご丁寧にショルダーバッグを
膝の上に置いていたのだ。
(これは観光客がやってはいけない行動。)

「いやいや、なんにも入ってませんて」と
抵抗したが、ナイフがあるのでどうしようもない。
仕方なくカバンを開けると、彼らは中にあった
カメラと(ラジオ付きカセット)ウォークマンを
持って立ち去った。

続いて、私も追いかけた。
窓口のおばちゃんが、
「なんとかかんとか Police!」と
叫んだところを見ると、
出て行った犯人たちが悪いことをしたことは、
分かっていたようだ。

盗られたカメラには、数時間前に数枚、
人気のないニューヨークを撮っただけの
36枚撮りのフィルムが、入っていた。

ウォークマンは、友人からの借り物で、
ニューヨークで FM を録音したご機嫌な音楽の
カセットテープ(帰路の機内で聴こうと
思っていた)が入っていた。

通路側の席をわざわざ一つ空けて座ったり、
膝の上にカバンを置いて座ったりと
旅行中、そんな無用心なことをしたことは
なかったはずなのだが、帰る日ということで、
完全に油断していたとしか言いようがない。

60日に及ぶアメリカ横断旅行は、
最後の最後にイタイ目にあった。
当時は、ああすれば何も取られずに済んだんちゃうか、
こうすれば良かったんちゃうかと、
ずい分と悔しかった覚えがあるのだが、
今となっては、命があっただけ良かったのだと思う。
観光に行った地で、しょうもない理由で
殺された日本人は、何人もいるのだから。

そんなわけで、アメリカ旅行のフィルムは、
もう 1本存在したのだった。
あの人気(ひとけ)のないマンハッタンの写真、
見たかったなぁ。

きっと、カメラとウォークマンは、
ハーレムかどっかのその手の店で金に替えられ、
フィルムは、捨てられてしもたんやろなぁ。
グスン。


(あとがき)
31年も前のことをよくこんなに詳細に
覚えているな、と思われたかもしれない。
この度、このエントリーを書くにあたって、
当時の旅日記を読み返してみた。
すると、私の記憶とは違っていることも、
全く覚えていないこともあった。
そら、31年も経ってたら、
頭の中で勝手に記憶が
作り変えられていることもあるだろう。
そんなわけで、当時の手記を基にしたので
ドキュメンタリーです。


写真を2枚。(クリックで拡大)



NY、地下鉄構内で写したキース・へリングのアート。
もうこの頃には、キースは有名になっていたと思うのだが、
まだ、地下鉄構内に書いていたということだろうか。
キースは、1990年エイズで没。
享年31歳。




セントラル・パークの近くのジョン・レノンの自宅だった
Dakota Apartments。
1980年12月8日、この建物の玄関先で、ジョンは撃たれた
1985年当時で既に100年以上の歴史を持つ古いビル。





2016.7.16

土門拳の写真撮影入門
― 入魂のシャッター二十二条


『土門拳の写真撮影入門』という本を
一ヶ月以上かけてゆっくり読んだ。

今年に入って、写真に対する欲や好奇心が高まり、
初めて写真家に興味を持った、その一人が土門拳だった。
彼のことを知れば知るほど、冗談でも自分のことを
「フォトグラファーです」なんて言っておきながら、
土門のことを知らんなんて、
ちょっと恥ずかしいなぁと思うようになった。
(きっと他にもまだ知らないそういう写真家が
いることと思う。)

『土門拳の写真撮影入門』は、ご本人の著書ではなく、
都築政昭 という方が、2004年に出された本。
黒澤明や山田洋次など映画監督の著書がある方だ。
「写真撮影入門」とタイトルに付いてはいるが、
撮影のテクニックというより、
土門拳の写真に対する思い、考えと、
土門拳の人となりを知る内容であった。

写真なんてものは、好き好きなので、
土門の写真だけが写真ではないというのは、
当たり前のことだが、私は土門に憧れる。
彼の生き様に憧れる。
その鬼のような執念と姿勢は、自分からは
かけ離れているがゆえに憧れるのだ。

土門は、新婚旅行に取材を兼ねて
高千穂へ行ったのだが、
その旅行で千枚の写真を撮りながら、
妻との新婚旅行の記念写真は、
1枚も撮らなかったという。
観光地に行きながら、美しい風景をバックにした
新妻の写真も皆無だったという。

この偏執狂加減が、土門らしさなのだと思う。
奥さんは、どう思っているのか分からんけど。

土門は、50歳で脳卒中に倒れ、
右半身にマヒが残る。
59歳の二度目の脳卒中では、半年間意識不明。
それからは、車椅子の生活になるが、
それでも弟子を引き連れ、写真を撮り続けた。
セッティングは、全て弟子にやらせるが、
シャッターは必ず自分で切るのだという。

体の自由を奪われ、言葉もままならない状態にあっても
隠退などという思いはカケラもなく、
写真を撮ることへの熱情は衰えなかったようだ。

80歳で亡くなったのだが、70歳から
亡くなるまでの11年間は、昏睡状態だったらしい。
その意識不明になる直前まで、
意欲を見せていたという。

「創作」とか「表現」といったものへの
自分の考えの甘さを突きつけられるけど、
何度も読み返したくなるような本だった。


★★★★★





2016.7.23

旅、ときどきライカ

10年ほど前、知り合いになったフィリピン人女性が
ライカという名で、彼女が「カメラと同じ名前」と
言うまで、私はライカというカメラを知らなかった。
(彼女の名とカメラのライカはスペルが違うけど。)

ライカ(Leica )は、ドイツのブランドで、
高級なカメラだ。
そのライカをタイトルに付けた
『旅、ときどきライカ』という本を読んだ。

著者は、稲垣徳文という海外の撮影が多い写真家。
海外でのカメラに関するエピソードと、
モノクロ写真を掲載した文庫本で、
あっという間に読み終えた。

タイトルから、ライカで撮影した写真が
載っているものと思っていたが、
ライカ以外にもキャノンやオリンパスで
撮影した写真も掲載されていた。

文庫本サイズの上に、写真が小さく配置されており、
もう少し大きかったらというのが感想。
でも、コラムも写真も(小さいながら)良かった。

いつか ライカを買って、フィルムで
モノクロ写真を撮ってみたくなったね。

表紙の男の子の写真は、
顔にピントが合っていないのだけど、
そんなこと関係ないぐらいに素晴らしい。
というか、これ、意図的なのかな。




★★★★☆





2016.7.27

写真展を開く! 「写真の学校」

6年前に、ただ、写真を撮ってみたくて始めたカメラ。
撮った後の写真をフォトブックにしてみたり、
プリントして小さな額に入れてみたり、
気が付くと写真は、「撮りたい」から
「見せたい」「見てほしい」へと変わってきている。
もちろん、その根底には「撮りたい」が
あるのだけど。

人に見せるためには、
ウェブサイトで、という手もあるのだけど、
やはり、モ二ターだけではつまらない。
そうなると、写真をプリントすることになる。
そのプリントも入口に立ったところで、
奥が深そうで怖いのだが、プリントした写真は、
次に額に入れなければならない。
いや、入れなければならないわけではないが、
やはり、カッコよく額に入れて見たいし、見せたい。

この額装というのが、また難しい。
入れる額の大きさ、フレームの幅・材質・色、
マットの色、楯か横かなど、選択肢も多く、
それらによって写真の印象は大きく変わる。
で、良いのになると、結構 高い。

先日、世界堂で小さな額を買ってきて、
2Lサイズにプリントした写真を
入れてみたのだが、どうも良くない。
写真がいけないのか、
写真と額と合っていないのか、
何が悪いかも分からない。

う〜ん、これは、額装のことも勉強せなあかんぞ、
と思って、何か適当な書籍がないか Amazon で
検索してみた。
で、ヒットした1冊が
" 写真展を開く! 「写真の学校」"

著者は、四谷の "Roonee 247 photography"
というギャラリーのオーナー、篠原俊之 氏。

本書は、写真展を開いたことがない人のための
手引きのような本で、かなり分かりやすい。
私が知りたかった、額装のセオリーのようなことは
少ししか書かれていなかったが、
写真を見せる、公に発表するということについては、
大変参考になった。
今まで考えたこともなかったことが書かれてあり、
いつかは個展を開けるようになりたいなと、
ちょっと夢が増えた。

そのためには、ええ写真を撮り、
もっと自分自身がしっかりせなあかんと思った。

なぜなら、個展を開くというのは、
いわばプロモーションなのだな。
ギャラリーのディレクターに売り込み、集客し、
そして、写真を買ってもらうところまで、
自分が何を表現したいか、
自分の何を見せたいのか、そういうことが
明確でないと、なんやよう分からん
ゆるい写真展になってしまいそうなのだ。
そういう意味で、自分自身がしっかりせなあかんと
思ったのでした。
その辺、私、あんまりしっかりしてないので。

「写真を買ってもらうところまで」と書いたけど、
売るか売らないかは、自分が決めれば
良いことなのだが、売るということは、
例えそれが 数千円であったとしても、
それなりの覚悟がいるわけだ。
それは、音楽で経験済み。

お金を払ってでも、欲しいと思ってもらえるものを
作ることは、表現者の目標の一つだと思う。


--- 額に入れてみた写真 ---











2016.7.31

ポートレート写真展


『トランボ』を観る前にもう1本観たい映画が
あったのだが、上映10分ほど前に劇場に着くと、
すでに売り切れだった。(『帰ってきたヒトラー』)

夕方の妻との待合せまで、2時間半も時間を
潰さなければならない。
他に観られる映画はないかと探してみたが、
時間がちょうど良いものがない。
クソ暑かったが、仕方なく、
銀座をブラブラしてみることにした。

そうだ、山野楽器でギターを見ようと
歩いていると、和光のショー・ウィンドウに
北野武や夏木マリのおおきなポートレートが。



立ち止まって見てみると、
「白鳥真太郎 写真展」とあり、和光の6Fの
ホールで、ちょうど開催中だった。

これは、面白そうだと6Fへ、上がってみる。
白鳥真太郎という人のことは、
知らなかったけど、芸能人、俳優、ミュージシャン、
写真家、映画監督、落語家、大学教授、会社の社長など、
各分野の第一線の60歳代(撮影時)の方々、
100名を撮影した写真が展示されていた。

ほとんどが、スタジオで撮られたと分かるものだったが、
カラーとモノクロが混在していた。
何を基準にカラーとモノクロ決めるのかなぁと
思って観ていると、白鳥さんご本人なのか、
関係者なのか分からないが、お客さんに
説明している声が聞こえてきた。

(私の聞き違いでなければ、)
撮影時に鮮やかな色のネクタイや衣装を
着けてこられた方は、カラーにしたという。

なるほど、堺正章の写真など、
これ、白黒にしたらもったいないよね、と
いうような衣装を着ていた。
そういう基準もあるのだな。

中には、このまま遺影に使えるなと
思えるものから、なぜ、この陰影にしたんだろうと
本人に質問してみたいものまで、
100枚もあると色々で興味深かった。

その展示されていた写真の写真集(先月発売になった)
『貌・KAO2 白鳥写真館 これから・・・』も売っていた。
ポンタ(ドラマー)や奥田瑛二(俳優)など
気に入った写真もあったのだが、
4,860円は、ちょっと思いとどまってしまった。
帰ってきてから、白鳥氏のウェブサイトとか
見てると、ちょっと欲しくなってきたけど。

写真展に展示されているものとは違うけど、
ここ で、白鳥氏撮影のポートレートが観られる。
意外と首切り写真がOKなのに驚いた。





2016.8.17

山形写真


今回の山形帰省では、
あんまり写真を撮らなかったけど、
妻の実家のある町の、図書館やホールのある
建物のエントランスへのアプローチが
美しかったので、撮影してみた。











帰りの新幹線では恒例の高畠ワインでホロ酔い気分。







2016.9.10

 暗

5〜6月に参加したニコン・カレッジの
講座での発表作にモノクロ写真を
持って行ったところ、先生に
「白黒が好きならフィルムやりましょう」と
言われ、ずっと気になっていた、
「黒白写真 暗室基礎講座」というものに
参加してきた。
10:00〜17:00、お昼休憩を挟んで、
7時間。

この講座は、ニコンではなく、
JCII というところの主催で、
講師は、そのニコンの講座でお世話になった
池本さやか先生。
暗室の実習で、モノクロ・フィルムの現像から
プリントまで、2日間かけておこなわれる。
(2日目は来週。)

そのためにまずは、モノクロの写真を
撮らなければならないので、数日前、
10数年ぶりにフィルムの
コンパクト・カメラ(オリンパス)を取り出した。
ちゃんと動くかなと心配だったが、
驚いたことに、電池も生きていて、
ちゃんと動いたよ。
ビバ・メイド・イン・ジャパン!
と思ったら、カメラには
「ASSEMBLED IN HONG KONG
PARTS MADE IN JAPAN」と書かれていた。

講座に申し込んだのが、10日ほど前で、
中々ゆっくりと撮影の時間を
取れなかったのだが、
数日に分けて、なんとか24枚撮り2本、
48枚を写した。

デジカメなら数時間で200〜300枚撮れるのに、
フィルムだと極端にシャッターの回数が
減るのには、自分でも驚いた。
そして、デジカメなら、撮るたびに
モニターで写り具合を確認するが、
フィルムの場合、どんな風に写っているのか、
ピントが合っているのか、そもそも、
撮れているのかさえ、分からないのだ。
そんなことは、当たり前の当たり前なのに、
デジカメに慣れてしまった今となっては、
新鮮で刺激的な撮影でもあった。

さて、講座では まず現像を習う。
人生で初めての、フィルムのケースから、
フィルムを引っ張り出す作業。
引っ張り出したフィルムを
特殊なリールに巻き付ける。
この作業を光の入らないダークバック(黒い袋)の
中で、手探りで行うために、明るいところで、
目で確認しながら数回練習。
リールに巻くにはちょっと慣れが必要だ。

フィルムを巻いたリールは、
ダークパックの中でタンクと呼ばれる蓋つきの缶に
入れ、ダークパックから取出し、
現像液、定着液、停止液に順に浸けていく。
それぞれ浸す時間が決まっており、
タイマーと睨めっこしながら、
タンクを上下にひっくり返す、
攪拌という作業をやる。

午前中は、この現像作業だけで、
あっという間に2時間以上が過ぎた。

午後は、現像したネガ・フィルムをいよいよ
プリントするのだが、その前準備として
試し焼きをする。
テスト用の小さめの印画紙の上にネガを置き、
光の当てる時間を例えば、2秒4秒8秒などと
試しに焼いてみて、最適な露光時間を
割り出す作業だ。
ハッキリ言って、地味で根気のいる作業だ。
デジタルなら、一瞬で分かることに
いちいち、10分近くの時間を費やす。

そして、露光時間が決まったら、
ベタ焼き。



これがベタ焼き。
言ってればインデックスのようなものだ。

その中から、大きくプリントしたい
写真を選ぶ。
大きくプリントする際も、
何度も試し焼きを行う。
そのために慣れてきても、
1枚焼くのに1時間程度かかるようだ。
今日は、午後の3時間半で
2枚しか焼けなかった。

そのうちの1枚をスキャンしたものがこれ。


クリックで拡大

初めての作業で、興味津々というか
適度な緊張感と集中とともに
あっという間に時間が過ぎた。

印画紙に自分の写した絵が
浮かび上がってくる瞬間は、
何とも言えない感があって嬉しいのだが、
前述したように地味で根気のいる作業で、
これは、ホンマに好きやないと
でけへんなと思った。

今のところ、フィルムを今後も続けるかどうかは、
分からないが、やはりフィルムで撮った写真には、
デジタルにはない味がある。
それは大変に魅力的なので、この地味な作業を
楽しめるかどうかがキモになりそうだ。





2016.9.13

新装版 土門拳 自選作品集

先月の誕生日に妻にプレゼントしてもらった、
土門拳 自選作品集。



1977年に全3巻で発売されたものを
1冊にまとめ、2009年に
生誕100周年記念として
発売された復刻版だ。

元は、3巻だったものを1冊に
まとめたわけだから、分厚い。
ちょうど昔の百科事典ぐらいの
大きさと厚さだ。

タイトルにあるように本書は、
土門拳自身が選んだ、447点が
収録されており、大変に見がいのある
写真集だが、ちょっと軽い気持ちで
パラパラというわけにはいかない。

なんというか、覚悟がいるのだ。
生半可な気持ちで開けると、
写真に負けてしまい、
すぐに閉じてしまうことになる。

特に、傷痍軍人や広島の被爆者の
写真は、胸に迫り来るものがあり、
鑑賞する方にも本気が求められる。

それらは、被写体に重要な意味を
見出すからかもしれないが、
人形や仏像などにも
「怖い」とさえ思わせるものがある。

土門が被写体に対峙したほんの
なん十分の一かもしれないが、
写真に向き合うためには
真剣さを求められる。

そんな写真集。
土門が、なぜそれぞれの写真をこの自選集に
入れたかったのか、
1枚1枚ゆっくり味わいながら、
考えながら観ている。




パリ・ドアノー
ロベール・ドアノー写真集


土門拳は 1909年生まれで、
ロベール・ドアノーは 1912年生まれなので、
2人は同年代の写真家だ。
ドアノーはフランスの写真家。

今年5月にライカ銀座店のギャラリーで
開催された写真展を観てから、
写真集を買おうと思っていたのだが、
大体、写真集というのは、ええ値段しているので
中々買えずにいたが、1600円(税別)で売っている
写真集があったので、買ってみた。

大きさは、A5 を少し大きくしたサイズで、
中々ええ感じだ。



表紙ではなく、ケースというかカバーの
写真「ノートル・ダムの怪獣」も良い。
なんかの映画のシーンを思い出すな。

有名な「パリ市庁舎前のキス」や
5月に写真展で見た「流しのピエレット・ドリオン」
(アコーディオンを弾く女性の写真)も
収録されていた。





土門とドアノーは、全く同じ時代の
日本とパリを撮っているのだが、
非常に興味深いものがある。
土門が撮った1950年代前半の東京の子供達は、
ちゃんばら、メンコ、コマ回しに
おしくらまんじゅうで遊んでいる。
それに対し、ドアノーが撮った1949年の
パリの子供達は、なんとローラースケートで、
遊んでいるのだ。

また1945年といえば、終戦の年で
東京は焼け野原だったわけだが、
パリはドイツ軍による破壊を免れたおかげか、
エッフェル塔近くのイエナ橋から
飛び込みを楽しむ若者達の写真があり、
ちょっと驚いた。







2016.9.15

アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶
[DVD]


今年に入って、プロの写真家の写真を観たくなり、
まず最初に買ってみたのが、
土門拳、木村伊兵衛、そして、
アンリ・カルティエ=ブレッソン、
この3人の写真集だった。

ブレッソンも、土門拳、木村伊兵衛同様、
20世紀を代表する写真家。

どいうわけか、私の興味に引っかかってきた
外国人写真家は、ブレッソン、ロベール・ドアノー、
ジャック=アンリ・ラルティーグと
フランス人が続く。

先日、ブレッソンのドキュメンタリー映画が
あることを発見した。
『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』。
2003年の映画で、日本では2006年に
公開されている。
早速、レンタルして観てみた。

ブレッソンは、あまり自分のことを語って
こなかった人らしく、自分の作品についてや
人生を語る映像は、貴重なドキュメンタリーのようだ。
93歳の時の映像で、見た目は
じいさんなのだが、なんというか
目つきが若いと思った。

本人だけではなく、数人のインタビューで
構成されているのだが、その中に
フランス人女優が登場した。
それが、先日観てすごく良かったと
ここに書いた映画『アスファルト』
イザベル・ユペールだった。

気が付いていなかったが、
私が買ったブレッソンのポートレイト集にも
イザベル・ユペールの写真は、
収録されていた。

また、数日前、妻とサルトルの話をしたのだが、
映画の中で、ブレッソンが撮った
サルトルのポートレイトが登場した。

そんな、シンクロニシティな
ドキュメンタリー映画だった。
大した偶然ではないのだが、
私には何か意味があるように感じた。
何の意味か分からんねんけど。

彼の代表作、"The Decisive Moment"
『決定的瞬間』を欲しくなってしもた。

ブレッソンは、2004年8月3日
95歳で亡くなっている。


★★★★☆







高座
橘蓮二 写真集


11月14日に行われる、
「橘蓮二『夢になるといけねぇ』出版記念の会」
というイベントの案内を見た。
落語ファンならば
「夢になるといけねぇ」というのは、
「芝浜」という演目のサゲの言葉だと
すぐに分かる。

私は、橘蓮二 という人を知らなかったので、
落語に関する書籍の出版記念の会かと思った。
出演者の中に、
立川志の輔師匠の名前があったので、
気になって調べてみると、
橘蓮二というのは、
落語など演芸を中心に撮っている写真家だった。

へぇ、そんな写真家がいたのか。
それなら、好きな写真と落語
両方楽しめるんやないかと、
すでに出版されている写真集を
アマゾンでチェックしてみた。

文庫になっている「高座のそでから」という
写真集の中古本が、
300〜600円ぐらいで 売られていた。
新品は、売られていないので絶版なのかもしれない。

もう1冊、「高座」という写真集が、
こちらは新品だがバーゲン(自由価格本)で、
1,807円で出ていた。

ほかにもあったが、
とりあえず この2冊を注文してみた。
写真を見て気に入ったら、
その出版記念の会にも行ってみるかと思ったのだ。

すでに2冊とも届いたのだが、
文庫本の「高座のそでから」は、
表紙カバーにすれがあったけど
中古なので仕方がない。

驚いたのは、「高座」。
ちゃんと見てみると、
もともとの値段は 5,832円(税込)。
ハードカバーの大型本で、
プラスチックのケースまで付いている
立派な本だった。
5,000円以上出しては、
買わなかっただろうから、
1,807円はラッキーだ。

アマゾンのバーゲン本としては、
最後の1冊だったようで、もう新品は、
1,807円では売られていない。
(中古本なら、もっと安く出てるけど。)

ちなみに出版社のサイトを見てみてると
「品切・重版未定」とある。

2冊の写真集を見てみてみると、
いいなぁ、自分も撮影したいなぁ、と
思うような写真たちだった。
ミュージシャンのステージ写真もそうだが、
撮影自体が特別なことで、
誰もが許されることではない。
そういう瞬間をカメラに収めることは、
貴重で楽しいに違いない。

でも、2〜3回知人友人のライヴを
撮影したことがあるけど、
撮影に夢中になると、
演奏を聴いていられないのが悩ましい。
2つのことが同時にできない質(たち)なのだ。
きっと、落語でもそうだろう。
音楽以上に聴くのに集中せなあかんもんな。

写真は、カラーと白黒が混在しているが、
断然白黒が良い。
写真にもよるが、カラーには不必要な
情報も含まれているような気がする。
白黒の方が、シンプルに「その人自身」に
迫っているような印象を受けた。

そんなこんなで、11月の出版記念の会には
行ってみることにした。
チケット代に新刊『夢になるといけねぇ』代も
含まれていて、当日もらえるようだ。


一つ前のエントリーに書いた、フランスの写真家
アンリ・カルティエ=ブレッソンが、
1952年に出版した写真集のタイトルは、
原題の直訳では「逃げ去るイメージ」だったが
日本では『決定的瞬間』と訳された。
そのせいもあってかブレッソンは、
決定的瞬間をカメラに捉えた写真家という風に
扱われてきたようである。

橘蓮二は、ブレッソンの『決定的瞬間』を
引き合いに出し、写真集「高座」のあとがきに
こう書いている。

私も学生時代にこの写真集(「決定的瞬間」のこと)に
影響を受け、カメラを持って、私の決定的瞬間を
探しに街に出て、写真を撮り続けていました。
その後、写真の仕事を始め、さまざまな
撮影をしてきましたが、どんな時にも、
決定的瞬間を撮りたいという思いは
消えずにいました。
(中略)
しかしここ数年、私の中にある変化が生まれ、
その思いは徐々に大きくなり、最近では
確信に近いものになってきました。
それは、私には決定的瞬間は存在せず、
自分の中からも生み出せないということでした。
これは決して悪い意味ではなく、
逆に言えば、この世界は決定的瞬間に溢れていて、
もうすべては既にあり続けているのです。
そして自分の中から決定的瞬間を
生み出すのではなく、この空間の中から
自分というレンズを使って
取り出していくことが、私の撮影の
やり方なのだと思うようになったのです。



ブレッソンのドキュメンタリー映画『瞬間の記憶』を
観た翌日に届いた、日本人の落語家を撮った写真集に、
ブレッソンのことが出てくる。
もちろん、ブレッソンはそれだけの影響力を持ち、
ビッグネームなので、不思議ではないのだが、
私にすれば、こうなると、シンクロ二シティの
数珠つなぎのようで、興味深い。

そして、
「この世界は決定的瞬間に溢れていて、
もうすべては既にあり続けている」。
なんて素敵な言葉だろうか。








2016.9.16

Vivian Maier
ヴィヴィアン・マイヤー


先日、アンリ・カルティエ=ブレッソンの
ドキュメンタリー映画について書いたとき、
「どいうわけか、私の興味に引っかかってきた
外国人写真家は、ブレッソン、ロベール・ドアノー、
ジャック=アンリ・ラルティーグと
フランス人が続く」と書いたが、
いよいよアメリカ人の登場だ。

数日前、偶然、ヴィヴィアン・マイヤーという
写真家のことを知った。
昨年、彼女のドキュメンタリー映画が、
公開されている。
『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』。
なんとなくタイトルに聞き覚えがあったので、
どこかでチラシか何かを見たのかもしれない。
もし、予告編を観ていたら、
興味を持ったはずなので、
観ていないのだろう。

オフィシャル・サイトで
公開されているたくさんの写真を見て、迷わず
写真集 ”Vivian Maier: Street photographer”
注文し、映画の DVD もレンタルした。



写真集は・・・
素晴らしすぎる。
今まで知った数人の写真家の中では、
間違いなく一番だ。
ちょっと色がセピア調なのは、
私の好みではないので、
もっと白黒だったら良かったのだけど。

ヴィヴィアン・マイヤーは、2009年に
有名になる前に亡くなっている。
職業はナニー(乳母)で、
15万枚以上の作品を残しながら、
生前1枚も公表することがなかった。
全く無名で、1枚も写真を発表していない
アマチュア写真家だったのだ。

2007年にシカゴ在住の青年が、資料として
古いシカゴの街並みの写真を探していて、
たまたま大量の古い写真のネガを
オークションで手に入れた。

その写真の一部をネットにアップすると、
熱狂的な賛辞が次々と寄せられた。

青年が、最初にヴィヴィアンのことを
インターネットで検索した時は、
1件もヒットしなかったのだが、
次に検索した時、ヒットしたのは、
ヴィヴィアンの死亡記事だった。

青年は、彼女の写真の素晴らしさに気づき、
ヴィヴィアン・マイヤーという女性のことを
調べることにし、
その記録を映画にすることにしたのだ。

彼は、ヴィヴィアンを知る人を探し出し、
インタビューし、ヴィヴィアンがどんな人だったのか、
なぜ誰にも見せない写真を撮り続けたのか、
その謎に迫った。

「変人」。
ひと言で言うとそうなってしまうのかも知れない。
彼女の変人ぶり、偏狂ぶりが彼女を知る人の
証言で明らかにされていく。

ヴィヴィアンは、幸せだったのだろうか。
今、こんなに写真を認められて、
喜んでいるのだろうか。
写真を認められるのは、嬉しいかもしれないけど、
人格をとやかく言われるのは、嫌だろうな。

でも、
なにしろ、
写真は素晴らしいと思う。

ヴィヴィアンの写真は、
彼女を発掘した青年ジョン・マルーフの
運営するオフィシャル・サイトで
観ることができる。
ぜひ、見てみてください。

Vivian Maier ー Official Site


映画『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』Official Site

★★★★☆


「Capture the MOMENT!」というサイトに
ヴィヴィアンのことをまとめた記事があったので、
興味のある方は、どうぞ。

これが天才か!
ヴィヴィアン・マイヤーの写真集
”Vivian Maier: Street photographer”がオススメ!






2016.9.18

黒白
写真 基礎
D
AY 2

この1週間に観た 写真家に関する2本のDVD、
『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』
と『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』には、
両方とも写真の現像や暗室での
プリントの作業場面があったが、
偶然にも1週間前の土曜日に、
それらの作業を初体験したところだった。

昨日はその「黒白写真 暗室基礎講座」2日目で、
先週 現像したネガ 50枚の中から、
何枚かを6つ切りサイズに
プリントする作業をした。
6つ切りサイズというのは、
A4 より一回り小さく B5 よりは大きいサイズ。

10時から17時まで、お昼の休憩を入れて、
7時間もあるので、7〜8枚はプリントできるだろうと
思っていたのだが、午前中に2時間半かけて
やっと1枚目が終わった。

選ぶネガにもよるのだが、
写真の中に明るい部分と暗い部分があると、
適正な露出を決めるに何度も何度も
テストが必要となる。
印画紙に光を当てる時間は、
0.1秒単位で設定できる。
機械(名前知らない)の絞り値や、
フィルターを使うか使わないかなど、
たくさんの選択肢の中から、
自分の欲しい絵を作っていくのだ。

デジタルなら、次々と設定を変えながら、
簡単に短時間で決めていくことができるが、
ネガのプリントの場合には、
1回のテストに10分ぐらいかかる。
途中で失敗していても、
現像液に付けて数十秒経つまで、
失敗に気付くこともできない。
根気のいる地味な作業だ。

初心者の私には、テストをしても判断ができない。
明るすぎるや暗すぎるというのなら
分かるけど、微妙な違いになると
決められないので、先生に意見を聞く。
言われた通りにやってみると、
少しずつ良くなっていく。
それの繰り返し。

多い時には、テストと本番合わせて、
7〜8回やってみてようやく完成となる。
もちろん、熟練してくれば、
もっと早くこなせるようになるのだろうけど。

やっている時には、集中しているので
あっという間に時間が経った。
でも、これをずっとやりたいかと
問われると、考えてしまう。

「フィルムをやるなら、現像・プリントも
自分でやらなければ」という考えは、
分からないでもないが、
アンリ・カルティエ=ブレッソンは、
現像やプリントは苦手だと言って、
専門の人に任せていたようだし、
ヴィヴィアン・マイヤーの作品は、
本人が現像・プリントしたものではない。
だからといって、ヴィヴィアンの写真の
価値が下がるわけではない。

まあ、ブレッソンやヴィヴィアンと
自分を並べるのはどうかと思うのだが、
フィルム写真の魅力は捨てきれないけど、
現像・プリントに関しては、
あんまり私には向いていないような
気がするのだった。


テスト



5cm × 10cm 程度の印画紙にまずは 2秒、4秒、8秒と
露光時間を変えてプリントしてみる。
長い時間光を当てた方が、濃度が濃くなる。


2時間以上かけてようやく出来たプリントを
スキャンしたもの。


クリックで拡大

写真は、丸の内にある、1934年竣工の明治生命館。
重要文化財。





2016.9.24

運動会

初めての一眼レフカメラ(Nikon D3000)を
購入したのが、ちょうど6年前の今頃だった。

当時1歳だったH君は、
私の撮影の恰好の練習材料だった。
今もことあるごとに撮影をしているので、
この6年間で撮影した被写体の中で、
一番多いのは、H君だろう。

さて、そのH君も今年小学生になった。
今日は、小学校初めての運動会。
その撮影に行ってきた。

怪しい天候のため、当日朝になって
プログラムの順番に変更があった。
そういう連絡は、今では朝早くに
保護者にメールで知らされる。
順番の変更?
何の意味があるんやろ、と思ったけど、
それは後々に分かった。

さて、毎度のことながら
運動会の撮影は難しい。
ターゲットがじっとしていない。
皆同じ格好をしているので、
見失うと探すのに時間がかかる。
観覧する他の保護者が邪魔。
(これはお互い様だが。)
ほかの生徒が邪魔。
先生や係員も邪魔。
と、邪魔者だらけの撮影だ。
今日もなんとか撮影のポジションを
確保し、撮影に臨んでいると、
私とターゲットのちょうど間に、
カメラを構えた記録係の人が
立ちはだかる。
なんで、ここに来んねん!
と、腹を立ててもしょうがない。
移動しようにも人ごみの中では
思うように動けない。
動いたとしても、次に撮影できるポイントを
見つけた頃には、演技は終わってるだろう。
そんな、格闘の撮影なのです。
ちょっと大げさやけど。

なのでなおさら、H君の自然な笑顔や、
素晴らしい表情が撮れたときは、
満足と達成があるのだった。

天気予報では「午後は雨」となっていた通り、
お昼休憩に入るころにポツポツと
降り出し、お弁当を食べていると
やがて本降りになった。

「午後のプログラムは、火曜日の午前中に
延期します」と、校内放送が流れる。
ここで、ようやくプログラムの順番変更の
意味が分かった。
午前中に、団体競技・演技を済ませ、
個人競技である「かけっこ」や「短距離走」は
午後に持ってきたのだ。
おそらく、練習を積んだ団体演技を
今日、見てもらおうという意図なのではないか。
火曜日には、来られない保護者も多いだろうから。

「かけっこ」「短距離走」と書いた。
同じことだと思うが、プログラムを見ると、
1〜4年生は「かけっこ」、
5、6年生は「短距離走」とある。
全部「短距離走」あるいは「徒競走」で
良いような気がするが、
分ける必要があるのか 聞いてみたい。

そういうわけで、午後は中止(延期)になり、
「かけっこ」の撮影は、出来ずでした。


開会前のトラック。



5〜6年生による鼓笛隊。







2016.9.27

フィルムデジタル

先日、2週にわたって2日間
「黒白写真 暗室基礎講座」というものに
参加した。
その実習材料として十数年ぶりに
フィルムで写真を撮影した。
その撮影の際に、コンパクト・デジカメでも
撮影をしておいた。
あとから、フィルムとデジタルの違いを
確かめようと思ったのだ。

デジタルの方は、RAW でも保存してあるので、
いじれば、フィルムの仕上がりに
似せることもできるが、今日のところは、
トリミングぐらいで、露出やコントラストなどは、
一切触っていない。
撮影時のままだ。

ここで見てもらうものは フィルムといっても、
プリントしたものをスキャンしてあるので、
厳密には、両方ともデジタル・データに
なってしまっている。
本当なら、スキャンしていないプリントを
見比べるべきなのだが、
ここではそういうわけにもいかない。

さて、どちらがデジタルで、
どちらがフィルムかお分かりだろうか。













正解は、こちらをご覧下さい。
拡大したものが見られます。

ここに上げたものは、画質を下げているが、
フィルムの方には、かすかにザラつき感があって、
やはりそれが独特の風合いとなっている。
またデジタルの方は、スッキリ写りすぎている
感じがする。

絞り値が違うので、ボケ方が違い、
厳密な比較にはならず、
雰囲気だけの比較ですが。

見ての通り、どちらが優れているとか
いう問題ではなく、最終的には好みの問題だろう。

仕上がりは、フィルムもデジタルも、
いくらでも調整ができるので、
もっと好みの明るさ、濃淡、コントラストに
することができる。

ただ、フィルムの方は、現像するまで
写っているかどうか分からないという、
緊張感があるし、デジタルデータが
並んでいるのではなく、
物理的に写っているという点で、
魂がこもりやすいような、
そんな気がする。

結局、別物で、
両方やることになるんでしょかね。
フィルム現像は、自分でやらずに
業者に出すことにすると思うけど。





2016.10.8

木村伊兵衛と土門拳
写真とその生涯


デジタル一眼レフで写真を撮り始めて
6年が経ったのだが、不思議なことに
今年に入るまで、「写真を観る」ということを
ほとんどしていなかった。
写真を始めたのも誰かの作品に刺激を受けて、
「よし、オレも写真を撮ろう」と
始めたわけではなく、ずっと潜在的にあった
「写真を撮りたい」という気持ちが
48歳になってようやく行動に現れたんだと思う。
「ずっと潜在的にあった」というのは、
23歳の時に撮ったアメリカ旅行の写真のように
自分に思い当たる節があるからだ。

今年に入って、急に写真家といわれる
プロの写真に興味を持ったのだが、
写真家の名前さえ知らない。
知っていたのは、篠山紀信、浅井慎平、
荒木経惟ぐらいだが、彼らの写真を真剣に
観たこともなかった。

どんな写真家の写真を観れば良いのかも
分からない私は、試しに検索してみた。
それで、気になった人が、
木村伊兵衛と土門拳、この二人だった。
二人共 明治生まれで、
戦前戦後の日本の写真界の巨匠だ。
早速、二人の写真集を購入したが、
私は木村伊兵衛より、
土門拳の写真に惹かれた。

二人のことを知っていくうちに
「写真を撮っているなんて言いながら、
この人たちの名前も知らないというのは、
ちょっと恥ずかし過ぎるなぁ」
そんな風に思った。
まだまだ知らないことだらけだろうと思う。

写真雑誌の編集者だった三島靖という人が書いた、
『木村伊兵衛と土門拳』という本を読んだ。

ライバルでもあったあった二人の写真への
姿勢から生き方までを書いてある。
それぞれの写真も少し。
私が土門の方を好きなせいなのか、
内容的に土門のことの方が濃いい印象だ。

おそらくだが、土門拳という人の方が、
文章になるエピソードが多いのではないか。
写真の撮り方ひとつ取っても、
木村より土門の方が、圧倒的にエピソードが多い。

すでに土門のことは、いくらか知識があったので、
驚きはしなかったが、木村と並べることで、
その「鬼さ」加減が際立ったように思う。

本全体の内容としては、
精神論から哲学的な要素が多く、
正直、半分も理解できていないと思う。
それでも、私自身がどんな写真が好きなのか、
どんな写真を撮りたいのか、を知る
十分な手がかりであったし、
日本の近代写真の歴史の一端を知ることができた。








2016.10.17

GOCHO SHIGEO
牛腸茂雄という写真家がいた。


昨日は、六本木のビルボードライブへ、
"Nothing But The Funk" のライヴを
観に行った。
ビルボードライブのある
東京ミッドタウンには、
「フジフイルム・スクエア」がある。
フジフイルム・スクエアには、
いくつかの写真展コーナーと
写真歴史博物館などがある。

ちょうど観たい写真展をやっていたので、
早めにミッドタウンへ出向き、
フジフイルム・スクエアに行くことにした。

観たい写真展というのは、
「菅原一剛写真展 SAKHALIN」だったのだが、
他にはキタキツネの写真展と山岳写真展、
ミャンマーの鉄道写真展、そして、
牛腸茂雄という写真家の写真展を開催中だった。
この牛腸茂雄の写真に惹かれた。

牛腸と書いて「ごちょう」と読む。
変わった苗字だ。

牛腸茂雄は、1946年生まれで3歳の時に患った
胸椎カリエスが原因で、身体にハンディを持った。
10代からデザインの分野で非凡な才能を見せたらしく、
その後、写真の道に進んだ。
1983年心不全のため死去。
享年36歳。

展示されていたのは、
牛腸が撮った約30枚ほどの白黒写真。
ほとんどがポートレイトなのだが、
不思議と写っている人に笑顔がない。
観ていくと、1枚も笑顔がない。
深刻な表情というわけでもないが、
なんというか困っている風にも見える。

中に牛腸自身のポートレイトがあった。
一目見て、身体になにか問題を
抱えていたことが分かる写真だった。

解説にはこんな文があった。

何気ない日常で出会った子どもたち、
家族、友人... 静逸で淡々とした作品の奥から
こちらを見つめる被写体のまなざしは、
写真を通して「自分と世界との関わり」を
探求し続けた牛腸茂雄のポートレイトでもあります。
その身体的ハンディゆえに「見ること」と
「見られること」、「自己」と「他者」との
関係性を意識することを強いられていた
牛腸が世界を見るまなざしには、
常に初めて世界をみたような初々しさと
深い洞察が共存しています。


被写体のちょっと困ったような表情の意味が
少しわかったような気がしたが、
同時にそんな風に思うのは早計な気がした。

牛腸の写真に魅力を感じたひとつには、
写っている子供たちの空気感。
彼は 1946年生まれなので、
彼が 20代で撮影したそれらの写真に
写っている子供たちは、
ちょうど私と同世代なのだ。

着ているものや背景の雰囲気、
そんなものが私に郷愁を覚えさせたとしても
不思議ではあるまい。

帰宅してから、牛腸の「こども」という
写真集を注文した。





2016.11.2

雲の上はいつも青空 Scene2

ハービー・山口という写真家の
フォトエッセイ集、
『雲の上はいつも青空 Scene2』。



「Scene2」とあるように第2弾だったのだが、
第1弾があることを、知らずに購入した。
昨夜遅くに 読み始めたら止められなくなり、
一気に読み切った。
読み終わったら、4時前だった。

フォトエッセイということだが、
写真も文章も素晴らしかった。
ハービーは、1950年生まれなので、
私より一回り上。
大学卒業後、1973年から10年間を
ロンドンで過ごしたらしく、
ちょうど、パンクやニューウェーブが
生まれた時代のロンドンを体験されているわけだ。
当時のロンドンの空気を感じるような
エピソードも興味深く、
デビュー前のボーイ・ジョージ
(カルチャー・クラブ)とルーム・シェアを
していた話なども書かれている。

中でも、60歳を過ぎて初めて受賞
(日本写真協会作家賞)した話、
デュランデュランの来日公演時、
ベーシストのジョン・テイラーと
ファンの女子高校生をポラロイド・カメラで
撮影した話、そして、東日本震災から半年後、
岩手県の大槌町へ撮影に行った話など
自然に涙がこぼれる話も多かった。

ハービーは、風景とか動物は撮らない。
人間を撮る。
そのハービーが撮った写真は、優しい。
それは彼が、赤ん坊のころから
15〜16歳まで、腰椎カリエスという病気のため
ずい分と孤独で絶望的な子供時代を
過ごしていたことと関係がある。
幼稚園には行けず、小学校でも仲間外れに
されていた彼は、中学2年生で写真を始めた。
「人が人を好きになるような写真を撮りたい、
そうすれば社会は少しは優しくなって、
僕のような落ちこぼれの人間でも、
生きていける隙間が社会にできるのではないか、
と思った」という。

その「人が人を好きになるような写真」という
コンセプトはずっと変わっていないようで、
それが、彼の写真が優しいと言われる
由縁でもあるようだ。

「人が人を好きになるような写真」を撮りたい。
そのための行動が、このエッセイの種に
なっていることは疑いようがなく、
動いている人にだけ、感動があり、
チャレンジする人にだけ、神は褒美を
差し出すのだと、当たり前のようなことを
改めて思わざるを得なかった。

個人情報だの、肖像権だの、
スナップ写真で見知らぬ人を撮ることは
大変に難しい時代になった。
そんな時代でも、ハービーのエッセイを読むと、
人が人であることに希望を捨てては、
人生はあまりにもったいないと
思えてくるのだった。


★★★★★





2016.11.7

MAGNUM PHOTOS
世界を変える写真家たち


DVD で鑑賞。
『MAGNUM PHOTOS 世界を変える写真家たち』

写真家集団マグナム・フォトを撮った
ドキュメンタリー映画で、1999年の製作だが、
日本で公開されたのは、2007年12月だったようだ。

写真のこと、写真家のことを調べていると、
たびたび「マグナム・フォト」という集団の
名前が出てくる。

マグナム・フォトは、1947年、ロバート・キャパ、
アンリ・カルティエ=ブレッソン、
ジョージ・ロジャー、デビッド・シーモアの
4人によって設立された、写真家の権利と
自由を守り、主張をすることを目的とした集団。
現在は、ニューヨーク、パリ、ロンドン、
東京に事務所を構え、約50名の写真家が
在籍している。

映画では、そのマグナム・フォトに
所属する18人の写真家が登場し、
マグナム・フォトを語る。

マグナム・フォトに入るためには、
実績があった上に、メンバーの承認を
得なければならない。
どんなに有名でも、マグナム・フォトに
ふさわしいと判断されなければ、
そこに名を連ねることはできない、
伝統ある集団なのだ。

知らなかったけど、日本人では
久保田博二(Hiroji Kubota)という人が
ただ一人、正会員として名を連ねている。
この人については、おいおい調べてみることにしよう。

さて、映画の方は、色んな写真家が
登場したが、私はまだ勉強不足で、
知らない人たちばかりだった。
知っていたのは、最後にチラッと登場する
アンリ・カルティエ=ブレッソンだけだった。

ある写真家が、
「戦場は、戦場自体が劇的だから、
簡単に良い写真が撮れる。
だから行きたくない」と
言っている一方で、別の写真家が、
「バイオレンスは嫌いだ。
でも、戦場に行くと自分の存在を
認識できる」と言っていたのは、
印象的だった。
なんとなく、両方の言うことに
同意できたからだ。
戦場は、どこにカメラを向けても
劇的だろう。
そして、戦場には行ったことはないけど、
そういう命の危険にさらされるような
状況で初めて、自分の存在を実感すると
いうこともあるのかもしれない、と思ったのだ。

マーティン・パーという写真家の
スナップの撮り方、街の人の撮り方は、
学ぶことがあった。
当たり前だけど、カメラを人に向けることを
全く恐れていない。
先日読んだ、ハービー・山口氏のエッセイにも
書かれてあったが、撮る側が先に
裸になるというのか、何も隠さないというのか、
自然であること重要だ。
マーティンは、「自然」という言葉を
使うことがはばかれるような体(てい)で
カメラを人に向ける。

もし、もう一歩突っ込んだ写真を撮りたいなら、
自分をそこに連れて行く必要があるのだろう。

ラストは、アンリ・カルティエ=ブレッソンが、
たぶん自宅だろう、
ささっと走り書きしたメモを見せて、
笑顔で終る。
そこには、こう書かれている。

親愛なる仲間たち
必要とあればいつでも・・・
H+C−B
(アンリ・カルティエ=ブレッソン)



★★★★☆





2016.11.17

ライカでショット!
私が歩んだ道と時代
笹本恒子


今年は、それまで ただ撮るだけだったのが、
写真家について調べ、写真展に行き、
写真や写真家に関する本を読むようになった。
そんな中、出会った一冊が
『ライカでショット! 私が歩んだ道と時代』



著者は、笹本恒子さん。
1914年生まれだから、なんと102歳!
日本で初の女性報道写真家だった人で、
今も現役で活動されている。

『ライカでショット!』は、
1989年に刊行された。
2002年に復刻版として再出版され、
私が読んだのは、2014年、笹本さんが
100歳を迎えた年に文庫化されたもの。

エッセイ集で、内容は、
昭和10年代の戦前から戦中を経て、
戦後の復興期、昭和30年代の安保闘争の
頃までがほとんど。
その頃、笹本さんが写真家として、
時代とどう関わったのかが興味深い。
特に「贅沢は敵」と言われた戦前から、
日本が焦土と化した終戦、アメリカの
占領の時代のものは、個人的な
エッセイを超えて、当時を生きた人の
証言としても貴重。

驚かされるのは、笹本さんの行動力。
こんな人の傍にいたら、面白いだろうけど、
ハラハラしどうしだろうな。

来年、笹本さんのドキュメンタリー映画
公開予定だという。
そんなことは知らずに読んだのだが、
タイムリーだった。

笹本さんは、今年、アメリカの「ルーシー賞
ライフタイム・アチーブメント部門賞」を受賞。
生涯を通じ写真界に貢献した個人が対象の賞らしい。

笹本さんについて、ご存じない方は、
まず、この記事がお勧めなので
ぜひ読んでみてください。
興味がわくとともに、元気が出ます。

「死ぬ暇なんてない」
101歳の現役フォトグラファー
笹本恒子さんがかっこいい



★★★★☆





2016.11.26

センチメンタルな旅・冬の旅

写真家・荒木経惟(アラキノブヨシ)。
名前は知っているけど、その作品を
ちゃんと見たことはなかった。

最近、色んな写真家の写真を観るようになり、
アラーキーの『センチメンタルな旅・冬の旅』
という写真集に興味を持った。

『センチメンタルな旅・冬の旅』は、
アラーキーが自身の新婚旅行を写し、
1971年に限定1000部で自費出版した
写真集『センチメンタルな旅』の中から
選ばれた21枚(ほとんどが妻・陽子の写真)と、
妻・陽子が、子宮肉腫のために他界するまでの
数か月間、そして亡くなった後の身の回りの
写真などを収めたものだ。

Amazon のレビューには、
「涙なしでは見られない」「言葉にならない」
「泣けて仕方がなかった」「最高傑作」などの
言葉が並んでいるので、
そんなにすごい写真集なのかと思い、購入した。

残念ながら(?)、泣けなかった。
期待が大きすぎたのか。
いや違うと思う。

まず、前半の『センチメンタルな旅』。
私には、分からないのだ。
新婚旅行で妻のヌードを撮り、
それを写真集として発表する、その心が。

もちろん、金のためにやっているのでは
ないことは十分にわかる。
そして、写真家だから撮らずにいられない、
と言われればそういうもんかと思うしかない。

妻の陽子さんは、こう言ってはなんだが、
フォトジェニックな被写体ではないと思う。
わざわざ、人に見せるほど美しいとも思えない。
こんなこと書くと、「何もわかっとらん」と
言われるのかも知れないし、
だからこそ、プライベートの極致だからこそ、
意義があるのかもしれない。

日常を撮る、リアルを撮る、
あるものをそのまま撮る、というのは、
分からないではないのだが、
私は他人のプライベートを観たいわけではない。

アラーキーが妻の陽子さんを愛していたのは、
よく分かる。
愛された陽子さんは幸せだっただろう、
というのもよく分かる。
でも、なぜか、良いと思えなかった。

後半、陽子さんの闘病中から死後までの
写真の方が、グッとくるものがある。
しかし、それは写真にグッとくるのではなく、
写真に添えられた短い文章、
妻が死へと向かう、その時のアラーキーの
言葉がつらいのだ。

そらそうだ。
毎日、妻が死へと向かっていく、
そんな心情は、考えたくもない。

棺の中の妻の写真もある。
出版当時、アラーキーと篠山紀信が対談を
行ったらしいのだが、
妻の死に顔を写真に撮って、
それを発表した行為を篠山紀信は
許すことができなかったらしい。
これはもう、写真に対する考え方というより、
生き方、人生感の違いだろうと思う。
どちらが正しいというのはない。
好きか嫌いか、そう思うか思わないか、
それだけだろう。

発表するか否かは別にして、
死に顔を写真に撮っておくかどうかについて、
ちょっと前に何かで読んだ覚えがある。
最近は、死に顔を写真に撮る人が増えているらしい、
というような記事だったように思う。
それを読んだとき、
自分はどうするだろうかと考えた。
父や母、もしかしたら、妻も私より
先に死ぬかもしれない。
その時、その死に顔を写真に残したいと
思うのだろうか、と。

元気な時の写真があればそれで良いと
思うのだろうか。
それとも、その死に顔さえ愛おしく、
写真に残したいと思うのだろうか。
その時は、撮らなかったとして、
あとから撮っておけばよかったと
後悔することがあるのだろうか。

そんなことは、今考えることではない、
その時に決めればよいことだと、
考えることをやめたのだが。

一方で、寝顔を撮るような感じで、
死に顔が撮れたら、それはそれで、
素晴らしいと思っている面もある。
それは、「死」がそこまで、
特別なことではなく、
日常であると生きている証しだから。

閑話休題。
そんなこんなで、
『センチメンタルな旅・冬の旅』は、
私としては、あまり感銘を受けなかったのだが、
多くの人に評価されているということは、
普遍的な何かがあるということなのだろう。
私自身も、何年後かに観たら、
違う感想を持つかもしれない。








2016.11.29

僕の虹、君の星
― ときめきと切なさの21の物語


先日読んだハービー・山口のフォトエッセイ集、
『雲の上はいつも青空 Scene2』が
とても良かったので、
『僕の虹、君の星―ときめきと切なさの21の物語』
という フォトエッセイ集を読んだ。

これは、2010年の発売だが、
すでに絶版のようで中古本で購入。
一部 『雲の上は〜』と重複する内容もあったけど、
とても良いエッセイだった。

写真への情熱が今のハービーさんを
作り上げたことに疑問はないが、
その情熱と同時にハービーさんは、
何かに導かれカメラを手にし、
何かに導かれロンドンに渡り、
そして、何か(誰か)の計画通りに
ハービー山口になったような気がする。

その要素は、「人」だ。
誰かのひと言。
その誰かのひと言が、人を、その人さえもが
思いつかなかった方向へと導いていく。

写真も素晴らしいが、文章が良い。
他のエッセイも もっと読みたくなった。
そして、カメラを持って
外へ出たくなった。


★★★★★


表紙もええ。




[ 関連エントリー ]
2016.11.2 雲の上はいつも青空 Scene2





2017.1.19

どういうことやねん

私のコンパクト・デジタル・カメラは、
2013年に購入したソニーの RX-100 と
2015年に購入したリコーの GR。
全く違うタイプのこの2機種を
気分によって使い分けている。

どちらも すでに後継機種が出ているのだが、
買い換えたいと思うほどの不満もなく、
結構気に入って使っている。

昨年の夏ごろ、RX-100 の調子がおかしくなった。
修理費の見積次第では、新機種に買い換えることも
視野に入れて修理に出してみた。

すると、「異常なし」という検査結果で
戻ってきた。

私が異常だと思ったのは、
単に設定がそういう風になっていただけだったのだ。
何かの拍子に設定を変えてしまったらしく
普段使わない設定になっていたので、
故障と勘違いしたのだった。

修理費用は、もちろんかからないが、
預ける時に払った 1,500円は、返金されない。
三田にある ソニー・ショップまで
持ってって、取りに行ってなので、
時間と交通費もかかっている。
設定だとは気付かなかった自分が情けない。

年末も押し迫ってきた12月、
また、RX-100 に不調を感じた。
今度は、設定ではない。
カメラを振ってみると 変な音がする。

写真は、問題なく撮れるのだが、
内部の部品が外れているのではないか、
このまま放っておくと深刻な故障に
つながるのではないかと推測した私は、
年末に 再び ソニーショップを訪れた。
ただし、不調に感じた症状は、
その時だけで、再現することはなかったのだけど。

「カメラが戻ってきました」と
数日前にショップから電話があった。
話を聞くと、
「異常は認められませんでした」という。

はて?
カメラを振ると、あんなにハッキリ
異音がしていたのに?

お店の人の話を聞くと、
かなり念入りな検査をするということなので、
「異常なし」は本当なのだろう。

戻ってきたカメラは、振るとやはり異音がする。
しかし、検査の結果は「許容範囲」だという。
どうやら、内部で部品が外れているのではなく、
振るとレンズの内部の可動部分が揺れるせいのようだ。

う〜む。
2度も間抜けな修理依頼をしてしまった。
なんでこんなことになったんやろ。

1回目は、完全なミスだ。
2回目はと考えて、はたと気づいた。

私は、カメラを振って異音に気づいたが、
このカメラを持って3年強、
振ったことなどなかった。
つまり、最初から振ればそんな音が
していたのかもしれないのだ。
いや、メーカーが異常がない、許容範囲と
いうのだから、そう考えるのが適切だろう。

しかし、なぜあの時カメラを振ったのか。
確か、設定していないのに追尾フォーカスの
マークが出て、それを解除しても、
1回では消えなくて、何度かやって
やっと消えたのだ。
それで、その時に何か違和感を感じ
カメラを振ったら、異音に気付いた。

それが、私の思い違いだったのだろうか。
どういうことやねん。


GR(左)と RX-100(右)
ストラップは、ULYSSES の Rose Wood のリング。
これ、結構良いです。
Rose Wood は、ギターの指板やボディに使われる木材。
一応、ギタリストのこだわり。





2017.2.19

クロ楽しむスナップ写真魅力

数カ月ぶりにニコンの(写真)講座に
参加することにした。

講師は、秋山華子先生。
今回のテーマは、
「モノクロで楽しむスナップ写真」。
そう、モノクロをもっと極めたいのです。

5回の講座で、第1回の今日は、
カメラの設定や撮影に臨む心構えのようなお話。
私のカメラは、Nikon D7000。
触ったことのない設定もまだまだあり、
まだ使いこなしているとは、言い難いのだが、
なんとなく撮れるので、そのままになっていた。
今日は(ほぅ〜、そういうことも出来るんか)と
知らなかった設定方法を知ることが出来たね。
勉強不足痛感。
って勉強しに行ってるんやけど。

参加者は、20人弱でほとんどおっさん。
先生が若い(30代前半)女性ということでは
なかろうが、なぜかおっさんが多い。

次回(来週)は、撮影実習。
神楽坂を撮る。
雨天決行なんやけど、晴れてくれよ。





2017.2.25

で楽むスナプ写力 2
撮影実習 ― 神楽坂

今日は、写真講座の第2回、撮影実習だ。
撮影場所は、神楽坂界隈。

神楽坂へは何度も行っているが、
用があっていくだけで、あまり探索したことはなかった。
今日は、裏道も結構 歩いたけど、いいねえ。
入ってみたいお店、いっぱいあった。

ちょっと大人な街かと思いきや、
ランチに若い女性が並んでいるレストランも
数軒見かけた。
土曜日だったので、観光客も多かったのかも。

撮影の方は、スタート時に
シャッターが下りないというトラブルが発生。
結局、レンズの不具合だったようだ。
18-105mm の望遠で撮るつもりで
いたのだが、予備のつもりで持って行った
35mm の単焦点に交換し、撮影した。
替えのレンズを持っていて良かった。

しかし、どうも撮影にイマイチ乗り切れなかった。
何を撮って良いのか分からない、というか
撮りたいものがないというか・・・。

撮影実習に行くと自分の天邪鬼さがあらわになる。
皆が撮りそうなものは、撮りたくないと思う。
どこかで見たことのある写真は、
撮りたくないと思う。
そのくせ、独創的な被写体の見方などできない。
困ったもんだ。

一応、「光と影」というテーマだったので、
影の写真を何枚か撮った。
来週は、講評会なので2枚選んで持っていく。
まだ決めてないけど、たとえばこんなんです。











2017.2.28

モノクロで楽しむスナップ写真の魅力 3

先日、神楽坂での撮影実習で撮った写真から
数枚のRAWデータを現像してみた。
(クリックで拡大。)
















この中から2枚、次回の講座で発表し
講評を受ける。





2017.3.5

モノクロで楽しむスナップ写真の魅力 4

講習の第3回は、撮影実習で撮った
写真の中から2枚を選び、
参加者全員(17〜18人)に観てもらい、
講師の講評をもらうという機会だった。
迷った挙句、下の2枚を選んで持って行った。





データをUSBメモリーに入れて提出し、
会場では、大きなプロジェクターに
映し出される。

現像したものと現像前のデータを
出すので、どういう現像処理をしたのかも
見れば分かる。

自転車の影の方は、構図、現像処理ともに
まあまあの評価をいただいたが、
COFFEEのサインの方は、サッパリだった。

確かに撮影地が神楽坂で、テーマが
「光と影」にしてはかけ離れすぎている上、
大して面白くない。
講師の講評を聴きながら、
(オレ、なんでこれ選んでしもたんやろ)と
思った。
それならば、







の方が、良かったのではないかと。
街路樹の影の方は、あまり面白くないけど。

ただ、COFFEE のサインの方も
例えばコーヒーに関する写真ばかりを
集めて組み写真にするなら、
使えるだろうと言われ、
なるほど、それはそれで面白いと
思ったのだった。

他の参加者の写真の中には、
数枚「おぉ!」というものもあったが、
面白いことに作品2枚とも素敵だと思った人は
いなかった。

感心したのは、講師の講評。
その写真の何が優れているか、
何が魅力的か、何が成功しているか、
そして、もし撮り直すことができるとしたら、
何を改善・修正すべきかを、
非常に的確に言うのだが、
全部、その場で初めてみた写真なので、
予め準備していたわけではない。
なんとなく好きとか、なんとなく良いと思えないなら、
誰でも言えるだろうが、
パッとみて、そんな風に細部に至って、
観察し言葉にするのには、
中々出来ることではないだろう。
どんな観点で、写真を観ているのか
今度 質問してみようと思う。

次回は、3月25日に撮影実習だ。





2017.3.11

ネイチャーフォトガイド自然写真教室
〜 プロカメラマンが教える基本的な撮影技術 〜


数週間前に 偶然知った、ワークショップ、
「ネイチャーフォトガイド自然写真教室」。

「ナショナルジオグラフィック国際フォトコンテスト」で
入賞した経歴もあるネイチャーフォトグラファーが
講師だというので、面白そうだと思い参加してみた。

「ベースアップコース」ということで、
ビギナー向けの部分もあったが、
私は基礎的なことを
なんとなく過ごしてきた部分もあったので、
整理ができた上に、
(おお、そういう設定方法もできるのか!)と
未だに使いこなせていないカメラ本体の
機能を知ることが出来て良かった。

テーマは「ネイチャーフォト」ということだが、
写真を撮る場合、被写体が自然だろうと
人物だろうと街の景色だろうと、
そんなに大きな違いはない。

要は「どんな風に撮りたいか」にかかっている。
その辺をかなり整理されてのレクチャーだったので、
今後の撮影に役立ちそうだ。

私は、さほど「ネイチャーフォト」には
興味がなかったが、
星空の撮影方法を聞いていて、
ちょっと撮ってみようかなという気になった。
機会があったら、試してみたいが、
星空撮影は、三脚が必要なので、
たまたま星の綺麗な夜があったとしても、
準備をしていなければちょっと無理だ。
「よし、星を撮りに行こう」という
決意と行動が必要なのだけど。


ネイチャーフォトガイド
講師
柏倉陽介 Yosuke Kashiwakura
亀田正人 Masato Kameda





2017.3.25

モノクロ楽しむスナップ写真魅力

ニコンの全5回の写真講座
「モノクロで楽しむスナップ写真の魅力」。
今日はその第4回で撮影実習だった。
場所は、原宿。
まあ、土日の原宿に行ってごらんなさい。
とんでもない人の数だ。
数年前より人がどんどん増えているように
思うのだがどうだろう。

竹下通りや明治神宮ではなく、
ちょっと裏通りなんかを攻めたのだが、
東京ってホンマにスゴイなと
今さらながらに思う。
どんどん繁華街が広がっていってるんちゃうか。
それとも私が知らんかっただけで、
昔からこんな風やったんやろか。

撮影の方は、初めてレンズに
NDフィルターを装着して撮影してみた。
モノクロの雰囲気を出すために
ISO 感度を上げて撮影するのだが、
日中の外の撮影では、明るすぎて
上手く撮れない。
それで、カメラの中に取り込む光の量を
減らすためにサングラスのような
フィルターをレンズに着ける。
そのフィルターのことを
ND(Neutral Density)フィルターという。
「Neutral Density」とは
「中立な濃度」という意味のようだ。

2時間ほどで約200枚撮影。
まだゆっくりと写真を選んでいないが、
この中から3枚を現像・プリントし
来週の講評会へ提出する。







2017.4.1



今日は、ニコンの全5回の写真講座
「モノクロで楽しむスナップ写真の魅力」の最終日。
先週原宿で撮影した作品を 各自3枚A4サイズに
プリントし、先生の講評をもらう機会だった。

これだ!と思える写真がなく、
ずい分と迷ったが下の3枚を選んだ。
(RAW現像済)









ところが、1枚目の写真とほとんど同じ
構図の写真を別の参加者が先に発表した。
これは、表参道にある、1965年に建った
元祖高級マンション「コープオリンピア」。
建物自体が非常に魅力的で、
何枚もシャッターを切ったが、
中々良い写真が撮れなかった。
駐車場入り口にあるミラーに
映ったこの写真は、面白いかなと
選んだのだが、誰でも考えることは同じである。

で、その人が先に出してくれたおかげで、
その講評を聞くことが出来たので、
私は急きょ違う写真に替えて発表した。



これも「コープオリンピア」。
雰囲気が出るように現像してみたものの
何か面白みがないなとはずしたのだが、
先生の評価は3枚の中で一番良かった。

前回の講評時にも書いたが、先生の、
写真を一目見て、その写真の特徴を
言葉にする観察眼というか表現力は
ホントに凄い能力だと思った。

前述の「コープオリンピア」のミラーの
映り込みの写真についても、
私は先に発表した人の写真と自分のが
同じに感じたのだが、先生に見せると
全然違うフィードバックが返ってきた。
なるほど〜って感じだった。
自分にはまだまだ写真を観る目が
育っていないと思った。

前回の神楽坂での撮影の発表は、2枚ずつだった。
その日のエントリーには
「他の参加者の写真の中には、
数枚『おぉ!』というものもあったが、
面白いことに作品2枚とも素敵だと思った人は
いなかった」と書いた。
今日は、ある参加者(おじさん)の作品が
3枚とも素晴らしくて、
プロの写真家の作品だと見せられても
疑わなかっただろうし、内心
(オレ、この人の写真集だったら、
買うかも)と思ったほどだった。

その人の作品で、カップル(多分外人)が
キスをしている写真があったのだが、
偶然居合わせて撮影したのではなく、
「キスをしてくれ」と頼んだのだという。

私は、「写真を撮ってもいいですか?」と
訊くのも中々できないほどの意気地なしなので、
キスをしてくれなどと
とてもじゃないが言えそうにない。

別の人も、あるお店の窓ガラスに店内から、
サインを書いていた店員を撮ろうとしたら、
引っ込んでしまったので、
写真を撮りたいからと声をかけて、
撮らせてもらたという。

被写体が人間であれば、
こちらが心を開かないと
良い写真が撮れないというのは、
理屈では分かる。

でも、撮影時に私の心は
閉じている。
完全に。

だから、自然とカメラが人ではなく
物体に向かってしまう。

本当は、「わぁお!」と思うような
人の表情が撮りたいと思っているのに。

友人や知り合いなら、抵抗なくカメラを
向けられるけど、知らない人に
コミュニケーションをして、
カメラを向けるのは、ホントに苦手だ。

今日、色んな人の作品を観て、
先生の講評を聴きながら、ふと思った。

人の写真を撮るためには、
人に興味がないとダメなんじゃないか。
私は、出来上がった写真には興味があるけど、
レンズの向こうの人に興味があるわけじゃ
ないんじゃないか。


もう一つ、ギター演奏と比べて。

ギターを弾くときのテーマは「解放」だ。
自分を解放すること。
ありとあらゆる呪縛から。
呪縛なんていうと大げさに聞こえるけど。
「上手く弾こう」
「失敗しちゃダメ」
「次、ちゃんと弾けるかな」
演奏中に音楽以外の邪念が、邪魔をする。
これは、私には瞑想に近い修行だ。

そして、写真撮影のテーマは「覚醒」だ。
撮影時にどれだけ目覚めていられるか。
水平や垂直はもちろん、
光はどこから射しているか、
余計なものは写り込んでいないか、
構図はこれでよいか、
絞りは、露出は、等々。

後から見てみると、
なんでこんな構図でとったんや、
もうちょっと右やろ、とか
うしろのおっさん通り過ぎてから
シャッター押せばよかったとか、
撮影時にどれだけ無意識であったかに
驚くことがある。
まあ、シャッターチャンスを
逃したくないので、余裕がない場合が
多いというのが言い訳だけど。

そして、ギター演奏の「解放」と
写真撮影の「覚醒」の結びつく先が
「集中」なのだな。
「夢中」と言ってもよい。
つまりは、自分(エゴ)がなくなっていて
演奏者・撮影者そのものである状態なのだと思う。


・・・とここまで書いて読み直して気が付いた。
写真撮影時にもギターを弾くときと同じ
「解放」が必要なのだと。
「写真撮ってもいいですか?」は、
自分を解放(開放でもあるな)していないと
口から出ない。

ああ、結局、行きつくところは、
そこですか。






ひとりごと LAGUNA MOON MELLOW FLAVOR  LIVE GUITAR  LINK LYRICS