LAGUNA MOON MELLOW FLAVOR  LIVE GUITAR  LINK LYRICS


 つつみしんやのひとりごと  2026年5月
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2026.5.5

胸の小箱
浜田真理子 著

(再読)




終活というのか 断捨離というのか
とにかく持ち物が多いので減らそうとしている。
目に見えて大きくは中々減らないのだけど、
本棚や CD、DVD の棚は少しずつ空いてきている。

先日、本棚を見ていて、
浜田真理子さんの本『胸の小箱』が目に入った。
浜田真理子さんは、島根県松江市出身、
在住のシンガーソングライタ―。
私は、2004年頃、渋谷のタワーレコードの
試聴コーナーで、彼女の歌声を初めて聴き
その場で CD を購入したのが彼女を知ったきっかけ。

『胸の小箱』は、2014年発売の浜田さんのエッセイ。
これも処分しなきゃと思っていたが、
今までおいていたのには理由がある。
2015年1月、浜田さんがゲスト出演するライブで、
その日、たまたまこの本を持っていた私は
ご本人にサインをしてもらった。
「つつみ様 Love & Peace Mariko」と
書いていただいたので、処分するのに抵抗があったんだ。
でも、そんなこと言っていたら、
いつまで経っても片付かない。

今では音楽はダウンロード、本は電子書籍の
購入も増えているが、実物を購入することもある。
しかし、本にしろ CD にしろ、手放す前提で
手に入れている。
年を取ってきて、所有欲というものが、
かなりなくなってきた。(except guitars)

なので最近は、サインをしてもらえる機会が
あっても、辞退させていただくことにしている。
相手が「サインしましょうか?」と言うのに
「いえ、結構です」と断るのも勇気がいるし、
それはそれで、中々心苦しいものがある。
こういう時は、サインしてもらうのが
礼儀の様な気もする。
そういう時、多くの場合は名前を聞かれ、
名前を書いてくださる。
私宛ての名前があるがために、そのサイン入りの
本や CD の処分に困るぐらいなら、
サインなしの方が気が楽だと思うようになったのだ。
手放すことが決まっているのに、
「つつみ様へ」とサインをいただくことも気が引けるし、
サイン入りの方が、値打ちが上がるかもしれないと、
サインをもらうのは、もっと不埒な感じがしてできない。

そんなわけで、ライブ会場で、CD を買うと
サインを貰える機会が時々あるのだけど
そういう時でもサインを貰う列には並ぶことがなくなった。

前置きが長くなったが、サイン入りの本を
手放すことへの複雑な気持ちを持ちつつ
『胸の小箱』をメルカリに出そうと決意し、
出品のための写真を撮り準備をした。

それから、2、3時間後だったと思う。
某プレイガイドから、あるライブのお知らせが届いた。
なんと浜田真理子さんのライブ。
浜田さんのライブの通知は、
ずい分久しぶりのような気がする。

浜田さんの歌は大好きで、
数えてみると過去にライブに5回行っている。
最後が 2023年2月だったので、
3年以上行っていない。
このタイミングでライブの通知が来るか? と思ったが、
こういうシンクロニシティには素直に応じる主義なので、
その通知のあったライブ(6月25日)は申し込んだ。

そして、11年前に読んだ『胸の小箱』の
自分の感想を読み返してみた。
もう一度読みたくなった。
そのライブの通知がなければ、もう一度読もうとは
思わなかっただろう。

で、メルカリへの出品を一旦見送って、
11年ぶりにもう一度読んでみた。
驚いたことに、いや、驚くことではないのかも知れないが、
内容は全く何も覚えていなかった。
初めて読んだも同然だった。

感想。
やはり、歌にも文章にも「その人」が表れるんだな。
読み直してみて、浜田さんの歌を聴いた後のような
心持ちになった。

「わたしは絶望なんか歌いたくないし、
そんなことを歌ったこともない。
どれほど先でもいい、針で突いたような
穴ほどでもいいから、光が見えなければ
歌う甲斐がないとさえ思っている」

彼女の歌の根底にあるのは、希望。
どんなに暗い歌であっても、
根底に流れているのは「光」なので
いつまでも聴いていられるし、
時々、聴きたくなるんだな。
そして、だからこそ彼女の歌声には
「Joy」を感じるのだと思った。

若い頃、ジャズピアニストを目指していた彼女は、
クラブで弾き語りをするうちに気持ちに変化が現れる。
テクニック重視の演奏にあまり興味がないことに
気づいた彼女は自分の音楽の嗜好をこう綴っている。

「メロディのよさ、歌詞のおもしろさ、コード進行の意外さ、
それらを丁寧に味わいながら楽しんで
演奏しているようなものが好きなのだ」

いいねぇ。
私もそういうの好きだ。
(時々、バリバリのテクニックのものも聴くけど。)

後半は、アルバム『But Beautiful』の録音時の
エピソードなのだけど、読みながら
『But Beautiful』を聴くと、これまた録音時の
スタジオの風景が目に浮かぶようで、大変面白かった。

久しぶりの6月のライヴもとっても楽しみになった。


★★★★★


[ 関連エントリー ]
2013.4.17 浜田真理子
2013.5.21 浜田真理子 〜LIVE But Beautiful TOUR〜
2013.11.20 Touch My Piano with 浜田真理子
2015.1.6 畳の国のひとだもの 2015新春 浜田真理子
2015.1.22 新宿 PIT INN 水谷浩章 3DAYS ゲスト:浜田真理子
2015.1.24 胸の小箱
2018.4.15 浜田真理子×小泉今日子「マイ・ラスト・ソング」
2023.2.18 浜田真理子の有楽町で逢いましょう vol.1





2026.5.9

高中正義
TAKANAKA SUPER WORLD LIVE 2025-2026
WORLD TOUR FINAL 凱旋帰還




昨日は、高中のコンサートに行ってきた。
3月22日にも NHKホールで観たばかりなのに。
3月22日は、“Guitar Breeze 出発前夜”
と題されたコンサートだった。
3月の終わりから、彼ら(高中&バンドの面々)は、
イギリス(ロンドン)、アメリカ(ニューヨーク、
シカゴ、サンフランシスコ、ロスアンジェルス)、
オーストラリア(シドニー、メルボルン)、
ニュージーランド(オークランド)と8都市13公演を
周って帰ってきた。
昨日は、そのツアーの「凱旋帰還」と題された
ファイナルだったのだ。

3月のコンサートを観たときは、それだけで
充分で、この「凱旋帰還」まで観るつもりは
なかったのだけれど、ロンドンでの異様な
盛り上がりを YouTube で観て、
観ておきたくなったのだ。

チケットを買ったのが遅かったせいもあって
席は3階5列目だったけれど、会場の
LINE CUBE SHIBUYA は、3階でも観やすい。

開演前


定刻を数分過ぎて、ステージに大きな
スクリーンが降りてきた。
ロンドンからオークランドまで各地の会場、
観客の様子が、スライドで映し出された。
見るからにツアーが大成功であったのが伝わってくる。
最後に「FINAL 2026年5月8日
LINE CUBE SHIBUYA」と映し出された。
「おお、そうか、今日はこのワールドツアーの
一部だったのだ!」と改めて感慨に浸る。
70歳過ぎて初のこのワールドツアーは、
普通ないでしょう。
もうそれだけで、感動。

演奏された曲、構成は、たぶん3月22日と
全く同じではなかったかと思うのだけど、
なんというかこの数年観た中で、
(変な言い方だけど、良い意味で)
一番仕上がっていたライヴだったと思う。

やはり、海外に出て演奏するというのは
それなりの準備と緊張があるものだろうと
想像するが、それらを経て、世界各地で
盛り上がり、受け入れられての凱旋公演。
そりゃ悪かろうはずがないわな。

海外でのエピソードもたっぷり聞けるかと
思ったら、意外と MC は少な目。
でも、23歳の時に作って、日本で
5千枚しか売れなかったソロ・デビュー・アルバム
『SEYCHELLES』が、発売から50年経って
世界の 23歳の若者に買われているという
話しはなんだか感動的だった。

前にも書いた覚えがあるけど、
この人の場合、楽曲、メロディが素晴らしい
というのを今回も改めて感じた。
それが今海外で若者に受けている一因で
あることは間違いないと思う。
50年前の曲を古くさく感じないというのは、
クラシックとして100年後も聴かれる可能だと思う。

会場には、海外のコンサート会場で
売られていたのではないかと思われる
アロハ・シャツやTシャツを着た人も何人もいた。
きっとワールドツアーをその目で確かめてきた
ファンなんだろう。

もう10年以上前かな、ギターマガジンに
「日本人ギタリストベスト100」みたいな企画があった。
高中が「自分は何番目だろう」と見てみたら、
100位内に入ってなかったという話がある。
高中は「これはギターマガジンからの
頑張れというエールだと受取った」というような
話しを何かで読んだ。
(2017年8月号の「ニッポンの偉大な
ギタリスト100」では 27位に返り咲いている。
1位 Char、2位 布袋寅泰、
3位 鈴木茂 はおいといて、この100人も
私が選んだら全然違うものになるけどな。)

とにかく、海外での盛り上がりで
日本でもさらに盛り上がるという、
不思議な事態になっているのでした。
今回も外国人、多かったです。


[ MEMBERS ]
高中正義(Gt)
斉藤ノヴ(Perc)
岡沢章(Ba)
宮崎まさひろ(Dr)
井上薫(Key)
高本りな(Key)
AMAZONS(Cho)(今回もふたり)

@LINE CUBE SHIBUYA


ご本人のワールドツアー後の挨拶





2026.5.11

ファーストラヴ
島本理生 著




直木賞を受賞したので、書店に平積みされていた。
オビに書かれた「なぜ娘は父親を殺さなければ
ならなかったか?」という文に魅かれて買った覚えがある。
奥付けを見ると、2018年の発行なので、
約8年間も読まずに本棚にしまわれていたことになる。
買う時は読む気満々なのだけど、そんな本が何冊もある。

島本理生の小説は、初めて読んだ。
主人公は、臨床心理士・真壁由紀。
父親を包丁で刺殺した就職活動女子大生。
その動機は一体何か。
ちょっとミステリーというのか、推理小説的。

読み始めに軽い違和感、というか抵抗があったのは、
登場人物の名前。
主人公、真壁由紀はまだ良いとして、
その旦那が、真壁我聞(まかべがもん)。
父親を殺す女子大生が、聖山環菜(ひじりやまかんな)。
弁護士が、庵野迦葉(あんのかしょう)。
なんか少女漫画っぽい。
まあいいけど。

あまり後味の良い作品ではないが、
引き込まれて、それなりに面白かった。
昨年読んだ姫野カオルコの『彼女は頭が悪いから』を
思い出した。
全く内容は違うのだけど、なんだか「性の問題」
「性被害」という点では、共通しているものを感じる。
男性が女性を軽く見ているというか、
尊重していいないというか、分かってないというか。

裁判の判決は、私はどうもスッキリしないものがある。
被告の変わりようも、ちょっと劇的過ぎないか。

2020年にテレビドラマ(主演:真木よう子)に
なったようだし、2021年には映画化(主演:
北川景子)もされている。(監督は堤幸彦)
観てみようと思う。


★★★▲☆





2026.5.14

デイヴ・メイスン逝去

今日まで 知らなかったけど、4月19日に
デイヴ・メイスン(Dave Mason)が亡くなっていた。
享年79。

なんとなくアメリカンな印象だったのだけど、
イギリス人だったんだね。
確かに「トラフィック」(イギリスのバンド)の
創設メンバーという肩書だから、イギリス人だわな。
「デラニー&ボニー」(アメリカの夫婦デュオ)と
一緒に演っていたので、アメリカ人だと勝手に
思ってしまったんだな。
デラニー&ボニーはエリック・クラプトン
(イギリス人)も一緒に演ってるんだけど。
おまけに私がデイヴ・メイスンを知ったのが、
『Will You Love Me Tomorrow』の
カバーだったので、益々アメリカンな印象なわけです。
(柳ジョージの『Will You Love Me Tomorrow』は、
間違いなくデイヴ・メイスン・ヴァージョンが
下敷だと思うね。)
1969年からアメリカ在住というから、
人生の大半をアメリカで過ごしたわけだ。
健康上の問題から、昨年、ツアーの引退を
発表したが、音楽活動は続けるつもりだったようだ。

このたび初めて知ったのだけど、デイヴ・メイスンの
1980年のアルバム『Old Crest on a New Wave』
収録の "Save Me" には、なんとマイケル・ジャクソンが
参加している。
レコーディング時、たまたま同じスタジオにいた
マイケルに会ったデイヴは、「ちょっと高い所が
あるから唄ってよ」と頼むと、マイケルが
本当に唄ってくれたというエピソードがある。
レコード会社の関係で、クレジットはされなかった
らしいが、誰が聞いても MJ である。

Save Me

私は、このアルバムは未聴だったけど、
なぜかジャケットの絵は明確に覚えているので
何度か目にしているのだと思う。

こちらも超ゴキゲン、メンバーも超豪華

Dave Mason & The Quarantines "Feelin' Alright"

1976年のライヴ・ヴァージョンと聴き比べると
まるで別の曲のようだが、どっちもカッコ良い。

DAVE MASON - Feelin' Alright (Live)


R.I.P. 合掌。





2026.5.15

レフティ

「レフティ」といっても沖縄の豚の角煮のことではない。
(それは「ラフテー」や!)
新しいチャレンジとして、左利き用(レフティ)の
ギターで一から練習してみようと思いたった。

きっかけは、ネットで見かけた右利きの人が、
左利き用のギターを練習しているという動画だった。
過去に所有している右利き用のギターを
反対に持って弾いてみようとしたことはあったけど、
左利き用のギターを買ってまでやろうと
考えたことはなかった。
その動画を見てこれは面白いかも知れないと思った。
きっと良い脳トレになるだろうし、老後(?)に
向けた長期プロジェクトとしてはちょうど良い。
右利き用のギターを反対に持って練習しても
良いのだけど、それはそれでかなり難しいし、
どうせなら左利き用のギターでチャレンジしてみたい。
しかし、もうひとりの自分がささやく。
「そんなヒマあったら、普通に弾く練習をもっとせえや」
うーむ、それは一理ある。
全くもってその意見には同意する。
しかし、気がつくとデジマート(楽器の総合販売
サイト)で「レフティ ギター」と
検索している私であった。

初めて左利き用ギターを探してみて初めて知った。
数が少ない!
世界的に左利きの人の割合は、10%程度だと
いわれているが、左利き用ギターは、
10%どころか1%もない!
世界に左利きのギタリストが少ないわけだ。
始める門が狭いんだもの。

右利き用ギターで無理矢理始めることも
考えたけど、前述の通り、難しくハードルが高い。
(右利き用ギターをそのまま反対に持って
弾くギタリストといえば、Doyle Bramhall II や
Albert King とか松崎しげる氏がいる。)

左利き用ギターを探してみると、私のように
ギターを見る目だけは肥えている輩には、
中々これというものがない。
良いなと思ったものは、いきなり100万円超えだったりする。
そんな投資はできない。
そんなに出すなら普通に右利き用のものが欲しい。
私の予算は、出しても5〜6万円程度だった。

数日検索していると、Ibanez のエレガット
(左利き用)を発見した。
FRH10NL(最後の「L」は「Lefty」の「L」だろう)
という機種で、税込定価 115,500円(実勢価格
8万円前後)が特価、送料込みで 63,800円だった。
エレキにしようかアコギにしようか迷っていたが、
エレガットなら弦を押さえる右手もそんなに
痛くない。(軟弱か)
数日間、どうしたものかと考えた挙句、ポチリました。

届いた品は、なぜ特価だったのか分からない一品。
この機種は発売された時に YouTube で
試奏動画を何本も観た。
その時は購入には至らなかったのだけど、
これは右利き用も欲しいと思うほど良い。
(まあ、試奏動画で魅かれなかったのは
出音なので、録音とかすると印象が
変わるかもしれないけれど。)

さて、実際に左利き用ギターを弾いてみると
予想をはるかに超えて弾けない。
初心者が最初に覚えるコード、Am(エーマイナー)や
Em(イーマイナー)さえ、鳴らすことが出来ない!
全くの初心者と違うのは、コードフォームは頭に
入っているし、コード理論も分かっているし、
指板のどこに何の音があるかも分かっている。
なのに弾けない。
知ってはいたけど「知識と演奏は全く関係ない」
という境地に立たされる訳です。
おまけに数分もやれば、ナイロン弦でも押さえる
(右手の)指が痛くなるやん。
何もかも新鮮。初体験。

ちょっと思っていたより時間がかかるか、
途中でめげそうな気配もあるけど、
せっかく買ったので気長にボチボチやります。
80歳ぐらいになったら、弾き語りぐらいは
できるかしらね。


My New Gear (Ibanez FRH10NL)








2026.5.16

クラレンス・カーター 逝去

また訃報だ。
5月13日、米国のソウル・シンガー、
クラレンス・カーター(Clarence Carter)が
亡くなった。
享年 90。

クラレンス・カーターは、生まれつきの盲目だった。
一度だけ、京都の老舗ライブハウス「磔磔(たくたく)」で
ライヴを観たことがある。
磔磔のウエブサイトにアーカイブがあったので、
調べてみると、1986年6月7日だった。
ちょうど40年前だ。

ちなみに、磔磔では、クラレンス・カーターの
2週間ほど前にはゲイトマウス・ブラウン、
1週間ほどあとにはベン E. キングのライヴ、
その年の9月には、ロイ・ブキャナンのライヴが
記録されております。めちゃ濃いやん!

クラレンス・カーターに話しを戻すと。
私はそんなに多くを聴き込んだ訳ではないのだけど
大阪時代のバンドの先輩に教えてもらった。
磔磔へは、その人と一緒に行った。

『Patches』という曲が好きだった。
「Patches」は「つぎはぎ」という意味で、
貧乏でつぎはぎの服を着ていたという歌。
父親が死ぬ間際に「つぎはぎ坊主(Patches)、
お前が頼りだ。家族を頼んだぞ」と言い残し、
死んでいくという、もう泣きたくなるような
悲しい歌なのだけど、英語が分からないと、
なんとなくキャッチ―なメロディも手伝って、
そんな歌だとは想像もつかなかった。

He said, Patches
I'm dependin' on you, son
To pull the family through
My son, it's all left up to you

当時、私が聴いたアルバム『Patches』には
ビートルズの『Let It Be』のカバーも入っていた。
これも20代前半の私には、印象的だった。

ライヴのクラレンス・カーターは、曲が終わる度に言った
「Thank you、Thank you、Thank you、Thank you」の
言い方が、ちょっとお茶目でひょうきんだった覚えがある。

1986年の次は、27年ぶりに、2013年に
来日していたようだ。
それは知らなかったので、ミスしてしまった。


R.I.P. 合掌。


Patches ・ Clarence Carter

クラレンス・カーター 来日インタビュー(2013年)





2026.5.19

トワイライト、新版画
― 小林清親 から 川瀬巴水 まで




小林清親(きよちか)と川瀬巴水の展覧会かと
思って行ったら、明治から大正・昭和にかけての
多くの版画家の展覧会だった。

私は川瀬巴水と吉田博ぐらいしか知らなかったが、
たくさんの版画家の作品が展示されていた。
作品は 米国ワシントン D.C. にあるスミソニアン
国立アジア美術館から借用された浮世絵・
新版画・写真約130点。
「里帰り」という表現も使われていたが
確かに日本で生まれた作品ばかりだ。

何人もの版画家の作品を見てよく分かったのは、
私の好みは川瀬巴水だということ。
圧倒的に好きだな。(あと吉田博も)

展示は第1章から第9章に分けられており、
明治初期の小林清親から順に展示されていた。
時代的に川瀬は、新しい人なので、
最後のコーナーで展示されていたのだが、
川瀬の作品の部屋に入って、何というか、
安心したような心持ちになった。
色彩もタッチも断然、川瀬が好きだ。

小林清親は、まだ江戸時代の浮世絵の
延長というイメージで、個人的には
あまり良いとは思えなかった。
版画の新しい時代を開いたひとりで、
歴史的には価値があるのだろうけど。

それ以外に今回初めて知った中で
良かったのは、イギリス人画家の
チャールズ・ウィリアム・バートレット、
高橋松亭(しょうてい)、伊東深水あたりは好みでした。

伊東深水は、川瀬巴水の同門で
伊東の『近江八景』を観た川瀬が
自分も版画をやりたいと言い出したらしい。
つまり川瀬が版画を始めるきっかけになった人だ。
その『近江八景』8枚も展示されており、
中でも『粟津(あわづ)』は何とも良い感じだった。
(「巴水」「深水」とどちらも名前に「水」が付くのは
師匠の鏑木清方(かぶらき きよかた)から
与えられた画号だから。)

昨年、熱海の MOA美術館で観た
「光る海 吉田博展」では6つの「帆船」が
展示されていたが、今回は4品だった。
それでもこの作品群は特別なオーラを
発しているように感じた。

版画以外には、「鶏卵紙に手彩色」と書かれた
作品も何枚も展示されていた。
これはモノクロ写真に手書きで色を付けて
カラー写真のようにしたもので、
明治時代に流行ったらしい。


@ 三菱一号館美術館(東京・丸の内)





2026.5.20

空き缶と加齢臭

夕方、地下鉄に乗っていた時のこと。
椅子の席はほぼ埋まっていて、立っている人が
パラパラいる程度の混みようだった。

麻布十番駅に着くと数人の人が、
降りるために立ち上がった。
私の隣りに座っていた高校生らしき
若い女性も立ち上がった。
が、出口には向かわず、向かいの席に
向かって歩き、かがんだ。

一瞬、座るように見えたので、
私は自分の隣りがイヤで席を移ったのかと思った。
えっ? オレ、そんなに臭い?
よくもまあ、あのわずな間(時間にして1秒程度)に
そんな考えが浮かぶものだと我ながら感心したが、
件の彼女がかがんだのは、置きっぱなしにされた
缶コーヒーの空き缶を拾うためだった。

その空き缶を手にした彼女は、さっそうと
ホームへと降りて行ったのでした。
カッコイイ。

私は、読書をしていたこともあり、
自分の前の席にどんな人が座っていたかも
見ていなかったし、足もとの空き缶にも
全く気付いていなかった。

かたや他人がほったらかしにした空き缶を
拾う女子学生。
かたやそんなことには気付かず、
自分の加齢臭を気にするおっさん。
嗚呼、世界が平和でありますように。







ひとりごと