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2026.4.14

1975年のケルン・コンサート
KöLN 75




キース・ジャレットを初めて聴いたのは、
1995年 33歳で上京した冬だった。
バーテンダーの修行(というと大げさだけど)の
ために週末、自由が丘にあったバーで
アルバイトをさせてもらっていた。
シガー(葉巻)も吸えるオーセンティック・バー。
そこで流れる音楽(バーのマスターの選曲)は、
マドレデウス(ポルトガル)、エンヤ(アイルランド)、
マイク・オールドフィールド(イングランド)など
それまで私が聴いてこなかった音楽だった。

そんな CD の中にキース・ジャレット
(アメリカ)の『ザ・ケルン・コンサート』もあった。
ケルンでのコンサートのライヴ録音盤だ。
初めてそれを聴いた時は、ケルンがドイツの
街の名だということさえ知らなかった。
『ザ・ケルン・コンサート』は、ソロ・ピアノの
アルバムだったのだが、全編が即興だと
聞いても信じられなかった。
2枚組の CD で1枚に2曲ずつ、合計4曲。
曲のクレジットは、「Part I」、「Part IIa」、
「Part IIb」、「Part IIc」と曲名もない。
そもそも即興なのだから、はなから曲名などないのだ。
後にこのアルバムは、ジャズの中でも重要な1枚だと知った。

キースは現在80歳で、すでに音楽界から引退している。
脳卒中を発症し、その後遺症で残念ながら
演奏ができなくなったようだ。

前置きが長くなった。
今日は映画『1975年のケルン・コンサート』を観てきた。
前述のキースのアルバム『ザ・ケルン・コンサート』に
関する映画だ。
しかし、これはキースの映画であって、
キースの映画ではない。

主人公は、ケルンの女子高校生のヴェラ。
ひょんなきっかけから、ミュージシャンのツアーを
ブッキングすることを始めたヴェラは、
ベルリンのジャズ・フェスティバルで、
キース・ジャレットの演奏を聴き、衝撃を受け、
キースのケルン公演の開催を決意する。
当時18歳だったヴェラが、キースをケルンに
呼ぶまでも簡単な道ではなかったのだが、
当日になって、会場に用意されていたのは、
壊れた小さなピアノ。
キースは「このピアノでは弾かない」という。
さて、どう乗り切るか。
その日のコンサートの裏側で、こんなドラマが
あったとは知らなった。

ジャーナリストの質問に答える、キースの言葉が
深くて、そのシーンだけでももう一度観たいぐらい。
そして、この日キースは疲れていて、睡眠不足で
腰が痛くて、演奏をしたくなかった。
録音にも反対だったとは。

冒頭に「Inspired on true story」とテロップが出る。
「Based on」ではないし、オフィシャルサイトにも
「その舞台裏をドラマチックに映画化した」と
あるので、創作部分も多いと推測する。
できればどこが事実で、どこが創作か知りたいが、
それは無理だろうか。
でも、とにかく面白かった。

「全編が即興だと聞いても信じられなかった」と
書いた通り、私はある程度、モチーフぐらいは、
準備してステージに挙がっているんじゃないか、
こんな即興ができるわけない、と思っていた。
特に「Part IIc」は、『Memories of Tomorrow』
というタイトルでスタンダードになってしまっている。
それほど完成されたメロディなのだ。
しかし、この映画のキースを観る限り、
あれは本当に即興なのだと思った。
異常なほどの集中力で演奏しているので、
観客の咳で演奏が止まってしまう(来日公演での
実話)んだろう。

そして、驚くべきことは この映画でキースの
演奏音源が1曲も使われていないこと。
許諾が得られなかったという事情のようだ。
しかし、ちゃんとキースがピアノを弾いている
映画になっているのが 素晴らしい。
途中流れるキースの演奏は、ステファン・ルスコーニ
というスイスのピアニストがキースを模して
演奏しているらしい。
マイルス・デイヴィスの実際の演奏などは
流れるんだけどね。
鑑賞時にはキースの音源を使っていないなんて
事情を知らなかったので、原題が「KöLN 75」なのに
そのコンサートのキースのピアノ演奏が一音もなく
終わるのは 逆に斬新!と思ったよ。
これは音源を使えなかった怪我の功名じゃないだろうか。

キースを演じるジョン・マガロ、キースの
マネージャーのマンフレート・アイヒャー役の
アレクサンダー・シェアーがとても良い。

主役 ヴェラ を演じたドイツの女優
マラ・エムデは、映画の中で16歳から18歳を演じる。
どうみてもティーンには見えないので
そこは「ちょっと無理があるで」と思ったが、
1996年生まれとあるから、やはり撮影時には
28歳か29歳だったということだな。

この手の映画で、役がドイツ人なのに
全員英語を話すというのも珍しくないが、
本作ではちゃんとドイツ語と英語が
使い分けられており、そこは好感が持てた。

18歳の女性が、アメリカ人ジャズピアニストの
しかも1000人のオペラ・ホールのブッキングを
したなんて、1970年代ならではだろう。
現代ならシステムが出来上がっていて
そんなことは、無理なんじゃないだろうか。

今、『ザ・ケルン・コンサート』を聴きながら
これを書いているが、51年前の演奏であること、
そして、あの背景があったと思うと
また一味違って、感慨もひとしおです。
素晴らしい。
これ、ジャズ・ソロ・ピアノで一番売れた
アルバムだそうです。
こうなると、一度も生でキースを聴いていないのは、
とてもとても残念。

監督はイスラエル出身のイド・フルーク。


★★★★▲


2025年製作/116分/PG12/ドイツ・ポーランド・ベルギー合作
原題:Köln 75
劇場公開日:2026年4月10日

恵比寿ガーデンシネマにて鑑賞



ところで、驚いたことに本作が
今年初めて映画館で観る映画だった。
もう4月の半ばなのに。
コロナ禍の前は、年間50本から60本、
映画館で観ていたのに何かが変わってしまったようだ。
コンサートやライヴの数は、2022年には
コロナ前の数に戻ったのだけど、どういうわけだろう。
別に映画に興味がなくなったわけではないのだけど。





2026.4.18

Man on the Run
マン・オン・ザ・ラン




ザ・ビートルズ解散後のポール・マッカートニーの
数年間を描いたドキュメンタリ―『マン・オン・ザ・ラン』。
タイトルは、1973年に発売された、
ポール・マッカートニー&ウイングスのアルバム
『バンド・オン・ザ・ラン』から来ているのだろう。
製作は、Amazon MGM スタジオ。
全世界で今年2月19日、1日限定上映し、
2月27日から Amazon Prime Video による
世界配信が始まった。

本作を観て、私はポール(というかビートルズの
メンバ―全員だけど)が、ビートルズを解散して
どんな気持ちだったのかとか考えたことがなかった
ことに気付いた。
ビートルズで大成功し、解散し、それからも
苦労することなく、世界の音楽の第一線に
君臨し続けている、そんな勝手なイメージを持っていた。
もちろんビートルズ時代に観客が音楽を
聴かないのでライヴができなくなったり、
解散前後でジョンとの不仲説とかがあったのは
知っていたけど。

以下、ネタバレ含みます。
ビートルズの解散は、ジョンが脱退を言い出した
ことが始まりだったのに、ポールの脱退が先に
報道されたために、ポールが悪者になったとか、
ウイングスでは、リンダが叩かれたりとか、
何よりもポールが、ビートルズ解散後に
自分を立て直すのに、ずい分と時間がかかって
いることを恥ずかしながらこれを観て初めて知った。
なんだかそういう苦悩とポールのイメージが
結びつかなかったんだ。
でも、考えてみれば、いや考えるまでもなく、
ポールも人間だ。
もとビートルズの中心人物であっただけに、
その後のプレッシャーも半端なものではなかっただろう。
いつもいつも、ジョンと比較され、「ビートルズの
再結成は?」とうんざりするほどマイクを
向けられてきたことだろう。

ビートルズの解散が、正式に落ち着くのに
何年もかかっていることも知らなかった。

1975年の日本の法務省によるビザ発給拒否で、
来日公演が中止になったことや、
1980年のウイングスとして来日した際、成田空港で
大麻取締法違反により逮捕され、公演が全て
中止になった、あの事件のこともしっかり描かれている。
事前に「日本は厳しいから大麻を絶対に持って行くな」と
聞かされていたのに、やっちまったポールの心境。
もしかしたら、7年刑務所に入らなければならないと思い、
娘たちが東京の郊外で育つ姿を想像したという。

印象に残ったのは、ビートルズ解散の発表時に
配られた書面に書かれていたこと。
「今後の計画は?」の質問の答えは
「My only plan is to grow up.」

ジョンがポールのソロアルバム『マッカ―トニー』を
かなりすり減るぐらい聴き込んでいたこと。

ポールが、「僕の人生で大きな恵みは、
(ジョンと)和解できたこと」と語っていること。

1980年、ジョンの事件の当日、マイクを
向けられたポールが、とても冷たく応えており、
途中で「じゃこれで、以上だ」と話しを切る。
見ている者には、あまりにつれない態度に映る。
実際、そういう批判があったようだ。
しかし、ショーン(ジョンの息子)が、こう語る。
「僕には分かってた。
彼の目や声のトーンが物語っている。
ポールはこの出来事を受け止めきれてない。
あの時の彼の様子はまるで、ロボットだ。
冷酷だという人もいるが、当時から
そう思っていなかった。
ひどいことが起きるとああいう反応は当然だ」

ポールの娘は、その日の父ポールのことを
「あんなに驚いた姿を初めて見た」と語っている。

ビートルズ解散後もポールには名曲が多い。
『My Love』、『Silly Love Songs』、
『No More Lonely Nights』、『Let ’Em In』、
『Listen To What The Man Said』、
『Band On The Run』など
これらは、私が好きな曲だ。


★★★★▲


2025年製作/115分/イギリス・アメリカ合作
原題:Man on the Run


Amazon Prime Video で鑑賞





2026.6.7

ヴィヴァルディと私
Primavera




ヴァイオリン協奏曲「四季」で有名な
作曲家アントニオ・ヴィヴァルディ。
17~18世紀の作曲家だ。
バッハ、ヘンデルと並んで、バロック音楽の
代表格だろう。
そのヴィヴァルディ、20世紀に発見(?)
されるまで、約200年に渡り、忘れられていた
存在だったとは、知らなかった。

本作は、18世紀初頭、ヴィヴァルディが
ベネチアのピエタ院(養育院/女子孤児院
施設)にバイオリン教師として赴任した
実話を題材にいた物語。

主役は、ヴィヴァルディではなく、
養育院で育てられた若い女性 チェチリア。
映画のオフィシャルサイトには「少女」と
書かれているけれど、見た感じは大人の女性。
演じるテクラ・インソリアは、2004年生まれと
あるので撮影時は、20~21歳ぐらいだっただろう。

チェチリアは、ヴィヴァルディの指導のもと、
ヴァイオリンの才能を開花させ成長していく。
(あんまり指導しているシーンはないけど。)
しかし、養育院で育てられた彼女たちは、
お金と引き換えに嫁がなければならない。
そのお金は、養育院の運営のためであり、
新たな孤児を育てるためでもある。
嫁ぐ娘は処女でなければならず、
婚礼の直前には、処女かどうかの検査まであった。

有能なプレイヤーも生んでいたようだが、
その背景は、金(寄付)。
そして、驚くほどの男尊女卑と、人権無視。
それが、「慈善」施設だったんだ。
その時代に現代の「赤ちゃんポスト」のような
システムがあったことも驚きだった。

原作は小説ということなので、多くの部分は
創作だと思うが、この時代に子どもを捨てる
(捨てなければ生きていけない)女性が
少なくなかったことも初めて知った。

チェチリアを演じるのは、テクラ・インソリア。
ヴィヴァルディには、ミケーレ・リオンディーノ。
イタリア人の名前は、覚えられないな。

以下ネタバレの感想。
最後にチェチリアは脱走し、自由を手に入れて終る。
その後の彼女の幸せを祈らずにはいられない。
ひどい、怖い、と思っていた養育院の院長は、
実はええ人だったという結末。
養育院の監事が、ザキヤマにしか見えなかった。

あと、楽団に管楽器など新しい楽器が
増えていくのだが、養育院の少女たちが
すぐに演奏できるようになるのは、
そんなに簡単ちゃうやろ、と突っ込みたかったな。
ま、映画ですから。

原題の「Primavera」はイタリア語の「四季」。
「四季(春)」がエンドロールで、
流れるけど劇中では演奏されないので、
そのタイトルは、なんでやろ。
ティツィアーノ・スカルパ著の原作小説の
タイトル「Stabat Mater」はラテン語で、
意味は「悲しみの聖母」。
この本は2009年、イタリア最高の文学賞、
ストレーガ賞を受賞している。
2011年に小説が日本で発売された時は
「スターバト・マーテル」だったが、映画の
公開に伴い今年「ヴィヴァルディと私」に
改題新装されたようだ。
「ヴィヴァルディと私」という邦題は、
映画のストーリーを考えると、明らかに
ヴィヴァルディの名を使うことで
広告効果を狙っている感じがする。
まあ、映画を多くの人に観てもらうためには、
仕方ないんやろな。
「悲しみの聖母」や「スターバト・マーテル」
だったら私も観に行ってないかも知れないもん。


★★★★▲


2025年製作/110分/G/イタリア・フランス合作
原題:Primavera
劇場公開日:2026年5月22日





箱の中の羊




是枝監督の新作『箱の中の羊』。
是枝監督の長編映画は、2004年の
『誰も知らない』以降は、13本中11本を
劇場で観ている。
(観ていないのは『花よりもなほ』(2006)と
『奇跡』(2011)の2本だけ。)
それぐらい、映画監督の中では好きな方だ。

『箱の中の羊』は、お笑いコンビ「千鳥」の
大悟が映画初主演というのも興味があり、
観てきた。
本作も是枝作品には欠かせないテーマ、
家族の物語。
設定は、いわば SF やね。

近未来の話し。
息子を亡くした建築家の音々(おとね)と
工務店の社長を務める健介の夫婦は、
息子・翔(かける)の姿をしたヒューマノイドを
迎え入れる。
ヒューマノイド(作り物)の息子との
生活を通して、夫婦が息子の死から
立ち直っていく再生の物語、といえば、
そうかも知れないけれど、それだけにとどまらない。
家族の死をどう受け入れるのか、
家族(親子)って何だろう、
これから人類は、AI とどう向き合っていくのか、
等々、普遍的な問題と現代ならではの
問題が入り混じる、問題提起の作品と感じた。

SF と書いたけど、観終えた感想は、
そんな問題提起の大人のおとぎ話という印象。

中国では「死者の蘇り」のビジネスが
人気らしいが、こういうヒューマノイドが
登場する未来はイヤだなと思う。
セラピーも必要かもしれないけれど、
悲しみを乗り越えられるのが人間だと信じたい。

ラストは「それ誘拐ちゃうの?」
「ほんで彼らは、これから何をして
生きていくの?」という疑問もあったけれど、
そういうのは、本作には言いっこなしかな。

綾瀬はるかと大悟が、主役の夫婦役。
大悟は、思った以上に良かったな。
特に警官にキレるシーンは、迫力があった。
冒頭の大悟の台詞がいくつか聞き取れず、
これは難しいぞ、と構えたけれど、
それからはほとんど聞き取れた。

大悟が、綾瀬はるかにひざマクラで
ドライシャンプーしてもらうシーンだけ、
大悟が素に戻っているように見えたよ。

タイトルは、小説『星の王子さま』で
描かれている「箱の中の羊」に
由来しているのは分かったけれど、
意味深でまだ未消化だ。

出演は、綾瀬はるか、大悟のほか、
ヒューマノイド翔役に 桒木里夢。
余貴美子、田中泯、角田晃広、等。

そういえば、スピルバーグ監督の『A.I.』。
あの映画も人工知能を持った少年の
ロボットが出てきた。
『A.I.』は、2001年の映画でストーリーは
全く覚えていないけれど、25年経って、
あの頃より人工知能は劇的に進化しており、
近い将来、亡くした家族の代わりの
ヒューマノイドが本当に登場するかも知れない。


★★★▲☆


2026年製作/125分/G/日本
劇場公開日:2026年5月29日





2026.6.12

ホワイトタイガー
ナチス極秘戦車・宿命の砲火




ロシアの作った第二次世界大戦の
映画はもしかしたら初めて観たかも知れない。

戦争末期、神出鬼没のドイツ軍の戦車
「ホワイトタイガー」にソ連軍は、悩まされていた。
そのホワイトタイガーに撃たれ、全身に
火傷を負った戦車兵が奇跡的に回復するが
彼は自分の名前も分からない記憶喪失。
ナイジョノフと名付けられた彼には、
戦車の声を聞く、という特別な能力が
備わっていた。
ソ連軍は、特別な戦車を作り、ナイジョノフに
ホワイトタイガー撃破の任務を与える。

ソ連の戦車マニアにはたまらないのかも
知れないけど、微妙な映画だった。

ホワイトタイガーは、アナコンダやアリゲーター、
はたまたジョーズのように突然現れる。
そして、乗組員は映らない。
まるでホワイトタイガー自身が生き物の
ように描かれている。
見方を変えると、ホワイトタイガーも
ナイジョノフも戦争が生んだ亡霊のようにも思える。

結局、「ホワイトタイガー」には中途半端な
打撃を加えただけにとどまるのだが、
唐突にドイツの無条件降伏の署名シーンになり
戦争は終わる。

そして、脈略なく、ヒトラーの独白が始まる。
「あの陰気で不機嫌な国(ロシア)は、
ヨーロッパではない。
野蛮な怪物だ。
戦争はなくならない。
戦争は自然。
戦争は生命そのもの。
戦争は原点。」
うーむ、これは意味深だな。
しかもロシア製作の映画が言わせている。


★★★☆☆


2012年製作/104分/G/ロシア
原題:Belyy tigr
劇場公開日:2014年1月18日


Amazon Prime Video で鑑賞





2026.6.13

THIS IS IT



現在、公開中の映画『Michael』を
観る前に予習として『THIS IS IT』を観た。

2009年、ツアー「THIS IS IT」の開催を
発表したマイケル・ジャクソン。
同年4月から6月までリハーサルを
重ねたが、公演開始1か月前の 6月25日、
マイケルは50歳で急逝した。

『THIS IS IT』は、そのリハーサルの様子を
編集した映画で、2009年に公開された。
特別マイケルのファンという訳でもない私でも、
劇場で鑑賞して、マイケルのショーに懸ける
妥協なき姿勢に感動した覚えがある。

2000年代に入ってからのマイケルは、
多くのスキャンダルで、音楽活動も
思うようではなかったのだろう。
そんな状況からの「THIS IS IT」ツアー。
カムバックであり、自身最後のツアーと
位置付けていたようだ。
50歳になり、本人も限界を感じていたのだろうか。
ファンによると『THIS IS IT』で見られる
マイケルのダンスは(リハーサルということも
あるかもしれないけれど)「かつてのキレがない」
という感想も読んだ。

劇場で観た際のエントリーを読むと、
かなり興奮し、感動した感じがあるが、
16年ぶりに観てみるとそれほどではなかった。
いや、もちろんマイケルの凄さは、
分かるのだけど。
あの時は、やはり劇場の大スクリーンで
観たからだろうか。


★★★★☆


2009年製作/111分/G/アメリカ
原題:This Is It
劇場公開日:2009年10月28日


Amazon Prime Video で鑑賞


[ 関連エントリー ]
2009.11.9 THIS IS IT





2026.6.14

Michael/マイケル



マイケル・ジャクソンの人生を描いた
伝記映画『Michael/マイケル』を観てきた。
(公式な日本における表記が
『Michael/マイケル』のようなのだが、
なんだか変な感じだね。)

マイケルを演じるのは、ジャファー・ジャクソン
マイケルの実の甥ということで 血縁はあるのだが、
公式サイトにある「彼(マイケル)の遺伝子を
継ぐ」という表現は、ちょっと言い過ぎちゃうか。
同じ遺伝子は持ってるんやろうけど、
継いでる遺伝子は、マイケルの両親の遺伝子やろ。

そんなことはさておき。
製作には「ボヘミアン・ラプソディ」のグレアム・キング。
監督はアントワーン・フークア。
この監督の作品は初めてだ。

「どうせ観るなら IMAX で」と思ったけれど
予約したのが遅かったため、IMAX の上映は
ほとんどチケットが売れていて残りわずかだった。
ろくな席がなっかたので、通常の上映で観た。

すでに続編の製作の準備が始まっている、
との情報も出まわっている通り、なんだか
前編だけを観たような印象だ。

本作では、1969年(10歳)から
1988年のロンドン公演(Bad World Tour)
までを描いている。
その期間であれば、『ベン』のヒットや
ポール・マッカートニーとのデュオ『セイ・セイ・セイ』、
そして『ウィ・アー・ザ・ワールド』のエピソードも
入れて欲しかったと思うけど、やはり2時間に
まとめるのには無理があったのだろう。

とはいえ、十分に見応えのある映画で、
ジャファーが本物のマイケルに見えてしまうような
瞬間も数回あった。

あそこまで上りつめた人なので、その「光」と
ともに「ダークサイド」も深くい大きい。
それは、もう子供時代に始まっていた。
父親ジョセフのコントロール、暴力だ。
ジョセフのことは、ろくでもない父親に
描かれているが、本作の製作には
ジャクソン家も関わっているようなので、
あんな風だったんだろう。

自身がペプシ CM 撮影中の事故で火傷を負った
補償金を全額、子供のための病院に寄付するあたり、
マイケルは、とてもピュアで優しい人だったんだと思う。
ピュアであるがゆえに10歳でスターになり、
孤独だったんじゃないかと思った。
やりたくなかったジャクソンズのスタジアムツアー参加に
同意したのは、そういう慈善のためだったのかも知れない。

また映画の中では、彼が鼻を整形すること
(子供の頃、父親に「でか鼻」となじられている)、
「尋常性白斑」(肌が白くなってしまう病気)で
あったことにも触れられている。
私は、若い頃その病気のことを知らずに、
肌が白くなっていくマイケルを見て、彼が白人に
なりたがっているのかと思っていた。
おまけに鼻が尖がっていく様子は、
なんだかなぁ……という感じだった。
鼻の最初の手術は(映画では描かれていないけど)
1979年にステージの床に鼻をぶつけ骨折したことに
始まるらしく、その後 数回手術を行っている。

続編では、性的虐待疑惑や裁判が描かれるだろうか。
「マイケルが過去に行なった和解の一つに、
映画作品などで同件に触れることを禁じる項目が
ある」との記述も読んだ。
しかし、彼の生涯を描くなら、
そのことに触れないわけにはいかないだろう。

幼少期のマイケルを演じるのは、
ジュリアーノ・クルー・バルディという少年。
毒父親を演じるのは、コールマン・ドミンゴ。

歌唱に関しては、明らかにジュリアーノや
ジャファーが唄っている、と分かるシーンもあれば、
マイケルのように聞こえる部分もあったけれど、
エンドロールでは、マイケル・ジャクソンとなっていた。
どうも、幼少期も成人後も本人の歌唱と
役者の歌唱を上手くミックスしていたようだ。
(関連記事)

マイケルが子供の頃のシーンで、
家にラトーヤ(姉)はいたけれど、
ジャネット(妹・8歳下)は出てこなかった。
ストーリーにあんまり関係ないからかな。

続編も観たいね。


★★★★☆


2026年製作/127分/G/アメリカ
原題:Michael
劇場公開日:2026年6月12日



6月12日に全国390劇場で公開初日を迎え、
動員19万7,826人、興行収入3億1,756万3,940円を
記録したという。
さらに全世界興行収入は9億1,190万ドルを突破。
これは、『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)の世界興収
(約9億1100万ドル)を上回り、音楽伝記映画とし
て歴代 No.1 の記録を更新したとのこと。




プラダを着た悪魔 2

The Devil Wears Prada




本日の2本目もアメリカ映画。
『プラダを着た悪魔』(2006年)の
20年ぶりとなる続編。

『プラダを着た悪魔』は確か劇場ではなく
DVD を借りて観たような気がするが確かではない。
ストーリーはほとんど覚えていなかったけど
ファッション雑誌のカリスマ(鬼)編集長ミランダ
(メリル・ストリープ)の横暴ぶりが、
自分なら絶対にこんな人と仕事できない、
と思ったことだけは覚えていた。

続編ということで、ジャーナリストになった
アンディ(アン・ハサウェイ)は、20年ぶりに
ミランダと「ランウェイ」で働くことになる。
で、色々起きるわけだな、これが。

本作の見どころは、やっぱりメリル・ストリープ、
76歳(6月22日で 77歳 / 劇中では 75歳の役)。
なんとカッコよいことか。
姿勢や立ち振る舞いはもちろん、
ミランダとしての、頭のキレ、勘の鋭さも
仕事へのコミットも素晴らしい。
上司にしたいとは絶対思わないけど。
そもそも ファッション業界で働ける服を
持っていないけどね。(そういう問題か?)

アン・ハサウェイは、可愛いらしい女優から
すっかり大人の女性になっておりました。

ちなみに メリル・ストリープとミランダのモデルに
なった『Vogue』のカリスマ編集長アナ・ウィンターは
親戚(血縁関係)だと最近分かったことらしい。
ふたりの先祖の調査をしたところ「5代前にとっての
曽祖父母が同じ人物である」らしい。
「5代前にとっての曽祖父母」って、
8代前の先祖って意味かな。よう分からん。
いずれにせよ、かなり遠い親戚ですが。

監督は、『31年目の夫婦げんか』、
『素晴らしきかな、人生』などのデヴィッド・フランケル。
出演は メリル・ストリープとアン・ハサウェイの他、
1作目と同じく スタンリー・トゥッチ、
エミリー・ブラント など。

以下、ネタバレ。
カメオ出演で、レディ・ガガ が登場し、
ファッション・ショーで唄うのには驚いた。
そのほか、名前を見ても私には分からない、
デザイナー、モデルなどがたくさん出演している。


★★★★▲


2026年製作/119分/G/アメリカ
原題:The Devil Wears Prada 2
劇場公開日:2026年5月1日


[ 関連記事 ]
メリル・ストリープ、アナ・ウィンターと親戚だった

【ネタバレ】『プラダを着た悪魔2』超豪華カメオ陣をおさらい

[ 関連動画 ](ショートドラマ)
『プラダを着た悪魔2』のミランダ・プリーストリーと
アナ・ウィンターが同じエレベーターに乗ったら?






2026.6.19

幸せの答え合わせ
Hope Gap




公開がコロナの真っただ中だったため、
全くノーマークだった作品。
原題の「Hope Gap」は舞台となる
イギリス南部 ドーバー海峡の西側にある
シ―フォードという町の巨大な崖のある
美しい入り江のことだ。

本作は、熟年夫婦の破綻を描いた作品。
邦題は「幸せの答え合わせ」だが、原題は
作品中何度も出てくるその入り江「Hope Gap」。
と同時に、「Hope Gap」をそのまま訳すと
「希望の隔たり」「希望の落差」ということになり
まさに映画のテーマでもある。

以下、少しネタバレ。
29年連れ添った夫婦。
妻は、夫に言いたい放題で、しまいには
手を上げる始末。
夫は、ずっと我慢して、我慢して、
自分がダメな夫だと責め続けてきた。

そんな夫に新しい女性が現れる。
当初、その女性は登場しないので、
私はそんな女性は実在せず、
夫が妻から逃れるための口実なのではないかと
思っていたが、いやいや、ホンマにいたんです。

で、その夫婦の間に挟まれるのが息子。
私が彼の立場なら、あんなに母親に
優しくできないわ。
「そんな風やから、オトンが出ていくんや!」
って、キレてしまいそうな場面が何度もあった。
私は優しくないと思ったわ。

でも、妻も夫も 悪くないんだよね。
自分らしく生きていたら、歯車が
噛み合わなかっただけで。
違う人となら、うまく行ったのかも知れない、
とも思う。

自分の両親は、離婚してないけど
ちょっと重なる部分もあった。
幸い、私の結婚はお気楽なので、良かったけど。
と、思っているのは私だけだったりして……。

熟年夫婦、夫にビル・ナイ、妻にアネット・ベニング、
息子にはジョシュ・オコナー。
ビルとアネットは9歳差だが、ちょっと
ビルの方が年老いて見えるのは仕方ないか。

「Seaford」「Hope Gap」は本当に
美しく、フォトジェニック。
イギリスには行ってみたいと思わないけれど、
あと何度か人生があるなら、こういう所にも
住んでみたいなと思った。


★★★★☆


2018年製作/100分/G/イギリス
原題:Hope Gap
劇場公開日:2021年6月4日


Amazon Prime Video で鑑賞(レンタル)





2026.6.23

MODERN LOVE
モダンラブ




アマゾン・プライム・ビデオで観ることが
できるドラマ『モダンラブ』。
「シーズン1」は、8つのエピソードで
でき上がっている。
一話が 30分というのは、とても観易く、
3日間で8つとも観てしまったよ。

ニューヨーク・タイムズのコラムに基づく
ストーリーということなので、実話が
ベースのものもあるのかも知れない。

エピソードによって、その「愛」の形は、
赤の他人同士、失われた恋愛、
友情、夫婦、出逢い、親子、同性愛、
養子縁組、老境の愛、と様々。

観進めていくうちに、異人種間の恋愛が
多いことに気付いた。
もちろん世界にそういうカップルがいることは
知っているが、製作側はそんなに人種のことを
気にしなければいけないのかと、逆になんだか
わざとらしく不自然に感じ、微妙な心持ちになった。

しかし、最終話「エピソード8」は、
そういうことが吹っ飛ぶほど素晴らしい作品だった。
どのエピソードも 秀逸で、観終えたとき、
なんとも心が温まるようなストーリーなのだが、
「エピソード8」を 観終えたときは、涙し、
「世界はなんて素晴らしいんだ!」とまで
思ってしまったよ(単純)。
もしかしたら、異人種間の恋愛が多いことも
その素晴らしさの表現だったのかも、とさえ思った。

俳優さん達も良い。
(デーヴ・パテール、アン・ハサウェイ、エド・シーラン
なども出演している。)

観られる方は、「エピソード1」から観る必要は
ないのだけど、「エピソード8」だけは、他の7つを
観てからでないと、観てはいけません。


★★★★★


『モダンラブ』は「シーズン2」のほか「東京」版や
「アムステルダム」版などもあるので観てみようと思う。





2026.6.26

アイ・ワズ・ア・ストレンジャー
I Was a Stranger




シリアの内戦から逃れるために
命がけで国境を越える母娘。
軍の横暴なやり方に疑問を持つ兵士。
トルコからギリシャへ向けて
難民をボートに乗せ、荒稼ぎする男。
そのボートででギリシャに
密航しようとする家族。
嵐の海で、命がけで難民を救うギリシャの
沿岸警備隊の船長。
5つの家族の人生が交差する物語。

戦争の狂気は容赦を知らない。
そして自然も。

2011年から2024年までのシリア内戦で
1400万人が国外避難余儀なくされたという
現実をもとに描いた群像ドラマ。

「日本は終わりだ」などという人もいるようだが、
不安定な地域は、世界にまだまだある。
日本は本当に天国のようだと思う。
と同時に、中東の不安定さの現実は、
私たちには本当の意味では、分かり得ないのだ思う。

上映前は、寝不足もあって眠くなりそうな
気がしていたけど、映画が始まったらとんでもない。
最初から、戦場の病院、爆撃、生き埋めと
異常な緊張感の連続で一気に眠気なんて吹っ飛んだ。

有史以来、世界で争いのなかった日は、
一日たりともない。
それぐらい人類は、争うことが好きなのか。
または学ばないのか。バカなのか。
争いが耐えないというのは、
「人間は変わらない」という確たる証拠だろう。

登場人物は、紛争に翻弄されながらも、
必死に生きようとする。
愛する家族を守ろうとする。
避難民の弱みにつけ込み、荒稼ぎする男は、
救命胴衣を人数分揃えず、ボートが無事に
ギリシャに着こうが着くまいが
「儲けは同じだ」と悪びれずに言う。
しかし、男には金が必要な訳がある。

いとも簡単に命を奪う戦争という狂気と、
自分の命を懸けてでも人を救おうとする
ヒューマニズムが、ごちゃ混ぜに存在する世界。

戦争の狂気は容赦なく、
誰もが無力に思えた。
観終えた瞬間は、救いがなく、
どうすることも出来ず、
世界は絶望的に思えた。

ふと先日、韓国の哲学者アン・クァンボク先生の
講演で聴いた言葉を思い出した。
30数年、高校で哲学の教師を務めてこられた
先生は、こう言われた。
「私には、世界は変えられない。
人間は変わらない。
でも、少しでも良くするためにできることはある」

敵であっても命を救おうとする医師。
自分の良心に従って、軍を裏切る兵士。
救命胴衣を自分より幼い子供に譲る少女。
海に落ちた子どもを救おうと飛び込む兵士。
嵐の海で、命を懸けて難民を救おうとする船長。
そして、清掃員として働く元医師。

彼らには、戦争は止められない。
救えない命もある。
でも、そんな中で少しでも世界を良くするために
できることはある。
私はその中に希望を見たい。


★★★★★


2024年製作/104分/G/アメリカ・ヨルダン・パレスチナ合作
原題:I Was a Stranger
劇場公開日:2026年6月19日





2026.6.27

デタッチメント 優しい無関心
Detachment




映画『デタッチメント 優しい無関心』。
原題の「Detachment」は、「分離」「孤立」
「無関心」「公平」などの意味があり、
良い意味でも悪い意味でも使われるようだ。

以下、ネタバレ含みます。
エイドリアン・ブロディ演じるヘンリーは、
非常勤教師で、次の常勤教師が決まるまでの
短期間だけ その高校の教壇に立つ。
赴任したのは、荒廃した高校。
短期間の勤務なので、どっぷり生徒との
関係を作るわけでもない。
同僚の女性教師と食事をしても、
自分のことは話さない。
ティーンの売春婦エリカがバスの中で暴力を
振るわれても助けようとしない。
徹底的に、世間と「分離」して生きている。
その背景は、育った家庭環境にある。

結局、エリカのことを放っておけなくて
しばらく家に居候させるのだが、
嫌がる彼女を養護施設に引き渡す。
このシーンが、つらい。
これも「分離」「無関心」か。
いや、無関心な訳ではないのは
観ていて分かる。

本人は割り切って仕事をしているのかも
しれないが、生徒にも好かれてしまう。

そして、ヘンリーを好きだと言った女子生徒が、
目の前で自殺する。
ヘンリーは彼女を救いたかったが、
救えなかった。

誰もが問題を抱え、生きている。
なんとか折り合いをつけて。

荒廃した教育現場は悲惨だ。
生徒は自らをダメにし、時間と命を浪費していく。
気が付いた時には、もう立ち直れない
ところまで落ちている。
教師はなんとかしようとするのだが、
どうにもならない。

教師とは何か、教育とは何かに迫る、
社会派作品。
出口がなく、ちょっとしんどい作品でした。

最後、ヘンリーは養護施設にいるエリカに
会いに行く。
あれは、ただの面会か。
それとも迎えに行ったのか。
そうだとしたら「分離」「無関心」を超えて、
ヘンリーの持つ本来の優しさ・愛が現れたのか。
そして、ヘンリーの独白は、誰に向けてなのか。
余白の多い作品です。


★★★▲☆


2011年製作/97分/アメリカ
原題:Detachment
日本では劇場未公開

DVD で鑑賞





2026.6.30


MODERN LOVE Amsterdam
モダンラブ・アムステルダム




先日アマゾン・プライム・ビデオで観たドラマ
『モダンラブ(シーズン1)』がとても良かったので
アムステルダム版を観てみた。
こちらも 30分ほどのドラマが6話。

アムステルダム版にもオープニングに、
「ニューヨークタイムズ紙のモダンラブ欄に基づく」
と出るのだけど、ニューヨーク版とは
ずい分と印象が違う。
ニューヨーク版がストレートだとしたら、
変化球が多いといえば良いのかな。
ハーピーエンドではない、欧州的(?)な
ストーリーもあったし。

オランダは、事実婚であっても法律上
結婚同等の権利が認められているらしく、
結婚しないカップルもいるようで、
そのまま子どもを持ち家族になるケースも
珍しくないようだ。
「個人主義」「オープンなコミュニケーション」が
基本にあるようで一般的な日本人とは
ずい分と考え方が違うと感じた。
そういう背景もあるのか、ちょっと私には
理解しがたい関係もいくつか描かれていた。

エピソード6は、夫婦で互いが別にセックスの
パートナーがいることをオープンにしており、
子供にまでそのことを共有する家族が出てくる。
私には驚きだったが、観ながら自分の考えが
保守的で古いんだとも思った。
そんな家族が本当に普通にオランダにいるのか
どうかは分からないし、それが良いとも思えないの
だけども、頭ごなしに否定するのも違うな、と思った。
そういう関係はある意味、人類の進化かも知れないし。

『モダンラブ』は東京版もある。
また違うテイストかも知れないので
観てみようと思う。


★★★▲☆





2026.7.2

マジェスティック
The Majestic




ジム・キャリーというと『マスク』や
『Mr. ダマー』のようなコメディの印象が強いが、
本作は米国の1950年代の赤狩りを題材にしたドラマ。

ジム・キャリー演じる、ピーター・アプルトンは
ハリウッドの脚本家。
そんな彼に共産党員の疑いがかけられる。
仕事を干されたピーターは、自動車事故を起こし
川に落ちる。
気が付いたら、見知らぬ街に流れ着いていた。
ピーターは 記憶喪失になっており、
街の人々は 戦死したルークが生きていたと、
勘違いする。

タイトルの「The Majestic」は「威風堂々」と
いう意味で、ルークの父親が経営する映画館の名前。
戦争で若者を多く失った街は、
ルークの奇跡の帰還で活気を取り戻す。
閉鎖されていた映画館「The Majestic」も再オープンだ。
しかしやがて、その街にも FBI の捜査の手は及ぶ。

1950年代に入っても、まだまだ戦争の傷跡が
生々しかったことが、本作から感じられる。
街の若者が「ノルマンディで戦死」と聞いても
なんともないのに「沖縄で戦死」と聞くと、
自分の心の何かが反応するのが分かる。
戦死という本質は、同じなのにね。

アメリカ映画らしい結末で、
アメリカの負の側面・歴史を批判しつつ、
勇気と希望に満ちた、英雄の物語。

監督は『ショーシャンクの空に』、
『グリーンマイル』のフランク・ダラボン。


★★★★☆


2001年製作/153分/アメリカ
原題:The Majestic
劇場公開日:2007年6月22日

DVD で鑑賞





2026.7.5

MODERN LOVE Tokyo
モダンラブ・東京




アマゾン・プライム・ビデオのドラマ『モダンラブ』。
アメリカ版シーズン1、アムステルダム版に続いて
東京版を観た。
東京版は 30分から 40分ほどのドラマ、
7話からなる。
こちらも「ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された
コラムを基に」となっているが、日本が舞台だからか
日本人がスタッフで出演者も日本人だからか、
仕上がりも幾分日本的に感じた。

同性愛の夫婦、母乳で息子と繋がろうとする母親、
離婚した夫婦、熟年男女の出会い、
妻がうつ病の夫婦、出会い系アプリで別の人物に
なり切る男とその男に惹かれる女、国際的な恋愛、
高校時代の恋を終わらせられない女など、
やはり色んな恋や愛の形を描いている。

始めに観た「アメリカ版シーズン1」があまりに
良かったため、残念ながらそれは超えない。
話しによっては、それなりに楽しめたけど、
私にはリアリティのない話しもあったし、
多少嫌悪感を感じる演出もあった。
エピソード6では、私が感動した「アメリカ版
シーズン1」の「エピソード8」のスタイルを
踏襲するが、全く及ばず。
別になくても良かったぐらい。

出演者は、水川あさみ、前田敦子、
榮倉奈々、柄本佑、伊藤蘭、石橋凌、
成田凌、夏帆,、永作博美、ユースケ・サンタマリア、
ナオミ・スコット、池松壮亮と豪華。
エピソード7はアニメで、声の出演に
黒木華、窪田正孝ら。
どうせなら、実写で観たかった。

個人的にはエピソード3(出演/伊藤蘭、石橋凌)の
熟年の男女の初デートの話しが好きだな。
「そんなことあるか?」というような展開だけど、
事実は小説より奇なり、というからな。


★★★▲☆





2026.7.17

クリント・イーストウッド
『ピアノ・ブルース』




クリント・イーストの音楽好きは有名な話で
ご自身もピアノを演奏される。
チャーリー・パーカーを描いた『バード』や
フォー・シーズンズを描いた『ジャージー・ボーイズ』
などの作品も監督してきたし、
『ミスティック・リバー』では、音楽監督も務めた。
息子のカイル・イーストウッドは、
ジャズ・ミュージシャンだしね。

本作『ピアノ・ブルース』は、2003年の作品で
ピアノ・ブルースに焦点をあてたドキュメンタリー。
DVDを発売後すぐに買ったのかどうか
覚えていないのだけど、ずい分前であることに違いない。

あんまり面白くなかった覚えがあったけど、
観直してみると、中々良かった。
特にレイ・チャールズ。
どうしてピアノを始めたのかという話しは
興味深い。
近所で、ブギウギ・ピアノを練習している人が
いて、ピアノが聞こえると遊びを中断してまで、
その人の家にいったらしい。
その人はレイにピアノを手ほどきをしてくれたのだという。
とても感謝していると名前も言っていた。
あの時、彼は「練習の邪魔だから帰れ」と言うこともできた。
でも、言わなかったのは「遊びを止めてもまで
来るということは、この子は音楽が好きなんだろう」と
思ってくれたんじゃないか、というような話しだった。
とにかく晩年のレイの様子を観られるのは、貴重。
それ以外にも、知らなかったピアニストが
何人も出てくるのも良い。

実際にイーストウッドがインタビューする映像と
アーカイブ映像が混ざっているけれど、
出てくるピアニストは、レイ・チャールズ、
デイブ・ブルーベック、ジェイ・マクシャン、
ドクター・ジョン、パイントップ・パーキンス、
アート・テイタム、オスカー・ピーターソン、
プロフェッサー・ロングヘア、ナット・キング・コール、
デューク・エリントン、セロニアス・モンク、
ドロシー・ドネガン、マーサ・デイヴィス、
フェニアス・ニューボーン など。

ただ、後半はブルースから離れて
話しがジャズに流れていく。
もちろん、ブルースとジャズは切っても切れないのは
百も承知だけど、なんだかポイントがブルースから
外れて散漫になっていく印象。
でも、誰だったか出演している高齢のピアニストは
「音楽は、テンポが速いか遅いかだけで、
全部ブルースや」と言っていた。
その区別は、でか過ぎるで。

そして最後は、レイ・チャールズがオーケストラを
バックに唄う『America The Beautiful』。
「レイはなんでもブルースにしてしまう」みたいな話し。
うーん、ちょっと無理があるかなぁ。
レイ・チャールズの唄はええねんけどね。

本作は、マーティン・スコセッシ監督が
製作総指揮を務める「THE BLUES Movie Project」
シリーズ、全7話のなかのひとつ。
テレビ用に製作されたもので、劇場公開はされていない。


2003年製作/92分/アメリカ
原題:Piano Blues

DVD で鑑賞





2026.9.25

キャロル・キング&ジェイムズ・テイラー
ジャスト・コール・アウト・マイ・ネーム




今年2月に公開されたらしいのだが、
全くノーチェックだった映画『キャロル・キング
& ジェイムズ・テイラー ジャスト・コール・
アウト・マイ・ネーム』
が、角川シネマで
上映されたので観て来た。

2月に公開なのになぜ9月に? というのは
角川シネマでは現在「ピーター・バラカン
音楽映画フェスティバル 2026」(Peter
Barakan’s Music Film Festival 2026)
を
開催中で、その1本として本作が上映されたんだ。



これが、予想をはるかにはるかに超えて、
とにかく全てが素晴らしかった。
まさか落涙するとは思ってなかったよ。

私的には、アメリカの良心のシンガーソングライター、
キャロル・キングとジェイムズ・テイラー。
彼らの共演は、1970年に遡る。
ロサンゼルスの老舗ライブハウス、トルバドールで
共演したのが始まりで、2007年に
トルバドール開業50周年記念で、37年ぶりに
再共演を果たし、2010年に「トルバドール・
リユニオン・ツアー」と題し、世界各地で公演を実施した

本作は、70年代の映像も交えながら、
まるで 2010年のコンサートを観たかのような
体験のできる作品に仕上がっている。
余計な編集は一切ない。
過去の映像が挟まれるのもとても効果的。
(ちょっと、最近観た某アーティストのライヴ・
ドキュメンタリーの編集が酷かったので、
余計に素晴らしく思ってしまったかもしれない。)

音楽はもちろん素晴らしいのだけど、
一番はジェイムズとキャロルの「親密」。
「親密さ」とは書かずにあえて「親密」。
これに感動する。

途中、1970年頃の親密さを表現したいと
いうようなことをジェイムズが言うのだけど、
ふたりの心の間に全く壁がないというか、
距離がないというか、ラブラブの恋人同士でも、
こんなに「親密」ではないのではないかと思った。

誤解のないように書くと、その親密は
所謂 男と女のそれではない。
ミュージシャン同士、あるいは人間同士の親密で、
あまりの距離のなさにふたりがひとりかと思うほどだった。
そして、その親密はジェイムズとキャロルの
間だけではなく、バンド・メンバーにも存在していた。
バンドがこれまた素晴らしい。
特にダニー・コーチマー(ギター)、ラス・カンケル
(ドラムス)、リーランド・スカラー(ベース)が、
バリバリええ仕事してまっせ。
彼らは、1970年にも一緒に演奏していた仲間たちだ。
(それもあってリユニオン・ツアーなのだと思う。)

2010年、彼らはこのツアーで来日もした。
見逃したことは、痛恨の極みだ。
ジェイムズは、2024年の来日公演を観られたけれど、
キャロルとの共演は、もう観られることはないだろう。
そういえば、2024年のジェイムズのコンサートでも
バンドメンバーに対する深い愛と尊敬を感じたっけ。

ジェイムズの歌っているときの表情が素晴らしい。
本当に幸せな人はこういう顔をしながら
歌うんだと思った。

キャロルはハイヒールでピアノを弾き、時々
踊るものだから、足をくじきやしないかと
ひやひやしたよ。
(キャロルは 2010年当時 68歳かな。)

キャロルとジェイムズのハーモニーは、
声が溶け合って美しい。
時々、個性豊かなシンガーふたりがハモると、
個性的過ぎて声が溶け合わず、
ふたりのシンガーが、別の音程で唄っている、
という風に聞こえることがあるけれど、
このふたりの大御所は、きれいに溶け合うんだ。
ここにも「親密」を感じたね。
そして、親密の絶頂、本編ラストの
『You Can Close Your Eyes』で落涙です。

映画のチケットは、「トークイベント付き上映」と
なっていたので、業界の人か音楽ライターの
誰かが登壇するのかと思っていたら、
ピーター・バラカンさん ご本人だった。



かなりマニアックなお話しで面白かった。
「JAMES」は「ジェイムス」ではなく「ジェイムズ」。
「日本人はなぜか「ジェイムス」と表記するけど
「ジェイムス」なんて名前はないから」と言ってました。
確かに日本での表記は私が見た限り、
全部「ジェイムス」だわ。
試しに AI に「JAMES の発音は、ジェイムスですか?
ジェイムズですか?」と投げかけてみたら
「ジェイムズ(またはジェームズ)の方が原音に近い」
との回答でした。
でも、「S」は日本人には「ス」なんだよなぁ…


2022年製作/97分/G/アメリカ
原題:Carole King & James Taylor: Just Call Out My Name
劇場公開日:2026年2月20日





2026.9.27

私はあなたを知らない、



中野量太、原案・脚本・監督作品、
映画『私はあなたを知らない、』。
期待以上に、とても良かった。

28歳まで家庭・家族を知らなかった
天涯孤独の西山夕平。
図らずも紗月(さつき)と朝子(紗月の娘・
5歳)という家族ができる。
初めての家族に泣く夕平。
初めての家族を大切に思うあまり、
そして純粋なあまりに、不器用なあまりに、
夕平と紗月の歯車が狂いだす。
紗月から別れを告げられても、
夕平はその別れを受け入れることができず、
事態はますますこじれていく。

予告編の「私を娘のように愛してくれたのは、
母を殺した男(ひと)でした」という言葉で、
夕平が紗月を殺すのは、初めから
分かって観ているのだけど、ストーリーが
進むうちに「どんな理由で殺すのだろう?
かっとなってやってしまうんだろうか」
「紗月が殺されるようなこと言うんやろか」と
推測するも見事にハズレ。

エンディングに入り、「ははーん、これは
こういう終わりやな」と推測するもハズレ。

まあ、そんなに予想のつく終わり方では、
あかんわな。
そのええ意味で裏切られた終わり方も
押し付けがましくなく、ええ感じ。

タイトル「私はあなたを知らない、」の意味も深い。
「知らない」の後ろに「、」(読点)があるのも
文章に続きがある(そこで終わっていない)ことを
示しており意味深だ。

伏線の張り巡らせ方、回収の仕方もう良い。
途中でオチが分かるのもあったし、ひとつだけ
回収しきれなかったのもあったけど。

出演は、坂口健太郎、早瀬憩、堀田真由など。
3人ともとても良いが、特に夕平を演じる
坂口健太郎がよろしい。
かなり難しい役だと思うけど素晴らしいです。

以下、ネタバレ。
裁判では、夕平に殺意があったのかどうかが
重要だったわけだが、夕平は裁判では
黙秘を通した。
「殺意はなかった」といえば、もっと軽い刑で
済んだかもしれないのに。
それは、ことの重大さと責任の重さを感じての
彼なりの誠実さであったっと私は思う。
大学生になった朝子は、何度か夕平に会いに
刑務所に面会に行くが、最後の面会で
朝子に「殺意があったのか?」と聞かれて、
夕平は泣きながら、うなずく。
しかし、私(観客)は知っている。
彼に殺意はなかったことを。
でもレビュー読んでると、「殺意あり」と
解釈している人もいてるねんなぁ。
まぁ全ての解釈が正解とも言えるけど、
「殺意あり」では、夕平がかわいそう過ぎるやん。
殺意なんかなかったけど、朝子のために
(朝子は「私のために答えて」と言ったので)
「殺意があったと表明した」、と考えるのが
夕平という人間を表現していると思うのだけど、
どうでしょう。
そして「殺意あり」では、タイトルの「、」に
意味が生まれないと思う。


★★★★★


2026年製作/126分/G/日本・フランス合作
劇場公開日:2026年8月28日






2026.9.30

し び れ



宮沢りえ、北村匠海主演の映画『しびれ』。
予告編を観て良さそうだったので観てきた。
ちょっとしんどいストーリーなのは良いが、
登場人物の誰にも感情移入ができず
残念ながら、私には合わなかった。

DV の父親のせいで、失語症になり、
父親が出て行ったあとは、ほぼネグレクトの
母親と二人暮らしの主人公・大地。
ただただ、貧困と孤独が続く。

実際にこの映画のような両親に
育てられた人もいるのだろう。
それを思うと、私のような育ちの人間は、
幸せであると同時に生ぬるいとも思う。
劣悪な環境は、時に強い大きな人を
育てるかも知れないが、ひとつ間違うと
とんでもない極悪人を生み出すこともある。
(本作の主人公を、私は極悪人とまで
思わないけど、そこそこ悪いこともやってる。)

その主人公・大地を3人の子役と北村匠海が演じる。
子供時代は、幼少期、10歳ぐらい(?)、
16歳ぐらい(?)と子役が変わる。
失語症なので、台詞のない難しい役だったと思うが
4人とも素晴らしい。
(幼少期の大地は、ひと言だけしゃべる。)
宮沢りえもひどい母親、イタイ女を好演。

以下、ネタバレ含む。

めちゃくちゃひどい毒親なのに、ふたりとも
年老いてから(といっても大地が25歳の設定
なので、50代ぐらいの設定か)大地に謝るのね。
母親には(悪いことをして稼いだ)大金を
持って行くし、父親は(許せなくて)包丁で
刺しに行く。
刺された親父は、刺されて当然と思ってたのか
どうか分からないけど、警察にも届けない。
幼少期、少年期のひどい親もあかんけど、
年老いてから謝られても、簡単に赦せるもんでも
ないやろし、どっちも、キツイ。

エンドロール直前に「母に捧ぐ」の文字が出た。
現在34歳の内山拓也監督が15年間あたためた
脚本で、監督自身の自伝的作品ということらしいが、。
どこまでが監督の体験で、どのあたりが創作なのか
知りたいところだ。
単なる興味本位だけど。

あえてフィルムで撮影したとのこと。
スクリーンに映し出されるフィルムの質感、
今や少しレトロな感じというか、アナログな感じは、
本作によく合っていると思う。

ただ、カメラワークは私は苦手だな。
手持ちカメラで撮影するのは良いのだけど、
「寄り」が多く、ぶれると観ていてちょっとしんどい。

途中で、オフィシャルサイトにある監督の
インタビューに「いくつかのシーンをのぞいて、
大地はハッキリとスクリーンの右=未来を
向いている」と書いてあったことを思い出した。
確かにそういう風に観ていると、右向きが多い。
左向きの時には意味があるようにも観えた。
インタビューを読んでいたから気付いたけど、
知らなかったら、そんなこと気付かないな。
気付かなくても良いのだろうけど。

あと、音楽は なしね。
予告編では 「愛の讃歌」 が流れるのだけど、
映画では一切なし。
風や雨や波の音のみ。
(その「愛の讃歌」は、加藤修平[ロックバンド
「NOT WONK」のボーカリスト・ギタリスト]の
ソロプロジェクト「SADFRANK」によるカバー。)

あと、説明的な描写がほとんどないので
よく分からないシーンもあった。
なぜ、電気は来てるのに水道が止められるのか不明。
家が火事になる原因も不明。
(それは知らなくてもよいかも知れないけど)
少年期後半に電車に乗って見に行った
家は、誰の家なのか不明。
(これは結構重要な気がするけどな)
なぜ大地が死のうとしたとき、突然イワン(ロシア人
で大地の唯一の友達)が現れるのか不明。
(通りがかりで見つけられるはずがない)
別れた父親が母親にお金を送っていたのも
あまりに謎。
失語症で話せないのに、接客業(バーテンダー)を
できるのだろうかと疑問。
全て私の理解力・想像力の欠如かも知れないしけど、
そういう一切合切を「そんなことどうでもええねん」と
思える映画を観たいんだな。

25歳の大地は、顔や身体にタトゥーを
彫っているのだけど、首のタトゥーが
意味深なのは良かった。

内山拓也監督の作品は、初めて観た。
本作は私には合わなかったけれど、
海外での評価も高いらしい。
今後にも期待だね。


★★★☆☆


2025年製作/118分/PG12/日本
劇場公開日:2026年9月25日





2026.10.1

ハート・オブ・ビースト
Heart of the Beast




ブラッド・ピット演じる陸軍特殊部隊の退役軍人
ジェームズと元軍用偵察犬のオーディアン。
この一人と一匹は、アラスカ上空を飛行中
アクシデントに見舞われ墜落する。
命は助かったが、そこはアラスカの奥地。
そこから命懸けで家に帰ろうとする物語。

こういう映画って、助かると分かっていても、
怖いし、痛いし、ハラハラドキドキで、
もうスクリーンを直視できないほどだった。
若い時はこういう刺激的なのがよかったけど、
だんだんしんどくなってきたよ。
年取るとメンタル弱くなっていくのかな。

ブラピって、私より大分若いと思っていたけど、
1963年生まれだから、1年しか違わない。
もう62歳やん。
そのブラピの体当たりの演技も凄いが、
オーディアン(犬)が素晴らしい。
もう目で演技してる。
助演賞ものです。
(もしかしたら、今どきなので VFX かも知れないけど。)

話しはそれるが、映画『落下の解剖学』(2023)で
犬が誤って薬を飲んで嘔吐するシーンがあった。
あまりにリアルだったので、本当に薬を飲ませたのでは
ないかと思うほどで、記憶に残った。
数カ月前、過去にハリウッドで動物の演技の
調教をしていた人(日本人)と話す機会が
あったので、その人に質問してみた。
「あんなことできるのか?」と。
そうすると「犬なら、訓練すれば演技で吐かせる
ことはできる」との答えで驚いた覚えがある。

閑話休題。
監督は、ブラピとは戦車の映画『フューリー』で
タッグを組んだデヴィッド・エアー。

タイトルの「Heart of the Beast」は、直訳すると
「獣の心」だけど、オフィシャルサイトには、
彼らが墜落したアラスカ奥地が、「魔の領域
(ハート・オブ・ビースト)」と呼ばれる地域であったようで、
オーディアンの心とかけているのだと思う。

さて、ここからはネタバレなのでご覧になる予定の方は
読まないでいただきたい。

とにかくアラスカの自然が凄い。
自然は容赦ない。
人間なんて、相手じゃない。
熊に襲われるし、川に落ちるし、
骨は折れるわ、オオカミに噛まれるわ、
道なき道を進むのは もう大変です。
ジェームズが元軍人でなかったら、とっくに死んでる。

「助かると分かっていても、怖いし、痛いし、
ハラハラドキドキ」と書いた。
最後には助かって、ハッピーエンドだろうと思って
観ていたら、まさかの助からないパターン。
「諦めなかったら叶うよ!」みたいな、
薄っぺらい映画で終わっていない。
それが結局、この作品にとても深みを与えている。

「この20年間で3千頭の軍用犬が使われた」と
最後にテロップが出る。
兵士を救った犬もいるだろうが、
戦死した犬もきっといただろうと思う。
犬の能力と彼らの人間に対する忠誠を
戦争などというくだらない人間のエゴのために
利用していると思うと、なんだかやりきれない。

ジェームズの「彼らは人間の一番素晴らしい面と
一番醜い面を知っている」というセリフに
深い意味があるように思う。


★★★★★


2026年製作/101分/G/アメリカ
原題:Heart of the Beast
劇場公開日:2026年9月25日





映画ちいかわ 人魚の島のひみつ




「ちいかわ」とは、「小さくてかわいいやつ」の略らしい。
私には全くかわいいとは思えないけど。

何も知らなければ、観ようとは思わなかっただろうが、
ある人から「大人が観ても面白い、深い」と聞いた。
調べてみると、結構深い考察をしている人たちも
多く、「哲学的」という文字まで飛び交っていた。
「傑作」という人までいる。

ならば観てみようと思った。
99分の映画で、前半・中盤・後半に分けるなら
前半は完全に幼児向けの映画のようで
「これは失敗したか」と思った。
中盤は、時々笑えるシーンがあるのはよいが
やや冗長に感じてきた。
早く「面白くならないかな」と退屈気味に鑑賞。
そして後半、ストーリーが展開し、伏線の回収に
「ああそういうことだったのか」と思うも、
ラストはモヤモヤしたままエンドロールへ。
これって、観客に解釈を委ねるってこと?
と、考えていると、エンドロールのあと、
本当のラストシーンが流れる。

うわっ! こわ!

その意味は、子供には理解できないかも知れないし、
子供の間は理解しなくてよいのかも知れない。
大人になってから観直して「こんなに怖い映画だったのか」
と思い直すのがよいように思う。
「ホラー」だという人がいるのも分かる。

ひとことで言うと「不条理」ということになるのだろうけど
人間の欲望や倫理について、色んな解釈が
可能なテーマが散りばめられており、
そういう風に観ると確かに深い。

この絵、このキャラクターで、このエンディングというのが
よけいに効いているんだろうな。
そういう意味ではよくできていると思う。
こんな風に表向きは子供向けの映画なのに
大人の間で評判を呼ぶのも想定済みで
製作されたとしたら、凄すぎる。

ところで、前半から「討伐」という言葉が出てきて、
子供に分かるのかな なんて思っていた。
桃太郎なら「退治」というもんね。
でも、それも仕掛けのようにも思えてきた。


★★★▲☆


2026年製作/99分/G/日本
劇場公開日:2026年7月24日





オデュッセイア
The Odyssey




本日は、ずいぶん久しぶりに映画を3本ハシゴ。
3本目はこれも話題の『オデュッセイア』。
『オッペンハイマー』に続く、
クリストファー・ノーラン監督作品。

172分を長いと感じさせないのは、さすがはノーラン。
比べなくても良いけど『ちいかわ』は99分でも
途中退屈に感じたから余計にそう思った。

原作は、古代ギリシャの詩人ホメロス作の
叙事詩『オデュッセイア』。
そういう古代人の物語って、あんまり興味が
湧かないのだけど、クリストファー・ノーランなので
一度は観ておこうかと思い鑑賞。

出演は、王オデュッセウスに マット・デイモン、
その妻ペネロペに アン・ハサウェイ、
息子テレマコスに トム・ホランド(スパイダーマンの人)。
今回も観るからにお金がかかっております。

オデュッセウスの、戦争に出てから
故郷へ戻るまでの20年間の物語。
戦争が 10年間で、故郷に戻るのに 10年かかっている。
ギリシャ神話に出てくるアテナ、ゼウス、
ポセイドンなどの神々が登場する壮大なスケールの物語。
途中『ちいかわ』にも登場していた「セイレーン」
(ギリシャ神話に登場する美しい歌声で船乗りを
惑わす人魚/スタバのロゴになっている)も登場したよ。
こっちが本家やけど。

ノーラン監督作品ということで、あいかわらず
一度の鑑賞では、人間関係など全てを
理解することはできなかったが、「これぞ映画!」という
感じで、本作は劇場の大きなスクリーンで観るべきだ。
大迫力です。

そして、戦争や正しさについても
十分なメッセージを感じました。
ちょっと復習してから、もう一度観ようかなと思う。
今度は IMAX で。


★★★★▲


2026年製作/172分/G/アメリカ
原題:The Odyssey
劇場公開日:2026年9月11日





2026.10.2

ハート・オブ・ビースト
(感想 続き)


昨日観た映画『ハート・オブ・ビースト』の
感想の追加。
これは完全にネタバレなので、
ご覧になりたい方は、ご注意を。

アラスカの奥地からの脱出を試みた
ジェームズとオーディアン(犬)。
途中、川に落ちるわ、オオカミに襲われるわで
ジェームズは満身創痍。
人里まであともう少しというところまで来て、
ジェームズはもう動けなくなる。
ジェームズは、オーディアンに「道を探せ。
お前ならできる」と伝え、何やら書いた手紙を
オーディアンのボディのポケットに入れる。
私は、オーディアンが助けを呼びに行くものと
思っていた。
ところが、オーディアンは動かない。
ジェームズに寄り添い、一晩を明かすんだ。
夜が明けて、ようやくオーディアンは、
走り出す。
ジェームズは、眠ったままだ。

実は、映画の冒頭は、オーディアンが道路の
真ん中で車を止めるシーンから始まる。
ああ、やっとあのシーンに繋がるんだ。
ここから救助に向かうのだ、と思う。

オーディアンを見つけた女性は、
ジェームズの手紙を読む。

そこには、「誰だかわからないけど、この手紙を
読んでいるということは、私はもう生きていない」
「亡骸は自然に返すので探さないでくれ」
「オーディアンのことを頼む」
と書いてあったのだ。(ほかにも色々)

それでも、まだ私はオーディアンが、
ジェームズの居場所に彼女を連れて行くと
思って観ている。
まだ助かると思っていたんだな。

が、オーディアンが女性の車に乗り、
走り出したところで映画は終わる。

ああ、ホンマに死んでしもたんやと
やっと気が付く。

そこで、なぜオーディアンは「道を探せ」と
言われたのにすぐに助けを呼びにいかなかったのかと
疑問が湧いた。
あんな添い寝なんてせずにすぐに走り出せば
間に合ったかもしれないやないか、と思った。

その疑問は、昨夜 解けないままだった。
今日、夕方歩いている時に突然謎が解けた。

ジェームズは自分は助からない、と知っていたのだ。
だから「道を探せ」というのは「助けを呼んできてくれ」
という意味ではなく、「新しい飼い主を探せ。
お前は生きろ」という意味だったんだ。
それはジェームズの手紙の文面から分かる。
そして、夜が明けてからオーディアンが走り出したのは、
ジェームズの息がすでに絶えていたからなんだ。
オーディアンは、最後まで主人のそばを離れず、
最後を看取った。
そして、次の任務(ジェームズは Last mission と
言った)である道を探すために走り出したんだね。
嗚呼、HEART OF THEBEAST(涙)

今日の洞察(おおげさ)の最大のポイントは、
オーディアンは、ジェームズの意図を全部、
理解していたんだ、というところ。
うわぁ、そういうことかぁ!と、
タイトルも一周まわって繋がったのでありました。

そんなことは、現実を注意深く観ていれば
分かりそうなものだけど、とにかく、最後には
ジェームズも助かるものだという思い込みが、
見えなくさせるんだな。
無意識の先入観の怖さよ。
おかげで二度感動できたけど。





2026.10.4

オデュッセイア
The Odyssey

(2回目)




『オデュッセイア』2度目の鑑賞に行ってきました。
残念ながら IMAX の劇場は混んでいて、
良い席がなかったので、通常上映の劇場で。

1回目観てから、ネットにある解説を読んだり、
YouTube にある解説動画を数本観てからの
鑑賞となったので、1回目よりかなり理解できた。
それでも、細かい点で背景が分からず、
2回目観てからも復習したけれど。
やはりこの手のものは最低限の予備知識は
あった方がよいね。

今回は主人公オデュッセウスの苦悩が、
ノーラン監督の前作『オッペンハイマー』における
オッペンハイマーの苦悩と重なった。
もしかしたら、ノーラン監督のメッセージは
ここなのかしら、と思ってみたり。

それはつまり、古代ギリシャの時代から
20世紀まで人類は進化していないと
いうことでもある。
まあ、ギリシャ哲学が現代でも通じること、
一向に戦争がなくならないことを考えれば、
人間は進化(進歩?)しないのかもね。

時間軸が行ったり来たりするのは、
本作の方が『オッペンハイマー』より
混乱がなく分かりやすいと思う。

映画のスケール、迫力の割に「感動」とかは
あまりなく、考えさせられる部分はあるものの、
本作はやはり極上のエンタメ作品だと思う。
2回目も 172分を長く感じません。


★★★★▲


2026年製作/172分/G/アメリカ
原題:The Odyssey
劇場公開日:2026年9月11
日





2026.10.5

我々は宇宙人



話題の長編アニメ映画『我々は宇宙人』。
アニメーションだが、先日観た『ちいかわ』とは、
全く違い、限りなく写実的ともいえる作風。
例えば、校舎のベランダの柵の塗装の剥げ方、
校舎の廊下の床の剥げ方といった
ディテールはもうアニメの域ではない。
時には写真ではないかという場面まであった。
人物の表情には幾分ディフォルメが
感じられるものの、それも自然な範囲で
実写のごとく表情(目)でものを言う。
企画・脚本・監督は、1996年生まれの
門脇康平。
今までは主にミュージック・ビデオの監督を
してきたようだが、色んな表現が秀逸です。

「ふたりの少年の物語」という程度の
予備知識で観たのだけど、
これは完全に大人向けのアニメでした。
平成が舞台なので細かい点で私の少年時代
(昭和)とは違うけど、子供なんてものは、
そんなに変わるものでもない。

子供は、単純で残酷だ。
翼と暁太郎(ぎょうたろう)は、
ひょうんなことから親友になるが、
あることを境に関係が壊れる。

翼は、暁太郎を傷付けたが自覚がない。
大人になって、真実を話すことで
さらに暁太郎を傷付ける。
もちろん誰しも自分の人生に起こることは、
誰かのせいにするのではなく、
その責任を自分自身で背負わなければ
自分の人生を生きていることにならない。
それが時には理不尽なことだったとしても。
人生は不公平にできているんだ。

観終わってから、自分の小学校時代を
あれこれ思い出した。
怖いのは、自分の少年時代は、
「この映画ほど劇的なことはなかった」と
言えないことだ。
なぜなら、傷つけた側には記憶がなく、
傷ついた側にだけ記憶が残る。
自覚なく、悪意なく、誰かを傷つけて
いなかったとは言えないわけだ。

小学5年生のときにクラスで仲の良かった
3人が、ある日突然私を無視し始めた。
「これからはお前とはしゃべらない」と
いうような宣言があったような気がする。
理由を言ってくれなかったし、
私には全く心当たりがなかった。
それから数日(たぶん1日か2日ぐらい
だろう)3人とは口を利かなかった。
そのうち、3人のうちの2人が
「(無視するの)やーめた」と言って、
元通り遊ぶようになった。
でも、残りの一人は最後まで口を利かなかった。
6年生になるとき、小学校が新設され、
その彼とは離れ離れになった。

私は彼に何をしたのか、今でも分からない。


★★★★▲


このレビューは読みごたえがあった。
↓
【レビュー】『我々は宇宙人』は露悪的か?
あの結末に我々は安堵して良いのか?






2026.10.8

さとこはいつも



映画『さとこはいつも』。
15歳の中井聡子(姫野花春)、
35歳の西田沙都子(有村架純)、
55歳の飯島里子(石田ひかり)、
という3人の「さとこ」の物語。
当初3人に人間関係はないが、
最後にはつながるというやつね。

コミカルな面もあるし、シュールな面もある。
大人のおとぎ話しといったところか。
それぞれのさとこが、自分の物語を書くのだけど、
15歳の聡子の物語が一番だな。
35歳の沙都子は途中で書くのやめてしまうし、
55歳の里子の物語は、出だししか分からないし。

観終わって、それなりに良かったのだけど、
何か物足りない感じが否めない。
でも、自分も何か書きたくなった。
なんでも良いというと何を書けばよいか
分からなくなりそうだけど、聡子が先生に
課題を出されてようにして書いてみると
書けるかもしれない。
いつもここに色々書いているのだけど、
そういうのではなく、物語をね。
あと本作を観ると、イカの塩辛が食べたくなるよ。

監督・脚本は、『南極料理人』(09)、
『キツツキと雨』(12)、
『モリのいる場所』(18)の沖田修一。
『南極料理人』は好きだったな。


★★★▲☆


2026年製作/139分/G/日本
劇場公開日:2026年9月18日








 ひとりごと