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2021年 エッセイ

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2021.2.2

内面の状態

私たちは、いや、私は、自分がどう感じたか、
どう思っているかが、重要である。
自分の理想や標準にそぐわない言動を
する相手には、腹立ちか苛立ちか諦めか、
なんらかの感情を体験するし、
自分の正義に反した行為には、
怒りや、時には殺意だって覚える。

しかし、その感情の多くは、
言葉にすることもなく、行動に示すこともなく、
「腹の中」にだけ収めている。
それが、大人だと思っているし、
全部ぶちまけてしまったら、大変なことに
なると知っている。
(時々、無意識に漏れ出していることもあるけど。)

そして、言葉にしなかったとしても、
その時 感じている違和感や腹立たしさ、
いらだち、怒りをストレスと名付けて、
大変重要に扱っている。
場合によっては、身体に悪影響を及ぼすぐらいに。

最近、こんな言葉を聞いた。

あなたの内面の状態は、
世界に何の影響も与えない。
あなたの言動のみが、
世界に影響与える。

つまり、どんなに腹が立っていようと、
どんなにイライラしていようと、
どんなに悔しがっていようと、
どんなに悲しんでいようと、
世界には、何も影響がない。
世界は、そのことに関心がない。

世界にとって何の影響もない
どうでも良いことに、囚われていることの
バカバカしさに気付きなさい、というわけだ。

全く知らない赤の他人が、悩んでいることは、
どうでも良いとと思えるのに、
自分の悩みは、重大で深刻だ。

自分の問題を他人の問題と同様に
扱うことができたら、人生はかなり自由だろう。

しかし、私はこの内面の状態と自分自身を、
中々区別できないでいる。





2021.2.16

校則問題に思う 個の発展

「頭髪は清潔な印象を与えるよう心がけること」
「パーマ・染色・脱色・エクステは禁止する」
と校則に定められていた大阪の府立高校で、
地毛が茶色だった女子生徒が、
髪を黒く染めることを指導された。
染めても不十分だと、授業への出席や
修学旅行への参加を認めないこともあったという。

その女子生徒は、校則は憲法13条が保障する
自己決定権を侵害するものだと訴訟した。

朝日新聞によると「学校側は、『染色・脱色』は、
生徒の関心を勉学やスポーツに向けさせ、
『非行防止』につなげるという教育のためで
適法だと反論」していたらしい。

非行防止?
本気か?

訴えでは、慰謝料など約220万円を求めていたけど、
今日、府に33万円の賠償を命じる判決が出た。

そういえば、以前にも東京の都立高校で
「地毛証明書」なるものを
生徒に提出させているという記事について、
ここで触れたことを思い出した。

私がこの件で思うのは、
時代が変わったなぁという感慨である。
私の中学高校時代にも、今から思うと
結構なとんでもない校則があった。
中学校では、靴下は白でなければならず、
ラインが入っている靴下は「校則違反」だった。
男子生徒は、わざわざズボンを上げ、
風紀検査という名の靴下チェックがあった。
時々、ライン入りの靴下を履いてきていた生徒は、
当然、注意を受けた。
母が、「ライン入りの靴下の方が安いのに」と
ぼやいていたことを覚えているが、
父兄だって、学校のいうことは絶対で、
学校側に疑問を唱えたり、改善を求める声はなかった(と思う)。
学校側に異を唱えるなど、
おそらく危険な事だったのだろう。

私の通った中学校は、丸刈りで、
指で挟んで髪の毛がはみ出すようであれば、
職員室に連れていかれ、バリカンをかけられた。
(散髪代、浮くやん。)
あれから40年以上の時が流れ、
日本の全中学校で丸刈り校則が廃止されているようだ。

あの当時(1978年)でさえ、大阪市内の高校に
進学すると、丸刈りではない公立中学を卒業して
来ている生徒の多さに驚いたものだ。
だって、私なんぞは日本中の中学校が
丸刈りくらいに思っていたから。
ということは、学校(or 自治体)によって、
丸刈りは非行防止にもなるし、
そんなことは、関係ないという考えもあったということになる。

前述の記事にはこんな記述もある。
 ↓
ある府立高校の校長は「進学校の子だと
『おしゃれ』とされる茶髪でも、勉強が苦手な
学校の子だと『ガラが悪い』と見られがちだ。
偏見がある以上、校則で髪の色を定めることは
生徒を守ることにつながる」と話す。

校長、本気か?
自分の偏見には気が付いていないのか?

仮に「ガラが悪い」と見られたとしよう。
だから、どうしたというのだろう。
守りたいのは本当に生徒か?

またウィキペディアには、こんな記載もあった。
 ↓
学校側は、生徒の代理人弁護士に
「たとえ金髪の外国人留学生でも、
規則で黒染めさせることになる」と説明した。
(たぶん同じ裁判。)

おいおい、本気か?
世界を敵にまわしても校則を守らせる気か。

こういう化石みたいな考えが、
東京五輪組織委員会会長にも
あんな発言をさせているような気がしてならない。

過去には、こんなこともあったようだ。
 ↓
奈良県生駒市立中の
女子生徒が黒染めは体罰だとして市に賠償を
求めた訴訟では、大阪地裁(11年)が
「教育的指導の範囲内」として請求を棄却、
最高裁で生徒側敗訴が確定した。
元記事

それから10年、今回の判決は意味のあるものではないだろうか。
訴訟に踏み切った元女子生徒の勇気と行動力を称えたい。
そんな人たちが、世界を変えてきたんだと思う。

高校生(厳密には、元生徒)が、
校則をめぐって、府を訴えるなんて、
私の時代には考えられなかった。
厳密には、あの時代にもそういう人はいただろうから
私の時代ではなく、私には考えがおよばなかった
世界ということだけど。

今になってこういう校則の報道に過敏に反応するのは、
当時、校則に不条理を感じながらも何も(先生に質問さえ)
しなかった自分のふがいなさが根っこにあるような気がする。





2021.2.17

高校中退に思う 個の発展

将棋の藤井聡太二冠が、高校を自主退学
(中退)したことがニュースになっている。
本人は、「将棋に専念したい」と、
その理由を述べているようだ。

彼は、3年生なので間もなく卒業なのだが、
卒業を待たずの中退に賛否の声が
あるようだが、私は「天晴れ」と言いたい。
「あと2ヶ月だから、卒業だけはしておこう」なんて、
そんなヤワな考えを持つ者は一流ではないと言いたい。
卒業目前の中退。
それでこそ、型破り。
それでこそ、自由。
それでこそ、解放だぁ!

テレビの報道番組では、マイクを向けられ、
「残念だ。高校は卒業して欲しかった」と
答えるじいさんが映っていたが、
その考えの方が残念だと言いたい。

高校を卒業したから、あるいは中退だから、
一体なんだというのだろう。
そんなこと、プロの棋士には全く関係ないだろう。

100歩譲って、仮に彼にプロとしての限界が
やってきたとしても、「中退だから」その後の人生を
生きていけないわけではないだろう。
全く何のマイナスにもならないと思う。
むしろ、プラスだ。
多くの人にとって価値ある「高校卒業」が
重要でないということは、
常人ではないという証しやからな。

こんな風に過剰に反応するのは、
専門学校に1年通って「ここは、
自分のいる所じゃない、中退しよう」と
思ったのに「卒業だけはしときなさい」という
親の言葉に従った自分のふがいなさが
根っこにあるような気がする。

あれ?
なんか昨日 書いたことと似てきたぞ。


ところで、何かのイベントで
「将棋の神様に何をお願いしたい?」という
質問された藤井聡太二冠。
他の棋士が「強くして欲しい」
「全ての対局を勝ちにして欲しい」などと
答える中、彼の答えはあまりに素晴らし過ぎる。

「将棋の神様がいるなら、お手合わせ願いたい」

フジイ!
高校なんか、やめちまえ!



あ、やめたのね。







ひとりごと