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私の音楽活動とギターに関するもの 2020年
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2020.1.17

そろそろソロギター vol.5

昨年から始めたソロギター・プロジェクトも
今日で5回目。
少しは上達しているのかも知れないが、
まだまだ反省点は多い。
一応マスターした曲とそうでない曲の
差がはっきりと分かる。
全ての曲をそのレベルに持って行ってから
人前で演奏すべきだなと思う。

今日のゲストは約5年ぶりの共演となるリリィ。
初めて会ったときは、彼女はまだ
10代だったんじゃないかな。
ちょっと危うい感じがしたものだけど、
今では二児の母親ですっかり大人になった。

1曲目があまり上手くいかず、
1曲目終わったら、帰ってしもたお客がいたもんで、
もうちょっと聴いていこうという演奏でなかったことは確か。
こういうのも、修行やなと想いながら、
1部の後半から2部で、やや自分を取り戻した。

終わったら、若い男の子が
「ギター凄く気持ちよかったです」と
握手を求めてきた。
リリィの友達だったけど、一人でも
そんな風に思ってもらえれば、良かったと思う。




[ MEMBERS ]
gt:つつみしんや
guest vo: Lily

[ SETLIST ]
- 1st show -
1. If
2. Bridge Over Troubled Water
3. Surfer Girl
4. Thank You, Reggie (おおきに。レジやん)
5. For No One
6. やつらの足音のバラード
7. Can't Help Fallin' In Love〜What A Wonderful World
- 2nd show -
1. Change The World
2. 東京ラブストーリー "End Title"
3. The Dock of the Bay
4. アイ (with Lily)
5. 接吻 (with Lily)
6. Everything (with Lily)

@ MAT COFFEE





2020.1.24

ボサノヴァギター・ワークショップ
伊藤ゴロー


今日から3日間、銀座のヤマハでは
「Acoustic Guitar Festival」が開催されている。
ライヴやワークショップなど、ジャズ、ボサノヴァ、
フラメンコ、クラシックのギタリストが
出演するギター音楽好きのための祭典だ。

今日は、伊藤ゴロー氏の
ボサノヴァギター・ワークショップに参加してきた。
参加といっても、ギターを持っての参加ではなく、
見学だけど。
19時から1時間、初級者向けのワークショップ。
20時半から1時間は、中級・上級者向けの
ワークショップ。

もう40年以上、ギターを弾いてきたのに
初級はないだろうとも思ったけど、
ボサノヴァギターを誰かに習ったことは、
一度もないので、もしかしたら、
知らないことも聞けるかなと思って
参加(見学)してみた。
ちなみにギターを持っての参加は、1,500円、
見学だけの場合は、500円。

初心者コースでは、主に簡単なコード4つで
ボサノヴァのリズムを学ぶというもの。
ギターを持っての参加者が10人に、
見学者が20人ほど。

参加者は、最近ギターを始めた人から、
少しは弾けそうな人までレベルは
様々だったようだが、そうなると
講師が難しいだろうなと感じたが、
伊藤ゴロー氏は教えることが専門では
ないだろうし、彼の受け答えを聞いていると
あんまり関係ないのかも知れない。

中級上級者コースでは、参加者には
予めゴロー氏がアレンジした "Desafinado" の
楽譜が配られていたようで、参加者の多くは、
それを練習してきていた。
ワークショップの半分ほど(以上?)の時間を
その発表の機会に使ってしまい、
なんのアドバイスもしないというのは、
非常にもったいないと感じた。
一人一人の課題と改善点をひと言
言ってあげて欲しかった。
そうすれば、私の感じたことと
ゴロー氏の言うことに違いが、
私のとっての気づきの機会になっただろうし、
他の参加者や見学者にとっても、
多くを学べる機会となっただろうと思う。
ワークショップと謳っていただけに残念だ。

後半の質疑応答の時間では、
それなりにギター演奏の経験のありそうな
オジサンの質問に思う所があった。
その人の質問は、「楽譜を見ずに
覚えた曲を演奏すると、間違うのだが
ゴローさんは、演奏中に何を考えていますか?」と
いうものだった。
ゴロー氏の答えは、要約すると
「その時による」というものだった。
私も何十回も楽譜を見ずに演奏して、
練習の時は、弾けるのに本番になると
間違いを犯した。
この人は、ゴロー氏に
間違わないように次の小節のことを
考えているのかどうかを聞きたかったんだと
思ったけど、次の小節のことを考えて
間違わないのならそうすれば良いだろう。
が、残念ながら、次はどうだったか、
確かめながら弾いているうちは間違い続けるだろう。

練習の時は弾けるのに、なぜ本番で
間違うのか、今なら明確に答えられる。
大きく分けて答えは2つある。

1. 覚えていないから。
2. 上手く弾こうとするから。

2つ目の「上手く弾こうとするから」と
いうのは、置いておいて、
「覚えていないから」について説明する。
本当に「覚えた」のなら、間違わない。
間違ううちは、本当には覚えていないのだ。
そのことを自覚する必要がある。
覚えていないくせに「覚えた」などと
自分を偽ってはいけない。
まだ、覚える途上にいる。
ただ、それだけのことだ。
そのシンプルなことが、
多くのアマチュアには分からないんだ。
なにを隠そう、私もいまだに
覚えたと思ってたのに、ミスを犯す。
これは、覚えたことにならない。
その証拠に「本当に覚えた」曲は、間違わない。
仮に間違っても、聞いている人には
間違ったことが分からないレベルの
演奏が出来る。
それぐらいの余裕と自由さがある。
この件の解決策は、練習しかない。
覚えることに時間を割くのではなく、
練習するしかない。
「覚える」のではなく、身体が、指が、
勝手に覚えてしまうまで、練習するのだ。
「覚える」ことにこだわっているうちは、
そのことが自分の足を引っ張る。
近道はないのだ。
これが、最近の私の見解。
まだ読み終えない(ゆっくり読んでいる)
『エフォートレス・マスタリー』の影響は大きい。

閑話休題。
ゴロー氏は、ヤマハのクラシックタイプの
トランスアコースティック・ギターを使った。
これは、アンプやエフェクターを使わずして、
ギター本体からリバーヴやコーラスの
かかった音を出せるというヤマハの
新しい技術。
YouTube で試奏の音を聞いたことはあったが、
生音を聞くのは初めてだった。
少し、試奏もしたけど、
ちょっと驚くような音だったね。
80,000 円 (税抜) だと。
ナット幅の細いタイプのエレガットが出れば欲しいなぁ。


Acoustic Guitar Festival



@ ヤマハ銀座コンサートサロン





2020.1.25

ジャズギター・ワークショップ
小沼ようすけ


昨日に引き続き、ヤマハの
「Acoustic Guitar Festival」の
ワークショップに行ってきた。
「Acoustic Guitar Festival」は、ライヴ、
スペシャルコンサートも開催されているが、
今回はそれらには行かず、
昨日今日とワークショップ4つを見学した。

まずは、小沼ようすけ ジャズギター・ワークショップ。
昨日のボサノヴァギター・ワークショップには、
少し不満も書いたけど、今日は満足だ。
簡単なコード進行で、ソロギターで
アドリブを展開していく小沼さんのデモ演奏
だけでも、見学の500円どころではない価値がある。

結局、演奏における自由さというのは、
練習や研究にかけた時間や情熱に
比例するのだと当たり前のことを改めて実感。
自分の拙い演奏と比べてみると、
私には何が決定的に不足しているかという
ことも分かった。
そして、そういうことは、人に教えて
もらうことではなく、自分でキャッチする
ことなんだということもね。
60分ほどだったけど充実してた。




フラメンコギター・ワークショップ(初級)
沖 仁


小沼ようすけ ジャズギター・ワークショップに
続いて、フラメンコギター・ワークショップを見学。
初級編だが、昨日のボサノヴァ同様、
フラメンコギターも習ったことはない。
ボサノヴァ以上にフラメンコの方が、
私には手ごわい印象があるので、
私には初級でちょうどよい。
講師は、今や日本のフラメンコギターの
第一人者、沖 仁。

こちらも60分のワークショップだが、
とても充実した内容だった。
フラメンコギターは、他のギターとは違う
独特の奏法がいくつもあって、
それらをちょっと自分の演奏に
取り入れたいと前から思っているのだが、
これは、かなり根気よく練習しないと
ものになりそうにない。

今日は、フラメンコの特徴的な奏法3つの
コツをデモ演奏を交えて、レクチャーされた。
そして、沖さんは、この数年に気が付いたと
いうことを惜しげもなく教えてくれた。
彼が、20〜30年演奏してきて
気が付いたというのだから、
もの凄く貴重なことなのだけど、
それを聞いたからといって、彼のように
演奏できるわけではない。
ここでもやはり、「練習あるのみ」は、
当然すぎることなのだが、フラメンコの場合、
一日の演奏時間に制限を設けないと、
手を痛めてしまうような激しい奏法もある。

今日の一番の収穫は、
「強く弾くという概念を捨てよ」ということ。
楽器演奏に最も重要なことの一つに
「脱力」ということがある。
「強く弾こう」とすると自然に力が入る。
力んでしまうのだ。
楽器演奏では大きな音量を奏でるときでも
力んではいけない。
それは知っていたが、どうやって、
力まずに「強く」弾くかを考えたことはなかった。
沖さんは、言った。
「『強く弾く』という概念を捨てて
『鋭い』音、『太い』音と言おう」と。
そして実際に、鋭い音とそうでない音を
聞かせてくれた。
鋭い音は、聞く人には「強く大きく」聞こえる音だが、
奏者は、「強く弾いていない」のだ!

なんて素敵な区別でしょう!

何年か前、沖さんのフラメンコギターの
教則本が出たときにすぐに買ったけど、
付属の DVD を1回観ただけで、
全く活用していない。
(そういう教則本がいっぱいあるねん。)
もう一度、見直してみようっと。




@ ヤマハ銀座コンサートサロン





2020.2.2

音楽の力

以前、テレビ番組であるシンガーの
ドキュメンタリーをやっていた。
コンサートの直前、そのシンガーと
バンドのメンバーが円陣を組み、
最後の意思統一のようなことを行う。
よく見られる光景だ。
その時、シンガーが言った言葉で
私は白けてしまった。

「お客さんを感動させよう!」

キャリアもあり、それなりのレベルの
シンガーだと思っていただけに、
ガッカリだった。
自分が客を「感動させる」ことが
できると思っていることにだ。

話は、ぶっ飛ぶが10代の頃、
片思いの女の子に
「どんな人が好きなの?」と
訊いたことがあった。
彼女の答えは「尊敬できる人」だった。
その時、私は
「よし、尊敬される人になろう」と
思った覚えがある。
アホである。
全く恥ずかしい。
ごめんなさい。(誰に?)

尊敬されたい、などと思っている人は、
尊敬されない。
話を戻すと、尊敬だろうと、感動だろうと、
相手が勝手にすることであって、
される側がしてもらおうと思って
コントロールできることではない。

それなのに件のシンガーは、
「感動させよう」と真面目に言ったので
観ているこちらが冷めてしまったというわけだ。

先日、坂本龍一の記事を読んだ。
(朝日新聞デジタルの有料記事)
彼は、「音楽の力」という言葉が嫌いだという。
音楽に力がないと思っているのではなく、
発信する側が、「音楽を使ってとか、
音楽にメッセージを込めて」とか言うのが
嫌いなのだという。

音楽の感動というのは、基本的に
個人個人のことで、
感動するかしないかは、その人の勝手。
同じ音楽を別の時に聴いて
いつも同じように心が動くわけではない。
つまり、音楽の感動は誤解。
その誤解(感動)は、受け手のものであると。

全く同意である。
しかし、それでも、時々
「音楽に力がある」と勘違いしてしまう。
感動する自分の力ではなく、
外側にある音楽の力だと。
そう思う方が、自分の力を認めなくて
良いからかもしれない。

音楽に何か力があるのではないのに
「音楽を作る側がそういう力を
及ぼしてやろうと思って作るというのは、
言語道断でおこがましい」と
坂本はいう。

例えば、高校生ら少年が
音楽やスポーツの場で「勇気を与えたい」
とか言うことは恥ずべきことなのに
大人が言うから真似しているんだと。

では、音楽の力とは何か。
それは、良い音楽を作る力のこと。
感動を与えるかどうかではない。

私の解釈を言えば、
「良い音楽を作ることが、目的であって、
感動を与えることや癒しを与えることは、
結果であって、目的ではない」
ということになる。
でも、残念ながら、
勘違いしている音楽家は、
少なくないような気がする。

まあこれは、一つの意見なので、
「感動させたい」と思って
何かに取り組むことは、悪いことではないけど、
それだと欲しいものが手に入らないというだけだ。

ところで、坂本龍一といえば、
「地雷ZEROキャンペーン」を
やっていたじゃないかと思う方が
いるかもしれない。
それについては、音楽の力を使ったのではなく、
自分の有名性を使って、
メッセージを発信しただけだという。
一貫してるわけです。


「良い音楽を作ることが目的」と書いた。
ちなみに私もそう思って、演奏をしている。
では「何のために良い音楽を作るのか?」
それは「解放のため」である。
自分自身の解放である。
本当に良い音楽を創作するには、
自分を手放し、今、ここにいて、
自分を超えた存在とのコネクトが
必要なのだと考えている。
つまり、自分を解放しないうちは、
エゴにまみれた音楽しか創り出すことが
できない。
「解放」は「悟り」といっても良い。
言い換えれば、私にとっての音楽は
「修行」なのだが、楽しい修行なのだ。
そして、解放への道は長く険しい。
生きている間にたどり着けるかどうか分からない。
音楽に力があるとしたら、私にとっては
その道ということかもしれない。





2020.2.4

エフォートレス・マスタリー
〜あなたの内なる音楽を解放する〜




日本での初版発行が、2019年12月10日で
あったため、最近書かれた本かと思っていたら、
1996年に書かれた本だった。
日本語になるのに、どうして20年以上も
かかってしまったのだろうか。
でも、20年前だったら、私はこの本を
途中で投げ出してしまったかもしれない。
そういう意味では、タイムリーに出会った。

『エフォートレス・マスタリー(Effortless Mastery)』
は、ピアニスト・作曲家のケニー・ワーナー
(Kenny Werner)が、ミュージシャンのために
書いた精神的な指南書。

いわゆるスピリチュアルな本で、
読者を選ぶかも知れないが、
「瞑想」が出てくるまでの前半は、
「スピ系」が苦手な人でも参考になることは多いだろう。
しかし、「瞑想」するしないは別にしても
結局、聴くにしろ、演奏するにしろ
表面的ではなく 音楽を深めていくと、
スピリチュアルな体験を伴うことになる。
本当の音楽の素晴らしさは、
その分野なしにはあり得ないだろう。

私は、いつ頃からかは覚えていないけど、
たぶん20年ぐらいは前から、
音楽には秘密があって、一流の演奏家達は、
その秘密を知っていると思っていた。
彼らは別に秘密にして隠しているわけでも
ないのだけど、私からしてみれば、
理解することも掴むことも容易ではない
ことなので、秘密同然に思っていた。

この本には、その秘密ともいえる
演奏の鍵が記されている。
そして、これを読んだからといって、
途端に劇的に演奏が上手くなるわけでは
ないのだけど、私には演奏上の精神安定剤の
ような役割の本であった。
読み始めから読み終えるまで、
1ヶ月以上を要したのだけど、
その間にも自分の演奏に変化を感じ始めた。
まあ、まだ練習中だけのことなので、
勘違いかも知れないけど、勘違いでも構わない。
この感覚は大事にしたい。
この感覚を失わないためには、
この本を繰り返し、読む必要があると感じている。
何よりも、一回読んだだけで理解できるほど
浅い話ではないしね。

タイトルの「Effortless Mastery」は、
直訳すると「楽(簡単)な熟達」。
苦労なしにマスターすることだ。
もちろん練習なしにマスターする
近道はないのだけど、
多くのプレイヤーが間違った練習方法、
間違った心構えで演奏に向き合って
いることを ケニーは指摘している。

今年で私は58歳。
元気でいれば、あと20年くらいは、
ギターを弾いていられるだろう。
その間に、どこまで行けるかだ。

2014年にケニーは、バークリー音楽大学の
「エフォートレス・マスタリー研究所」
芸術監督に就任した。
そんな研究所があることにもビックリ!


★★★★★







 ひとりごと