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 2020年
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2020.1.3





本年もどうぞよろしくお願いします。
お正月は大阪に帰省してました。

高齢の両親(2人合わせて173歳!)が
健在なのは有難いが、それはそれで
何かと問題も出てくる。
どこの家庭もそうだろうけど、
我が家もご多聞にもれずって感じです。

さて昨年最後のドジとラッキー。
大阪往復の新幹線チケットは、
毎年インターネットで購入している。
発売日(乗車日の1カ月前)前に
申し込みが出来る「事前予約」という
システムがあり、それは、
第3希望まで申し込めて、
発売日に抽選発表がある。
大体はチケットが取れるのだが、
今年は第3希望まで全てハズレてしまった。
慌てて取ろうとしたが、希望時間帯
(午前9時台)の指定席はすでに
売り切れだった。
もっと早い時間にすれば空いていたのかも
知れないが、それも面倒なので、
たまにはいいかと思い、
はりこんでグリーン席を買った。

大晦日、9時30分 品川駅発
新大阪行きのチケットを持って家を出た。
乗り遅れてはいけないと、
早目に家を出たもので、
9時には品川駅の新幹線ホームに到着していた。

ちょっと早過ぎたな、と思いながら
ベンチに腰掛け、私は本を読み始めた。
隣りに座っていた妻が「来たよ。乗るよ」と
立ち上がったので私も立ち上がり、
乗車の列に並んだ。
新幹線の扉が開き、列車に乗り込もうとした際、
電光掲示板の「9:37」という文字が目に入った。
「あれ?」っと思った。
乗るのは「9:30発」のはずだ。
ああ〜!やってしまった!
読書に集中して、乗り過ごしてしまったのだ。
妻はなぜか「9:37発」だと勘違いしていたらしい。
とにかくその「9:37発」に乗り込んだ。

こうなっては、もう自由席で行くしかない。
多分、自由席もすでに満席だろうから、
立っていくしかないだろう。
せっかく買ったグリーン席が
ムダになってしまったと思いながら、
自由席への車両に向かって歩き始めた。
ちょうどそこにいた乗務員さんに
ダメ元で事情を説明し、空いてる席はないか、
尋ねてみた。
すると、東京駅から乗ってくる予定だった
お客さんが、乗ってこなかった席があると言う。
しかも、グリーン席で新大阪まで2席。
確認してもらうとやはり品川駅からも
乗って来なかったようで空いていた。
乗務員さんの機転と計らいで、無事
グリーン席に座って新大阪まで行けたのだった。
凄い強運。
しかし、おそらくこの強運は妻だろう。
私はそういう運をあんまり持っているとは思えない。

それから、新幹線の乗務員の仕事ぶりにも感心したね。
もちろん、グリーン席券を買っていないのに座る
不届き者を取り締まることもあるだろうから、
ちゃんとチェックしているのだろう。
でも、品川駅の時点で東京駅から
乗ってくるべき客が、乗っていないことを、
把握していたのには、ちょっと驚いた。
もしかしたら、当然のことなのかも知れないけど。

今年は、姪の結婚式と出産、父の卒寿、
姉の還暦と賑やかな年だ。
皆が健康で無事であるよう祈ります。





2020.1.6

43年ぶり−5
家族ぐるみへの発展


大阪に住んでいた中学1年生の時、
同じクラスになり仲良くなったのだが、
2年生になる時に学校が分離したため、
それっきり会うことがなかった、O君。
O君とは小学校が違ったので、
本当にその1年間だけの付き合いだった。

その O君が、昨年8月にこのサイトを
見つけて連絡をしてきてくれた。
そして、何度かのメールのやり取りのあと、
9月に実に43年6ヶ月ぶりの再会を果たした。

そして今日は、O君の東京出張に合わせて
2回目の再会の場を設けたのだが、
そこには、彼の娘さん Mちゃん と
私の妻も参加し、2回目にして
家族を巻き込んでの宴席となったのだった。
Mちゃんは、東京在住2年目なのだが、
なんと私の家から歩いて10分ほどの
所に住んでいる。
これまた不思議な偶然だ。
とても 聡明な娘さん(29歳)で、
父と娘の互いの愛と尊敬を感じる
素晴らしい、楽しいひと時だった。

今日もあっという間に3時間半が過ぎた。
考えてみれば、この4人が一緒にいることは、
とんでもない奇跡だ。
あり得ないような奇跡なのだ。
あり得ないということは、
あり難い奇跡なのだ。

次回は、ぜひ O君の奥さんも交えて
5人で会おうと別れた。
感謝。


[ 関連エントリー ]
2019.8.18 43年ぶり
2019.8.20 43年ぶり−2
2019.8.28 43年ぶり−3 不思議な偶然編
2019.9.19 43年ぶり−4 初体験編





2020.1.8



年末(12月30日)に枕を替えた。
私は枕に特に不便は感じていなかったが、
妻が買い替えるというので
ついでに私の分も替えてもらった。

その夜、もの凄い夢を見た。
知らなかった音楽の秘密を初めて知り、
夢の中でもの凄く驚いて感動して目が覚めた。
起きた瞬間に記憶が薄れ、詳しいことは、
言葉では説明できない。
説明できないのに、妻に
「もの凄い夢見たで」と話したぐらい
インパクトのある夢だった。

その日(大晦日)から3泊は大阪だったので、
その夢と枕が関係あるとは気づかなかったが、
東京に戻ってから、2日続けて、
今まで見たことのないような夢を見た。
それらは、とても不思議で、
インパクトのあるストーリーだった。

大阪での3泊を除くと3日続けての
不思議な夢だ。
ふと、枕を替えたからかな?と思った。

妻に「夢、変わってない?」と訊くと、
彼女も同様に枕を替えてから、
いつもと違う夢を見ると言い出した。
こうなると、関連付けずにはいられない。

「枕 夢」「枕を替える 夢を見る」と
ググってみたが、「枕の夢を見る」ことに
関する記述はヒットするものの
枕で夢が変わることは見つからなかった。
(キーワードがまずいのかもしれない。)

その、買い替えた枕はテンピュール(TEMPUR)。
デンマーク製で、今まで使っていたモノよりも
高価だが、アウトレットで 40%OFF だった。
いわゆる低反発の枕で、とても寝心地が良い。
私は冷たい枕が好きなのだが、
これは適度にひんやりしているのも心地よい。
まだ1週間程の使用だが、松井秀喜が
15年使い続けているというのも分かる。

この数日は、慣れてきたためか、
使い始めの3日間ほど、
インパクトのある夢は見ていない。
いや、夢は見ているような気もするのだが、
覚えていない。
起きた瞬間に忘れさせられるような感じもある。
とにかく、何かが変わったように感じている。

夢の質が変わるということは、
眠りの質が変わるということだろうかね。
不思議な体験だ。





2020.2.13

シリちゃん

昨日、夜中に酔っ払って スマホを
触っていたら「シリ」(Siri:iPhone の音声
アシスタント機能)が起動してしまった。
思わず「何してんの?」って訊いたら
「ゲームのお手伝いをしています」と言いやがった。
私はゲームなどしていないので、
(厳密にはその直前、カードゲームを
していたけどシリに手伝ってもらってるとは
思ってなかったので)
「嘘つき!」と言ってやった。
そしたら、「私は、嘘をつくようには
出来ていません」と来やがった。
なんや、こいつ、ご主人様に口ごたえかと、
思わず「やかましい!」と言うと・・・
どうなったと思う?



シリ は、
何も言わずに
自動的に
終了しました。

ちょっと寂しかった・・・。


で、シリをもう一度 起動して
「ごめんね」って言うたら、

「気にしないでください」やて。


AIが人間の話し相手になる日は、
もう来ているよ。






2020.2.22

結 婚 式

ずい分更新をサボってしまった。
今日は、渋谷のホテル(結婚式場)で
姪の結婚式と披露宴があった。
新婦(姪)は、妻の姉の娘で 25歳。
新郎は40歳。
15歳差というと、ちょっとした年の差婚なのかも
しれないけど、新郎が若く見えるので、
見た感じは、15歳も離れているとは見えない。
数回、一緒に食事をしたけど
新郎はとっても優しそうで、イイヤツだ。

妻と結婚した時、姪はまだ4歳だった。
姪と私は、血は繋がっていないわけだけど、
今日のように親族が集まると
おおそうか、親戚が増えたのかと思ったね。
そして、何度出席しても結婚式は、特別な瞬間。
人生の新しい誓いと門出だからね。

今日は、人前結婚式というものだった。
人前結婚式では、参列者は証人ということで
式に立ち会うことになる。
そういえば、2年前の甥の結婚式も人前だったが、
信仰もないのに神前で式を挙げることに
違和感を持つ若者が増えたということなのか。
厳かなムードより、カジュアルに楽しくやりたいと
いうことなのか。
時代の流れなのか。
神社や教会で式を挙げる人がいなくなったわけでは
ないので、皆が皆というわけではないのだろうけど。



ロビーには、額に入れられた新郎新婦の写真が
おしゃれに飾られていた
こういうのも今風だ。


ところで、私たち夫婦は結婚式を挙げていない。
参列して、見ている分には良いが、
自分が式を挙げるのは、
恥ずかしすぎて耐えられない、と思ったのだ。
幸い妻も式を挙げることに、
こだわりはなかったので、
スタジオで記念写真だけ撮って終わった。





2020.3.2

身体のこと

2週間前の水曜日、
ちょっと食欲がなくて夕食を抜いた。
その日は、特に具合が悪いわけではなかった。
ギターを弾いたり、写真の編集をしたりしていて、
集中して夕食を食べるタイミングを失い、
食べないことが時々あるので、
その日もそんな感じだった。
翌日、胃に違和感があり、昼食も食べず、
眠いのとしんどいのとで、早退して、
午後3時ごろから寝た。

翌々日が姪の結婚式で、
翌日は山形から義父が出てきたので、
夕食は一緒に食べたが、
50数時間何も食べていなかったのに
食欲はなかった。

しんどいのは治ったけど
ずっと空腹感がなく、食べようと思えば
食べられるけど、食欲が湧かない。
こんなこと珍しい。
2月19日の体重は、79.6キロだったのに
昨日(3月1日)は、75.7キロまで落ちた。

数カ月前にも似たような症状の日が
あったのだけど、その時は1日寝たら治った。
調子が悪くても、そんな風に大体1日で
回復するのだが、今回はちょっと長いびいたので、
念のため、先週の水曜日に医者に行った。

特に検査をするわけでもなく、
お腹を触診しただけで、薬を出された。
私の説明と触診から、胃に炎症を
起こしているとの判断のようだった。
1週間薬を飲んで、改善が見られなかったら、
次の検査をしましょう、ということだった。

胃の違和感は、2週間前のそれとは
違うが完全になくなったかといえば、
そうでもなく、旺盛な食欲が
戻ってきたわけでもない。
でも、特に具合が悪いというわけでもない。
なんだか変な感じだが、今日も夕食を
食べなかった。
昼食は食べたし、夕食も
食べようと思えば食べられるし、
食べることを我慢しているわけではないが、
減量しようと思ってもなかなかできずにいたので、
この機会にもう少し体重を落とそうという
魂胆もある。
食欲のある時は、食事を抜こうと思っても
中々できないからね。

今年で58歳。
もう、そんなに食べなくても良い年に
なってきたのだろうか。
でも、また調子が戻ってくると
きっと食い意地が張るに違いない。





2020.6.2

21年

6月2日は、妻の誕生日で私たちの結婚記念日。
早いもので、結婚して21年が経った。
実際には入籍前に1年間同棲していたので
一緒に暮らして 22年になる。
親と暮らしたのが、23年半ほどなので
もうすぐそれを超えることになる。

21年か、早かったなぁ。

よくドラマや映画で、年老いた夫婦が、
何十年もの結婚生活を「あっという間だったねぇ」
なんて言うのを聞いたことがあるけど、
21年が、30年になっても40年になっても、
やっぱり早かったなぁと思うんだろうな。
結婚50年は、私は 87歳か。
生きてるかどうかちょっと分からんけどな。

今夜のディナーは、五反田の
リストランテ・アンジェロで。
予約時に何も言わなくても
今日は妻の誕生日だと分かって下さっていて、
ちゃんと演出してくださるのは嬉しいね。
年に1〜2回しか行けないけど、
私たちには、特別なお店です。
お料理も食べたことのないものの連続で大満足。


もうひとつ。
6月1日は、2007年にこのひとりごとを
始めた日。
そう、昨日で13年経ちました。
結婚生活の半分以上の期間、
書いてきたとは、これまたびっくり。

ちょっとここんとこ、コロナの影響もあって、
更新をサボり気味ですが、
まだまだ続けようと思います。
14年目も よろしくお願いします。





2020.6.15

懐かしの阪奈通信

昨年8月、中学時代の同級生のO君から
メールが届き
、不思議な偶然をいくつも体験し、
9月には 43年ぶりに再会を果たした。

自分でも信じられないけど、
40数年ぶりに友達に会うなんてことが、
再来年に還暦を控えるような歳になると
起きてくるんやな。
なんとも、人生の不思議と奇跡を体験させて
もらったのだった。

そして、今日。
件名「ご無沙汰してます。」という
1通のメールが届いた。

何と送り主は、K君だった。
(本当は、苗字のイニシャルで
O君と書きたいのだけど、
前述のO君と混乱するので
ここではK君と呼ぶことにする。)

たまたま、このホームページを見つけてくれたらしく
懐かしくて、メールを送ってくれたのだという。
メールにあった名前を見たとき、
まさか!と思って、ひっくり返りそうになるほど
驚いた。

K君は、小学校6年間のうち、
1、2、5、6年で同じクラスだったように
記憶している。

小学校を卒業すると同時に
奈良県へ引っ越していったので、
中学は離れ離れになった。
でも、ずっと連絡を取り合っていた。
奈良の家に泊まりに行った覚えもある。

私が大阪、彼が奈良在住だったので、
「阪奈通信」という新聞を互いに何度も書いた。
(大阪と奈良を結ぶ「阪奈道路」という道があるのだ。)
新聞と言っても、互いに相手だけに向けて
書く手紙なのだが、手紙という形式ではなく、
学級通信のような形で「阪奈通信」と
して情報を交換し合っていた。
中学生がやりそうなことだ。
言ってみれば、文通なのだけど、
そんな意識は なかったな。

そういえば、カセットテープにラジオ番組の
ように録音したものも送り合っていた。
お気に入りの音楽も入れて。
タイトルは、なんだったかなぁ。
「欽ちゃんのドーンとやってみよう」に
あやかって「Kちゃんのドーンとやってみよう」、
私のは「しんちゃんのドーンとやってみよう」
だったような気もするが、全然違うかもしれない。
もう手元にはないけど、あったら、恥ずかしくて
聴けないだろうな。

「情報を交換し合っていた」と書いたけど、
私はK君からいっぱい教えてもらった。
例えば、BCL(海外の日本語短波放送を
聴くこと)だったり、音楽もたくさん教えてもらった。
Jeff Beck、Deep Purple、Rainbow などを
教えてくれたのは、K君だった。
また、チューリップや長渕剛なども
改めてその良さを教えてくれたのも
K君だったと思う。

K君は、高校に進学すると同時に大阪に
戻ってきたので、また時々会うようになった。
その頃には、K君もギターを始めていたので、
もっぱら音楽の話をしていたんやないやろか。

そういえば、たぶん高校に入って間もなくの頃、
K君が書いた詞に私が曲を付けた。
ちょっと切ない歌詞で、私としては
チューリップみたいだと自負していて、
姉に歌って聞かせたら、
「童謡みたい」と言われて へこんだ覚えがある。

もしかしたら、この曲は作っただけで、
K君には聞いてもらっていないかもしれない。
きっとどこかに楽譜があるはずだ。
探してみよう。


高校時代、私は、軽音楽部と吹奏楽部
(アンサンブル部と呼んでいた)をかけ持ちしていた。
6つの高校の吹奏楽部が合同で開く
「六校祭」という演奏会があった。

その中にK君の通う高校も含まれていたのだが、
合同練習が K君の高校で行われた時、
練習中に便意を催した私は、
練習を抜けて、トイレに行った。
用を足して、個室から出ると、そこにK君がいた。
そんな縁がある人。(どんな?)

高校2年生の冬だったと思うが、
K君とお揃いのスタジャンを買った。
互いがそのスタジャンを着ていて、
これまた偶然、街中でバッタリ会った。
それぞれ、友達と一緒だったので、
私はちょっと恥ずかしかったなぁ。
それにしても、こんなことよく覚えているなぁ。

記憶が間違っていなければ、その日
会ったのが最後のような気がする。
高校卒業後は、なんとなく連絡が途切れてしまったので、
今日の連絡は約40年ぶりだったよ!
人生はスゴイ!







 ひとりごと