LAGUNA MOON MELLOW FLAVOR  LIVE GUITAR  LINK LYRICS



BOOK-2
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2016.2.14

7本指のピアニスト
西川悟平


先日、偶然、西川悟平というピアニストの
存在を知った。
ニューヨークで活躍するクラシックの
ピアニストだ。

クラシックのピアニストになる人というのは、
3〜5歳でピアノを習い始めるのが普通だが、
彼がピアノを始めるのは、15歳。
そんな、遅い(と言われる)時期にピアノを
始めた彼が、ピアニストになるまでの
ストーリーも凄いのだが、その後が壮絶。

20代後半で、ディストニアという病気にかかり、
いったんはピアニストの道を絶たれる。
ディストニアは神経障害による病気で、
治療法は確立されていないのだ。

色んな部位に発症するようだが、
彼の場合は、指が動かなくなった。
医者にピアニストとしての再起は不能と
言われるが、彼は懸命なリハビリにより、
奇跡的に7本の指でピアノを弾けるようになった。

興味がわいたので、昨年刊行された彼の著書、
『7本指のピアニスト』を取り寄せた。
完全に引き込まれ、気がついたら2時間半、
一気に読み終えた。

もの凄い本だった。
最後のエピソードには、嗚咽さえもらしてしもた。

人の言葉が、人の人生を変えていくこと。
私たちの知らない世界があること。
生きるということはエキサティングであること。
そして、不可能を可能にすること。

そんな本です。

改めて、あきらめない限りは不可能はないと
知らされます。
そして、矛盾しているようやけど、
人生は自分では、どうしようもないことも。
彼の場合は、指は動かなくなるけど、
驚く程、色んな幸運が転がり込んでくるのも事実。
ただ、じっとしていて、幸運に恵まれたのではなく、
その背景には、とんでもない努力と、
彼の生い立ち、ポジティヴな生き方など、
色々が絶妙に作用しているように読み取れます。
「人生って、不思議なものですね」って、
歌があるけど、まさに。

来月、その西川悟平のライヴがあるので、
体験してきます。


ここで、彼の簡単な経歴が読めます。
興味ある人はどうぞ。





2016.7.8

家日和

奥田英朗 著『家日和』を読んだ。
この人の本は、初めて。
6つの短編集なのだが、
サクサクと読める話で、面白かった。

ネット・オークションにハマる主婦の話。
会社が倒産したサラリーマンの話。
別居した夫婦の話。
内職先の若い担当者との淫らな夢を見る
主婦の話。
勝手に転職してしまう夫の話。
ロハスにはまった妻を持つ夫の話。

それぞれ面白いが、別居した夫婦の話
『家においでよ』が特に良かった。
その夫の行動に共感を持つからだろうか。
ラストも好きだな。


★★★★▲





2016.7.23

ひとさじのはちみつ

半年ほど前だったか、贈り物に桐の箱に入った、
ハチミツの詰合せ(3本入り)を頂いた。
桐の箱はもちろん、オシャレな瓶と
その透き通ったハチミツの色が
高級品であることを表していた。

普段からハチミツを食べる習慣がなかったので、
とりあえずは、そのままになっていた。

先日、たまたま、
『ひとさじのはちみつ』という
ハチミツについて書かれた本のことを知った。
ハチミツが身体に良いという内容のようだった。

ハチミツが身体に良いというのは、
以前から なんとなく知っていたが、
家に箱入りのハチミツがあることを思い出し、
その本を買ってみた。

著者は、前田京子。
石鹸やはっか油についての著書のある人だ。

ハチミツが素晴らしい食品であることは、
十分に分かったが、
ハチミツのお風呂や化粧水、パックのことなど
完全に女性向けに書かれた本のようだった。

驚いたのは、ハチミツで歯を磨くことや、
目薬としても使えるというあたり。
ハチミツでは虫歯にならないらしい。
どちらも、試そうとは思わないけど、
毎日、ハチミツを摂取することは、
ずい分身体に良さそうな感じだ。
その効用ゆえにハチミツは大昔から、
薬として使われてきたのだという。

ただし、精製、加糖、加熱など加工された
ハチミツではダメで、天然の純粋ハチミツで
ある必要がある。
それらは、当然、お値段もそれなりになってくる。

この本で初めて知ったニュージーランドの
マヌカのハチミツ。
先日、近所のスーパーで見つけたが、
小さな瓶で 3000円以上していた。

ハチミツには、素晴らしい栄養があるらしいが、
ビタミンCは足りないらしい。
で、ハチミツとレモンという組合せは
最強になる。
なるほどねって感じ。


★★★▲☆





2016.9.26

チルドレン

高校1年2年の担任だったK先生は、
強力に読書を勧める先生だった。
「週に1冊読め」というのが口癖で、
時々「堤は、今、何を読んでますか?」
なんて訊かれた。
私が「筒井康隆です」と答えると
先生は、ちょっと困った顔をしていた。
おそらくだけど、先生は筒井康隆を
1冊も読んでいなかったと思う。
なんせトルストイを読めというような
先生だったからな。

一時期は、よく読書していた時期もあったのだが、
最近は、あんまり本を読まなくなった。
読んでも、写真か音楽か落語に関する本が多く、
小説は年に数冊かな。
その、たくさん小説を読まない私が好きな
作家の一人が、伊坂幸太郎だ。

彼の小説は、11本が映画化されている。
映画人が、映画にしたくなるような
小説ということなのだろうと思う。
11本のうち、5本は観たのだが、
観ていなかった、というか
映画になっていることを知らなかった
『チルドレン』を読んだ。

解説に「短編集のふりをした長編小説」と
いう表現があるのだが、うまく言い表している。
5つの短編が収録されているのだが、
登場人物が共通していて、
数人の違う人の立場で書かれており、面白い。
1作1作も面白いが、5作全部読むと、
貫かれていることがあり、妙な共感がある。

妙なというのは、主要登場人物である、
陣内という男に対する共感だ。
陣内は、現実にいたら、
あんまり付き合いたくないなと思う一方で、
どこかで憧れを抱いてしまうような
面のある男だ。

映画にしたら面白いやろなと
思いながら読んだのだが、読後調べてみたら、
2006年に WOWOW でドラマ化され、
後に劇場公開されていたのだった。

その劇場公開作で、陣内の役をしたのは
大森南朋で、ちょっと私の持ったイメージとは
違うのだが、観てみたい。


★★★★☆





2016.10.25

怒 り

先月観た映画『怒り』の原作を読んだ。
著者は、『悪人』『さよなら渓谷』の吉田修一。

映画の感想には、
「イマイチ犯人の『怒り』が何なのか
残念ながら、映画からは読み取れなかった」
と書いた。

原作を読んで分かったのは、
この作品のテーマは
「怒り」ではないということ。
いや、映画を観てもそれは分かっていたのだが、
前述のような感想を記した自分を観てみると、
ちょっとずれた観点で観てしまったような気がする。

また、犯人が誰だが分かっていて読んだので、
3人の男の誰が殺人犯なのかという
サスペンス的要素については、
言及しづらいのだが、
やはり本作の本質は、そのサスペンス的な
部分でもないことも感じた。

本作のテーマは、信じること。
そして、その難しさ。
「愛している = 信じている」ではない、
その難しさ。
信じたいのに信じきれない難しさ。
それらをいくつかの人間関係を背景に
描いている。
男と男、男と女、恋愛だったり、父娘だったり。

原作には、映画には描かれていない
「信じることの難しさ」も描かれている。

600ページ近い原作を140分程度の映画で
描き切るのには、そもそも無理があるので、
仕方がない面もあるのだろうが、
映画を観たあとに原作を読んでみると、
原作の持つ重厚さ、悲しさ、力強さが
映画では十分に描かれていたとは言い難い。

もっとも、映画を観て、ストーリーを
知った上で原作を読んだわけで、
映画を観たことが、原作を読む際の
理解の助けになっていないわけがないので、
「映画では十分に描かれていたとは言い難い」
なんて言いきってしまうのは、
不公平な感じもする。
順番が逆だったら、映画の感想も
変わってくるかもしれないからね。

映画を観て疑問だった点が、
原作を読んで全てクリアになった
わけではないのだが、そんなこと
疑問のままで構わないと思えるほど
原作にはパワーがあった。

読んでスッキリする物語ではないが、
「信じる」ということについて、
考えさせられる。
「『信じる』ということについて
考える」と言うことは、
相手が信じた通りでなかった時に
その相手をも受け入れられるか、
ということも含んでいるように思う。
そんなこと考えてる時点で、
「相手のこと信じてへんやんか」とも
思うが、信じるということは
裏切られても良いと腹をくくることの
ような気もするのだった。
難しいけど。


★★★★★





2016.10.27

借金2000万円を抱えた僕に
ドSの宇宙さんが教えてくれた
超うまくいく口ぐせ


30〜40代には、ニューエイジ、
スピリチュアル、自己啓発系の本を
結構読んだものだが、最近はほとんど
読まなくなった。
読まなくても大丈夫になったというのかな。
でも、なぜか惹かれたこの本は面白かった。

この長ったらしいタイトルの本
「借金2000万円を抱えた僕に
ドSの宇宙さんが教えてくれた
超うまくいく口ぐせ」
をなぜ知ったか
数日前のことなのに思い出せない。
アマゾンの読者レビューをいくつか読んで、
すぐに注文し、届いた翌日には、
読み終えていた。

著者が商売に失敗し、
2000万円の借金を抱えた状態から、
どうやって全額返済に至ったのか、
どうやって幸福をつかんだのか、
「宇宙の法則」を使って
どのように人生の大逆転をしたのか、
その秘密を全て明かしてくれる。

そして、それを信じる者だけに
宇宙は力を貸してくれる。

タイトルだけでは、薄っぺらい内容かと
思ってしまいそうだが、
どうしてどうして、なかなか深い。

著者が、パワーストーンのブレスレットで
商売していることで、マイナスなイメージを
持ってしまう人がいるようだが、
そのことで、本質を見誤るともったいない。

ナポレオンヒルやカーネギー、
引き寄せの法則、ホ・オポノポノなど、
内容は、すでにどこかで読んだことのあること、
知っていることがほとんどなのだが、
今まで読んだ中では、一番わかりやすく、
実践もしやすいのではないかと思う。


★★★★★





2017.4.17

火喰鳥 羽州ぼろ鳶組

本作がデビュー作となる 今村翔吾 著の
時代小説「火喰鳥(ひくいどり)羽州ぼろ鳶組」。

時代小説は滅多に読まない私が、
これを読んだのには訳がある。
著者の今村翔吾の母親は、
私の姉の中学時代から40年以上の友人で、
私の高校の先輩でもある。
そして彼女の弟(著者の叔父に当たる)は
私の中学時代の友人でもある。
著者本人とは面識がないが、
そんなわけで、読んでみようと思った。

江戸の火消の話で、ちょっとマニアックと
言えなくもない。
若い人がこんな時代小説を書くことは
素晴らしいと思うが、
難しい漢字が多くて読みにくかった。
初めて出てきたときにはルビが振られていても
あとから出てきたときには、
その読み方を憶えていないのだ。(年?)

また、「偽り」とか「瞬く」とか読めるのに
ルビが振ってあるものもあるのに
ルビがなくて読めない(自信がない)
漢字も結構あった。

「大団扇」
「捕方」
「儂」
読めますか?
私は、読めませんでした。

「おおうちわ」
「とりかた」
「わし」です。

まあ、時代モノを読んでいる人には、
当たり前の漢字なのかもね。

「不世出(ふせいしゅつ)」や
「稀代(きだい)」は読めなくもないが、
普段使わない言葉だから、自信がない。

「吝嗇家(りんしょくか)」なんて、
ルビが振ってあっても意味が分からないものも。
(けちんぼうの意味)

これは、私の勉強不足と言ってしまえば、
それまでだが、サクサクと読み進むことが出来ず、
集中力がいるので、続編が出ても読もうとは思えない。
そういう意味では、好き嫌いが分かれるだろう。

ストーリーはサスペンス仕立てでまあまあ面白く、
主要登場人物数人のキャラクターも
分かりやすい点は良いと思う。

火事のシーンは、言葉で表すのは難しいだろう。
映画『バックドラフト』を観ていたので、
朱土竜(あけもぐら)のことはイメージ出来たけど、
知らなかったら、難しかったと思う。
映画かテレビドラマになると面白いかもな。

それにしても、この小説を書くために、
どれほど江戸の火消やその時代のことを
調べたのだろうと思うと気が遠くなるような
作業に感じた。


★★★▲☆





2017.5.9

ブッタとシッタカブッタ 1

悩めるブタ、シッタカブッタを主人公に
人生を説く4コマ漫画。
もし、私が20歳の頃に読んでいたなら、
何が書いてあるのか、
全く理解できなかったのではないかと思う。

4コマ漫画と侮るなかれ。
結構、深い。
聞いたことのあるような話といえば
それまでだが、人間の苦悩の
本質ともいえる諸々が、
見事にシンプルに表されている。

タイトルから分かる通り、根っこは仏教だ。
そんな漫画がシリーズ累計200万部突破という。
それだけ、求めている人がいるということだが、
一方で、檀家が減り、
困っているお寺が多いというような
報道も目にする。
ブッダの教えとお寺とは、
切り離されてしまったということだろうか。




★★★★☆


そういえば、数日前、寺の住職(男性)が
83歳の母親に灯油をかけ火をつけた事件があった。
言語道断過ぎて コメントできない。





2017.8.15

白鍵と黒鍵の間に
ジャズピアニスト・エレジー銀座編
南 博 (著)


ひと月ほど前だったか、
南博というジャズ・ピアニストの
アルバム "Like Someone In Love" を聴いた。
南氏のことは、知らなかったのだけど、
友人が CD をプレゼントしてくれたのだ。

CDが良かったので、知らべているうちに
氏が、本も数冊書いていることを知り、
面白そうだなと読んでみたら、大当たり。
『白鍵と黒鍵の間に』は、クラシックピアノを
学んでいた氏がジャズと出会い、
ジャズ・ピアニストを目指し、
小岩のキャバレー、六本木のバー、
そしてバブル真っ盛りの頃、
銀座の高級クラブでのピアノを弾いていた時の
ことから、アメリカ、バークリーに
留学するまでのことが書かれている。

特に銀座での数々のエピソードは、
その世界にいた人しか体験し得ないことばかり。
こういう体験を通して、本物の
ミュージシャンになっていくのだろう。
まさに非合理や理不尽こそが、人を育てるのだと思う。
それは、何も音楽や芸の世界だけに
限ったことではないだろうけど。

誰も聞いていないクラブでの演奏を続ける中、
無意識にピアノを弾くようになり、
そのことに危機感を覚えつつ、
どうすることも出来なかった時、
一種の悟りが訪れる。
答えは、何気ないところにある。
おそらく、そのままクラブのピアニストで
一生を終えるピアニストもいるだろう。
そして、それが悪いことでもない。
しかし、クラブのピアノ弾きに終わらずに、
そこから抜け出したい、本物のジャズを
学びたいという情熱が、枯れることはなかった。
そして、その情熱と行動力が、
自分自身の未来を切り開いていくのだな。

続編も出ているので、それも読んでみようと思う。


★★★★▲








2017.8.24

鍵盤上のU.S.A.
ジャズピアニスト・エレジー アメリカ編
南 博 (著)


先日読み終えた、ジャズピアニスト南博氏の
『白鍵と黒鍵の間に』が面白かったので、
その続編となる『鍵盤上のU.S.A.』を読んだ。

『白鍵と黒鍵の間に』では、
銀座でのピアニスト時代のことを書いていた。
その銀座の高級クラブの仕事で稼いだ金で、
南氏は、アメリカへ渡る。
ボストンにあるバークリー音楽大学で
ジャズの勉強をするためだ。
『鍵盤上のU.S.A.』では、そのボストンでの
タフでハードな日々が記されている。

『白鍵と〜』でも、氏のジャズに対する
情熱をひしひしと感じたが、本書も然り。

気になる生徒には片っ端から声をかけ、
セッションを申し込んだというあたりや、
日本にいた時から大好きだったという、
スティーヴ・キューンにレッスンを申込み、
数か月がかりでそのレッスンが実現するくだりを
読むと、芸を向上させるのは、諦めない粘りと
行動力なのだと改めて思う。

先日観た映画『ファウンダー ハンバーガー帝国の
ヒミツ』に描かれていたマクドナルド創業者
レイ・クロックとも共通するが、
一般の人と、何かを極める人との違いを
ひと言で言い表すならば、「情熱」なのだと思う。
彼らは、言い訳をしない。

音楽の話だけでなく、アルゼンチン出身の
アマンダとの恋の物語も、青春を感じ、
胸の奥が疼いた。

私は、ボストンには行かなかったけど、
1985年の10〜12月、2ヵ月かけて、
西海岸から東海岸までアメリカを横断した。
23歳だった。
南氏が、アメリカに渡ったのが、1988年の12月。

おそらくは、私が見たのとそんなには違わない、
ニューヨークの街並みを目にしたんだろうな。

そんなこともあって、私のアメリカの記憶も
刺激され、懐かしさとも郷愁とも言えない
独特の想いが込み上げるのであった。

ある夜、ボストンの街で黒人のベガ―(乞食)に
小銭をせびられ、アパートの前まで跡をつけられる。
扉の外で怨念の言葉を発するベガ―に対し、
南氏が、心の中で
「あんた達の音楽をオレは今勉強してるんだぜ」と
呟いたというくだりを読んで
私はメンフィスでの出来事を思い出した。

2009.2.28 Memphis


南氏のピアノは、CD では数枚、
そのプレイを聴いたけど、
ライヴはまだ未体験。
近いうちにライヴを聴きに行きたいな。





★★★★▲


ところで、昨夜、妻が
「誰に私淑しているの?」と訊いてきた。
「私淑する」とは、直接教えを受けていないけど、
その人に影響を受け、模範とすることをいう。
困難や問題に当たった時、
「その人だったらどうするだろう」と考えることで、
自分にない答えを導き出すことが可能になる。

ぱっと訊かれて私には即答できる人がいないが、
彼女は吉田松陰なのだという。

そんな話をしたあと、寝る前に
読みかけの『鍵盤上のU.S.A.』を少し読んだ。
数ページ読むと、
なんと「私淑」という言葉が登場した。
「私淑」なんて言葉、滅多に目にすることはない。
妻が「私淑」について、さんざんシンクロニシティな
話を聴かせてくれたあとに、出てきた「私淑」。
これまた シンクロニシティ。

ただ、直接ピアノのレッスンを受けた先生のことを
「私淑すれば〜」と書いていたので、
この使い方は間違っているようだ。

「私淑」は、
面識のない人を師と仰ぐことなので、
直接指導を受けた場合は、使わないようだ。





2017.9.15

あなたは「言葉」でできている

ひきた よしあき (著)


2ヵ月ほど前に買って、
「積んどく」になっていた本
『あなたは「言葉」でできている』を読んだ。

2時間ぐらいで一気に読める、
読みやすい本。

たった2ヵ月前のことなのに
どうして、この本を買ったのか覚えていない。
なんとなく、レビューを読んで
良さそうだと思って買ったような気がするが、
そもそもどうして、この本のレビューを
目にしたのかは全く覚えていない。
やばいか、オレ。
ま、そんなことはどうでもよいことだな。

ほとんど毎日のようにこの「ひとりごと」で
文章を綴っている私には、
「言葉」というものは、重要な表現手段であり
ツールであり、そして、出来あがった文は
作品でもある。

この本で著者は、文章の書き方の
ハウツーというよりは、
豊かな文章が書けるように、
あるいは 話せるようになるための、
ワークのようなものから、
ちょっとした心がけまで
日々の訓練ともいえるものを
紹介している。

これを実際のセミナーで
ワークも取り混ぜながら、
一日かけてやれば、
数万円の参加費が徴収できるであろう
内容だと思うが、それが
たった1,620円で手に入るのね。

あとは、実践するかどうかだけだろう。
多くの割合を占めた「エピソードノート」に
ついては、55歳の今からやるのは、
まるでもう一つ趣味を増やすもののようだと
思うが、やればきっと面白く
新しい発見があるだろうと思うし、
自分を知るのに大いに役立つだろう。

私は、似たようなことの一部を
この「ひとりごと」で
「告白」と称してやってきている。
「告白」に書いたエピソードは、
自分の記憶にある印象的な事件ばかりだが、
「エピソードノート」を書けば、
自分が忘れているようなエピソードも
出てくるんじゃないかと思う。

著者の教え子のエピソードが
いくつか紹介されているが、
そのひとつ「お父さん新聞」は、
短い文章だけど、
思わず落涙のエピソードで、秀逸。
言葉の力強さを感じざるを得ない。

自分の人生にも
そういうエピソードがあればと思うが、
高校生になってウンコをちびったような話の方が、
自分らしいのかもしれない。

ただ、私の場合、深みに欠けるので、
もうちょっと 掘り下げた方がいいよね。


★★★★☆


あなたは「言葉」でできている





2017.11.14

マイ・フーリッシュ・ハート
南 博 (著)


ジャズ・ピアニスト 南博氏の3冊目
『マイ・フーリッシュ・ハート』を読んだ。

1冊目は、ジャズとの出会いから
バブル期の銀座の高級クラブでの
ピアニスト時代のエピソードを綴った
『白鍵と黒鍵の間に
ジャズピアニスト・エレジー銀座編』


2冊目は、銀座でピアノを弾いて貯めたお金で
アメリカのバークリー音楽大学へ留学していた
頃のエピソードを綴った
『鍵盤上のU.S.A.
ジャズピアニスト・エレジー アメリカ編』


2冊とも面白かったが、3冊目も然り。
これは、南氏が人生という楽曲の上で
自分をインプロヴァイズしてきた記録でもある。
誰であっても人生は、
いわば即興で生きているのだが、
そこに色んな望まぬ要素も絡んで来て、
思わぬ方向に転がったり、また時には
幸運に恵まれたりする。

人それぞれにそれを支えるものが
あるのだろうけど、氏の場合は、
「音楽」とその「仲間」が、
ある意味、人生のガイドとなり、
今にたどり着いているのだと思った。

ある意味、その三部作の完結編的
位置づけに感じたね。
最後は、ちょっと感動して泣いてしもたよ。

マサシ君という人が登場する章があるのだけど、
これがなぜか数か所「サトシ君」になっている。
明らかに編集か校正のミス。
内容とは直接関係ないけど、こういうのは
どうかと思うなぁ。
小説で言えば、登場人物の名前を
間違ってんねんからね。

先日、初めて観に行った氏のライヴは、
思っていたものとは違ったので、
ぜひ "My Foolish Heart" を含めて
スタンダードの演奏を聴きたいと思う。


★★★★▲








2017.11.17

我が師、おやじ・土門拳

写真家・土門拳の一番弟子・牛尾喜道氏と
二番弟子・藤森武氏が、
師匠とのエピソードを 2014年から
2年間アサヒカメラに連載したコラムを
まとめた『我が師、おやじ・土門拳』。

読み終えて、タイトルが
「わが師・土門拳」ではなく、間に
「おやじ」という言葉が入っている意味が
よく分かった。

牛尾氏は、土門が50歳(1959年)の時、
藤森氏は、土門が53歳(1962年)の時に
とった内弟子だ。
(牛尾氏は18歳、藤森氏は20歳だった。)
一番弟子、二番弟子と書かれてはいるが、
それ以前の土門拳の弟子の数は、
分かっていない。
たぶん、土門本人にも分からないだろうと
いうことだ。

土門拳については、数冊本を読んでいたので、
その写真への情熱と厳しさは、
ある程度知っていた。
この本を読んで 新たに土門拳の
人としての魅力も知ることができたが、
強烈だったのは、師弟関係の絆と
弟子たちの写真と師匠へのコミットである。

弟子たちには、撮影中にたびたび
土門から拳骨が飛んできたという。
あるいは、ステッキが向こうずねに
入ろうとも、弟子たちは痛みをこらえ、
土門の撮影の助手を続けた。

2〜3ヶ月前、ジャズ・ミュージシャンの
日野皓正氏が指導した中学生が本番中に
アンサンブルを乱したので体罰を与えたと
マスコミが騒いだ。

中学生と 大人になって弟子入りした
牛尾氏や藤森氏とを
一緒にしてはならないと思うし、
時代に50年以上の開きがあるので、
世の中の同意も常識も変わってしまっている。
土門の言動は、現代なら「パワハラ」と
言われるかもしれない。
そして、暴力は良くないと思う。
それでも、弟子たちにとっての
この修行時代が、彼らを一人前に
育てたように思えてならない。

何よりも、師匠を語る二人の言葉からは
師匠への感謝しか読みとれず、
怒鳴られたことや殴られたことへの
恨みは微塵もないのである。

そして、土門がそういう言動に出たことに
対しても全ては、自分が助手として未熟で、
先生の足を引っ張っていたからだと
100% の責任を取っているのだ。
一切の責任転嫁がない。

二人の言葉からは、師匠への尊敬と
愛しか感じられないのである。
それはひとえに 土門の器の大きさであり、
人柄であることも疑いようがない。

とはいうものの、それは本書の感想として
感じることであり、私であれば、
3日も持たなかったであろうと思う。
牛尾氏の弟子入りのエピソードを読むと、
こんな人の弟子になんかなるもんかと
思ったかもしれない。

そういう低い次元では語られない、
もの凄い世界があったのだと思う。

以前、笑福亭鶴瓶が語る、松鶴師匠の
話を聴いて、そんな風に 信頼できる、
全てを預けられる師匠を持てた人は、
幸せだなと思ったことがあるが、
土門拳もそういう師匠であった。

牛尾氏は、土門との関係を
「師匠と弟子を超えて、親以上に、
親と子の間柄で結ばれている」と書いている。

土門の拳骨で頭が少し陥没しているという
藤森氏は「昔に戻ったら、もう一度
土門の弟子をやりますか?」という問いに
「今度はもっとうまくやる」と答えている。


★★★★★





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2018.8.15

知性を磨く
「スーパージェネラリスト」の時代


田坂広志 著『知性を磨く』
「スーパージェネラリスト」が
何であるかの説明は省くが、
私なんぞは、そういう者に
なれそうにないし、目指す気もない。
でも、著者が言わんとしていることは、
私なりのレベルで理解できる。
全てとは言えないけど。

第一話は「なぜ、高学歴の人物が、
深い知性を感じさせないのか?」という
表題で始まる。
そこでは「知性」と「知能」を区別し、
第二話以降では、「知識」と「知恵」を
区別する。
今まで深く考えたことがなかったが、
なるほど、似て非なるものであることが
分かりやすく書いてある。
「割り切り」と「腹決め」など
自分が何か決める時の指針になりそうな
区別もあった。
また、印象に残ったのは
「愛情とは、関係を絶たぬことである」
という言葉。

二十五話まであって、途中ちょっと
興味が薄れたものの最後まで読んだ。
最後の三話あたりは、また興味が湧いた。

「我々は、世界を『解釈』するに
とどまってはならない。
我々は、世界を『変革』する力を
身につけなければならない」
という力強いテーマの本だった。


★★★★☆







ひとりごと